「いじめる?」 


数日会っていなかった。用があったからだ。
だからどうしたって?・・どうもしねえけど。
機嫌が悪いね、とか言われて余計機嫌が損なわれた。
どうもしねえよ、ただ・・会ってねぇなあって思った。
そんな顔が板に付きそうになっていたらしい。
数日振りに顔が見れたってのに、眉間は狭いままだった。

「なっちー!会いたかったよーっ!!」

犬コロみたいに飛びついてきやがったから抱き上げた。
あー、あれだ。勢いっていうか・・そんなもんだ、うん。
しかし間近で見るほのかはなんとなく以前と違って見えた。
なんだろう?コイツちょっと見ない間にまた・・・

”かわいくなってねぇか?”

いやいやいやいやいやいや・・・・・・・・アホか、オレは。
思い切り心の中で打ち消すと、眉間の谷間は一層深くなった。
ほのかはそんなオレの様子に難しい顔をして考え込んだ。
最初はぽかんとして大きな目をくるんと丸くしていた。
次に会えて嬉しいのか微笑んだ。しかしすぐにあれ?っと真顔になる。
小首を傾げ、変だな?と思っているようだ。そして同じように眉間を寄せた。
うーんと悩んだ顔をしていたかと思うと、今度はひらめいた!と目を輝かす。
そしてにっこりと蜂蜜みたいな顔で笑うと、オレの肩を引き寄せた。

”なんなんだろうな、コイツって”
”会う度にむかつかせやがるんだからな”
”会えないと・・なんか物足りねぇし・・”
”会えば何故だか落ち着かない。一体なんなんだ”

オレはほのかの百面相を眺めながらそんなことを考えた。
そしてたまにはいじめてやろうか、などと不謹慎なことも。
いつもむかついた気分にさせられるんだから、正当防衛みたいなもんだ。
そんな無理やりな理屈さえ引っ張り出してみたが、果たしていじめるって・・

”どうやっていじめるんだ?”
”そんなことして泣いたらどうする?!”
”コイツがそう簡単に泣いたりするかよ”
”だけど・・凹ませたら・・かわいそうだろ?”
”じゃあ、どうしたいんだ、オレは?”

答えの出ない難問に頭が捉えられている隙に、ほのかはオレに

「ちゅーーーーっv」

などと口で言いながら”何かわいいことしてんだ!”頬に口付けた。
そして軽く触れただけだったことに”擬音と合ってねぇじゃねえかよ!”と思った。
少々がっかりしてしまったのが伝わったのか、或いは表情が変わらなかったためか、
ほのかは眉を下げて、それこそ”がっかり”とした表情でオレを見つめた。

「ダメかあ・・じゃあ次は・・」
「なにしてんだよ?人の顔にケチつけたいのか?」
「あー、誰かに言われたの?その眉間のしわのこと。」
「うるせぇんだよ、ほっとけよ。」
「悩み多い年頃なんだねぇ・・・」
「なにしみじみと言ってんだ、アホか。」
「ちみは関西人かね?バカとも言うけど。」
「知るか。それより勝手になにしてんだよ!」
「・・・勝手?勝手かな・・?んじゃあね、返して。」
「は?返せだと?!」
「お好きなとこにお返しくださいませ〜!」
「・・・ガキがなに言ってんだ!怒るぞ。」
「怒ることないじゃん。どうして?」
「どこでもとか言ってとんでもないとこにされたらどうする!?」
「えっ!?やだ、なっちったらそういうのは早いよ、まだ・・」
「顔を赤らめるな!アホかっ!!」

心臓が・・・結構丈夫だと思ってたんだが、おかしい。
どうもコイツといると調子を悪くするんだ、どういうことだ?
バカみたいなこと言ったり、大胆なことしてみたり、ガキのくせして。
こんなに可愛い無邪気な顔して、なんなんだよ、コイツってホントに!

「ほのか汚くないよ?ちゅってしてよ、ダメ?」
「・・・ダメだ。」
「んじゃあね、次はなっちの肩叩きする!」
「するな。他にもあるなら全部ヤメロ!!」
「ケチなこといわないで、ダンナさま。」
「だっ誰がダンナだ!?」
「おっと、うっかり昨日の時代もののドラマが。」
「テレビばっか見てるなよ・・・」
「だいじょうぶ、いつも途中で寝ちゃうから。」
「・・・いばることか・・?」

