幾千夜 《第一夜》


   シャラン! 

男の手足にはめられている防御と装飾を兼ねた金属器が
刃を抜き放った音と同時に鳴いた。月明かりにも煌いて。
髪の色も月に同じ。闘い慣れした男は至極静かな佇まい。

「何だお前は?!どっから湧いてきやがった!」

ならず者の誰何にニヤリと口の端だけで哂った男は次の瞬間
夜空の月を背にして飛んだ。惚けたように宙を見た男達は皆
俄かに襲った痛みで我が身を振返り、次々に悲鳴と血飛沫を上げた。
捨て台詞を落とす余裕もなく、軽傷の者が重症者を抱えてあたふたと
遁走していく。その様に一瞥をくれただけで男は背後へと向き直った。

「すごいね!?ちみは綺麗なだけでなくてものすごく強いのだ!」

ぱちぱちと拍手で男に賛辞を送るのは男の身の半分程しかない少女。
危険な目に遭遇していたとは思えない落ち着きぶりで男の働きを労う。
身分のありそうな観漂う黒髪に愛くるしい面立ちで笑顔を咲き溢す。

「ごめんね、ほのか何にもお礼するものがなくて・・あ、そうだ!」

思い付くと少女は着けていた宝石の耀く高価そうな耳飾りを外そうとする。
しかし男はそれを手でおし留めると、少女に低く通る声で告げた。

「要らん。それより願いを言え。三つだけ、願いを叶えてやろう。」
「へ?お願いすることなんてない。こっちがお礼したいのだよ!?」
「はあ?!それじゃあ俺が困るんだよ、なんでもいいから願えよ!」
「乱暴だなあ・・ないものはない。んじゃありがとね。ばいばい。」

「・・・おっおい!待て。待てってんだよ!!」

男はがらりと様子を変え、慌てて少女を追いかけた。しかし少女はつれない。
精霊の宣告の前でこんな態度を取った者は初めてで、男は動揺し困惑もした。

少女ほのかと精霊なつの出会いは満月の明るい夜、そんな風だった。

それ以来、精霊は少女に付き従うように傍にいる。願いは未だ叶えないまま。
身分が高いと思えたほのかだったが、意外にも親のない貧しい踊り子だった。
幼い頃に捨てられていたのをニイジマというこの界隈では有名な商売人が拾い、
踊り子に育てて15の歳に店の一つに出した。(見た目は12歳程であるが)
可愛らしい容姿と踊りで時に金持ちの幼女趣味から声が掛かったりもするが、
その度に病持ちだなんだと理由を付けては売られずに今に至っている。

一方、なつは昔魔法使いに記憶を奪われ、魔法に依ってランプの精霊とされた。
鄙びたランプを住処とし、それ以後歳も取らず、永く孤独な日々を送っていた。
それ以前は人間だった彼をこんな身にやつした魔法使いの姿すら記憶にはない。
名は唯一覚えていた。しかしその”なつ”という名を口にされることは少なく、
自分でも忘れてしまいそうだった。願いを叶えることにしか興味のない者達は皆
なつ自身には目もくれず、なつもそんな輩からは直ぐに姿を消したりしたからだ。
人の願いを三つずつ叶えて千に至れば解放されるという記憶を頼りにそうしてきた。
だがそれは魔法使いに思い込まされていただけかもしれないとなつは疑い始めた。
願いを叶える度に人に絶望して何もかも厭わしいと感じたなつは、体が覚えていた
武術を以って夜を彷徨い、無法な者達を懲らしめて憂さを晴らすようになった。

そんな自暴自棄な日々に出逢ったほのかは彼にとって大いなる癒しと慰めとなった。
願いどころかほのかは夏の孤独に同情したのか、あれこれと世話を焼きたがり、
まるで母か姉のように接した。終いには嫌がるなつと一緒の寝床で子守唄を唄うのだ。
ほのかに子ども扱いされながら、なつは傍にいて護ってやりたいと思うようになった。
お人好しな少女はなんでも人に与えてしまい、食べ物も日用品も最低限の暮らしぶり。
彼女を拾って育てた商人ニイジマは一応給金を与えたが、それも大した額ではない。
それでも恩人だとほのかは言い、踊り子として毎晩舞台で一所懸命舞い踊っていた。

