「邪魔スンナ!」 


ほのかはオレの日課の訓練中に居合わせた時、いつも邪魔をしない。
普段とは打って変わってオレが息を吐いて終わりを知るまで声も立てないのだ。
だからオレは日課に集中できるし、ありがたいと内心思っていた。
しかしその日は身体の線も露なボディスーツのようなものに着替えるなり、
「なっつん、もう終わりでしょ?!ほのかにちょびっと教えてくれる?」
と言い出してオレの傍へずんずんとやってきたので驚いた。
「どんしたんだ、突然。オレに何を教えろって!?」
「うーんとね、ほのかにもできる簡単な技ってある?」
「おまえがか?!そんなすぐにできる技なんてねぇよ。」
「憎たらしい奴をぎゃふんと言わせたいんだじょ。なんかない?!」
オレは聞き捨てならないことを耳にしたようで顔を顰めながら問いかけた。
「おまえ・・・誰かになんかされたのか?」
自分で言って非常に不愉快だったが、ほのかは案の定顔を曇らせた。
「う・・・んと、その・・痴漢・・に触られたの。」
「!?いつ?何処でっ!?」
オレの剣幕に気圧されながらも「日曜日に本屋さんで・・」と告げた。
「日曜は珍しく家族と外食だからと早めにオレんちを出たよな、あの後か?」
「うん・・本屋で待ち合わせだったから立ち読みしてたの。そんとき。」
聞いているだけでもむかついてきて、何も悪くもないほのかを睨んでしまった。
「後ろから・・太腿にぺたって手が張り付いてびっくりして・・」
「なんでよりによっておまえを狙うんだそいつはっ!?」とオレはつい荒い声を吐いた。
「今微妙に失礼だったじょ?私みたいなのでも狙われることはあるんだよ!」
ほのかはオレの台詞の言い回しが気に障ったらしく、むっとむくれて見せた。
『おまえを襲うなんざ、どこのどいつだ、ぶっ殺してやる!!』とオレは内心怒りで一杯だった。
しかしかろうじて口には出さずに飲み込んだ。自分自身を落ち着かせようと努力してみる。
「それでオレに教えろって言ったんだな。」
「だって悔しいじゃんか!ほのか怖くて一瞬固まっちゃって・・仕返ししないで逃げちゃったんだ。」
ほのかは思い出してしまったらしくぶるっと身震いした。それを見てまたそいつへの怒りが増した。
「とにかく、咄嗟に反撃する方法ってないかな?」
「・・逃げて正解だ。下手に反撃しようなんて考えるな。」
「えっなんで!?」
「後ろからなら足元を見てそいつの甲を思い切り踵で踏みつけろ。そんで相手が怯んだ隙に逃げるんだ。」
「だからなんでよ?足ふんずけるだけ?!」
「相手を一瞬怯ませて逃げる、それが基本だ。怯ませるためなら何やってもいい。」
「逃げるために・・?」
「逃げるが勝ちだ。もし手を捕まれたときはその手をもう片方の手で爪立てて思い切りひっかけ!」
「顔が近付いたら耳元で鼓膜破れるほどの大声を出すのもいい。」
ほのかは初め不満顔だったが、次第に真面目に「うん、うん」と頷いた。
「いいか?下手な技なんか掛けて失敗した場合、反撃されて押さえ込まれたらお終いだぞ!」
「うん・・なんか悔しいけどわかったよ。」
「背後から抱きつかれたんなら、身体を屈めて思い切り後ろへ頭突きってのもあるが・・」
「おおう!それそれ、そういうのが教わりたかったんだじょ!」
「・・・わかってねぇな・・ちょっとオレが・・・う・・やり辛ぇな;」
「なんで?いいよ、襲ってみて。やってみるからさ。」
「これは身体を屈めるだけの余裕がないとできない。つまり・・・」
ものすごく不本意で柄にもない緊張が走ったが、ほのかの身体を後ろからきつく抱きしめた。
「うわわ!あ、あり?ホントだ、動けないじょ〜!」
「おまえみたいな小柄だと相手によっては人ごみだろうが連れ去ることもできるしな・・」
「ああ、そういえばなっつんと初めて逢ったときも連れ去られたっけね!?」
「うっ!オ、オレは別にやましい理由は・・;」
「わかってるよ。ほのかの手当てしてくれたじゃんか。」
「お・おぅ・・そうだったな・・って、そんなのはいい。とにかく素人が技を決めるなんて無理だ。」
「練習しても無理なの?」
「技ってのは簡単に身につくもんじゃねぇし、決まらなかったときどうすんだよ、やり直せないぜ?」
「うー・・そっかぁ・・相手はひきょーもんだろうしねぇ!」
「そうだ、おまえの身を護るのが第一だから、無茶は絶対にするなよ!」
「そんじゃさ、さっきのもいっかいやって。なんかでちみの気を反らせばいいんでしょ?」
「は?・・あ・・しかしオレは足踏まれたり噛み付かれたくらいじゃどってことねぇし・・」
「それってなっつんが本気でほのかを襲ったら逃げらんないってこと?」
「オっオレがおまえを襲うわけがないだろ!?」
「そうか。それもそうだね?!安心したじょ!」
「・・・なんでか無性に腹が立つが・・わかってんならいい。」
「しかしなんで痴漢なんてするかにょ?なっちょらんよね。」
「ろくでもない奴なんてどこにでもいるからしょーがねぇ。」
「なっつんはしないよね?女の子触りたいって思うの?」
「するかよっ!馬鹿にすんなよ、おまえ。」
