いつか恋になる日まで 


  妹じゃない だけど妹 あいつの妹だ

”そんな日はきやしない!ずっと俺は一人だ!”


 朝が来る前に飛び起きた。寝汗が酷く喉が渇いている。
のろのろとベッドを降り、重い足取りでシャワーに向かう。
湯ではなく冷たい水を浴びた。さすがに冷えて目が冴える。
身支度をして家を出るまではほぼルーティンなのでこなせた。

 だがこの気分はどうだ。最悪といってよく、朝日が呪わしい。
ほとんど眠れていない。眠ったかと思うと夢を見る。繰り返し。
 
 どうして日は昇りまた沈むのか。何もかもが虚しいと感じる。
そういえば腹に何も入っていないが、それもどうでもよかった。

 何処に向かおうとしていたのか定かでなく、気付いたらそこ。
早朝でここの家の住人はおそらく誰一人起きてはいないだろう。
ぼんやりと一つの窓を見上げた。あいつは眠れたのだろうか?

 俺よりは眠れているだろうし、それがいいと思うのがやっと。
学校へ行く気にならず、足をきままに動かしてそこを立ち去った。

”ねえ、なっちぃ!いつかほのかと・・・・になってね!?”

 明るいあいつの声がまた聞こえてきた。もう何度目か知れない。
そんな日はこないと俺はちゃんと言ったか?確か言ったはずだった。
だからこんなに苦しいのだろうか。時間を戻せてもきっと言うはず。

 ほのかは・・妹じゃあない・・なら俺の・・・なんだ・・?

 無邪気な顔。怒った顔。悲しそうな顔。おどけた仕草。
俺を呼ぶ声。よく動く体。細い指。あどけない口・・・唇・・

 なんてことをしたんだろう?あのときはそうせねばならないと
何故か思い込んでいたんだ。どうせいつか誰かに取られちまうんだと。
それが俺ではいけないなんて、誰に謂われることでもないではないか。
 
 あんなに小さな肩を、何も知らないほのかを穢したのは俺だ。
永遠なんて有り得ない。いつか終わりがくるものだ。何もかも全てに。
信じ込むのは勝手だが、俺は付き合ってられない。志・・それは・・・

 守りたかった約束。負けないようにと祈ってくれたのも小さな手だ。
叶わなかった。あれほど願ったんだ。それでも未来はやってこなかった。
もう欲しいものなど、ほんとうに手に入れたいものなど無いと思った。
約束だけを片手に握り締め、唇を噛んで・・死ななかったのも約束の為。

 ほのかは他の誰かが守ってやればいい。・・・それがいいはずなんだ。
俺ではダメだ。不幸になる。どうせ叶えてやることなんて俺にはできない。
いつか、いつかなんて言葉が嫌いだ。否定したらあいつは悲しい顔をした。

”どうしても・・ぜったい?・そんな日はどんなに待っても来ないの?!”

 俺は頷いた。諦めろ、そんな未来。そういう想いを込めて肯定した。

 だったらなんで・・抱き締めた?どうして唇を・・舌を・・俺がそんな
誰よりもそうしてはならないはずだった。ほのかは妹、大切な妹だ、兼一の。
俺のじゃないんだ。兄貴の代わりに少しだけ・・羽根を休める場所になって
あいつの笑顔が見ていたかったんだ。俺はあいつを・・・望んじゃいけない。


 ぼんやりしていたらほのかと出逢った通りにいた。チンピラはいない。
当然あいつも。というか人通りはほとんどない。静かで嘘のような街並。
出遭わなければ・・俺は今頃どうしていた?知っている。それはおそらく。

 このままどこか知らない土地へ流れようかと思う。そう、あの気ままな
親父・・師父のように。酒はそれほど好きでもないが、飲みたい気分だ。
酔って気に食わないクズ共を殴ってやろうか。路地裏にゴロゴロしている。

”ほのか・・俺はなあ・・ずっとそんな風だったんだ・・お前とは違う!”

 師父が不良だとか言ってるが、そうじゃない。ごろつきとそう変わらない。
闇の方が馴染む。ほのかのいる場所は俺には眩しすぎて息ができないんだよ。
すまなかった・・あんなことするつもりじゃなかった。可愛そうに・・俺に

”なっちが好きだから。ね?いいでしょ!?”

 俺も夢見てしまった。あのとき・・否ずっと前からそうだったかもしれない。
あの手に縋って、危なっかしい存在を護って生きてゆけたらと希を持ったのだ。
どこまでも勝手で・・俺だけが満足するってシナリオだ。陳腐で嫌になる。
雨でも降らないかと思ったが、馬鹿みたいな天気だ。益々厭になっちまう・・


 どこをどう歩いたか記憶にない。ここは・・どこだっけな?ああ・・!

