「一番になりたい」 


「美羽さん、僕近頃視線が痛いんです・・!」
「はい?あぁ!谷本さんのことですわね?!」
「僕何かしちゃったんでしょうか!?恨まれるようなことを!」
「直接ご本人にお尋ねになればよろしいのでは?」
「そそそ、それは・・だって彼どう見ても怒ってませんか!?」
「でも・・それほど殺気は感じられませんし。」
「それって少しは殺気があるってことですよね!?ねえ!??」

僕は心当たりが無かった。夏くんから睨まれる理由が。
先輩たちは「惚れられたのか〜い!?」だとか他人事だと思って言ってる。
美羽さんもさほど心配してくれないし。ああ、孤独だ・・・一体何故・・?
僕を睨みつける以外には特に何も行動を起こしていないのが余計怖いんだ。
僕がついつい家族の前でそんな泣き言を漏らしたら、妹は困った顔をした。

「お兄ちゃんごめん。もしかするとそれ、ほのかのせいかも。」
「なんだと!?お前一体何やらかしたんだ!?」
「やーその・・昔から言ってることだしさぁ・・」
「怒らないから言いなさい。お兄ちゃんだって困ってるんだ。」
「・・ほのかね、世界で一番はお兄ちゃんだって・・いつも言ってるじゃない?」
「ん?・・・ああ、そんなようなことを・・言ってたっけ?」
「口癖みたいになってるっていうか・・だってホントに一番好きだしね。」
「うんうん・・でもそんなこと夏くんの前でだって今までも言ってただろ?」
「そうなんだけど・・・なんかこの前は急に不機嫌になっちゃって・・」
「どうしたんだろうね、いきなり。心当たりはそれだけなのか?」
「うーん・・ずっとそれから冷たいんだよ。なっちってば。」
「どういう状況で言ったんだ?おかしいなぁ、そんくらいで。」

ほのかはそれ以上はわからないと言って、結局解決には至らなかった。
すると新島が話に上乗せしてくれて、たまには役に立つ奴だなと思った。

「別にお前は気にしなくていいぞ。アホらしいしな。」
「や、だって困るんだよ。あんなにしょっちゅう睨まれてると落ち着かなくて。」
「要するに嫉妬だ。ほのか相手に攻めあぐねてんだよ。学校では”谷本サマ”のくせにな。」
「攻めっ・・ちょっと待って。それって自覚ありでほのかに迫ってるってこと!?」
「まだそんなにあからさまには迫ってないだろうけどな。ほのかがあの調子だから。」
「・・確かなのか、それ。」
「ほのかから聞いた話だ。」
「僕だって尋ねたけどそんなこと言ってなかったぞ!?」
「お前には推理力と判断力が足りねぇ。質問の仕方もなってないな。」
「なんか・・専門家みたいな言い方するなよ。偉そうに。」
「お前なんかよりは専門だ。”一番はお兄ちゃん!”じゃ、アイツだって面白くないさ。」
「・・それはまぁ・・いつも世話してやってるのにね。」
「なんで谷本がそんなに甲斐甲斐しく世話してると思ってんだ?お前。」
「そりゃ・・妹さんにできなかった分・・とかじゃないのか。」
「それだけだと思ってんのか!?」
「そう・・なのかな。ほのか・・」
「谷本はあー見えて堅物だ。妹の身なら心配いらんだろ。」
「断言するなぁ、お前・・」
「見てりゃわかるじゃねーか!?べったべたにほのかに甘い谷本を!」
「仲良さそうだなーとはいつも思ってるけど。」
「やれやれ・・ニブイとこは兄も妹に負けてないってこったな。谷本も気の毒に。」
「う〜ん・・もしそれが事実として、僕はどうすればいいんだろう。」
「ほっとけ。気にするな。なるようにしかならねぇ。」

