「イタイのはイヤよ」 


「っ・・っ・・ぁう〜!!」
「泣くほどのことかよ!?」
「手加減してよぅ・・」
「してるとも。そんなに痛くはしてない。」
「あっああっ・・イタイ〜!!」
「・・・・」

そこは新島による新白連合本部。(兼集会所兼訓練所etc)
いつも陽気なノリのボクサー、武田一基は我が耳を疑った。
思わず足を止め、その声の方向をそうっと窺ってみると・・
柱の陰になっている声の主たちは向かい合って座っている。
わかるのはそこまでで、何をしているかはわからなかった。

”おっおいおい!じゃな〜い。何やってんの、あの二人!?”

まさかこんなところでそんな場面に出くわすとは、と焦る。
もうここはそうっと後ずさって部屋を出よう、それしかない。
武田はそう決めると、その通り実行すべく半歩右足を下げた。
そのとき先ほどの二人の声が引き続き聞こえてきた。

「イタイ!イタイよ、なっち!お慈悲を!?」
「アホか。勝負なんだろ?負けたと言えよ。」
「そこをなんとか!ちみもちょびっとじぇんとるまんであれば!?」
「生憎日本男子だ。」
「イタ=======ッ!!!!」
「ほれ、負けたは!?」
「お・・おにょれ!言うものか〜!なのだじょお〜!(涙)」
「負けず嫌いめ。」


”あれ!?・・ひょっとして・・勘違いか〜い?!”

武田は思い切って下げた右足を元に戻し、逆に一歩踏み出した。

「あっ、いっちー!コンニチハ〜!?なのだ。」
「・・・さっきからそこで何をしてるんだ?」

「何って・・それはこっちの台詞じゃな〜い!?」

きょとんとした女の方、白浜兼一の妹ほのかは不思議そうに言う。

「指相撲してたんだけど・・いっちー、知らないの?」

男の方、谷本夏はしらっとした表情で黙って武田を見据えていた。

「いや、それは知ってるけどね〜!?・・なんでここで?」

武田の疑問にほのかは「会長さんに用事。暇つぶししてたのだよ。」
どうやら二人で来たのはいいが会えなかった、ということらしい。

「あのさぁ・・二人していつもそんなことやってるの?!」
「いつもってわけじゃないけど?」
「う〜ん・・えっとねぇ・・どう説明すればいいのかな〜?」

武田は夏にチラチラと視線を向けて言わんとしていることを察して
欲しい様子だったが、夏は相変わらずむっすりと口を閉じたままだ。

「まぁいいや。ねぇ、なっち。続きしよ!」
「もう終わりだ。帰るぞ。」
「えっまだ会長に会ってないじゃないか!」
「もういい。」
「そうなの?じゃあさ、帰ったら続きね。」
「おまえはどうせ負けるくせになんでそう拘るんだ。」
「負けてばっかりじゃ女が廃るってもんでしょお!?」
「・・・・」

武田の居心地の悪そうな笑いを見て、夏は腰を上げたのだが
ほのかは意に介する様子もなく、帰る夏の後ろについていく。
慣れたように腕にもたれ掛ると、二人は引っ付いて歩き出した。

「またね〜!いっちー!?」
「あ、ああ!またね〜!ほのかちゃん。」

すれ違いざまに夏は武田に一瞥を送ったが、何も言わずに出て行った。
腕を組んで立ち去る様子は以前よりも新密度が増しているようだ。

”な〜んか・・当てられ損したじゃな〜い。後輩くんやるねぇ!”


二人にぎこちない笑顔を向けていたことを夏はモチロン見ていた。
そして武田が自分たちをどんな風に思ったかということも察して
家に帰るまで仏頂面を保っていた。ほのかは帰るなり目の前で

「しゃげ〜!」
「・・65点。もうそれは笑えんな。」
「むむ・・そうか。ではまた次のを考えるのだ。」
「力入れることかよ、そこ。」
「なっちの笑顔のためだからね、ガンバルさ!」
「ふーっ・・・また誤解されちまったな・・・」
「誤解って?なぁに、誰に何を誤解されたの?」
「いい。それより離れろ。いつまでくっついてるんだ。」
「なんでそんなに不機嫌・・はっもしや・・・?!」
「・・何を想像してるんだ。」
「じゃあ続きしよう。そんでほのかが勝ったら教えてあげる。」
「まだやるのかよ!?」
「一度くらいは勝たないとやめられないのさ。」
「・・はぁ・・」

