観念しましょ! 


 「こんなときに」と思い、ふと夏は思い直した。
「こんなときだから」なのだ。慌てているらしい。

 気のある、否有り余る程あるが抑えている相手がだ、
色仕掛けで襲い掛かるという青少年が夢見勝ちな状況に
当然といえる反応ではないかと己に冷静に突っ込んだ。
押し倒されたときもあまり現実味がなく、いつもの調子で
よくあるように要は夏に構って欲しいのだろうと思った。

 色仕掛けという観点からすると少々ずれているのだが
ほのかの顔つきは険しく、まるで怒っているような表情だ。
への字に結ばれた口、元々きりっとした眉や目付きにも険がある。
それでもこれは色仕掛けなのだ。そうに違いないと夏は思った。

「ほのかね・・頭にきちゃったのだぞ!」

 その言葉もどちらかというと好戦的なのだが好意的に捉えると
ヤキモチを妬いているのだ。実に可愛らしく。鼻の下が延びそうだ。
そんな内情は普段通りのポーカーフェイスの下に隠したまま、夏は
育ってきた胸元に先ほどと同様、盗み見るように視線を飛ばした。

「触りたい?それとも見たい?」

 見るだけとか触るだけなどという二択が存在するとでも思うのか、
夏はほのかの心境の細部までは想像できないが愚かしく微笑ましい。
男を知らないんだからしょうがない。そういう夏も女を知らないが。
しかし世の中にごまんといる女性像からすればほのかは懸け離れていて
とても好ましいと思っている。そうでなければ惚れたりしないとも。
露出の多い格好で男に馬乗りして、触りたいかなどと尋ねるにしても
馬鹿な行動だといえなくない。腹に当たる太股やその他諸々が心地良く
夏の五感を刺激した。しかし彼はまだまだ冷静なつもりではあった。

「またなんか勘違いしたのか?俺は潔白だぞ。」
「知ってる。ちみはわかっててしておるのだ、実にけしからん!」
「お前に妬いてもらおうと?それは誤解だぜ。」
「ほのか怒ってるんだから!」
「そうみたいだな。で、俺はどうすりゃいい?」

 ほのかは少しも色仕掛けに屈しない(と見える)夏に歯噛みする思いだ。
自分は元から嫉妬深い方だとは知っていたが、みっともないとも考える。
そこで寛大でわかる女を演じてみるが、演技の才能にも恵まれていなかった。
そして女の武器なるものを備えていないことも承知していて苦々しく感じる。
もっと、例えば兄の恋人のような見るからに美しく肉感的魅力があったなら
ほのかは遠慮なくもっと早くに夏に迫って色気で陥落を迫っていたはずだ。
自分には向かないと判断して多少年齢的には無理のある無邪気な振りをして
劣等感を抱いていることを誤魔化してきたのだが、のんびりできなくなった。
彼女を夏の正当な恋人だと認められないなどと言われてはどうしようもない。

「なっちが悪いんだからね!ほのかに手を出さないのは・・」
「本当は男が好きでほのかを隠れ蓑にしてるって、ほんとなの・?」

 夏にまたがっていたほのかは真剣に、少し震える小さな声で尋ねた。
もちろん否定の言葉を期待しているのだ。違うといって抱きしめて欲しい。
涙が出そうだが必死に堪える。子供じみているとこれ以上思われたくない。
するとあろうことか、夏はいきなりぷーっと真面目な顔付きのまま吹き出した。
思わず睨み付けるがほのかの下で腹が震えている。笑いを堪えきれないのだ。
しかしそれは否定とも取れる。ほのかはそれで多少不安を和らぐことができた。

「どいつだ?そいつクビになりたいらしいな。秘書ではないんだろうな?」
「クビになんかしたら本当だって噂にならない?」
「そんなことまで入れ知恵されたのか。やれやれ・・」

「ほのかがその・・いまいち発育不良だから・・じゃあないよね!?」

 それが本命の一番不安なことかと見当を付けた夏は首を左右に振ってみせた。

「そんで確かめろって迫ったのか。触るか見るかして・・なるほどな。」
「だって・・なっちはちっとも・・えっちなこともしないしさあ・・?」
「・・・・お前だってそれほどしたかねえくせに。」
「そんなことないよ!ほのかだって、ほのかだって・・」
「どこ触っていいんだ?胸か?お前の気にしてるとこ。」
「!?いっ意地悪だねっ!!」
「ならどこを触ってほしかったんだよ。」

 ほのかは顔中赤くして自分の腕で胸をかき抱いた。今更隠すようにして。
育ってきたから見ろとまで言っておきながら夏が本気にすると思わないのだ。
赤くして俯いた顔を上向けるように顎を捉えてそっと上げさせた。ほのかは
引き結んでいた小さな口をやんわりとゆるめ、夏に戸惑った目を向けた。

