それも愛しき日々 


「どうして寝室に鍵なんて掛けちゃうのさ!?」

ほのかは小さな子供のように首を傾げて尋ねる。
その理由に少しも思い当らないというのだろうか?
だとしたら真っ当な成長を遂げているのは外見だけだ。
心配を他所に健康的な殻は日々大人へと変化している。
二人きりで過ごすことに言訳し難いことになってきた。
夏の心労とは別に、ほのかも一応悩み事を抱えてはいるのだが。

無闇矢鱈にほのかは侵攻してくる。夏の部屋だろうがPCであろうがだ。
問い質すと、どこにHな本なり画像なりが隠してあるのかなどと言う。
親を捕まえて説教でもしたいと夏は頭をガシガシと掻き毟りたくなった。
そんなものは無いと説明しても納得するはずもなく、危機感が募っていく。
挙句「年頃の男子が無い方が問題じゃないの!?」とまで言い出す始末だ。

「出入り禁止になりたいのか?っていうか親はそんな注意をしないのかよ?」
「あはは!だってなっちだしー!お母さんもお父さんも信用しきってるよ?」
「・・・・あのな、ともかくだ。会社のPCだけは勘弁しろ。しゃれにならん。」
「盲点かと思ったんだけど。会社用なら有り得ない、と思わせといてさ!?」
「そんなアホなこと誰がすんだよ・・・それと寝室もマジでダメだからな。」
「じゃあお昼寝はソファのみなの!?狭くなってきたんだけど、ほのかも流石に。」
「流石にって・・それこそ人んちでぐうぐう寝てる場合じゃないだろ!?」
「なんでさ?!しょうがないなぁ・・じゃあダイレクトに聞いちゃおうかな。」
「ああもう、何でも聞いてくれ!(自暴自棄と書いてヤケと読む)」
「ズバリなっちの好みと傾向!対策を立てるから細かくてもOKだじょ!」
「人間で女だ。以上。」
「ちょっ・・範囲広すぎだよ!そんなに女好きとは知らなかった。ちょっとショックだ。」
「誰が女好きだ。そこらの野郎と一緒くたにすんな。」
「だからその違いを教えてくれと言っておるのだよ!」
「対策なんぞ立てなくていいってんだ!怒るぞっ!?」
「つまりほのかちゃんでOK?将来的に安泰なの!?って聞いてるんだよわかってる?!」
「オマエはまだそんなこと言ってんのか!?兄キの嫁から俺の嫁にシフトしただけだろ!」
「何がいけないの!?兄妹から脱却してノーマルでしょ!?」
「・・・・どう言えばイエローカード出せるんだ。レッドも用意したいところだぜ。」

「なっちが言ってることわかんない。ねぇ、ほのか大分大きくなったでしょ?!」
「中身がちっとも伴ってないけどな。」
「とりあえず外側はもういいってこと!?ねえねえ!」
「・・まだ早い。ナニ考えてんだ。」
「なっちほどいやらしくないと思うんだけどな・・」

口ではそんな生意気なことを言っているが、実際はわかっていない。
夏は腹立ち紛れにほのかの頬を抓って引っ張り、悲鳴を上げさせた。
涙目の上目遣いで睨みながら、ほのかは赤くなった頬を摩って言った。

「危機感が持てないのはなっちのせいでもあるんだからね!」
「何だと!?」
「だってそうじゃないか。いつまでも子供扱いするし。ほのかのこと好きなくせに。」
「ばっ・・オマエが少しもわかってねぇからだ。っつっても余計なこと人に尋ねて廻るなよ?」
「ほのかが一番聞きたいのはなっちだもん。他は省略してもいいけどさ。」
「ホントにオマエ・・この年になっても他に誰か気になる男とかできないのか?」
「なっちは!?どうなの!?これ以上ほのかを心配させないで欲しいんだけど!」
「・・・・俺はともかく・・本気でないガキ相手になんかできるか。」
「ひどっ!どうしてほのかが本気でないなんて言うの!?それにともかくってなんだい!」
「うっさい。俺の本性知ってる奴が。有り得ないだろうが。」
「むかつくんだけど!なっちのダメダメなとこ知ってたって好きなんだからしょうがないでしょ!?」
「ダメとか二回も言うな!失礼な奴だな!?」
「誉めれば怒るし、どうすりゃいいのさ。ややこしい子だよ、まったく。」
「フン・・・とにかく色気付いてきたガキに警告してやってんだ。少しは距離を置け。」
「イヤだよーだ!なっちのあほ。意気地なし。ほのかが他の人に浮気していいの!?」
「その方が正常だ。さっさと引き上げろ。それともエロいことだけして欲しいのか!?」
「どうすりゃいいのかね、この子ったら。はぁ・・いっそ押し倒してみない?なっちー。」
「いらん。そんなこと要求してるならもう来るな。どっかでこれからも能天気に暮らせよ。」

