イケナイことないんだよ! 


ほのかの一見生意気で我侭な外の殻を除いてしまえば
その本性が今のこの世では得難い純朴さを持つとわかる。
真逆の人間ばかりに囲まれてきた夏には貴重さが尊い。
そして知ったことは、ほのかと対照的なその他側の自分。
気付けば薄汚いと見下していた人間そのものと理解した。

しかし救いはある。過去に我が身を護ってくれていた存在は
現在においても大いなる支えになっている今は亡き妹である。
彼女のことを想う気持ちだけは彼の穢れない真実だったから。
妹と同じように愛せるものならば、魂も清められる気がした。
しかしそれは自分にとって都合の良い幻想だと理解できていた。

「・・ちみはまたなんかむつかしいこと考えておるだろう!?」
「いや、別に・・。お前が”ぬくい”なってことくらいだな。」

ほのかは時折、夏のことを大型の外国産の犬みたいだと思うのだ。
夏が大柄というより自分が小柄なのだが、つまりはその体格の差と
柔らかくて明るい髪の色がそう思わせる要因だ。そして言葉よりも
彼は圧倒的に示す行動の方がより素直で正直なところが最大因だった。

夏は仕事を一区切り終え、寄ってきたほのかをやんわりと抱き寄せた。
甘えるように頭をほのかの肩に乗せ、ふーと小さいが深い息を吐いた。
姉のような、飼い主のような大らかな気持ちでほのかはそれに応える。
優しく包むように手を伸ばし、お疲れさんと頬を寄せて軽く触れる。
すると夏は明るい髪色とは対照的な奥深い色の瞳でほのかを射た。
端整な顔は表情を失くすと彫り物のようでほのかは好きではない。
そんな顔をすることは夏によくある。何か隠したいとそうなるのだ。
長い付き合いでほのかはそう感づいていた。なので先の台詞となった。
そして夏の返事で気付いた。彼の片手が服の下に滑り込んだことを。
大きな掌が肌に直に触れている。固定されてくすぐったくはないが
落ち着かない気分にはなる。一体何事かと慌てて良い場面であろう。
問い質したいほのかにのんびりと告げられた『ぬくい』という言葉。
それで彼の目的がわかると眉に力を込め、無表情な夏と視線を合わせた。

「そんなに手は冷たくないけども・・寒いのかい?」
「・・子供は体温が高いなと確かめてみた。別に問題ない場所だろ?」
「ぬくそうだからって女の子の服の下に突っ込んじゃダメでしょ!?」
「・・そうだな。特に嫌がってるようでもないけどな。」
「いきなりで嫌がるのも慌てるのも忘れちゃったよ。それに・・」

ほのかはちらりと突っ込まれていない方の手へと視線を流す。そこは
やはりほのかの腰の辺りに添えられていた。力は入っていないのだが、
抑えられているという認識が出来る程度に拘束と取れる。考えつつ
視線を元に戻し、夏に目で”どういうこと?”と質問を投げてみる。

「お前がこれ以上引っ付いてこないようにガードしたんだ。」
「ならもう片方の突っ込んだ手は?!おかしいじゃないか!」
「手が滑った。そしたらあったかいんでちょっと・・暖を取ってみた。」
「ほほう・・そうかね。それで、あったまれたかい?」
「ああ、おかげさまで。」

言いながら夏はすっと手を引いた。彼の触れていた箇所がヤケに冷たい。
なるほど体温が奪われたような感じだ。ほのかは納得しそうになった。

「ちょっと待った!なっちがうっかり手を滑らせるとか・・嘘だね!」
「・・・だったらどうだってんだ。」
「やっぱし!・・素直じゃないんだから。触りたかったんでしょっ!」
「怒ってるのか?」
「お、怒ってるように見えるのかい!?」
「あまり見えないな。顔、真っ赤だぞ。」
「うるさいっ!ちみはねぇ・・なんとゆーかその・・むっつりだよ!」
「ふっ・・そうか?」
「そうだよ。なんかヤラシイっていうか・・もー・・なんなんだい?」
「悪い。うっかり手が出た。すまん。・・これでいいか?」
「ちっとも悪いと思えない謝罪だね。確信犯というか・・」
「どこならいい?」
「あああのね、ちみはほのかのこと触っていいと思ってるのかね!?」
「触りたいなんてお前以外思わないから安心しろ。」
「んな・・開き直りではないか!むむ・・しかし正直に言っておるのだし・・」
「触りたい。ダメですか、ほのかさん?」
「うむ、正直さんには許す!」
「ぷっ・・ふ・・くく・お前・・莫迦過ぎる・・触らせんなよそんなことで。」
「なんと!ほのかを試したのかい!?なんて悪い子かな、ちみって子は〜!?」

夏はおかしそうに笑う。そして彼の笑顔がほのかは大好きだ。そのせいで
怒るつもりが気がそがれ、口惜しくてむっすりしながら夏を睨むに留めた。
そんな心情が読み取れるのか、夏はすっかり降参して毒気の抜けた顔だ。
口に出して言ったことはないが、ほのかのこんな人の好さが彼を参らせる。
可愛いと思う。ただそれだけでは足りない。何度挑んでも勝てない敵への
畏敬に似た気持ちを抱く。愛しいと一言で括ってしまうこともできるのだが。
悪戯心を抑えきれず、子供のようなアプローチ。自分が子供だと夏は思う。
ほのかといると戻れる気がする。あのただ妹を護る為に必死だった頃へと。
苦しくて辛い日々とばかり思っていた掛け替えのないあの頃に気付いたのも
ほのかと出会ったからだ。こんな恩人とも言えるほのかに対する自分が
浅ましい恋情まで抱くとはどういったことかと、いつも申し訳なく思う。
押隠してしまうのは疚しい。卑怯だ。正直なら許すとほのかは言うのに。
痛いほどわかっている夏はまだそこへ至れない。手が触れる場所を固定して
どこへもいけなくなるように。夏は言いようの無い虚しさと闘っている。
いつも。これからも。おそらくずっと消えることの無い葛藤なのだろう。