脱力したついでにほのかをそっと床に下ろそうとした。
すると、”ちょっと待って!”と言ってしがみついてきやがった。

「なんなんだよ!?」
「せっかくだからさ、姫抱っこにしてソファにおろして。」
「ひめ・・?ああ、横抱きにしろってのか。なんだ・・・」
「うひゃひゃっ!」
「耳元で変な声立てんな!」
「だって、お姫様抱っこだよ!?感動〜!」
「これがどうだってんだよ?」
「女の子はこれがたまらないんだよ、わかんないかな〜!?」
「・・わかるか、ボケ。」
「なっちーv愛してるよーっ!」
「わっばか!ヤメロ・・」
「あれ?さっきは無表情だったのに。眉間のしわが消えた。」
「人の顔に気安く顔を近づけるなよ、たまにびびる。」
「さっきは?さっきと一緒じゃないか、なんでたまに?」
「さっきみたいにあからさまなのとは違うだろ。」
「ふーん・・なんだ、身構えてたのか。」
「そういうんじゃな・・・?”そうか・・?”」
「わかった。なっちは”不意打ち”に弱いのだね!?」
「何を分析してんだ!?」
「ふむふむ・・いいことを知ったのだv」
「コイツ〜!」

ほのかはまるで悪代官のような顔つきで微笑んでいた。
なんて腹の立つ!やっぱいじめてやりたいぞ!?しかしどうする?
”不意打ち”に弱いなんてことは大概そうだ。誰だって・・・

「ふきゃっ!!」

ほのかの首筋に唇を寄せたら、妙な声がして真っ赤な顔がこっちを見た。
咄嗟に触れた箇所を手で押さえ、オレから逃げるように腰を引いていた。

”おい・・なんだよ・・やらしいな、オマエその・・ポーズとか・・”

やられた。すっかり”不意打ち”返しされたのだ。全く不甲斐ない。
オレはというと、顔に血がのぼったのは間違いない。一気に熱くなった。
だって卑怯じゃないか、ガキだと思ってたらなんだよ、その顔!?
潤んだ瞳でオレを少しおびえた風に、それも顔を赤らめて・・・
あんまり頼りなくも艶かしい表情と格好をするので焦ったのだ。
・・・焦って・・?・・・・いや焦ってどうすんだよ!?

「んもう!なっちったらヤラシイ!吸血鬼かい、ちみはっ!」
「・・う・・・ちがう、が。その、スマン。」

なんて気まずいんだ。仕方なく謝ってはみたが、取り繕えない。
取り乱したことをだ。それにこの・・心臓の跳ね具合なんかも。
しかしそれらに驚き、途惑うオレとは対照的に明るい声が響く。

「まぁいいよ。これで”あいこ”だよね?!」
「そっそうだよ・・な?」

さっきのほのかはすっかり何処かへ為りを潜めてしまったらしい。
いつもの無邪気な顔で、はははと笑い声を立てていたからだ。
ほっとしたと同時にオレは反省し、心の中に刻み込んだ。

”いじめるのは返り討ちにあう覚悟の上ですること”

「とにかくなっちの眉間のしわが消えたから作戦成功ってことにするよ。」
「オレ・・そんなに不機嫌な顔だったか?」
「ウン、だからほのかが元気付けてあげようと思ったの。」
「なんか・・・いらいらしてたからな、ここんとこ。」
「そうなの?ほのかはね、なっちに会えなくて寂しかったんだ。」
「・・・よく言うぜ・・」
「ほんとだよ!!」

オレはほのかの真面目で真剣な言葉と表情が・・・嬉しかった。
もしかして、もしかすると・・いらいらも、むかつきも・・・全部?
不意の”気付き”はやがて確信へとゆっくりと変わっていく。
そのときはまだ予感に過ぎなかったのだが。それでもオレは確かに気付いた。

オレを寂しがらせたオマエに・・オレは八つ当たりしたかったんだと。
会えなくて、いらついてたんだ。寂しかったなんて・・なんてことだ!?
オレの内心の驚愕を他所に、ほのかは次に何しようかなんてはしゃいでる。
そんな楽しそうな子供っぽい様子にもオレは和んでいるじゃないか。
そうなのだ、ほのかの言う通り眉間の谷間は今、平原になってるんだから。

”そうか・・そうだったのか・・”
”どうりで可愛いなんて・・会う度思ったはずだぜ”

後ろめたさと、嬉しさと途惑い。会えた喜びと知り得た事実。
オレはいじめたいなんて思った自分の幼さが恥ずかしかった。
一人反省していると、またほのかが心配したのか覗き込んだ。

”ああ・・やっぱ可愛いぜ、こんちきしょう”

「ねぇねぇ、なっちはほのかに会えてウレシイ?」
「聞くなよ、”不意打ち”食らいたいのか?」
「!?ウン、じゃあほのかもねらっちゃおうっと。」

新しいゲームを始めたみたいにほのかは喜んでオレにしがみついた。
なんて嬉しそうにするんだよ、しらねーぞ?そんな喜んでると・・
いつか狼が出るかもなんてことは・・・まだ言えそうになかった。