「かくれんぼ」 


「・・どうしたってんだよ・・いったい・・」

夏の声は痛々しいくらいに酷く優しく滑り出た。
そんな表情を顔に貼り付けているからだろうか。
辟易するほど元気で明るい向日葵のような笑顔が
萎れて涙ぐんで彼に救いの手を差し伸べたからだ。

ほのかは小さな体を伸ばし両手を彼に向けて上げた。
痛々しい表情は夏の広い胸へと押し付けられ隠れる。
背中を摩る手は少し怯えるみたいに弱弱しかったが
それは夏のほのかを労わる気持ちがそうさせたのだ。

「どうってことないよ。でも悲しいから・・・」

押し付けてくぐもった声をして「隠して」と願う。

”どうやって?” 夏は頭に思い浮かべてみた。
馴染みの隠者服のコートならほのかを包み込める。
なんて想像をしてしまうが馬鹿馬鹿しいと思い直す。
包み込みたいのは自分で、ほのかが望んでいるのは
そうじゃない、と結論付けた。隠して欲しいのは気持ちだ。
何かあって傷ついて、それを一人で抱えきれなかった分を
示したのが答えだ。胸の奥が正解だと伝えるように鳴る。

弱弱しかった手に力を込め、夏はほのかを抱き締めた。
それを感じてほのかも夏を強く引き寄せ、二人は繋がる。
互いの意思を体と体で伝え合う。気持ちも重なりあった。
しばらくそうしていると、ほのかの見えなかった顔が
こそりと覗くように夏へ向けられた。もう泣いていなかった。

「・・なんか恥ずかしいからそれも隠すのだ、なっち。」

ほのかはそう言うとまたもや頭を隠し、見えなくしてしまう。
柔らかい髪を梳くように夏の指が頭に乗せられ、行き来する。

”やさしいな” ほのかはこっそり微笑んでしまう。

慰めてもらって、大きな懐に包まれて幸せだなと感じる。
かくれんぼしてるみたいだな、とぼんやり思ったりもする。
見つけるのは誰だろう?夏に隠されているのにやはり夏、
変なのだがそんな気もする。ほのかは頬を擦り付けてみた。
こんなに甘やかされるのはどれくらい振りだろうか。
父や母から与えられた幸福な思い出は既に遠い昔の記憶だ。
今ほのかが辛かったり悲しかったりすると思い浮かぶのは
この場所になってしまった。それを確かめるように夏を抱く。
理由も訊かず、ずっと抱いてくれているのが嬉しい。そして
悲しみは深いところへ沈み、気持ちは楽になっている。

ほのかはようやく顔や手を離し、夏を真直ぐに見て笑った。

「ありがとう、なっちぃ。」

夏はふっと表情を和らげ、穏やかな微笑みで返した。
男にしては美しすぎるそれに思わず見惚れ胸がときめく。
へへっと照れ笑いで誤魔化すほのか。夏はそ知らぬ顔。
何もいわなくても解ってくれているようでむずむずそわそわした。

「なっちも隠れたくなったらほのかのとこにおいでよ、ね?」
「・・・隠すのか、オレを。どうやって?」
「今みたいに抱っこしてあげる。ヨシヨシしてぎゅーっ!もして。」
「隠れるには難がありすぎだな。」
「まーそこは大目に見たまえ。仕様がない。」
「隠れたい・・か。」
「ん?いま隠れたいのかい?抱っこする!?」
「隠したい、のかも・・・な。」
「何をだね?」
「・・・何も」

単純なほのかにでもわかる嘘だ。隠したいから言わないのだが。
隠し事・・それはどんなことで、どうしてほのかに言えないのか?
気になりだすと穏やかにしてもらった気持ちが再び僅かに波立つ。

「隠したい事って・・ほのかが聞いたら困ること・・当たり?」
「いや・・困るのは寧ろオレだ。」
「ん?それなら言った方がいいんじゃ・・あれ・・???」
「いつか・・いやそのうちわかる。」
「今言っちゃダメなのだね。よくわかんないけど。」
「そう、そういうことだな。」
「そっか。わかった。」

ほのかも悲しかった理由を話さなかった。それを思い出し、
夏にだけ言わせるのは止めにする。そのうちわかるとも言った。
潔くその時を待つことにして、ほのかは納得すると深く頷いた。
苦笑しながら夏の手がまたほのかの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「なんだか嬉しそう・・だね。」
「オマエって偶に鋭いな。」

ほのかはむっと膨れたが一瞬で元に戻る。機嫌が良いらしい。

「なっちが嬉しそうだから、今日のところはそれでいいとするよ。」

何気なく言った。ほのかはおや?と夏を見て不思議を味わう。
夏が大きな手を当て、顔を隠すように覆っている。

「・・隠せない、かもな・・」
「え、なんなのさ?さっきから・・はっきりしないのう!」
「はっきりしてる。オマエが鈍いだけだ。」

よくよく見ると夏の顔は赤い。一体全体どうした訳か?!
ほのかは考え込む。鈍い・・とはよく言われるがそうだろうか?
自覚はない。明らかなことを見逃している?・・わからない。
夏には隠したいことがある。ほのかにそのうちわかりそうなこと。
そして思うようにならず、隠し切れないと言った。そこまではOK。
単純にしか思考できないほのかはそこまで考えたのだが、止めた。

「まぁいいや。ね、なっち」
「ん?」
「鈍くてもいいんでしょ?」
「あぁ、わかってんじゃねぇか。」
「ってことはそんなには鈍くないのでないかい?」
「それもそうだ。どうしてもわからなかったら・・」
「教えてくれるの?いやいや、ほのか気付くよ。待ってて!」
「・・・・あぁ。」

返事は遅かったが真剣を含んでいて夏は気付いて欲しいのだと思った。

「やっぱりかくれんぼみたい。」
「かくれんぼ?」
「『もういいかい』『まぁだだよ』・・・ほのかが鬼だね。」
「そう簡単に見つからないからな。」
「なんの!ほのかその方が燃えるじょ。なっちを絶対掴まえるからね!」

そう言って勝気な目を輝かすほのかの顔には、もう悲しみの翳はない。
胸を撫で下ろすと、夏は負けず嫌いを絵に描いたような不敵な顔を向けた。

「『鬼さんこちら』『手の鳴る方へ』・・って感じだな。」

手の内を隠しているつもりはない。ほのかも大きく広げてくれている。
「隠して」と両腕を伸ばし、夏に見て欲しいかのようにあからさまに。
「隠したい」から抱き締めた。ほのかの願いを全部受け止められるように。

それが見つかったら互いを掴まえる。手を伸ばし心も体も差し出す。
チラチラと見え隠れしている各々の気持ちはさて・・いつ見つかるだろう。


『もういいよ!』
『見いつけた!』


そわそわする。近付く足音に息を呑んでそれでも期待で胸をときめかせ
ほのかはそのとき向日葵も逃げ出すくらい眩しく笑うに違いないと思う。
そして飛び込む。互いの胸目掛けまっさかさまに落ちて恋を手にする。








無自覚でも楽しい。知れば尚更楽しい『かくれんぼ』