「傘」 


雨に濡れるくらいどうってことない。オレの場合は。
けど、小さくてすぐ冷えてしまいそうな身体は別だ。
予測とか自重とかを知らない子供だとかがそうだろ。
・・ソイツは子供っぽくはあるがそれほど幼い子でないのだが。

「もうすぐ降るから雨宿りの場所探さねえと・・」
「なんで降るってわかるの?お年寄りみたいなカン?」
「誰が年寄りだと!?空模様見てりゃわかるじゃねぇか!」
「まだ降ってないし。だいじょぶだいじょぶ。」
「そういうのはな、楽観とは言わないんだぞ、アホ。」
「だって・・せっかく来たのに。もっと遊ぶんだい!」
「ちょっと戻ってさっき通り過ぎた店まで行くぞ、ホラ。」
「ああ!あそこ。おいしそうだったよね!?ほのかアイス食べる!」
「アイスだあ!?あったかいものにしろ。冷えるだろうが。」
「ほのかは心が熱いから平気なのさ。」
「おごってやらんぞ。」
「そんな!?うぬぬ・・ほのかが今月ピンチなのを知っててそんな・・」
「ピンチでない月があるのか?え!?言ってみろ。」
「あるよ!・・たまにだけど。」
「臨時収入があったときだな。走るぞ!?」
「え〜!?走らなくたっていいじゃん〜!」
「そんなに降られたいのかよ!」
「ほのか濡れるの好きだよ、わりと。」
「身の程を知れ。風邪引いたらどうする!?」
「ちょっとくらいなら平気だってば。真冬じゃないんだしさ。」
「ごちゃごちゃ言うな。とっとと走れ。」

ぶつぶつ言うので捕まえて抱えながら走り出したが・・一足遅かった。
間に合わない場合にと袖を通さずに引っ掛けていた上着でほのかを隠す。
ひょいとオレの腕の隙間から出された顔は面白そうな顔で見上げていた。

「わーいv降ってきたね!?」
「何を喜んでるんだよ、オマエは。」

人のことを無視したほのかは、オレの腕をすり抜けて一人駆け出した。
慌てて上着を被せるが、はしゃいでいてこっちの想いを汲み取ってはくれない。

「濡れちまうだろ!遊ぶな!!出先だからすぐ着替えってわけにいかないんだぞ!?」
「こんくらいの雨ならだいじょうぶさあっ!へへ・・気持ちいー!」
「怒るぞっ!!」

まったくコイツは逆らいやがる。子供過ぎるだろう、こういうところは。
しかし人の気も知らずに跳ね回っていたが急に向きを変えてオレの懐へ飛んできた。
思わず抱きとめて少しでも濡れないように身を屈めると・・

「ふふ・・なっちが傘みたい。」
「傘でもなんでもいいから大人しくしてろよ。」
「そんなに心配しなくってもいいのに。なっちってば・・」
「しょうがないだろ!?心配するなと言っても無理なんだよ。」
「ほんに”お兄ちゃん”が染み付いておるのう、ちみは。」
「うるせぇ。妹なら大人しくするもんだ。」
「べーっ!ほのかは妹じゃありませんよーっだ!!」
「なんだっていいからちょっとはオレの気持ちもわかれ。」
「ふんだ・・なっちこそもうちょびっと乙女の気持ちわかるといいよ。」

ほのかは不満そうな声でそう呟くと、オレの腰にしがみついて顔を隠した。
覆いかぶさるようにして歩き出したが雨足がきつくなってきたため抱えることにした。
今度はほのかも抵抗を見せずにじっと大人しくオレに掴ってくれていた。
程なく目的地に着いたので、軒先でほのかを下ろし、水滴を拭おうと屈んだ。
覗き込んだほのかは少し拗ねたような寂しい瞳をしてオレを上目遣いにじっと見た。
一瞬手が止まったが、ぱたぱたと身体に纏わり付いていた水滴を掃ってやった。
思ったほどは濡れていなくてほっと一息吐く。するとほのかがポーチからタオルを取り出した。
お気に入りのクマのミニタオルだ。それを使って今度はオレに手を伸ばしてきた。

「なっち、屈んで。頭拭いてあげる。」
「いいよ、オレは・・」
「拭くの!屈みなさい!!」
「・・・はいはい・・」
「ハイは一回でしょ!」
「うっせーな。はいよ。」
「よし。ほのかよりよっぽど濡れてるのにこの子ったら。」
「それよりお気に入りのタオルが濡れたら今日はもう使えないぞ?」
「いいよ、そんなの。こういうとき使うものじゃないか。」
「オレはこれくらい・・」
「なっちこそ人の気持ちを察しなさい。めっ!」
「っ・・;」

ほのかはきゅっと結んだ口元と凛々しい眉を吊り上げていたが、優しく髪を拭いてくれた。
修行の後なんかによくほのかはこんな風にオレの汗を拭おうと待ち構えてたりする。
いつもと違って丁寧な気がするのは気のせいか。どっちにしても少々くすぐったいが。
髪を拭うと、肩もぱたぱたと掃ってオレのしたことへのお返しは完了したようだった。