「なあほのか。偶には美味いもの食いたくないか?魔法で出してやろうか?」
「いらないよ、ありがと。もしかして、ほのかの手料理そんなにまずい?!」
「いっいや・・美味いぞ?こういうのは3っつの願いとは別にしとくから。」
「ははは。いいよ、ほのかはなっちと一緒に食べれたら何でもご馳走だよ。」
「はぁ・・お前って・・・なあ俺といて楽しいか?何もしてやらなくても。」
「傍にいてくれるじゃない。時々悪い人達から護ってくれたりもするしね。」
「そんなもん・・どうってことねえし・・なんかもっと・・してやりてえ。」
「うえへへ・・なんだいなっちったら可愛いこと言ってくれちゃってさ!?」

甘えるように擦り寄るなつに、ほのかは優しく髪を撫で、なつを包むように笑う。
まだあどけないと言える少女であるのに、なつは久しく忘れていた渇きを思い出した。
ほのかを愛しさのまま抱いてしまいたいと思う。不徳と判っても止めることができない。
精霊でありながら、なつは少女を愛してしまったのだ。深く真摯に、生命を懸けて。

しかし少女を抱くことも自ら触れることもしなかった。彼は精霊だ。ほのかを護ることは
出来てもそれ以外には何もしてやれない。人間に戻ることが出来ればと思っても方法すら
確たるものはない。このままほのかが年老いて死ぬまでただ見ているしかないのだろうか。
人が欲っする浅ましい願いは叶えられても、真の希は得られないことが苦痛だった。

「こんな力・・欲しくなかった。俺はただの木偶の棒だ・・・ほのか。」
「よしよし・・辛いね。ほのかなっちが幸せになるならなんだってするのに。」
「ほんとうか?なんでだ。俺なんかのためにどうして・・」
「なっちはほのかを好きになってくれたでしょう、理由だったらそれかなあ?」
「お前のこと好きにならない男なんて男じゃねえよ。」
「ぷぷぷ・・なっちってばおかしい。さてはホントにほのかに惚れたのだな!」
「・・俺じゃダメか?人間じゃねえけど・・お前の為ならなんだってするぞ。」
「そうかあ・・じゃあお嫁にもらってくれる?そのうち歳取ってしまうけど。」
「そんなこと、」

「オイ!!ふたりとも明るいうちからいちゃいちゃしてる場合じゃねえぞ!?」
『ニイジマ!?』「てめえ、デバガメ・・否ほのか、今のは忘れろ。」
「え?うん。それよりニイジマ、どうしたの血相変えちゃって。」

部屋に飛びこんできたニイジマはほのかに王族の前で踊ることになったと告げた。
なんでも王子の嫁探しの為、国中の15歳〜18歳くらいの未婚の女を集めるという。
盛大な催しに参加しないことは許されないとお触れが出、各戸を調べても廻るそうだ。

「なんでそこまでするのかな!?変なの!」
「嫁探しってのは表向きなんだろ・・オイちょっと耳貸せ。大きな声で言えねえ。」

闇の世界の情報にも詳しいと自認するニイジマは密密と語り始めた。

それは13年前、当時2歳になる末の王女が病死した。ところがそれは事実ではなかった。
当時から現在まで国の宰相を勤めている者が王宮内にいる。そいつは魔法使いで歳を取らない。
黒い噂の絶えない人物だ。その者が王女を拉致し、王に恩を売る、或いは脅迫する計略を企てた。
しかし悪企みに気付いた側近が王女をどこかに隠した。ところが側近は居場所を知らせぬままに
命を落とした。宰相は一連の事件に関与する者や彼の陰謀を疑う者を悉く処刑して口を塞いだ。
そして当然捜索はされたが、生死は不明で生きていたとしても何処かに身を潜めたまま今に至る。
王族と宰相はお互いを監視しつつ、どちらもこれまで密かに王女の行方を捜し求めていた。

