いざ、純情に勝負! 


 ”ほっ・細いとは思ってたが、まさかこれほどとは!?”

 何気に掴んだ手首に驚愕し、固まった夏の心中がそれだ。

 ”わっ・掴まった・コトはあったけど・・なんだか!?”

 一方鷲掴まれた腕と肩に添えられた手に居竦まったほのか。

 約束を違えた夏をほのかは遠慮のない口で責めていた。
止むを得なかったとはいえ、夏は相手がほのかであるので
何を言われても全て自分が悪いとまで思う。しかし謝るとなると
そこは判断を誤たなかったとの自負心や理解して欲しい甘えなど
混沌とした感情が素直な行動を阻害した。若い頃には有り勝ちだ。
結局はほのかの怒りを鎮める選択を取り、背を向けたほのかの
背後から手を伸ばした。他意なくほぼ無意識にそうしたのだ。
 
 夏の予想としてはほのかが暴れたり噛み付いたり、そんな風だ。
ところが珍しい反応が返って戸惑った。ほのかがびくりとした後、
大人しくなった。おやっと思うとほのかのうなじと耳が目に入った。

 俯き加減の細いうなじと少し見える小さな耳が赤く染まっている。
そこで思考と行動が停止。謝るという当初の目的は忘れ去られた。

 ”ど・どうしたんってんだ・・ほのかだよな、ここにいるのは!”

 一方のほのかはというと、身に湧き起こった変化に戸惑っていた。
危ないことをしたりして夏に行動を制御されることもあるし、何より
フレンドリーなほのかは夏にべたべたと遠慮会釈なく触る方なのだ。
手首を捕まれたくらいどうということはない。そう本人も思うのに
体が熱くなり妙にどきどきする。思わぬ緊張で身が固まってもいた。

 ”あれえ・・どうしたっていうんだろ・・ヘン・だなあ!?”

 つまり双方共に対処に困り、フリーズ状態になっているのだ。


 二人が黙ってしまうと部屋は静かだ。時計の音が響いていたが
どちらの耳にも届いていない。やけに動悸が激しいせいでもある。
もはや我慢比べだ。どっちが均衡を崩すかと緊迫感が高まってゆく。
 
 ”ダメだ!ダメだろ?落ち着けって。動揺するほどのことか?”
 ”ダメだ!ダメだよ!ほのかもなっちもなんで固まってんの?”

 ”と・とりあえず手を離すんだ!細くて折っちまいそうだぜ。”
 ”と・とにかくなんか言うんだ。なんでもいいから、せーの!”

 固まったのも二人同時だったが緊張を解こうとするも同時だった。
なんの悪戯かその時を狙い済ましたように電話の着信音が鳴り響く。
無機質な音声は夏の端末だった。二人これまた同時にわっと驚いた。
ほのかなど床から足が浮くほど跳ねた。夏もあたふたと電話に出た。

 「悪い・・」と離れ際に聞こえた夏の声にほのかは緊張が弛んだ。
どうやら社用らしく、少し離れた場所で夏が電話で応対している。

 ”まだドキドキしてる・・でもよかった。どうなるかと思ったよ。”

 胸を撫で下ろすとほのかは自分の手首に視線を落とした。握られた
箇所があたたかい。長いこと握られていたからかと思った途端、又もや
全身がカッと火照る。ほのかは堪らずに両方の頬をぺしぺし叩き出した。
用を済ませて戻ってきた夏がそれを見てすかさず止めようとした。

 「やめろ!なにしてんだ?!」
 「・・ちょっと熱かったの。」
 「そういや顔が赤かったな?」

 今度は正面から、背の高い夏の手が伸びてきてほのかの額に触れた。
片方の手で前髪を退けて、優しい手付きだったが逆効果をもたらした。
ほのかは誤魔化しようもないくらい茹で上がり更に真っ赤になったのだ。
夏はやっと取り戻したと思っていた平静さをいともあっさりと失った。
顔を赤らめるほのかを今度はまともに見てしまったのだ。

 ”ま・まてまてまて!なんて顔してんだ!魂持ってかれるかと!”
 ”う・うわあん!顔まともに見られちゃった!ハズカシイよう!”

 そしてまた固まる二人だったが、今回は夏が策を思いつき実行した。


 「ち・ちょっと熱いな。な・何か、の・飲む物持って・来るか?」

 そうすれば一旦離れて先ほどのように落ち着けると踏んだ夏だったが
ほのかは首を大きく左右に振った。「いらない」と小声だが返事もした。
夏の思惑は外れ、繰り返し沈黙が辺りを支配したのだった。
気まずさが増していく。夏はしどろもどろで打開を試みた。

 「や・約束破って・・悪かった・・な。」
 「なっち、さっきからどもってばっか。変なの。」
 「うるせぇよ。」
 「ほのかも変?」
 「ああ、なんでだ・・調子狂うじゃねえかよ。」
 「なっちの方が変だよ。離してくれないしさ。」

 言われて気付いた。ほのかの肩と額から下りた手は頬に添えたままだ。
熱を持った頬は少しも鎮まることはなく、心も落ち着きを取り戻さない。
状況を打開することをこのとき夏は諦めた。さっきからとんでもないことを
考えている。そのことの方がより重要だった。大人しいほのかの俯いた顔を
持ち上げて自分の方に向けたい。欲求は突然でしかも強く夏を支配した。

 ”俺を見ないのがいらつく。こっち見ろって言いたくて堪らん!”
 
