「犬も食わない」 


「ねぇねぇ、お兄ちゃんて美羽のこと触る?」
「えっ!?そ、それはあの組み手とかではなく?」
「モチロン。そういうんじゃなくて。」
「こんな処ではちょっと・・」
「そうか。つまり触るんだ。」
「いっいえいえ!そんなことはなさいませんですわっ!?」
「はぁ・・それほどは触ってないと。フンフン・・」
「もう〜!ほのかちゃんカンベンしてくださいませ。」

そう言って頬を染めるお兄ちゃんの彼女は最強可愛いと思う。
ボン・キュ・ボンのスタイルもさることながら、綺麗なので羨ましい。
幸いこのどっから見てもイイ女に興味を示さない男もいるので安心だ。

今日は珍しくお兄ちゃんとなっちと美羽とほのかでプールに来ている。
とある事情でなっちと口を利かないことになってるので美羽と遊んでいるの。
お兄ちゃんが少し離れたところで聞き耳を立ててるのがうっとうしいかも。
けどこんなところへ彼女と来ているんだからそれもしょうがないだろう。
ほのかがお邪魔虫だってことくらいわかってる。だけどこれも修行だよ。

ぶすっとしてはいるけどほのかの相棒のなっちはというと・・・

「・・まーた女の子に囲まれてる。っとにもう〜!」
「谷本さんもお気の毒ですわ。ほのかちゃんもう許してさしあげたら?」
「まだ無理。美羽ごめんね、邪魔しちゃってさ。」
「私は構いませんのよ。ほのかちゃんと遊べてとっても楽しいですから。」
「美羽って・・ホント人がいいよね〜!お兄ちゃんが惚れるわけだよ。」
「まあっ!いやですわ、ほのかちゃんたら!?」
「イヤホント。以前は意地悪して悪かったよ。」
  
実はほのかは強度のブラコンだった。お兄ちゃんの周囲の女は皆敵だったんだ。
だけど自分にも好きな人ができたので、考えを改めた。
そうするとその敵代表だった美羽は天然で優しいお姉さんだと気付いた。
なので今ではすっかり仲良しなのだ。

「なっちなんて・・怒りんぼでキライ。」
「ほのかちゃん・・」

ついぼそりと口から零れた言葉に美羽が心配そうに覗き込んだ。
この人は嫌味がないので他の女の子と違って安心して気がゆるむらしい。
だけど笑顔を浮かべて大丈夫!と告げた。こんなとこでグチっても仕方ないからね。

「ねぇっウォータースライダー行こうよ!」
「ええ、いいですわね。参りましょうか!」

浸っていた水から上がると途端に美羽に引き寄せられる男の子たちの視線。
これは正直未だにむかっとくるけど、これもまた気にしてもしょうがない。
それよりも面倒だなぁと思うのはむらがってくる空気の読めない連中だ。

「あっあのっ!良かったら一緒に・・」
「彼女たち二人で来てるの?俺たちもなんだけど・・」

美羽は見かけとは180度違ってめちゃめちゃファイターだ。なので・・・

「通してくださいな、困りますわ。」などとにっこり笑ってはいるけれど
気当たりとかいうので手前の二人はすぐによろめき、次々と将棋倒しになった。

「さ、行きましょ。ほのかちゃん。」
「ウン。美羽がいればお兄ちゃんもなっちもいらないねぇ!?」

実際ものすごく強いからお世辞じゃなくそう言うと、美羽は嬉しそうだ。
手を繋いで歩き出すと、後ろの方でまだごちゃごちゃ言う男たちもいた。
ところがしばらくして振り返ると誰もいないのだ。どうやらお兄ちゃんとなっちらしい。

「お二人が残りの後片付けをしてくださったみたいですわ。良かったですわね。」
「そんくらいは役に立ってくれないとねぇ!」
「ねぇ?!」



「ちょっと夏くん!いい加減にほのかと仲直りしてくれよ!?」
「うっせぇな。別にケンカなんかしてねぇよ。」
「じゃあこの惨めな状況ってどういうことなんんだい!?せっかく美羽さんと来てるのに!」
「誘ったのはてめぇの妹だ。オレは行かないと言ったんだ。」
「なんでよりによってこんなときに・・ああもう心配だよ。」
「風林寺なら心配いらねぇだろ。それよりほのかだ。しっかり見てろよバカ兄貴!」
「君ね・・君はほのかのなんなんだい!?」
「アイツに言えよ!ちっともオレの言うこと聞きやがらないんだからな。」
「すぐ女の子に囲まれてほのかも可哀想に。それじゃあ許す気にもならないよな。」
「オレは何もしてねぇ!いつもならほのかがいるから寄って来ねえし・・」
「・・・とにかく後を追うよ。でもってちょっとは歩み寄る努力をしなって。」
「オマエになんでそんなこと言われなきゃならねーんだ!」
「僕だってほのかのことを心配してるんだ!悪いかい!?」
「そ・・それは悪くない。当然だろ。」


「谷本さんっ!ほのかちゃんが突然いなくなってしまいましたの!」
「!?」

その頃ほのかはちょっとやばいことになっていた。美羽より先にスライダーを降りた直後のこと。
着水した後、パレオが解けたので潜って拾おうとした。深くなっているそこに潜ったらお目当ては見えた。
ところがそれがどこかへ引っ張られていったのだ。追いかけるとプールサイド脇の奥まった場所だ。
引っかかっていたパレオに伸ばした片手ごと掴った。排水溝に挟まったのだ。パレオを離しても動けない。
運の悪いことにほのかが先だったせいで、美羽が滑り降りてきたときは沈んでいて見失ったらしい。
水の中なのでよく聞こえないけれどほのかを探している声が途切れ途切れに聞こえた。美羽だと思う。
そこら辺で意識を失った。後は覚えていないけど、気がついたらベッドの上だった。