僕は悲しいかな新島に説得されてしまった。しかし判然としないで悩んでいると
偶然夏くんと帰宅途中に顔を合わせたので勇気を出して尋ねてみることにした。

「あっあのさ!この前帰ったらほのかが困ってたんだ。君心当たりある?」
「いつの話だ?・・テストなら無事に済んだし、今は何もないはずだが。」
「わー・・細かい把握の仕方。いやそうじゃなくて君のことだよ。」
「オレの?別に変わったことなんか・・ないぞ。」
「君が不機嫌で困るって言ってた。この前からずっとそうだって。」
「・・・そうかもしれんが、お前には関係ない。」
「全く無くはないんじゃない?」
「アイツのことが心配なら見当違いだぜ。」
「どういう意味?」
「アイツは相変らずだし、お前のことが今も一番だと言ってるしな。」
「あーそれそれ!それが気に入らないんじゃないの?!」

どうしてだろう、僕は時々自ら地雷を探して踏んでしまってる気がする。
今回も突然夏くんの気配が変わったことに気付いて背筋が警戒を訴えた。

「上からモノを言うな。妹自慢なら聞く耳持たんぞ。」
「そ、そんなつもりないよ。君の誤解だ!」
「それが気に入らなかったらどうだって!?」
「・・図星だったの!?ひょっとして・・」

彼から攻撃が来る!そう察知して僕は身構えた。理不尽であろうが身を護るために。
しかしギリギリのタイミングで良く知った呑気な声が二人の間に割りこんできた。

「あっ発見!!仲良く一緒に帰ってるの!?いいねぇ、ほのかも混ぜてー!」

さっきまで怒りを顕にしていた夏くんだったのにぱたりとその気配を消していた。
しかし眉間は険しい。ひょっとして今のが結果的に僕を庇ったみたいだから、だろうか?

「オマエ何しに来たんだ・・」
「なっちのお迎えだよー!?」

現金だなんて僕じゃなくても思っただろう。夏くんの眉間は一瞬で平らになった。
僕じゃなく夏くんに会いに来たのだという事実に僕も少しばかりほっとしていた。

「兼一に用じゃないのか?」
「違うよ。なっちだよ?」

わが妹ながらグッジョブ!と言いたくなった。ほのかは彼の腕に甘えるように縋った。
すると更に不穏な空気から一転して、なんだか和やかなムードにさえなってしまった。

「しょうがねぇな。待てなかったのかよ・・」
「うんv 早く会いたかったんだー!」

ほのかのダメ押しの一言ですっかりご機嫌な夏くん・・・なるほどわかりやすい;
僕の認識が甘かったようだ。こう眼の前で突きつけられれば嫌でもわかった。

「ほのか。僕には何もないのか?」
「お兄ちゃんには用事ないよ。なっちと二人でお出かけするんだもん。」

探りを入れた質問にほのかは気付いた様子もなく答え、それが更に彼を喜ばせたようだ。

「・・ほのか。お前お兄ちゃんが一番なんじゃなかったのか?」

この台詞にはちょっと緊張した。ここで場面が一気に逆転することも考えられるからだ。
しかし妹は特に悩む様子も、僕と彼の心中も慮った風でなくあっさりと言った。

「一番だよ。かっこいいのはお兄ちゃんが一番。で、優しいのはなっちが一番。」
「へぇ〜!?かっこいいってことなら夏くんだと思うけど・・」

フォローというか・・冷やりとしたのでそう言ってみたんだが、効果の程は・・・?

「んとね、お兄ちゃんはいつでもかっこいいけど、なっちはほのかを助けるときだけだから2番。」
「えっそれってほのかを助ける以外はかっこよくないってこと?!」
「なっちはかっこいいより優しいだよ、やっぱり。ほのかのこと助けてくれるときはかっこいいけどね。」
「へぇ〜・・・」

僕は複雑な心境だった。今のほのかの言葉が彼にどう捉えられているのかわからなかった。
しかしちらりと様子を窺ってみる夏くんの表情は淡々としていて、悪く取ってはいないらしい。

