「一緒にいようよ」 



忙しいときに限って構って欲しがる、と聞いたことがある。
飼い犬や猫なんかのことだ。オレはそんな経験などはない。
妹の世話はよくしていた方だと思うが、それとは別物だ。
子供にも懐かれた験しはない、子供好きでもなんでもない。
だからどれも推測の域を出ないのだが、今の状況はかなり近い。
年末で人手が足りない分の皺寄せで、仕事を自宅に持ち帰ってきたものの、
とある訪問者によって、それらをことごとく邪魔されているのだ。
ソイツは聞き分けの良かった妹とは正反対にオレを困らせる天才だ。
つい溜息なんぞが出るが、ソイツは意に介してくれそうもなかった。

「おい・・言っただろう、邪魔するなら帰れって。」
「邪魔しないよ。お手伝いするの。そんで早くオセロしよ!」
「はーーーーっ・・・」

オセロ盤をしっかりとセットして、オヤツもきっちり食って、
ほのかは今日も絶好調、いつもの傍若無人ぶりを発揮している。

「ちっ・・これもやり直しか!・・コラ触るな!もう止めだ。」
「なんで?まだいっぱいあるよ、このなんだかわかんない紙の束。」
「返せ、かき回すな!あーっ・・・もう・・・」

オレは書き損じをより分け、報告書類を片付け始めた。
諦めるしかない。というか、仕事が増えたのは確実だ。
この諸悪の根源であるほのかを追い返した後にする以外ない。
でなければ仕事の量が増すばかりだ。オレとしたことが・・

「なっつんがお仕事をおうちでするのって珍しいね?」
「盆暮れはどこでも人手が足りなかったりすんだよ。」
「ふーん・・」
「それよかおりろ。人の背中に乗っかりやがって。」
「えっへへ・・これ結構楽しいのだ。」
「オセロすんだろ!?このまんまでしろってのか?」
「別にいいけど。えーっそんなに睨むことないじゃんか!」
「さっさと勝負してとっとと帰れよ。オレは忙しいんだ。」
「またそれかい。だからお手伝いしてあげると言ってるのに。」
「・・オマエのは手伝いと言わん。」
「しょうがないなぁ・・じゃあやるか!待ちくたびれたよ。」

オレは思い切り顔を顰めてやったが、ほのかは平然としている。
どんなに邪険にしようがいつもこんな風で、オレもさすがに根負けしている。
怪我の手当てをしてやっただけなのに、まさか毎日押し掛けられるとは・・
おまけにオセロ勝負!・・忌々しい。コイツがこんな才能を持っていたとは。
一度やっつけてしまえば諦めるだろう、などと思ったのが間違いだったのだ。
おそろしいほどの腕前に諦めさせられたのは、オレの方だったのだから。

「ふふんvはいっほのかの勝ちィ〜!」
「!?・・・くっ・・また負けた・・」
「中盤は良かったのにね、残念でした。」
「どうしてこうなるんだ・・・あそこは・・いやしかし・・」
「研究熱心だね?セオリーどおりじゃダメなんだよー?」
「偉そうに・・今に見てろ!絶対に勝ってやる。」
「ふふ・・負けずキライだね〜!?」

オレはふと我に返る瞬間がある。ほのかとこうして過ごしているときだ。
ずっと以前から、ほのかは当たり前にここに居たという錯覚に陥って。
何故ここに居るんだろう。そして何故こんなに・・オレは気を抜いてるんだ。
張り詰めて生きてきた。人と接するには偽りの自分が不可欠だった。
そんな状態でいたはずのオレが、ほのかといるとおかしいのだ。
こんな風に素顔を曝しているのが不思議でならない。妹にさえ見せなかった。
妹もオレと似ていて、お互いに気遣いで明るくしたりしていたからだ。
それなのにほのかの前にいるオレは・・・なんの感情も抑えていない。
オレが妙な顔でもしていたのか、ほのかが首を傾げて見つめていた。

「なんだい、お兄さんの納得がいくまで勝負するかい?」
「・・・いや、今日はいい。また・・」
「明日?いいよう!いつでも受けて立つからね!」
「・・・」

気が付くと明日の約束をしている。オレが望んでいるのだ、この時を確実に。
関わらないようにできたはずだ。今までのように。なのにどうして・・

「いきなり寂しそうな顔しちゃって。心配しなくても明日も来るよ!」
「心配なんかしてない。バカ言うな・・」
「大丈夫、明日も明後日もこれからもできるだけ来るからね!?」
「どんだけ暇なんだよ。オレはいちいち付き合う義理ないんだぞ。」
「だって・・一緒にいると楽しいでしょ?」
「楽しい・・だと?」
「ウン、だからだよ。」
「オレといて楽しいか?」
「ぷぷ・・自信なさげー!楽しいよ、なっつん。」
「じっ自信ないとか、そういうんじゃなくてだな。」