「あっほのかちゃん!?良かった!良かったですわ!助かって。」
「・・美羽・・?あれ・・どうしたんだっけ・・?」
「ごめんなさい!私が見失ったばっかりに。うう・・」
「いいよ・・そんなの美羽のせいじゃないさ・・」

意識がはっきりしてくると、そこが救護室で、美羽がほのかの手を握って泣いているとわかった。

「なっちとお兄ちゃんは?」
「あ、すぐにお知らせしないと。二人共とてもとても心配なさってますわ。」
「待って。もしかしてこの部屋の外?」
「ええ、そうですの。谷本さんも真っ青でしたから早くお知らせしないと。」
「もしかして見つけたのってなっち?」
「そうですわ。」
「そっかぁ・・気まずいなぁ。許してあげるタイミングかな。どう思う?」
「どうか仲直りなさって。私のためにも、ですわ。」
「美羽・・ごめん。ありがとう。もう気にしないで?大丈夫だから。」
「無理してませんか?じゃあお呼びしますわ。」

ほのかが頷くと、ドアの外に美羽は消えて入れ違いになっちが入ってきた。
怒鳴られるかと身構えた。なっちは心配すると怒るんだ。わかってるのに・・
気まずくて掛けてあった毛布を引っ張り上げて隠すと、なっちの気配がした。

「・・ほのか。」

その声は少しも怒っていなくて逆に涙が出た。「ごめんなさい!」と半身を起こして謝った。
よくぶつからなかったなと思う。近くに居たなっちにそのまましがみついた。
嫌がらずに抱きしめてくれた。ほっとしたなっちの溜息が耳元にくすぐったかった。

「謝るのはこっちだろ。放っといて・・済まん。」
「ウウン、ずーっと怒っててごめんなさい。心配かけてごめんなさい・・」

なっちは優しく髪を撫でてくれた。ちょびっと泣いてそれが治まるまで黙って傍にいてくれた。

「兼一にも謝っておいた。風林寺にもな。」

なっちが二人に素直に謝るなんて驚いた。ほのかのせいだと思うと申し訳なかった。
そこの施設の人たちに謝られたり、お兄ちゃんたちに謝ったりとその後結構忙しかった。
だけどすっかり元気も出たし、仲直りもできてほのかは満足だ。なっちももう怒ってないしね。
美羽も私たちがいつも通りに戻ってとても喜んでくれた。お兄ちゃんは溜息交じりに言った。

「もうこりごりだからな、ほのか。とばっちりは。」
「悪かったよ。ごめんってば、お兄ちゃん。」
「犬も食わないって意味がよーくわかったよね、美羽さん?」
「ですがケンカするほど仲が良いともいいますし。」

後半はそんな風に和やかだった。帰り道はなっちと二人。
お兄ちゃんと美羽に手を振って別れた。空はもう薄暗い。

「楽しかった!また一緒に遊びに行きたいな。」
「・・オレはとにかく男の居ないとこにして欲しいぜ。」
「男の子と別々だったらなっちとも遊べないんじゃない!?」
「・・でなきゃもっと布の多い水着にしろよ。」
「もう・・それじゃあ振り出しに戻っちゃう。そもそもなっちがさぁ・・」
「誰にも見せたくないんだからしょうがねぇだろ!?」
「・・・水着が似合わないからダメだったんじゃなかったの?」
「はあ?何言ってんだ、オマエ?」
「ほのかが怒ってたのはどの水着もダメだって言うからさ・・意地悪だなぁと思って。」
「似合わないなんて言ってない。男の目を引くのがダメだと言ってたんだ。」
「なんだ・・そうだったのか。」
「ったく・・いつまでも子供みたいに・・」
「ほのかって子供っぽいんでしょう?」
「けど子供じゃないだろ!だから気が気じゃないってんだよ・・」
「なっちぃ・・んもう・・ダイスキ!」
「知ってる。オマエはもうちょっとオレのことも・・」
「ウン、わかった!なっちもほのかのことダイスキだよね!?」
「・・・わかってんのかよ、ほんとに。」
「わかった。すごくよくわかった。」
「やっとかよ・・」
「へへ・・そうみたい。」

嬉しいからなっちに飛びついてキスをした。なんだか得したみたいな気分だ。

「ねぇお兄ちゃんは美羽のこと触るんだって。」
「いきなり何を・・アイツがか?へぇ・・・?」
「なっちも触りたくない?ほのかのこと。」
「・・・アホなこと言うんじゃねぇよ。」
「どうして?触ればいいのに。ちょびっとだけならいいよ。」
「ちょっとじゃなぁ・・もう少し待ってる。」
「ええ〜!?なっちってばヤラシくない!?それ。」
「知らなかったのかよ。ならそれも覚えとけ。」
「ふふーん?!・・ウン。でもヤラシイこともしてもらおうっと。」
「なんだと!?」
「また今度ね?」
「・・せいぜい待たされとく。」

約束ねと指を絡ませ、手を握り合って帰った。夕焼けが綺麗で目を瞬くと
眩しそうななっちの顔が見えた。あれ?夕空は見てないのに・・・なんで?
不思議だなと首を傾げたとき唇が重なった。ああ、ほのかのこと見てたのか。
目を閉じると胸の奥までが紅く染まるようだった。見ていてくれてありがとう。

「目を離すわけにはいかないと学んだからな。」

そう囁く声が耳に届いた。それで余計に幸せな気持ちになったんだ・・・







水着選びで毎回もめる夏くんとほのかを想像しましてね!?(^^)