「ごちゃごちゃうるせぇんだよお前ら。さっさと帰るぞ、ほのか。」
「うん!じゃっお兄ちゃん、またね〜!」
「あ、ああ。またな!」

どうやら彼のことは妹がなんとかしてくれたようで、翌日から僕は睨まれなくなった。
ほっとして平穏が戻ったというのに、僕は心が薄く曇ったような想いを感じていた。
なんだろう?寂しいのかな。妹が親友に連れ去られたから?・・いや・・違うなぁ・・

「兼一さん。どうかされました?」
「あ、美羽さん。たいしたことじゃないんでご心配なく。」
「そうですか。あの・・私、新島さんから先ほど伝言を預かってきましたの。」
「え?そうなんですか。なんだろ!?直接言えばいいのに。」
「正確には谷本さんから兼一さんに伝えたかったことらしいです。」
「ややこしいですね!?ソレって一体・・?」
「『お前には負けない。どんなことでも』っておっしゃってたんですって。」
「それは・・なんで彼は新島にそんなことを・・」
「兼一さんを睨んでないことに気付いた新島さんが谷本さんに今朝お声を掛けたそうですわ。」


「よう!谷本。今朝は機嫌良さそうだな。」
「煩い。お前ほのかにあれこれ訊くなよ。」
「最近は訊いてないぜ?・・たまにだよ。」
「余計なこと言いやがったら殺すと言っただろ。」
「言わん、言わん。ほのかは基本お前のことばかり言ってるから心配するな。」
「・・アイツ兼一のことは・・話さないのか?」
「他では知らんが俺にわざわざ言わねぇなぁ。」
「・・・そうか。」
「兼一になんか言っとくか?たまには惚気でも聞かせてやったらおもしれぇぞ!?」
「・・お前には負けない。どんなことでも・・ってそう言っとけ。」
「よっしゃ。了解。ぷぷ・・通じるかねぇ・・ほのかと一緒でニブイからな?」
「ニブイっていうか・・ズレてんだ。わかってなくても伝えとけ。」
「ほいよ。」

「・・だそうですわ。」
「ニブイとかズレてるとか・・言われ放題ですね、僕たち・・」
「そこがきっと良い所だと思ってらっしゃるんですわ。」
「美羽さんは優しいなぁ・・僕ね、僕は美羽さんが世界一優しいと思ってますよ。」
「まあっ!?そんな・・そんなことありませんけど・・ありがとうございます、兼一さん!」

美羽さんは恥ずかしそうに頬を染め、可愛いらしい笑顔で僕にそう答えてくれた。
その笑顔に胸がときめく。ああ、そうか・・ほのか。わかったよ。お前もなんだ。
夏くんが不機嫌だと困るのも、笑ってくれたら嬉しいのも。よくわかるよ、その気持ち。

「やっぱり兄と妹って似てるんですかね?!」
「羨ましいですわ。信頼し合ったとても素敵なお兄さんと妹さんですもの。」

少しくすぐったかったけれど、僕は美羽さんの言葉で心の曇りが晴れたような気がした。
妹を信じてる。そうだ、それは間違いない。そして親友の谷本君のことも。
新島の言った通りだ。悔しいけど奴は僕たちのことを結構よく見てるんだなと感心した。
おこがましいかもしれないけれど、僕も美羽さんに・・信頼をもらえてるよね。

僕も負けないよって伝えてもらおうかな。気持ちは君と同じだってことを。
大切な誰かを守りたい。そのために努力しなくちゃ。うかうかしてたらダメだと改めて感じた。
僕は隣に居る大切な人にまずは伝えてみた。きっとまた笑ってくれるんだ、とびきりの笑顔で。

「僕、一番になりたいんです。あなたの一番の存在に。」

ほら・・・なんて綺麗なんだろう。この笑顔のためならどんなことだってできるよ。
嬉しさと誇らしさと新たな決意。夏くんとほのかにも僕は心の中からエールを送った。






これは・・・初の 兼一×美羽・・ですよね!?おお・・やった!
もちろん夏ほのがベースになってはいるんですけどね!(基本ですv)