というのがニイジマが各所から得た情報を元にまとめた仮説だった。

「それってほんとう・・?なんだか御伽噺みたいだね!?」
「俺様の情報網を馬鹿にするなよ、ほのか。結構有りだと思うぞ。」
「そんでその王女はどこにいるんだよ。そっちの情報はないのか。」
「どうもその辺りがなあ・・しかし王族は何らかの手懸りを見つけたんじゃねえかな。」
「手懸りって王女の居場所とかそんなの?」
「そうかもな。で、嫁探しという名目で捜し出そうとしてるってのはどうだ?!」
「・・13年前って言ったな、ニイジマ。それってほのかを拾った年じゃないのか?!」
「お前も気付いたか。そうなんだよなあ、これが。」
「えっ!なになに!?二人してなんなの、ほのかにも教えて!?」
「ひょっとしてお前それを知っててほのかを・・」
「いやいや、そこまでは思ってねえよ。偶然さ。」

不穏な目つきでニイジマを見るなつとニヤニヤと薄笑いを浮かべるニイジマを見比べ、
ほのかはよくわからず首を傾げる。ほのかの動きに合わせて着けている耳飾りも揺れた。
なつと出逢ってときも着けていたそれは、ニイジマが拾った2歳頃のほのかも着けていた。
丁寧な造りの金細工に青い宝石が埋め込まれた王族が身に纏っても遜色ない耳飾りだ。
王女が生きていれば15歳。なつもニイジマもほのかをじっと見詰めた。

「あの〜・・・どうして二人してほのかのこと見てるの?」
「とにかく・・お前は王族の前で踊るしかあるまい。色々と仕込まねえとな。」
「えっ仕込むって何を!?」
「ニイジマ、お前の算段なぞどうでもいい。ほのかを利用するつもりならお前も敵だ。」
「おお怖。俺はただ育ててきた商売道具をただで持ってかれるのは我慢ならんのでな。」
「んん・・?なっち、そんなに睨まないでよ!?ニイジマはほのかの恩人なんだから。」
「ああ、わかってる。俺には関係のないことだってのもな。」

そんな会談がされて数刻後、夜の帳が落ちようとしていた。ほのかの仕事が始まる頃だ。
衣装に着替え、化粧して装飾品や舞道具の剣などを確かめる。装飾品は重くて苦手だった。
だがなつがほのかに似合うなどと誉めるので、今ではすっかりお気に入りに変わっていた。
準備を整えたほのかが楽屋を出ると、なつが待っていた。どこか寂しそうにほのかを見る。

「ほのか」
「なぁに?なっちい。」
「手の届かないようなところへ・・俺は行って欲しくない。」
「どこへも行かないよ。やだねえ、どうしちゃったのさ!?」

なつの顔には何らかの覚悟が見えた。ほのかは不安になったが努めて明るく笑うと
珍しくなつの方からほのかの頬に手を伸ばし触れた。途惑うほのかの唇には舞台用の紅。
背の高いなつが屈んで顔を近づけた時、ほのかは目を閉じた。初めての口付けだった。
優しくて穏やかに触れた後ゆっくりと離れた。ほのかの胸が切なさで震える。見詰める
なつはとても綺麗な笑顔を浮かべていたのに、何故か泣き出しそうになった。それは
別れの予感かもしれない。なつはほのかに告げたのだ「お前の幸せを祈っている。」と。
ほのかが尋ねようとすると魔法でなつの姿が掻き消えた。頬を伝う涙にも気付かないまま
窓辺へ走り寄り、ほのかはなつの姿を探す。しかし夜空には月だけが浮かんでいた。







すいませんが、第二夜に続きます☆^^;