「ごめん。そだ、なっつんはもし触りたくなったら、ほのかがいるじゃん!」
「は!?・お・おまえ・・今な・なな・・」
「なっつんなら思う存分触らせてあげるよ、ね?!」
「おまえ言ってる意味わかってるか・・?」
「うん。んでからさ、ほのかが襲うってのもアリ?」
「へ?」
次々と飛び出してくるほのかの暴言にたじろいでいると、ぴょんと跳ねてほのかが抱きついた。
「スキありっ!」
乱暴にも程がある頬への攻撃はそれでもしっかりとした唇の感触を与えてきた。
「やったー!成功したじょっ!なっつんなんてチョロイじゃーん!!」
「おま・・;(怒)」
「ちょっと勢い付け過ぎたか。なっつんは背が高いからやりにくいなぁ!」
オレは黙ってほのかを正面から持ち上げるとごつんとおでこに頭突きを一発お見舞いした。
「うにょっ!?ひったーい・・・なにするんだよぅ・・!」
「思う存分触っていいんだろ?!」
睨みつけるようにそう言ってやる。押し付けられた唇の感触が消えずに顔が熱くなる。
「こんな乱暴なの、さっきのほのかのこと怒れないじょ!女の子の扱いがなっとらんよ、ちみは。」
「なんだとぉ!おまえなんて女のうちに入るかよ。」
「ぐわっ!?なんてこと言うのさ・・・許せん!このこのー!!」
ほのかは腕を振り回して攻撃してきたが、オレが持ち上げてるので全くの空振りだ。
「こんな奴襲う奴が居るとは世の中わからんもんだぜ。」
「くくー・・さっきからの暴言の数々、さてはなっつん、やきもちだね!?」
「!?・・んなわけあるかっ!」
「今一瞬間が空いたのが証拠だじょ。ほのかの言うこときかないと許さないじょー!」
オレに捉まれていながら偉そうにふんぞり返って言うほのかに呆れる。
「何しろってんだ?」
「うーんとね、まずはぎゅっと抱っこして優しくさっきの痛かったおでこにチュウするのだ。」
「却下。」
「なぬ!?きいてくれないとなっつんにセクハラされたって言いふらすじょ!」
「お、おまえ・・それって脅迫じゃねーかよ!?」
「だって、女じゃないとか、痴漢のこととか、なっつん酷いこと言ったもん・・」
しゅんとするほのかに確かにオレも行き過ぎた発言だったかなと観念してほのかを下ろした。
気恥ずかしくて困ったが、なんとか耐えて、背の低いほのかに屈んで顔を近づける。
「さっきは・・その・・悪かったよ。」
オレは前半は省いてほのかのおでこの前髪を除けるとそっと触れた。
「え・・」ほのかは額に手を当てて、丸い目をしてオレを見た。「なんだ、なっつんやればできるじゃん!」
「おまえな!」言い草にちょっとむかついたが、そこは堪えた。
だが次の瞬間ほのかはとても嬉しそうに微笑んで、オレはその笑顔に目を奪われた。
「まぁ今回はこれで許してあげる。それとこれからは混雑しそうなとこはなっつんと行くじょ!」
「あ・ああ、そうしろ。」何どもってんだとオレ自身に突っ込んだが、何故だか心臓がやかましい。
「どうしたの?胸痛いの?」オレが無意識に胸を抑えたのを見て不思議そうな顔をしてほのかが覗き込む。
「いやっ、別に。おまえ、オレと居ないときはホントに気をつけろよ?」
「うん!なっつん。」とほのかはまたさっきのようにオレを見つめて笑顔を浮かべる。
何かしらんが、動悸がする。どうしたんだろう!?何もないのに突然に・・
ただこいつがすごく幸せそうな笑顔をオレに向けただけで・・・それだけのこと・・なんだが。
「ほのか、オレはまだ訓練途中だったから、おまえはおやつの用意でもしに戻ってろよ。」
「え?!まだやるの?ごめん、もう終わりだと思ってた。なら待ってるから一緒に戻ろ。」
「いいから、あっち行っとけ。気が散るから。」
「黙って見とくってば・・・なんでよ、急に。」
「なんでもねぇから。ホレ、邪魔すんなよ!」
「ほのか何にも邪魔しないよ、どうしてさぁっ!?」
オレは少しおかしい。だからちょっとさっきの笑顔の余韻が消えるまで・・一人になりたかったんだ。
だけどしつこくほのかはオレの傍を動こうとしない。どうしたもんか・・
「あ、後でもう一回・・その・・痛かったとこ撫でてやるからあっち行っててくれ。」
「撫でる?おでこのこと?!チュウでしょ、撫でるんじゃなくて。」
「う・まぁさっきそれしたから、もういいだろ?」
「・・・やだ。するならチュウがいい。抱っこもまだしてもらってないよ!してくれる?」
「それは・・また今度な。」
「むー・・イ・ヤ!ここに居る!!」
「わかったよ、するから!後でな。」
「ヨシ、なら先に戻ってお茶の用意しとくよ。」
「あ、ティーカップ壊すなよ!?」
「もう・・なっつんてば変なの!!」
ほのかは渋々諦めて行ってくれたが、後でもう一回なんて、オレは馬鹿じゃないのか!?
いや、落ち着け。おでこにちょっとなんだ、それくらいどうってこと・・
ない、とさっきまで思っていたんだが・・・・何故かオレの顔はまた熱かった。
思いつく限りの厳しい修行を思い出して気を引き締めてみるが・・
もし効果がなかったとしたら、師匠を恨むかもしれない・・