差し出された手を握ると、夏は無抵抗でほのかの攻撃を待った。
すると、「わざと負けるのはナシだよ!」と釘が刺された。
「とっとと終わりにしたいんだよ。」
「なんでよ!?負け続けの辛さをわかってほしいのう!」
「あのな・・手加減・・もうどうすりゃいいかわからんぞ。」
「そんなこと言わないで!えいやっ!」
「・・・あ、スマン・・」
「・・・・・・・いっ・・・たぁ〜〜〜〜いぃ〜〜〜〜!!」

無意識に『負け』を回避してしまった夏のせいでほのかはまた悲鳴だ。
そして今度は手加減がうまくできなかったのか、涙目になっている。
咄嗟に指を離してやったが、ほのかは食い下がるように手を握りしめ、

「ダメえっ!ほのかが勝つまでするのーっ!!」
「なんなんだよ・・・どうすりゃ・・」
「ええ〜い、この手は使いたくなかったじょっ!」
「!?」

ほのかの作戦は成功した。唐突に夏の頬にキスをしたのだ。
とりあえず驚いた夏の指を素早く押さえると、口早にカウントを取る。

「やった!やったーっ!!ほのか勝ったじょ〜!?」
「・・・やれやれ・・・やっと終わったか。」
「多少卑怯な手ではあるけれど、まぁいいじゃないか!ねっ!?」
「武田がいなくて良かったと思うぞ、ここに。」
「え?いっちーがいたからって何かあるの!?」
「・・・・・別に。」
「ちみは妙なことを気にするねえ!?」

夏は困ったような視線を投げたが、ほのかには届かない。
傍目にどう見えるかなどと、彼女には元より関係のないことなのだ。
夏とほのかが周囲にどんどん”公認”の温かい目が育っていることも。
説明しても仕方がないと夏もいつものように何も言わなかった。

「・・いっちーといえばさぁ、何を訊きたかったのかな?」
「さぁな。」
「なっちは少しはわかる?」
「少しな。」
「教えてよ、そのちょびっとだけでもさ。」
「おまえも気になるのか。」
「キサラちゃんや美羽に言われてることと関係ある?」
「なんて言われてるんだ。」
「なっちといつも仲が良いけど、人前ではもうちょっと控えろって。」
「それで、おまえはどう答えた?」
「どうすればそうできるかわかんない!って。」
「・・なるほど・・」
「なっちはそんなこと言われたことある!?」
「まぁな。そんなつもりはないと言ったが・・」
「皆してどうしてそんなこと言うのかねぇ・・」
「・・・そうだな。別にいちゃついてなんか・・いねぇし・・」
「いちゃ・・?ほのかとなっちが!?」
「そんな風に見えるらしい。」
「な・なんと!?」
「おまえは気にしなくても・・」
「なんとーっ!?やったね、なっち、ほのか嬉しいよっ!!」
「へっ!?」
「そうなのかー!やっとほのかも成長が認められたのだね!」
「・・そ・・うか??」
「それならこれからもっといちゃいちゃしよう!」
「はあっ!?」
「そうだ、ほのかが勝ったからさっきの疑問にお答えするよ。」
「あ、あぁ・・」
「なっち、そろそろほのかをカノジョにするのだ。」
「答えになってねぇ。」
「なっちがこのところ不機嫌なのはよっきゅーふまんじゃないの?」
「待て、それは誰に言われたんだ?さっきの奴らか!?」
「えっと〜・・会長さんとか?」
「誰が欲求不満だ!あの野郎!」
「それならほのかのことカノジョにしてくれるかと思ったんだけど・・」
「なっなんだよ、その泣きそうな顔は。」
「違うの?・・まだお子ちゃま扱いのままなのかい!?皆は認めてるのに。」
「・・・ちょっと待て。そんな言い方したらオレが待たせてたみたいだろ!」
「ほのか待ってるよ、辛抱強く。健気ですねってジークも言ってたんだよ。」
「オイ待て!一体どんだけの奴らにおれたちのこと!?」
「皆がんばってねっ!って言ってくれるよ。」
「はは・・そういう意味だったのか・・それならオレも言われたことが・・」
「そうか。んじゃあ、今からカノジョってことで、いい?!」
「違うだろう!?なんか色々とおまえは間違っているぞ!?」
「正しい方法とかあるの?じゃあどうすればいいのさ。」
「えっ・・それは・・普通・・普通ってどう・・告白とか?」
「そんなの何百回も言ってるし。好きだよっ!なっち。こんでいい?」
「おかしい・・なんかおかしいぞ。この状況とか全部が。」
「なんでよ。なっちもスキって言ってよ。」
「こんなノリで言えるか!おまえもこんなんでいいのか!?もっとこう・・」
「ははぁ・・さてはろまんちっくなのを想像してたとか・・乙女じゃのう。」
「誰がだ!」
「ごめんだけどほのかろまんちっくなのも乙女ちっくなのもわかんない。」
「はぁ・・だから?」
「なっちの好きなやり方でいいからほのかのこと特別だって宣言してよ。」
「・・・今更?・・そうか、けどそういうことか。正しいじゃねーかよ。」
「うん!でしょでしょ!?えへへv」

