イキモデキナイ 


あまりにも自然で、当たり前過ぎて。
そのわりに少し緊張もして。お互いに。
どうもこうもない。気付いたら触れていた。


寒くなってきたから、とほのかが寄ってきた。
いつものようにオレに引っ付いて「ぬっくいv」と喜ぶ。
いくら乗っかるなと窘めても言うことをきかずに。
半ば諦めとほんの少しのやましい気持ちが綯い交ぜになる。
温かさよりも柔らかさがオレにとっては刺激的で
脚も腕も手も胸も、髪の先からつま先まで統べてを感じる。
だからそんなことはどうってことないような気もした。
眼の前にある唇に触れるくらい、至極当然と思えたのだ。

息をするのも忘れてほのかが固まっているのに気付くと
寧ろそれが不思議だと思う。何故それほど驚くのかと。
深いキスではなかった。ふいに近付いた顔に寄せただけ。
軽い繋がりでも充分な温かさと弾力は感じてそれで満足だった。
それ以上は望んでいないし、ホントウにすぐに離すつもりで。
そして思った通りに僅かな間を置いてオレから離れた。
掴んだ手はそのままだった。微かな震えは止んでいた。

宙を仰いでぽかりと開いた眼には何も映っていないかのようだった。
薄く開いている唇の隙間が妙に扇情的でもっと深く口付けたくなる。
だが固まったままのほのかにそれは諦め、掴んでいた手をそっと解こうとした。

「あ・・・」

やっと発せられた声は思った以上に甘く、ひくりと喉が焼け付く気がした。
手を離したことで現実に戻ったのだろうか、ほのかの顔が赤く染め上がる。
ひどく緩慢な動作でオレに乗っかっていた身体をどけようとしていた。
難しい動作でもないのによろけたほのかは膝を打って「痛っ」と声をあげた。

「ナニやってんだ」と少し呆れた声をオレも出した。
「あはは・・ホント・・ナニやってんだろ・・うねぇ!?」

赤い顔で恥ずかしそうにほのかが笑った。それを見てホッとする。
しかし、次の瞬間笑い顔のまま、瞳から滑り落ちたのは涙だった。
オレは胸を突かれた拍子に酷い言葉を掛けてしまい、自分に突っ込みそうになった。

「何泣いてんだよ!ちょっと当っただけだろ!?」
「ぅ、うん・・・ごめんよ・・って、泣いてないよっ!!」

ほのかは急いで頬の濡れた場所を腕で乱暴に拭うと、また笑ってみせた。
あまりにそれが無理やりっぽかったのでオレはそれなりに傷ついた。

「そんなに・・嫌だったのかよ・・?」
「ちっ違うよ!やだねぇ!?びっびっくりしたけどさ・・?」
「悪かったな。もうしねぇよ。」
「なっ!?」

オレはなんて大人気ないんだろうと思った。拗ねるだなんて。
思わず触れたことをほのかに謝るつもりもさらさらなかった。
ほのかがオレにする数々の仕業に比べれば可愛い悪戯くらいのことじゃないのか。
思い浮かぶ言い訳はほのかのことをバカにできないほど子供っぽかった。
バケツの水を頭から被ったみたいに自己嫌悪がオレに圧し掛かる。
オレはほのかを見ないようにして背を向けた。いい加減かっこ悪いと思いながら。
背けた身体の肩にほのかが手を乗せた。それを振りほどきそうになるのは堪えた。
ゆっくりと背中にかかる体重・・ほのかがオレにもたれかかっているのだ。
何も言わずに甘えるように。・・・オレを慰めるかのように。

「なっつん・・」
「・・なんだよ」

背中越しに呼ばれ、背中越しに答えた。
ほのかの声はオレの身体に染み込むように響いた。

「ねぇ・・もっと・・なっつん・・」

甘ったるく、そして切なく響く声に息が詰まるような気がした。
振り返るには勇気が入った。しかし誘惑には耐え難いほのかの声に
身体を廻らせ、ほのかの俯いた顔を覗いた。赤い頬、潤んだ瞳。
いつか見てみたいと思っていた。現実は想像を軽く越えていた。
引き寄せられて、掴まったのは今度こそオレだと強く感じた。
オレの伸ばした腕に絡めるようにほのかが細い手を伸ばして肩に廻す。
抱き寄せて少し手荒な口付けをした。息もできないくらいに。