「触らないの?おっぱいとかお尻以外ならいいよ?」
「脚でも?お前もうちょっと考えてしゃべれよな。」
「う・・だって・・もういいのなら・・いいけど。」
「不満そうに見えるが・・お前こそ正直になれば?」
「・・う〜ん・・確かに正直なのがほのかだよね!」
「そうそう、どこに・・」

夏は何を訊こうとしていたのかを一瞬で忘れた。咄嗟に体を抱き留める。
飛び込んできた体は温かく、柔らかに夏の体の芯まで包み込もうとする。
思わず抱き締めてしまい、閉じ込めた満足感でくらりと激しく眩暈した。
しがみつく腕の力が嬉しい。夏は嬉しさで紅潮する頬を隠しきれない。
しかしそれをなんとかして見られないようにほのかを抱いて顔を埋めた。

どれくらいそうやって抱き合っていただろうか。やがてほのかが力を弛めた。
そっと腕を解き夏を窺った。その頃には頬の赤味は治まっていてほっとする。
するとほのかの唇が頬に強く押し当てられた。驚いてしまい、熱くなる。
赤く染まっていないかが気になった。ほのかの頬の鮮やかさに見惚れつつ。

「ほのかはなっちに触るの自由なんだよ、いい?」
「勝手に決めるなよ・・」
「ダメ?」
「・・・」
「ダメじゃないでしょ!?だっていつも怒らない。」
「俺は・」
「なっちも触っていいよ。但しほのかちゃんだけ。」
「さっきも言ったろ、お前以外んなことしねぇよ。」
「ホントにほんと!?」
「お前に嘘は通じないんだろ。」
「そう、そうだよ、もちろん!」
「莫迦め」

苦笑を浮かべる夏にほのかは微笑んだ。笑い顔に弱いと零しながら。
それは夏にとっても同じことだ。笑い顔に限ってではないのだが。
ほのかが泣けば心が張り裂けそうになる。怒り顔も美味しいと思う。
口惜しがればなんとかしてやりたい。苦しむ顔は決して見たくない。
そして笑えば、彼は何物からも救われる想いがする。幸せになれるのだ。

「バカバカ言わない!ちみは口が悪いんだからもう!」
「口悪いと悪いってのかよ。」
「良くない、悪影響だもん。」
「精神衛生上ってことか?」
「それもあるけど、ほら子供に悪影響だって言うよ?」
「子供・・?」
「なっちとほのかの子供に良くないんじゃないかい?」
「なっ・・!??!」
「おやっ!」

今度こそ誤魔化せなかった夏の顔がさっと朱色に塗りたくられた。
目を反らしてもほのかは嬉しそうに大発見した好奇の目を輝かす。

「なんでなんで〜!?なっち顔真っ赤だよーっ!?うふふふふ・・」
「るせぇ。なにが子供だ・・んなこと想像するか、フツー」
「女の子は将来のこと想像するの!それがフツーなのっ!」
「自分が子供なくせして生意気なんだよ!」
「でもいつかはお母さんになるもん!なっち子供欲しくないの?!」
「ほっ・・俺とお前のって・・・気が早すぎるだろ・・うが・・;」
「どうして?ほのか20代前半に二人は産みたい。ヨロシクね!?」
「だからどう・・俺のって決まってんだな!?よーし、わかった。」
「お、物分りがいいね。いい傾向だじょ。」
「莫迦には何言っても無駄だってわかったぜ。」
「嬉しそうに見えるんだけど。ほのかの気のせいかねぇ・・」
「ったく・・後悔するなよ。」
「しないさ。で、いつ作る?」
「ぶっ!”¥!」

暴言に夏が吹いてしまいむせた為、ほのかは慌てて背を摩り宥めた。

「なっちって・・なんかヘンじゃない?やらしいこと想像したの?」
「・・・・はは・・知らん。」
「赤ちゃん作るのは大事なことだよ!やらしいこと考えちゃダメ。」
「・・そ・・無茶言うな・・」
「どうしてさ!?ぷんぷん!」
「・・お前の言う通りだから・・もう黙っとけ・・”コイツ・・どうしろってんだ”」

「なっちぃ・・だいじょぶ?」
「ああ、お前のこと笑ったから罰が当たったらしい。」
「ん?ああ、バカって言ったこと?なっちウソツキだもんね。」
「・・・・」
「ほのかによくバカって言うけど、顔は笑ってるんだ。すぐわかる。」
「笑って?」
「だから許してあげる。それにね、ちょびっとやらしくてもいいよ。」
「!!??」
「仕方ないってお兄ちゃんもお母さんも言ってたし。なっちは許す。」
「・・うん」
「大好きだもん。知ってる?好きだと大抵のことは許せちゃうんだぞ。」
「ああ・・知ってる。それなら・・わかるぞ。」

夏はほのかの頭に手を置いて慈しむように撫でた。ほのかの好きな笑顔が浮かぶ。
ほのかの許す自分ならば、笑顔もみっともないところも愛せるような気がした。







ほのかに将来怒られて許されて幸せになるといい。