 ”なっちの手が熱い。ものすごく・・ほのかの顔とかも全部だ!”

 夏の手が顔をゆっくりと持ち上げようとしていると気付いたほのかは
慌てて抵抗した。顔を見られたくなかったのだ。なぜだか無性に恥ずかしい。
抵抗を感じた夏は止めるどころか手には力がこもって、ほのかを動揺させた。

 「やっ・やだっ!いま顔みちゃダメなのっ!離してっ・・なっ・」
 
 呆気なく上向いたほのかの目の前に夏がいる。予想以上の近さだった。 
ほのかに屈みこんでいるからだ。覆いかぶさった体の影で視界が薄暗い。
見るなと言っても遅かった。夏が覗き込むようにほのかの視線を捉えて
離さない。諦めて硬くなっている体を解そうとしてみたができなかった。

 「ほのかの顔なんて見飽きてるでしょ。なんでそんなに・・見るの。」
 「お前こそなんで見ないんだ。さっきからずっと背中向けたりして。」
 「そ・んなの・・ほのかの勝手なの。見て欲しくないときもあるの。」
 「どういうときだよ。」
 「いまだよ。ねえ、離してよう!」
 「いやだ。それも俺の勝手だろ。」
 「なっちの意地悪。そんな顔して・・どこの誰なのさ。」
 「俺は俺だろ。どんな顔してるってんだ。」
 「わかんない!もうやだ、見ないでったら見ないでっ!」

 見るなと言われると見たくなる、そう思ったが口には出さず、夏は
ほのかを抱き寄せた。小さな体を胸に取り込むとほっとする心地がした。
抵抗は最初だけで、ほのかはすぐ大人しくなった。しかし顔が見れない。
自分でそうしておいて夏はがっかりした。顔が見たかったはずなのに。

 「これじゃ・・見えねえ。」

 ほのかの耳に不機嫌な声が落ちてきた。ものすごく不本意な声音だ。
突っ込みを入れたくなるが、抱きこまれて身動きすらできない。ほのかは
仕方なく手を伸ばして夏の服のどこかを掴み、ぐいぐいと引っ張ってみた。
気付いた夏が少し腕をゆるめると、ほのかの顔がぴょこっと間近に覗いた。

 ”やべえ・・なんでこいつこんなにカワイイんだよ!?ちきしょう!”
 ”ふわあっ!なっちがやっぱりオカシイよ。ウレシソウだけれども!”

 「「な」」

 またまた二人同時だった。途切れた言葉を続けようとして3度同じことを
繰り返してしまい、とうとうほのかが可笑しくなって吹き出した。
 
 「そこだけ気が合いすぎだよ!」
 「だな。行動がバラバラだぜ。」
 「だってなっちが急に掴むから」
 「お前が大人しくなったからだ。」
 「ほのかが悪いってゆうの!?」
 「ああ、お前も悪い。」
 「どこがさ!?」
 「どこもかしこもやらけえし・・なにもかもだ。けしからん!」
 「それをいうならちみはあっちもこっちもかたくて痛いのだ!」
 「・・そんな痛かったのか?手首・・」
 「痛かったのはそこじゃないよ・・ここ。」

 ほのかが可愛い顔をしゅんとさせて胸の辺りを押さえた。その仕草に
してやられて夏が顔を火照らせると、ほのかがここぞとばかり噛み付いた。

 「なっちだって顔赤いじょっ!けしからんのだ!」
 「顔が赤いのは違うだろ!?けしからんのはお前だっての。」
 「なっちだってなっちだって・・けしからんにちがいないじょ!」
 「すまん。身に覚えがないとは言えん。」
 「へ?・・いつなにをしたの?」
 「それは言えんな。」
 「言いなさい!このウソつきっ子!ほのかのことなめるでないじょ!」
 「なめてねえよ!(なめたいけどな)お前こそ俺を馬鹿にすんなよ!」
 「してないもん。ほのか悪くない〜!なっちが悪いのだぞ〜!!」


 かくして・・夏とほのか、二人の攻防は振り出しに戻った。
ぷんぷんするほのかにむかむかする夏。どちらも頑固なので
どうしてもぶつかってしまう。盲目な想いだけは共通なのだが。


 ”なっちってばホントにくらしいんだから!もう〜〜〜だいすきだ!!”
 ”ほのかのやつ・・ったくどうしようもねえな!かわいすぎんだよ!!”

 この勝負は当分・・否、一向に尽きそうにない。










意識してぱにくる二人・・というネタで引き伸ばしてみました!