いつか また


ほのかは楽しい夢を見た。願望も入っているのかもしれない。
そこでほのかににこやかに微笑む男の子は夏にまちがいない。
少しシャイな感じだが、今とは大いに異なっていて素直そうだ。
ほのかはその目線が同じくらいの夏に手を伸ばし「あそぼ」と
誘った。困った顔を浮かべたものの、ちび夏は「なにするの?」
小首を傾げて問う。なんだか可愛らしいな、負けてるぞと思う。

「うーん・・なにしよっか。なにかしたいことある?!」
「わかんない。僕妹なら一緒に本読んだりするけど・・」
「妹がいるなんていいね!ほのかもお兄ちゃんがいるよ。」
「そうかー・・いつもどんなことしてる?」
「いろんなこと。お兄ちゃんも本は好きだじょ。でもほのかはお外が好き。」
「かくれんぼ・・とか?」
「知ってる?しようか!」

初めてなのか、ちび夏は頬を染めて頷いた。一々仕草が愛らしい。
女の子みたいだなあと思いつつ、ほのかはじゃんけんをして鬼になった。

「もーいーかあーーーーい?!」

数を数えて呼びかけると遠くから「いーよー!」と返った。
張り切って目を開け声のした方へとほのかは駆け寄っていく。

「おやあ・・どこだろ・・・?」

見つからないなと思っていると足元に木の葉が落ちてきた。
はっと顔をあげると目の前の楠の木の枝に夏の姿を見つけた。
向こうも気付いてそっと身を隠したがほのかは笑顔いっぱいで

「みーつけた!!」と指を差した。

登って追いかけようとしたほのかだったが、夏がひらりと降ってきた。
どうやら自分の兄より随分身軽みたいでほのかはかっこいいなと思う。

「すごーい!?でも・・つーかまえたっ!!」

ところが夏はひらりと身をかわしてしまった。あれれと空を抱く。
駈けていく後姿に飛び込む勢いで走るのだが、夏は脚も速いらしい。

「待てーーーっ!」

諦めずに走っているとふり返った夏が楽しそうに笑っていた。
早く捕まえて欲しいけど、捕まるのがもったいない。そんな顔で。

えいと勢い捕まえたほのかに「つかまっちゃった」と呟きながらも
素直な子供の夏は嬉しそうにほのかを見ていた。胸がきゅんとなる。

「遊んでくれてありがとう。僕、もう行かなくちゃ。」
「え、もう!?もっと遊ぼうよ。まだ明るいじゃないか。」
「ごめんね、妹も待ってるし・・それに・・」

悲しそうに伏せた瞳に長い睫が揺れた。お人形よりもっと綺麗だ。
見惚れたほのかは残念でたまらなかったが、夏に再び手を伸ばす。

「また遊ぼうね!私ほのか。ちみはえっと・・」
「なつ。春、夏、秋、冬のなつ、だよ!」
「へー・・名前もきれいなんだねえ!?」
「え?綺麗・・?」
「ちみがだよ。いいなー!ほのかよりずっとびじん。」
「そうかなあ・・僕よりほのかちゃんのが可愛いよ。」

言われて頬が熱くなった。素直に夏に誉められるなんて初めてだ。
そしてほのかの手を握り、「またね、ほのかちゃん。」と夏は挨拶を返すと
手を振りながら帰っていく。寂しくてまた追いかけたくなってしまう。

「絶対ぜったいだよー!遊ぼうねーーーー!なつくーーーーん!!」

見えなくなる前、夏はまた楽しそうな笑顔で手を振った。口元がぱくぱくしている。
よーく目を凝らしてみるとそれは

「あ・り・が・と・う・や・く・そ・く」

そう言っているのだとわかった。ほのかは大きく頷いて見せた。
本当にもう一度・・・小さな夏に逢えたら・・・いいのにとほのかは願う。

ほのかの目には涙が滲む。目が覚めて起き上がるとぽろりと落ちていった。
涙をぐいと拭ってベッドから出ると、急いで支度して家を飛び出した。




「なっちーーっ!かくれんぼしよっ!!」
「藪から棒になんだ!?お前・・まずは汗を拭け。ずっと走ってきたのか?」
「なんだかもう・・・たまんなくなったんだもん。遊ぼうよ、なつくん!!」
「!?・・・なんか・・・変だな。どっかで・・・呼ばれた・・・か・・?」