互いの身体が溶け合うような感覚にしばし浸る。
どれくらい経ったのかわからなかった。それくらい夢中で。
漏れ落ちる吐息の荒さにおかしくなりそうなのを強い抱擁で誤魔化して。
軽く触れただけだったのに・・・もしかしたら期待があっただろうか?
ドアをノックするように触れて、開けて欲しかったのか。
放たれた扉の向こうでほのかがオレに微笑んでいる。
そうだ、ずっとそんなときを夢見ていた。こんなに簡単に叶っていいのか?
そう聞けずに黙ったままオレの懐に熱い頬を擦り付けたままのほのかの髪を撫でた。
ちらりと視線を上げてまた伏せる。ほのかは顔を上げ損ねて困っているらしい。
部屋の中には心地よい沈黙がただ通り過ぎていた。それを破るのが惜しいほどの。

「・・なっつん・・?」
「・・なんだよ・・?」
「ぷっ・・さっきとおんなじこと言ってる。」
「オマエもじゃねぇか。」
「おんなじだねぇ?!」
「声が違うけどな。」
「え、声?」
「さっきはもっと色気があった。」
「い!?そっ・そんなことないよっ!」
「めちゃめちゃ誘ってたじゃねぇか。」
「ちっ違うもん!そんな声出してないよっ。」
「ヤバかったぜ、あれは・・」
「ヤバイって?」
「もうこのまま押し倒しちまおうかと・・」
「やーーーっっ!!ナニ言ってんのっ!?」

ほのかが飛び起きてオレに食って掛かった。顔はみごとに赤い。
さっきと違って色気のない声で「なっつんのアホー!」とかなんとか喚いている。
少しも痛くない拳の攻撃を受けながら、オレが笑うとほのかもついに降参らしく。

「あのさぁ・・あーいうのって・・突然するものなの?」
「さぁ・・?オレはオマエが顔近づけるから;」
「はずみ!?もしかしてはずみで!?ヒドイっ!!」
「やっそういうんじゃ・・いやそうかな?!」
「ヒドイよ!そんなの。もっと特別な感じなのがよかった。」
「どんなんだよ、それは!?」
「・・それはわかんないけども・・」

不満そうなほのかにがくっと力が抜ける。オレはそれなりに特別だったぞ?
自然過ぎてあっけなかったのは事実だが・・・それでもオレは嬉しかった。
おまけにその後で理性も何も吹き飛びそうになったのはオマエのせいだろ?!と内心で毒づいた。
けどほのかにしてみれば不意打ちと言えなくもない。予想外だったんだろう。
膨れ気味の頬を小突いて、「後のは?後のはそれなりに特別だと思うぞ?」と尋ねた。
ほのかは「あれは・・ぅ・・うん・・・まぁ・・そ・・だね?」と口籠もる。

「気に入らないってんならやり直すか?」
「気に入らなくないよ、その・・なんか当たり前過ぎてびっくりしただけだよ。」
「そうだな。それは・・・オマエが驚く方が意外な感じしたもんな。」
「・・・もしかしてそういうものなのかな?」
「・・・かもな。」
「じゃあほのかとなっつんは正しいのだ。」
「正しいってなんだよ?」

普段と変らないほのかに戻ってしまってオレは少々残念だった。
あんな風な声でまた誘ってくれるとしたら、次はいつだろう。
満ち足りた顔で微笑むほのかと切なくオレに求めるほのかと
その差に驚かされる。もっとあんな知らない顔が見たい。
けどこんな風に当たり前に触れたりするのも実は嫌いじゃないんだ。
やましいのはほんの少し。後はただ・・・愛しいばっかりで。
ほのかもそうだろうか?あんな息もできないような二人も悪くない。
そして今みたいに寛いだままお互いの存在を感じあっているのもいい。
もしかしたら、オレたちは正しすぎるほど惹かれあってるのかもしれない。
つまり、どんな風でもオマエが相手ならそれが最高だってこと。

「なっつん、練習させて?」

ほのかが不意にオレにキスしてきた。驚いたらそれを見て笑ってやがる。
お返しは濃厚なのか、それとも・・・はしゃいでいるほのかを抱きよせ
じっと瞳を覗くように見つめてみる。またあんな声出すだろうか・・・
肩透かしでも、笑わせられても、きっとどんな反応でもオレは嬉しいんだろう。








なっつんのろけ過ぎだよ・・・甘ったるいのはアナタです!(笑)