「・・すまん。中入るか?アイスはやめとけ。ケーキとかにしろよ。」
「すまんじゃないです。なっち、ほのかを濡れないようにしてくれてありがとう。」
「あ・あぁ・・どういたしまして。オレも・・その・・あ・ありがとう・・」

慣れない礼を言わされてついしかめっ面になったが、ほのかは逆ににっこりと笑った。

「どういたしまして。」そう言いながら胸を張る。偉そうだが、可愛い。
「ケーキ・・うーん・・メニュー見てから考える。なっちおごってくれるの?」
「いつもより丁寧に拭いてもらったからな。」
「いつだって丁寧なのに。けどやったね!ラッキーvV」

すっかり機嫌が直ったようでオレは安心した。何か失態をしでかしたような気がしていたからだ。
オレに黙ってしがみついていたほのかは、なんて言ってたっけ?”妹じゃない・・”だったか?
そりゃあ妹とは違う。楓はそれはもうコイツとは正反対のいい子で、オレに逆らったこともない。
二人揃ってバカ兄妹、ってくらいお互いが好きで、仲良くて、気持ちは通じ合っていたと思う。
二人きりだったからな。オレたちは・・狭い世界に二人っきり・・お互いしか見てなかった。
あれこれと悩みながらメニューを睨んでいたほのかがようやく注文の品を決めるとオレを見た。

「なっち、何悩んでんの?・・思い出しちゃった・?」
「あ、いや。・・オマエと妹じゃあ似てるとこってあんまりないな、と。」
「ほのかはなっちの言うこときかないし、悪い子だもんね。」
「拗ねるなよ。別にそれが悪いなんて思ってねぇから。」
「・・うん、そりゃね。妹じゃないもの、ほのかは。」
「けどさっきも言っただろ、心配するなってのは・・」
「わかってる。うれしいよ、なっちが傘になってくれたのも。」
「・・けどオマエなんか・・言いたいこと我慢しなかったか?」
「我慢ってわけじゃ・・ないよ。ただ・・」
「なんだよ?」
「なっちみたいにほのかも護りたいんだ。なっちのこと。」
「・・・」
「ウレシイけど寂しい。でもこれって仕方ないことだよね?」
「できてないって思ってんのか。」
「え?!」
「ちゃんとオマエも・・傘になってくれてる。寂しがったりするな。」
「えー・・・嬉しいな。ホントに!?」
「だから・・一緒だ。」
「そっか!うん、そう思ったら元気出る!!」

ほのかの頬が笑顔で赤く上気する。こぼれそうだといつも感じる。
何って・・なんだろうな、ほのかから溢れ出す、オレに向かって。
打ち寄せる波みたいに。押し寄せる風に乗った花びらみたいに。
二人に降り注ぐ雨の糸みたいに。受け止めきれるか不安になるほど。

注文の品を食べて美味しかったようで、ほのかが味見しろと匙を押し付けた。
うっかり見つめていたオレが我に返ると、丁度通りかかった店員がくすりと笑った。

「やめろ、バカ。要らねぇよ!」
「だって覚えてよ、この味。帰って作ってもらうんだから。」
「・・そんなに美味いのか・・?オレが作ったのよりも!?」
「なっちのと張るくらい。ねっだからアーンして!?」
「別にオマエに食わしてもらう必要は・・」
「ごちゃごちゃ言わない。ほらほらっ!」

勢いに負けて口を開けてしまった。店員どころか隣の客まで見てやがった。
くっそ〜・・・ハズイ!なんて恥ずかしいことをさせんだ、コイツは!!
味なんてイマイチわからなかったが、喉越しは良く、後味も悪くなかった。
なので味の記憶のためにほのかの持っていた匙でもう一口分救い上げて食った。
驚いた顔をしていた。ほのかも、店員も隣の客も。フン、ちょっと満足だ。

「わかった。これよりずっと美味いのをオレが作ってやる。」
「ホント!?やったあっ!なっち天才だもん、ダイスキ!!」

子供みたいにはしゃぐほのかの口元のクリームを指で拭うと小言も付け加えた。

「たまにはオレの言うこともきけよ!?じゃないと作ってやらん。」
「うん!言うこときく。なっちのお願いなんでもきいてあげるからね!?」
「・・なんでも・・?」

どこからか忍び笑いが耳に入ったので、それ以上はほのかに確かめなかった。
行儀の悪い客と店員だぜ。人の会話とか気にしてんじゃねえってんだ。ったく・・
嬉しそうにオレの食った後も残りを食べているほのかを眺めながらオレは考えた。
成り行きだが”妹とは違う”ということをわかってもらえたようで結果は悪くなかった。
そんな風にさっき演じた醜態を誤魔化した。いいさ、ほのかの機嫌のためならな。
女の気持ちなんてわからないが、仕方ない。肝心なとこがわかってりゃいい。
ほのかは妹じゃない。護るだけの子供でもない。オレのことも護ってくれてる。
そういうことだ。うん・・しかし・・やっぱ恥ずかしいことしたよなぁ・・・
レジの清算でまたさっきの店員に笑われたが、にっこりと微笑み返しておいた。

”もう二度と来ないからな!この店。”笑顔の下でそう思うくらいは許されると思う。







しんみり系かと思いきやギャグっぽくなってしまいました。
え・いいんですよ、どっちでも。いちゃいちゃさせたかっただけだし。(笑)