焦って考えもなしの台詞を口に出して。やっぱりどうかしてる。
本当のオレなんかに価値など・・ほとんどないとか思ってることがばれてる。
強さだけを求めて、そこに居場所を見つけてやってきたんだ。
幸い目移りするほど世の中に興味がなかった。無心でいられたのだ。
現実は心の冷える処でしかなかったはずだ。それをオレは今楽しんでいるのか。
許されている気はしている。ほのかといると穏やかになれる。
けど、いつまでこんな毎日が続くというんだ。これもまた偽りではないのか。
偽りでなくとも、終わりはやってくるだろう。こんなことは続くもんじゃない。
喜びはいつも打ち砕かれる結末だった。そんなエンディングしかオレは知らないのだ。
ほのかはそんなオレのセオリーを覆してしまいそうに感じているのか?
もしかしたら期待しているのかもしれない。オレの常識などぶち壊して欲しいと。

「そんなに心配ならさ、予約しておく?」
「は・・?何を予約すんだ?」
「ほのかだよ。」
「・・・意味がわからん。」
「お嫁になってあげようか。そしたらずっと一緒にいてもおっけーでしょ!?」
「バカかオマエ!?」
「なんでさ。お得だよ!丈夫だし、可愛いし。」
「自分で言うな。」
「今なら誰とも付き合ったことないからお得度5割増し。」
「アホ・・」

「そういやなっつんって初恋はいつ?」
「あ!?何を唐突に・・」
「ほのかのカンではまだじゃない!?ほのかもなんだけどさ。」
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「どうもその辺に似たとこある気がするんだじょ。」
「オマエみたいなガキに言われたくない。」
「似たもの同士仲良く行こうよ。」
「勝手に仲間にすんな!・・オレは・・女なんて一生関わりたくないんだよ。」
「なんと!?・・・まさかなっつん・・・ウチのお兄ちゃんはダメだよ!?」
「なっ?!何を勘違いしてんだ、アホ!男も願い下げだ!何考えてんだよ!」
「はーそうか。それはヨカッタ。んでもさ、ほのかのこと好きでしょ!?」
「どっからその自信湧いてくるんだよ。」
「キライじゃないでしょ!?一緒に遊んでくれるじゃないか。」
「・・・あー・・まぁ・・深い意味でなく、だな?」
「そうそう。単純に考えるのだよ、ちみ。」
「偉そうだなしかし・・まぁそう・・か・」
「そこ重要!だから今がちゃーんす!」
「・・なんなんだ、この売り込み。」
「相性ばっちりだと女のカンが告げてるからね。」
「女のカンね・・・女だったのか、一応。」
「失言だよ、ちみ。素直に決めてしまいたまえ。」
「オマエって営業向きかもしれんな。」
「ん?そおかい!?」
「ずっと一緒にいてくれるんだな。」
「おうっ!まかせといて!!」
「そっか・・じゃあ・・期待しとく。」
「やったね!!なっつんヨロシクねっ!?」
「まだまだ・・先の長い話だな、しかし。」
「そんなに早くお嫁に欲しいの!?しょうがないなぁ・・」
「そんなこと言ってない!」
「すぐだよ、きっと。お兄さん焦らない焦らない。」
「だから焦ってなんかねぇよっ!!」

オレは柄になく必死で言い返した。どこか高鳴る胸のうちを掻き消すように。
ほのかが笑ってオレを宥めた。生意気な、一体どうすりゃこんなガキが育つんだ!?

「親の顔が見たいってのはこういうとき言うんだな。」
「いつでも見に来て。なんなら今晩ウチ来るかい!?」
「あ、アホっ!冗談じゃねぇよ!なんて紹介するつもりだ!?」
「そりゃ・・ほのかの未来のだんな様?とか・・」
「だーっ!絶対に行かないからな、オレは行かんぞ!」
「じゃあなんて言えばいいの?付き合ってる人!?」
「それも違うだろ!?」
「えーっ?!なんて言えばいいのさあ!?」
「なんも言うな、いいか、オレは行かないと言ったぞ!?」
「遠慮しなくていいのに。おすし取ってもらえるかもだよ。」
「いらん!オマエと話してると時々おかしくなる!」
「ふふん、そんなにほのかちゃんが可愛いかね!?」
「誰がそんなことを言ってるんだよっ!!」

オレはちょっとムキになり過ぎだ。わかってるんだ、だけど・・
ほのかはオレの調子を狂わせる。どうしてだかわからないが確実に。
こうなったら責任取らせるか、オレを見込んだことを後悔すんなよ。
いつかオレ達がもっと大人になったとき、オマエがどんなになってるか
見届けたくなった。想像が付かない。軽く予測を超えてしまいそうで。
オマエのいうカンが当たるかどうか、オレもカンを働かせてみよう。
こんな妙なヤツ、他にはきっといないから。オレが見ていないと・・
もし一生の付き合いになったら・・それはそれで・・・
楽しそうだと思うオレは間違ってるのだろうか。それがわかるまで。
そう、それを確かめるためにも明日も会いたい。だから勝負しよう。
やってみなければ何事もわからないんだから。

「あ、なっつん!忘れてた。」
「なんだよ?」
「すきだよっ!」
「!?・・〜〜;;」
「あれ、照れてるの?」
「ちっちがっ・・呆れてんだよ!」
「顔赤いよ?」
「うるせぇっ!!」

待ち遠しいなんて・・・絶対ぜったい・・気の迷いだ!・・よな?








かなり出会った頃に近い夏ほの。懐かしい・・