ほのかはそっぽを向いた夏に大きく溜息を吐いた後、歩を進めて二人の距離を縮めた。
何をするつもりかと夏が不審そうな目を向けると、腕を組んでいた夏の頭を抱え込んだ。

「なっ!?なにを・・!」
「よしよし。拗ねないの。」
「誰が拗ねてんだ!離せ、・・(胸を)押し付けんなよ。」
「わからんちんのなっちを抱きしめてやる。覚悟しなさいなのだ。」
「!?」

ほのかのに抱きしめられて夏は固まる。細い腕でも力はそれなりにこもっている。
ほのかは目を閉じて祈るように夏を抱いていた。夏の目が細く狭められ、緊張が解けていく。
どうしてこうなるのだろうと思いながら。いつも勝てないほのかの強みを見せ付けられる。
わかっていないくせに。どんなことを男が頭に思い描いているかなんてことこれっぽっちも。
それらをまるで本当にどうでもいいことのようにほのかは乗り越えてこようとするのだ。
弾力を増した胸元も、すんなり伸びた手足も、桜色の耳や果実のような唇さえ。
それが欲しければどうぞと差し出そうとする。夏にはどうしても理解できないことだった。

しばらくそうしていたがやがてほのかは夏が抵抗しないことに満足したのか少し顔を離した。
にこりと笑顔を浮かべ、毒気やらなにやら、空気の抜けた風船のような夏を見詰めた。

「まだ早いって言うなら待つけど、そろそろちゅーくらいしてもいいと思うよ?」
「・・・他の野郎には死んでもやりたくねぇ。けど、俺にだってまだ早いんだよ!」
「あ、ちょっと素直になった。へへ・・・いつまで待てばいいの?ほのか待てるかなぁ・・」
「とりあえず、危機感を覚えるくらい成長するまでは無理だな。絶対オマエ泣くから。」
「え〜・・ってそれこそ無理じゃないかなぁ・・・ほのかなっちのこと怖くないもん。」
「怖がらせるだけで済めばなぁ・・・はぁ・・」

夏はそう呟くとがくっと首を下げて肩も落とした。ほのかはその肩に手を乗せる。

「まぁそんな落ち込まなくても。浮気はしないよ、だいじょぶ、だいじょぶ!」
「・・したらタダで済まさないからな。」
「兄モードかと思ったら・・なっちも忙しい人だよ。」
「オマエだって都合の良いときは妹モード発揮してるだろ!」
「ありゃ!ばれてたの?」
「もて遊びやがって。可愛い面して悪魔だ、オマエは。」
「うふ〜vV もっと言って。ほのか可愛い?ねぇ、なっち!」
「耳悪いのか?可愛いのは外面だけだと言ってんだよ。」
「なっちは中身の方が可愛いよね。ダイスキ!」

ほのかが顔を上げた夏の額に軽く唇で触れた。髪が邪魔で軽くぶつかった程度のキス。
眉間に皺を寄せた夏がほのかのセーラー服のスカーフをくっと持って引っ張った。

「およっ!?」

引っ張られて前へと屈んだほのかの頬に夏がお返しと言わんばかりに触れた。
邪魔もなく直に触れる頬と唇はちゅ・・と軽いが接触する肌と肌に違いない音を奏でた。
ほのかの頬が離れた途端赤に染まる。目もくるりと大きく見開いていた。
夏はその反応に満足気な視線を向けた。まだ初心で何もしらない少女の顔を浮かべるほのかに。

「もうちょっとゆっくり育てば?お兄さんは少しでも心配を減らしたいんですが。」
「・・・またお兄ちゃんモードで誤魔化して。お兄ちゃんは妹にちゅーとかしないんだよ!?」
「オマエが中途半端にしてくるからだ。」
「なにそれ・・・欲求不満じゃないの?」
「ああ、そうかもな。」
「難儀な性格。」
「ああ、オマエじゃねぇと面倒見切れないと思うぜ。」
「そこは・・・同意見だじょ!」

笑顔は無邪気と大人とがまぜこぜだった。ややこしいと夏は溜息を押し隠す。
触れたいが勿体無い。独占したいが自由にさせてやりたい。裏腹なことばかり考える。
いつか二人共に遠慮なく抱きしめ合う日がやってくる。それはいつだかはわからない。
堪えきれなくなるのは、自分でないといいと卑怯にも思う。けれどきっとそれもまた
ほのかにとっては取るに足らないことなのかもしれない。夏はようやく笑顔を取り戻し
ほのかの笑顔に応えた。黙ったまま笑顔と笑顔が交わされる。


「とろろでさ、寝室に鍵は掛けないでよ、なっち。」
「そうはいくか。死守するからな。昼寝なら居間でしとけ。」
「ちぇ・・悪戯の幅が狭まるじょ。ツマンナイなぁ!」
「オマエ、要は俺をからかいたいだけじゃねぇのか?!」
「えー?なんのことかなぁ!?ほのかわかんないよ!」

とぼけるほのかの頭にぽかりと夏のほとんど痛くない拳が落とされた。

長い付き合いともなると、大人への移行時は色々とある。
過ぎてしまえばどれも愛しくて甘い日々の一部なのだろう。
二人は今日も真剣にじゃれあって、馬鹿馬鹿しいが真面目な毎日を送る。








お久しぶりの夏ほのはやっぱり甘くてバ○ップルでした☆