一番星


今までにこんなに真面目に勉強したことってなかった。
部活だって皆が心配するほどへとへとになるまで頑張ってる。
お手伝いだって進んでやって少し新しい家事も覚えた。
近頃のエライ自分に自分でびっくりしてしまう。
褒めてもらったりして嬉しかったりするけれど、
どうしても心が沈みこんでしまって困っていたりする。

・・・どうしてこんなに・・・元気出ないんだろう・・

そうなのだ 寂しさがどんなにしても癒せない。
何をしていてもどこにいても思い浮かんでしまう

・・・あいたい・な・・どうしてるか・・な・・

友達の誘いを断って一人でぶらぶらと帰り道を歩く。
住宅街へ入る前の大通りはよく買い物して歩いた道。
車に轢かれそうなところを助けてもらったこともあったなぁとか、
たくさん買ってもらって荷物持ちなんてさせちゃったななんて思う。
いつの間にかそんなことを考えていることに気付くと一層落ち込む。
街のショーウィンドウに映る顔を見るとやっぱり冴えない顔だった。

「あんだと!?てめぇ、ざけんなよ!」

突然の怒声に驚いて振り向くと数人の質の悪そうな奴らが目に入る。
数人で一人を取り囲んで、どこかで見たような光景だなと思った。
そうだ、あのとき囲まれていたのは・・・勿論今目にしているのはその人ではなかった。
こういう場面に首を突っ込むなと特に私一人のときには禁止されている。
その約束を破りたいわけではないけれど、どうしても我慢出来なくなった。

「コラァッ!寄ってたかって卑怯者ーっ!!」

「ぁあっ!?何だてめぇは〜!?」

私は囲まれていた人が隙を見て逃げてくれるよう祈りながら大声を張り上げた。
怖いけどここで気を緩めちゃダメだと心に言い聞かせて胸を反らす。
3人ならなんとか逃げられるかもしれないと思っていたのだけれど・・
囲まれていた人は腰が抜けているらしいし、一人素早い奴がこちらにやって来る。
”捕まれたらダメなんだよね、なっつん!”思い出して逃げようとした。
けれど一歩遅かったらしく、行く手を阻まれてしまった。
”どうしよう!?”私は自分の浅はかさを知ったけれどもう遅い。
いけなかったかもしれないのに私は怖くて反射的に目を瞑ってしまった。

「うわあっ!!」

大きな悲鳴に驚いて顔を上げると、浮いたように見える男の一人がどすんと目の前に落ちた。

「な、何だ!?・・・お前何だよ!」「おいっしっかりしろ!」

私は目の前で起きていることが信じられなくてぽかんとしたままだった。
男たちはまるでおもちゃのように簡単にひっくり返されていく。
苦痛に顔を歪め、呻き声を上げながら転がるように男たちが去って行った。
けれどそんな男たちの姿はぼんやりとしか目には映っていなかった。
そいつらを追い払った人に目が釘付けになっていたから。
後ろ姿がこちらを向いてくれないことに不安になってとうとう声を出した。

「待って!動けない女の子を路上に置いてく気かい!?」

その人の肩がぴくっと反応を示して、こちらにゆっくりと振り向こうとした。
私はじっと見つめていた。あまりにゆっくりに感じてもどかしくて涙が出そうになる。
けど涙は堪えた。確かめなくてはならなかったから。まばたきを忘れるほど見ていた。
振り向いた顔は怒っているようだった。それでも私がずっと夢に見ていた顔と同じだった。
何も言わずに私の前にやって来ると、あのときみたいに肩に担ぎ上げられた。
懐かしい匂いと私の良く知っている頼もしい腕に胸が軋むほど高鳴った。

「初めて逢ったときよりは乱暴じゃないね・・?」
その人の大きな肩の上で呟いたけれど、答えはなかった。
そのままあのときみたいに家まで連れて行ってくれた。
私も同じようにずっと黙っていたけど、下ろされたソファで小さく呟いた。

「あのときみたいに・・手当てしてくれる?」
「・・・何処を怪我したんだ。」
「怪我じゃない・・・もっと声聞かせてよ。」
「なんで約束を破ってあんな奴らの前に飛び出したりした?」
「・・・ごめんなさい・・・気が付いたら飛び出してたの。」
「オレが今日あそこに居合わせたのなんて偶然だぞ?」
「違うよ。偶然なんかじゃない。」
「何・・?」
「いつでもなっつんが助けてくれたよ?偶然なんかじゃない。」
「・・・偶然じゃなかったら・・・なんだってんだよ・・?」
「ほのかね、もう待ちきれなかったの。だから来てくれたんでしょう?」
「・・・呼んでたって言うのか?・・オレは・・夢でよくオマエを・・」
「ウン!夢で呼んでた!ほのか一生懸命返事したよ、聞えた!?」
「・・煩いくらい叫んでたな。いつも・・」
「良かった!届いてたんだ・・・よしよし、それでこそなっつんだよ。」
「相変わらず偉そうだな。」
「そうなの、相変わらず憎たらしいでしょ!?」
「ああ、だから・・・泣かせていいか?」
「そんな簡単に泣かない・・よ!」
「・・・もう泣いてるじゃねぇか・・・」
「なっつんが・・・悪いんだも・・」
「・・いいんだろ?泣いても。だから泣けよ、思い切り。」
「なっつんが偉そう・・・どうしちゃったの・・?」
「どうもしねぇよ。今でもオマエが憎たらしいって言ってるだろ?」
「そっか・・へへへ・・・嬉しい・・・」
「・・待たせたな。」
「ぅ・・・う・・ん・・・うん・・・う・・」