夏はほのかの満面の笑みで薄く色付いた頬に口付けた。そして

「オレからもこういうことしていいってことだな。要するに解禁だと。」
「おお・・なっちからだ。そういえば初めてかも!ドキドキするぅ〜!」
「じゃあ今からそういうことで。ふーっ・・なんか疲れたぜ。」
「わーい!今からカノジョだーっ!やったねっ!?あ、じゃあねぇ・・」
「・・?」
「皆にありがとって言わないと。」
「一々報告せんでいい。するな!いいか?」
「どうしてぇ?心配してくれてたのにー!」
「アホらしいからだ。決まってるだろ・・」

やはりよくわかっていなさそうなほのかに夏は苦笑を漏らす。
そして後日、武田にまた出会ったときすれ違いざまにこう言った。

「・・今度から場所は選ぶ。から妙な心配無用だ。」
「!?・・あっそうか〜!?ウン、こないだのはかなり危なかったからね!?」
「深読みし過ぎなんだよ。どいつもこいつも・・」
「・・それは・・」

夏はまたも無愛想な顔をして通り過ぎて行った。その後ろで武田は呟く。

「いやぁ・・意外に天然なのは・・彼氏の方じゃな〜い!?」

その後新島とお茶しているほのかを見て、声を掛けた。

「やぁ!ほのかちゃん、こないだはどうも〜!」
「あっ!どうもだじょ〜!いっちー、ごめんね?」
「えっ!?なんのことかな〜?」
「心配掛けたみたいだから。ほのかね、今度からイタイのはダメって言っといた。」
「・・・はい?!」
「なっちはね、ほのかいじめてないからね!?安心してねっ!」
「そ、そうか〜!それはよかった〜!?」

ほっとしたほのかの顔は無邪気そのもので、武田は心の中で谷本を思い浮かべ、

”彼ってもしかしてすごく苦労してるんじゃな〜い!?”と認識を新たにした。

そして明後日方面に心配させたと思っているカノジョにここまで気を遣える彼に
心からエールを送った。そしてほのかにも直接伝えてみる。

「これからも二人仲良くね〜!応援しちゃうからさ〜!」
「いっちーありがとー!ずっと仲良しだから安心してねっ!?」

「あーまたいちゃいちゃしてたんだろ?控えめにしろよ、ほのか。」
「またそれ言う!会長さん、いいんだよ!もうほのかカノジョなんだから!」
「へーへー・・そりゃよかったな。谷本も苦労が絶えんことで・・」

むくれるほのかだが、新島もさすがに理解しているようだ。
結局誰の目からも見たままに、両想いだがカノジョの成長待ちという訳だ。
しかし微笑ましいのを通り越して先日のような場面に出くわすようにもなった。
男の心中を察するに余りある。けれど幸せな悩みとも受け取れるので・・

”やっぱちょっと控えめにして欲しいよね〜!?独り身だからさ〜!”

口笛を一つ吹いて、武田はトレーニングに向かった。






微笑ましいから痛々しいに変化していってるわけです!(笑)