 幾度か口付けはした。可愛らしい重ねるだけのものでほのかは満足していた。
理性が持たない場合を想定して夏もそれ以上は求めないできた。これまでは。

「観念するか・・?」

 まるで脅迫者のような台詞だ。しかし夏の表情はそれとは懸け離れて優しい。
ほのかは驚いたように目を見開いたが、”観念する”の意味を思案していた。

「お前が俺にこうしろって・・こうしてくれって望むなら何でもするぞ。」
「・・・なっちは?なっちからはしないのはどうして?したくないのじゃ」
「したくねえなら噂は本当かもしれないぜ?けど俺はお前以外は願い下げだ。」
「ほのかとしたいんだったら・・すればいいよ。・・、観念、しなさい。」

 夏がふっと目元を緩ませ微笑んだ。嬉しそうな照れたような表情だった。
そんな夏に勇気を得たのか、ほのかは再びきりっとした眉を上げて言った。

「そうだよ、そろそろ観念してほのかを・・えとその・・すきにするのだ。」

 前半は実に勇ましい口調で始まった宣言だったのだが、後半は尻すぼみした。
おまけに顔をまたしても茹でたように染めたので夏は可愛くて内心じたばたする。
その内面が見えないほのかにも多少は感づいた。少なくとも夏は嬉しそうなのだ。
愛されているなら怖いことなどない。ほのかはようやくほっとして緊張を解いた。

「・・じゃあなあ・・とりあえず腹から降りてくれないか?」
「え?!どうして?」
「うん、きくなよ。」
「わかんないんだもん。」
「わかんなくていいから。」

 不思議と疑問で一杯になっているほのかを促してゆっくりと起き上がる。
仕切りなおさずにこのままでいたら引っくり返して覆いかぶさる以外になかった。
それを避けることがどう考えても無駄だと判断した為、夏はほのかを退けたのだ。
ふうと肩で息をして整える夏を未だに訳の分からない顔でほのかが見守っていた。

「ひとつ言っておくが・・」
「なぁに?」
「触るだけとか見るだけとかはできないぞ。」
「・・ん?」

 これは微塵も理解できてないなと夏は溜息を押し殺した。気を取り直して
ほのかにわかりやすく説くしかない。努力の人、夏は辛抱強く事に臨んだ。

「手を出すって意味お前わかってるかどうか怪しいが・・」
「え?う・・うん?」
「つまりだな、キスくらいじゃ済まないってことはわかるか?」
「へっ!?!う・うん、わ・わかるとも!」
「”わかってなかったな”だからな、その途中で嫌だってことにもなりかねん。」
「ほのかが?なっちががっかりするんじゃなくて??」
「そうだ。俺がお前に失望なんかするわけがないんだからそこは間違うなよ?!」
「ええっ?そんなのわかんないじゃない!ほのかの裸見てがっかりするかもよ!」
「だからない。それだけは絶対にない。馬鹿にしてんのか?お前俺がそんな男だと。」
「・・・う〜ん・・なんとなくわかった。それで?」
「それでだな。問題はだ、俺がそういうことに及んだ場合止まれないってことだ。」
「どうして?」
「どうしても!ったく話が進まねえからちょっと黙っとけ。だからなあ・・つまり」
「途中でほのかが嫌だってことになったらなっちが困るんだね。だから?」
「おお!わかったか。えらいえらい。だからだな、」
「ほのか大丈夫だよ。泣いてもわめいても気にしないで、なっち。」
「気にするんだよ!俺が!!」
「でりけーとなんだね・・・」
「腹立つな!ああ、男はデリケートなんだよ!」
「わかった。なっちのこと嫌いになったりしないから、失敗しても!」
「なんつう・・怖いこと言うな!びびったじゃねえか、一瞬想像しちまった!」
「そんなの気にしなきゃいいじゃん。ほのか怒らないし笑わないし、それに、」
「そんなことどうでもいいよ!大事なのはなっちがほのかをすきってことさ!」
「当たり前だろ!?したいだけならとっくにしてんだよ!」
「だからあ・・観念するんじゃなかったの?」
「・・・そうだったな。俺が悪かった。」
「え・・なに・・?」

 夏はニヤッと笑ってみせた。何故ならほのかも面白そうな瞳を輝かせていた。
二人は共同体だということを同時に思い出したのだ。秘密は二人の共有物なのだ。

「わかった。どうなろうとそんなことはいい。ほのかの言うとおりだな。」
「うん!なっちだいすき!ほのかのことずっとすきでいて!」
「ああ、俺のこともそうでいてくれ。それだけが怖いんだ。」
「わかった。ほのか絶対なっちのこと嫌いにならないよ!約束っ!!」

 ほのかは指きりをしようとして小指を夏の目の前に出したが、夏はその手を握り、
抱き寄せて口付けに変えた。「ばかめ、約束なら・・次からはこうだ。」
約束事が増えたことをほのかは喜び、夏にしがみついた。そしてうん、と頷いた。







え、本番ですか?えっと・・うまくいったかにゃあ?!(^^)