堪え切れなくなって久しぶりに大声を出して泣いた。広い胸を濡らして。
どれだけみっともない顔してただろうと今になって少し後悔しそうなほど泣いた。
優しい手でずっと私を抱いていてくれていて、嬉しくてあとからあとから涙が零れた。
甘えるように顔を擦り付けても、ぎゅっと縋りついても腕は振り解かれなかった。


「なっつん・・・おかえり。ちゃんと掃除もしてたんだよ?」
「・・・そうみたいだな。どれだけ物壊したんだ?」
「失礼だなぁ。お掃除上手になったんだよ、ほのか。」
「ふーん、それは・・つまらねぇな。」
「なんでよ?褒めてくれないの?それともほのかを怒りたかったの?」
「あぁ、怒ってやろうと思ったのにな。」
「やっぱりおかしいよ、なっつん。なんだか素直で気持ち悪い・・」
「オレも気持ちわりぃ・・久しぶりに見てオマエが可愛いなんて思ってんだから。」
「えぇ?!・・・それはホントにおかしいよ。どうしちゃったんだろう!?」
「全くだ。どうしてくれんだよ?責任とってくれ。」
「そ、それって女の台詞っぽいけど・・どうすればいいのさ?」
「そうだな、それはゆっくり考えとくが・・その前に言っておく。」
「え・・なにを?」
「・・・オレはオマエのこと・・妹なんて思えない。」
「・・・う、ウン?」
「だけどオレのものにはできないって思ってた、ずっと。」
「ど・・うして?」
「妹以外の誰かを護りたいなんて・・許されないと思ってた。」
「そ・・う・・」
「けどオマエを離したくなくて・・もどかしくてオマエを憎んだ。」
「・・・」
「だがどうやってもオマエを・・憎めないとわかった。・・だからもう止めた。」
「え・・何を?」
「オマエから逃げるのを止めた。オマエを・・ずっとこの手で掴まえておく。」
「ウン・・・それは・・いい考えだよ・・・ほのかとおんなじだ。」
「オレを掴まえたいってか?」
「もう離さないの。ずっとずっと。ほのか諦め悪いんだよ、知ってるでしょ?」
「とっくに掴まってたってことだな。無駄なことしてたぜ。」
「そうだよ、今頃・・わかったの?!・・ずっと好きだったんだよ・・」
「オマエだって知らなかったくせして。オレがずっとオマエを・・」
「嫌いだって言ったもん。憎いって・・・何度も何度も・・」
「ああ・・・オマエを憎いほど・・想ってる。」
「それならもっと・・憎んでも・・いいかな・・」
「オマエはオレの気持ちに気付いてた。無意識だとしても・・・むかついたぜ。」
「それでもほのかのこと嫌いにならないでいてくれたんだ・・」
「オレも大概しつこいんだぜ?」
「ウン、知ってるよ。」
「ホント・・憎たらしいヤツ・・」

もう一度広い胸に顔を埋めて、今度は泣かずに笑顔を擦り付けた。
夢じゃない、ホントウなんだと二人の胸に刻まれている音で確かめた。


久しぶりに二人で歩く帰り道はまだ明るくて空に一番星を見つけた。
「あ、なんだかあの星ってなっつんみたい。」と私が空を指差すと、
「オマエだろ、アレは。」って言われた。
「なんで?」と尋ねてみたけど答えてくれない。
もしかしたらまたおんなじこと考えたのかなと思った。
そしたらちょっと気恥ずかしくなって笑って誤魔化した。
”だってあの星って、じっとほのかを見てるみたいな気がしたから・・・”
もしかしたら・・ううん、きっとこの空も月も星も何もかもがそうなんだ。
・・・誰かへの想いがあるから耀いて見えるんだね・・・







「片想い」に終止符。になるのかな・・でもまだすぐには素直になれない二人。
もうちょびっと続きます。しつこいようですがお付き合いくださいませ。
でももう痛い展開にはならないです。その辺はご安心ください!^^