「じゃれあうキス」 


ほのかがオレにじゃれつくのは今に始まったことじゃない。
無邪気な行動と小柄で人懐こい外見から、まるで犬か猫のようだ。
柔らかい栗色の髪や弾力のある頬や身体がオレにもたれかかる。
妹は病気がちだったため、こんなにスキンシップをした覚えが無い。
ほんとうに小動物みたいだと思えた。大胆でストレートな親愛の示し方。
途惑いは大きかった。遠慮も何も無い、図々しくふてぶてしい態度。
しかし図らずも付き合いが長くなって、それらに次第に慣れていった。
全く咎めなかった訳ではない。あまりに非常識な場合は注意もした。
人の脚に齧りついたときには焦った。用が出来て遊ぶ約束を先送った報復として。
そのときはすっぽんみたいに離れなかった為、仕方なく出先へ引きずって行った。
そんな風にほのかは躊躇することなくオレにじゃれつくのだ、何年経っても。


「こらっ、やめろ!」
「やだー!なっつん、好き好き〜!」
「ダメだって言ってるだろ、そういうことするなよ。」
「ほっぺにちゅうくらいで・・カタイこと言わないの!」
「ウチに帰ってしろ。オレは飼い主でも身内でもない。」
「なっつんにしたいからしてるの!そんなに嫌がらないでよ、傷つくなぁ。」
「もうガキじゃないって言うならそろそろ卒業しろ。」
「イヤだもん!なっつんに触るのがダメだなんて絶対無理だからね!?」

数年経った今でもこんな調子で、どんなにたしなめても今更とほのかは取り合わない。
脅しても、何を言っても効果なし。こいつの兄キに泣きついたこともある。

「もういっそのこと押し倒してみたら?!」なんてことをあのバカ兄は言いやがった。
「オマエはそれでもほのかの兄か!?」オレが兼一を殴ったのは言うまでもない。
「痛いよ、夏くん・・あいつ口で言っても取り合わないからだよ。本気で押し倒せとは・・」
「オマエなぁ、そんなことして泣かれたらどうすんだよ!?できるか、そんな芝居。」
「う〜ん、でもさ、君がほのかのこと『妹』だと思ってないって伝わらないとダメだろ?」
「・・・・・伝えないとダメか?」
「それこそ殴り返すよ、夏くん。君って意外に往生際が悪いタイプ?」
「うるせぇ。オマエに言われたくねぇよ!」
「僕はちゃんと美羽さんに伝えてるもん。君ってばあんなにモテモテだったくせして!」
「高校んときのこと言ってんのか!?芝居してたんだよ、遊んでたみたいに言うな!」
「それは知ってるけど・・要するに本命にはへたれだったということに違いは・・あうっ!」
「それ以上言いやがったら殺す。」
「な、殴ってから言わないでよ・・・痛い・・」

あのバカ兄はちっともわかってねぇ。ほのかをそこら辺の女と一緒にすんなってんだ。
しかし、実際こう毎日無邪気にオレに触れてこられると、どんどんとマズイ状況になってきた。
数年前のオレが信じられないぜ。よく普通にこんなこと許してたよな・・・

「なっつん・・どうしてほのかがキスしたらダメなの?ねぇ?!」
「どうって・・どう言やいいんだよ、困るって言ってるだろ?!」
「困らなくてもいいのに。なっつん・・ほのかなっつんにはしてもらってない。」
「あ?」
「たまにはなっつんもしてよ。ね?どこでもいいから。」
「どこでもって・・ンじゃホラ・・これでいいか?」
「・・・もっと!それにたまには他のところにしてよ!」
「他ったって・・何所にして欲しいんだよ?」
「ここは?」
「ダメ。」
「ケチ。」
「アホ。」
「じゃあほのかからする!」
「するな!させるかよっ!」
「なっつんのケチ、意地悪、キスくらいしてくれたっていいじゃんか、バカぁ!」
「そんなに襲われたいのかオマエは?!オマエはそれで満足かもしれんが、オレは・・」
「・・・キスだけじゃ足りないの?・・いいよ、応相談だよ。」
「・・・な!?」
「なっつんがほのかのこと『妹』じゃないって示してくれるなら歓迎だよ?ほのかは。」
「・・・オマエ・・・」
「口で言えないならしてくれたらいいじゃん・・ほのかにばっかおねだりさせてないでさ?」
「オマエ・・この頃やけにじゃれつくと思ってたら・・わざとやってたのか?」
「わ、悪い!?だって・・・」

ほのかは頬を紅く染めて、気まずそうに視線を伏せた。
かなり大きな音を立てて何かが切れたと思った。しかし情けないことにオレは・・

「・・?なっつん・・どしたの!?なんか・・固まってない?!」

ほのかが心配そうにオレに手を伸ばして、名を呼んでる。なのに身体が動かない。

「なっつん〜!しっかりしてっ!!どうしちゃったの!?」

とうとう目の前の大きな眼から溢れそうなくらい水滴が盛り上がる頃、ようやく息を吐いた。
息止めてどうすんだと内心で突っ込みを入れつつ、オレは肺に再び酸素を取り入れた。

「なっつん!よかった、動かないからびっくりしたよう!」
「スマン・・ちょっと・・いやなんでもない。それより・・」
「ごめんね?ほのか、なっつんが困ってるなぁって思ったけど・・それでも・」
「いや、オレが悪かった。」

日頃ほのかを鈍いとか子供とかバカにしていた自分が恥ずかしい。いや醜態もいいとこだ。
だからありったけの想いを込めて、ほのかのリクエストに応えてみた。
それはもう、想像を遥かに超えて幸せだったってことは間違いない。

「なっつん・・嬉しい・・!」

ほのかはホントに嬉しそうだったから、今まで我慢し過ぎたなと後悔した。
初めて遠慮なく抱きしめてみたら、眩暈がするほど愛しさが込み上げた。
で、問題はこの後どうすればいいんだ?!・・押し倒す以外の選択肢が出てこないんだが。
そんなオレの新たな局面など知らずに腕の中のほのかは満足そうに微笑んでいた。
ほのかを見習って軽いキスを何度か試してみた。腕の中でくすぐったそうに蕩ける笑顔。
その顔を見たら何もかもどうでもいい気にもなった。取り合えず押し倒さなくて済みそうだ。
しかし次からもじゃれつかれて持ちこたえられるかどうかは・・・自信がなかった。

「やっぱあんまりじゃれつくなよ、オマエ・・」
「え、どうして?」
「考えてみたらオレが困ることに変り無い・・」
「変らないんならどっちでもいいじゃないか!」
「そんな無茶苦茶な。」
「ほのかが困るもん。だからなっつんが我慢して。」
「勝手なヤツ・・・」

ほのかはオレの苦笑いにえへへと照れたように笑った。
困るのは結局オレがほのかに勝てないからか、と思い当たる。
見習ってみたところでオレはほのかのように素直になるのは難しい。
いつかオマエとじゃれあっても落ち着いていられるようになるのだろうか?
当分そんな日が来るとは思えなかった。しかしそれでもいいかもしれない。
この先も同じように無邪気なオマエと困っているオレがいるとしても。
それでもきっと幸せで、変らずにオレは溜息を吐くんだ、この先何年経とうとも。







過去も現在も未来も誰が見ててもおんなじだと思う。(笑)