「なっちー、かくれんぼしたことある!?」
「・・・・ない、・・いや待て。・・一回だけあったかもしれん。」
「ほんとに!?覚えてないかい?一緒に遊んだ子と約束したとかさ!?」
「う〜ん・・・どうだったか・・・女のこ・・可愛い子だったような?」
「なつくん!!」
「へっ!??」

今では見上げてしまう体格の夏の腰にほのかはしがみついて名を呼んだ。
不思議なことだが、もしかしたらあれは夢だけれど・・・夢の中で昔に行って
幼い夏と出逢ったのかもしれない。ほのかはそう思うことにした。


「名前覚えてないとダメじゃないか!そのこの名前はほのかだよ!」

上気した頬で夏に訴えるほのかを見下ろして夏はちょっとの途惑いの後、

「そうだったかもな。・・可愛い子だった。」
「えへへ・・・なんか照れる。もしや初恋?!」
「ばーか、お前なわけもねえのに。昔の話だ。」
「じゃあなっちの初恋っていつさ?ほのかはそのときのなつくん!に決めた。」
「なんだそれ・・え、そいつも夏っていうのか!?・・・奇遇だな・・」
「春、夏、秋、冬の夏って言った。まちがってないじょ。」

不思議そうに首を傾げ、目を伏せた夏の睫は夢の中の男の子と同じだ。
ほのかは胸の奥がふわふわ浮き立って風船のように舞い上がりそうになる。

「ねえねえ、ほんとに好きじゃなかった!?そのこのこと。」
「嫌いではねえだろ。・・なんとなく覚えてたくらいだしな。」
「あーでもその頃からなっちは楓ちゃん命!だったんだねえ・・・!」
「ヒトをシスコンみたく言うな。ブラコンのくせしやがって。」

自分がそうではないと思っているのかと呆れてほのかは夏をじとりと見る。
ブラコンは認めるが夏のシスコンだって自分よりずっと重度だというのに。

「まあいいよ。楓ちゃんには負けても。だけどねえ・」
「なんだよ・・俺は兼一以下とか許さねえぞ、コラ。」

夏の何気ない返しに言葉が出ず、夏を指差したまま(失礼だと咎められた)固まる。
固まって顔をトマトのように赤くしたほのかにでこピンが落とされた。わりと痛い。

「いたっ!?・・・もーなにすんの!」
「夢でも見たんじゃないのか?ほのか」
「だって・・でも・・約束したんだよ、またあそぼって・・!」
「もうかくれんぼって歳じゃねえけど・・したいのなら・・・」
「しよう!ほのかが鬼でいいよ。公園行く!?大きな木のあるところがいい。」

付き合ってやるかと思った夏だが、ほのかの言葉にはっとして目を瞠る。
楠の木のある公園・・木に登って隠れた?・・・あれは夢じゃないと思い出す。

ぼうっとしている夏にほのかが心配して寄ってきた。

「なっち?・・いきなりどうしちゃったの?!」

近づいた夏が突然ほのかの手を取り握ってきたので慌てた。
夏の手は小さな頃より大きいが温かい感触が二人の手から記憶へと蘇る。

「やっぱり・・あれってなっちだったの・・?」
「バカな・・けどあれは・・そうだ、ほのか。」
「なになに!?」

手を解いたと思ったら今度は顔を両手で捕まれて上向きにされ、
ほのかはびっくりして目を回した。夏の顔が間近で焦ってしまう。
繁々と見られてほのかは視線をどこへ落ち着けていいやらわからない。

「確かそんな名前・・というかお前のはずはないよな。俺は何を・・」

まだ納得できない夏が呟く。ほのかはどうでもいいから離せと願う。
やっとそれが叶うとほっとしたのも束の間、夏はほのかの髪をぽんぽんと
軽く叩くようにして次に撫でた。わけがわからずほのかはどぎまぎしたまま。