 ついこの間ほのかにせがまれて来た場所だ。別に変哲も無い海が見えるだけの。
外の国でもいいなと思う。あいつのいないところなんてどこでも同じだろうが。
もしかしたら面白いこともあるかもしれん。死ぬなら誰も知らない処がいいしな。

 長い間海を眺めていた。途中声を掛ける物好きもいたが無視したら去った。


「なっちー!見つけた!!」

 反応してしまった。声がほかの奴と違うから?空耳・・かと疑い振り向けない。
しかし後ろからぱたぱたと聞き覚えのある足音が近づく。止めてくれ!一体これは
なんの冗談だろう?俺は逃げたかったんだ。何もかもから。それなのにお前は、

「つかまえた!へへ・・すごいね、遭えたもん!やっぱりだけどね!?」

後ろから抱きついてきた体から影が伸びる。今はもう夕刻らしいとそれで気付いた。

「ふう〜・・ここ結構遠いね。でも迷わずに来れたの。えらいでしょ?」
「・・・嘘付け・・・一度くらい・・・道を尋ねた・・だろう・・が。」
「うわっ!?なんでわかるの!?まぁいいじゃないか、着いたんだし。」
「・・・・なんでここがわかった。俺がここに来たのは偶然なんだぞ。」
「んー女のカン!?なっちが呼んだからじゃない?きっとそうだよ!?」

「お前・・俺のしたことも・・言ったこと忘れたのか?」
「覚えてるよ?忘れるわけないじゃん。昨日だよ〜!?」

 あまりにあっけらかんといつものほのかで、夢を見ているのかと思ってしまう。
確かめるように腰に回された手を掴んでみる。するととても冷たい手をしていた。

「もう二度と来るなって言ったはずだ。」
「おうちには行ってないよ。ここは来ちゃダメなんて言ってないし。」
「苛々させやがる・・お前の願いは叶わない。それも言っただろう!」
「未来なんてわかんないよ!いつかもしかしてってこともあるさ!?」
「無い。そんな日は来ないんだ。ほのか、だから諦めろ、俺のことは」

「・・そんなことができるならしてるよ。」


「なっちはできるの?このほのかちゃんから逃げようなんてことをさ?」 
「・・・・やってみなくちゃ・・ならんだろう・・?」
「それで今日ここまで歩いてきたの?絶対歩いたでしょ!?電車じゃなくて。」
「・・・・・」
「結構なっちのことわかってるんだぞ、ほのか。それにさあ・・いいんだ。」
「・・・・?」
「恋にならなくても。ほのか好きでなっちと居るの。それで結構幸せだし。」
「妹でもいいってのか?これからさきもずっと・・」
「一応誘惑は色々とためしてみる。それでもダメなら妹でもいいかな。」
「莫迦だろう?俺は御免だぞ・・妹のままなんて・・俺を殺す気かよ。」

 ほのかが顔をあげて俺を見た。不思議そうな顔をしているのが不思議でならない。
昨日したことをどう受け止めているんだ?俺は眩暈がする。グラグラ体が揺れた。
ほのかの腕を解いて遠慮なく抱きすくめると益々吃驚している。未だ解らないのか。

「ちょ・・なっち?昨日と言ってることが違うよ!もうしないって・・」
「別れるならしないだろ!?俺が言った最後ってのはそういう意味だ。」
「なんだ、そうなの!?うれしいな!なっち・・じゃあこれからもしてよ、キス。」

 乱暴に口付けると塩気を感じて離してしまった。なんだ、涙かと納得する。
そうだ、俺は泣いてたらしい。かっこ悪いにも程がある。大根役者に成り下がった。
自分に呆れているとほのかが唇で俺の頬を拭うのが見えた。そして顔を顰める。

「涙ってほんとにしょっぱいんだね?」
「そんなことも知らんかったのかよ。」
「うん、かしこくなった。なっちーは?知ってた!?」

 知らなかった。ほのかも泣いていたことを。そしてその涙が塩辛くないこと。
世界が終わりになろうとも、ほのかから逃れることができないことも知ったのだ。

”ようやく・・いまごろ・・いまさら・・・だが・・俺は・・・!”

 否、世界は終わったのだ。昨日と別れを告げた。永遠に昨日は戻らない。
手にしたのは妹ではない。誰のものでもない。俺が知っている最高の宝ものだ。

「なっち・・?困ったね。すごく・・嬉しくって泣けるんだよ!」
「俺も・・止まらねえ。ほのか、俺を・・さっきみたいに抱いてくれるか?」
「いいよう!?ほのかにお任せ。ふふ・・こう?!」

 ほのかが俺を背中ではなく正面から抱き締めた。俺もほのかを抱く。
ああそうか、こんな日は有り得ないと思えたのは・・・幸せ過ぎるからなんだ。

  恋などとっくに知っていた。だから・・いつかなんて日は来ないと思ったんだ・・








急いで書いたからどうなの?!まとまってないかもですわvv(^^;