「思い出した。約束はしたが俺はその公園には二度と行けなかった。」
「えっ!?そうなの?」
「約束破ったのは・・あの後引っ越したんだよ。」
「へえ・・でもほのかは・・ほのかも行ってないよ。」
「そうか、じゃあ・・約束を果たしに行くか?!」
「うんっ!!」

大きく頷いた様子は別れ際に見たほのかとおんなじで夏は目を細めた。
いつか会えたらいいな。でも覚えてるかな・・?なんて思っておきながら
忘れていた小さな約束。おかしな話だが・・夏もこの際信じることにした。
そして近くの公園へ出かけた。生憎楠の木はなく、木登りはできなかったが

ほのかに追いかけられて捕まえられて傍目からみればとんだバカなカップルだ。
誰もいなかったことに感謝して、夏はかくれんぼを終了させベンチに座った。

「これは・・あれだ、大人がするもんじゃねえ。恥かいたぜ・・!」
「そおかな!?楽しかったよ、ほのかは。」
「ああそ・・よかったな。」
「うん、よかったのだ。なつくん、ありがとう!」
「やめろ、そいつは俺じゃねえ。ほんとに・・好きだったのか?」
「好き。今も好き。昔の素直で綺麗ななつくんもここにいるなっちも。」
「あー・・・・そう・・//////////」


ベンチで並んで好きだとか・・・どう見たってそんな感じでむずかゆい。
しかし、夏からほのかを捕まえたり、ましてや好きだなどとはいえない。

「・・犯罪者になりたくねえし。」
「は?なっちまさか何か悪いこと考えてんの!?」
「ない!・・・これで気が済んだか?」
「なっちが満足なら済むよ。」

夏は真面目な顔でほのかを改めて見詰めた。”いつかまた会おうね ”
そう告げたのは去り難かったのだろう。一瞬の短い時間。だけど幸福な記憶。

「俺なら、満足してる。」
「それなら良しなのだ!」

そう言ったほのかはベンチからブランコに移動しこぎ始めた。
小柄だから違和感がない。夏はゆっくり近づいて背中を押してみた。

「・・なっちー、立ち漕ぎできる?」

言われて体重制限はどうなんだとブランコを疑うが黙ったままほのかの座る
ブランコの両端に足を乗せて漕いでみた。段々に勢いづきほのかがはしゃぐ。


「わーっすごいじょっ!飛んじゃいそうっ!!」
「手え離すなよ!マジで飛んでくからなっ!?」

心配する夏をよそにほのかは懐かしいとご満悦だ。夏はといえば
実は公園でこんな風に遊ぶ子供を見たことならある、という程度だ。

”存外・・おもしれえ・・な。”

夏は幼い頃に同じ年代の子供と遊んだりはしゃいだ記憶がない。
どちらかというと思い出したくないことばかりで思い返すと気が滅入る。
まさか大きくなってこんな風に擬似子供体験ができるとは思わなかった。
もしかしてほのかが・・・約束を果たすために魔法を掛けたのだろうか。

馬鹿馬鹿しいと苦笑する。そして飛び降りた夏にほのかは拍手した。

「わーっ!昔もそうだったけどなっちってかっこいい!!」
「お前は・・アニキもいたんだし、これくらい他の子供もできたろ?」
「お兄ちゃんはあんまり・・・運動は得意じゃなかったし・・それに実はね、」

「ほのかの方がおてんばだったの。だからそれよりすごいなっちに惚れたのさ。」    
「よく言うぜ。・・・なら今のは何点だ?」
「捻りが入ってなかったから〜、99点!」

調子に乗ってもう一回飛んで二人で公園を後にした。夏の手を取って
手を繋ぐと夏は嫌がったが、「友達はこうして帰るんだよ!」と押し切る。

「なっちぃ、いつか子供ができたらさー・・一緒にまた遊ぼうね?」
「バカ!一体いつの話だ・・・!!??」

ほのかの笑顔に一瞬本気で未来を想像した夏が赤い頬を隠そうと横を向いた。