アイス半分こ



まだ夏には早いというのにその日は暑かった。
上着を脱いでタンクトップ1枚でも十分である。
私は晴れ女なのだよ、と偉そうに言う連れも
春とは思えぬ陽気に少しばかりめげていた。
しかし長いことパンダを見たばかりでご満悦でもあった。


「ねえねえ、次はあっちだよ。ラッコ見ようよ!」
「・・・」
谷本夏、高1の男子は連れの少女に溜息混じりに従った。
ひょんなことからなつかれて、成り行きであちこちへと付き合わされて幾ヶ月か、
どう見ても小学高学年といった少女は我が物顔で今日も彼の隣に居る。
実際は中学生であるが今時の中学生とは思えぬ幼さの少女、ほのか。
可愛い顔はしていても態度だけは大人顔負けではあったが。
「なっつん、でもやっぱり暑いからアイス食べよ。」
「・・・好きにしろよ。」
無理もないと夏は思った。それほどとんでもなく好天気だったのだ。
店でトリプルに積まれたアイスを受け取ると少女は幸せそうに微笑んだ。
「おまえ・・腹壊すぞ?」
「壊さないよ!女のこになんてこと言うんだい、ちみは。」
二人を見てアイスを売っていた店員は微笑ましく思ったのか
「お兄さんと半分こしたら?」などと言う。
「お兄さんじゃ・・・」ないと反論しようとした少女の腕を掴むと
「いちいち言わなくていいだろ、そんなこと。」言いつつその場を足早に去った。
「だって、兄弟じゃないもん!」
ほのかは憮然として「お兄ちゃんはこんなに目つき悪くないもん。」と付け加えた。
「ああ、そーかよ。」
広場で手を離すと「悪かったな、目つき悪くて。」と夏は拗ねたように吐き出した。
ほのかはバツの悪い表情で「ごめん、なっつん。アイスちょっとあげる。」と手を差し出した。
「いらねーよ。」ぷいと夏は顔を背けてしまった。
”だってさ・・・”ほのかは心のなかで呟いた。
夏と一緒に居るとよくあることなのだが、彼は人目を引く容姿をしている。
女性ならばほぼ100%夏にはっと目を止めるのだ。
それも面白くなかったがほのかが腹立たしいと感じるのは
隣に居る自分を大抵の女性たちが「妹」と判断するという点であった。
微笑ましいと笑いかけられたり、「邪魔」だという視線を感じるときもある。
どうしてだかわからないが、それらがほのかは悔しくて腹が立つのだった。
「どうした、食わないのか。」
ぼうっとしている少女に気付くと夏は声を掛けた。
「あ、忘れてた。」
慌ててぺろりとひと舐めすると甘くて冷たい感触にほのかはにこりと微笑んだ。
腹を立てていたことを忘れて口をあけてぱくりと一番上のアイスに齧りついた。
「美味し〜い!」極上の笑顔でほのかはアイスに賛辞を示す。
ころりと機嫌を直すさまに夏は思わずくすりと笑みが零れた。
アイスに夢中になっているほのかの口の端にクリームがついているのに気付く。
「うまそうだな・・・」
そう漏らすと夏はほのかのアイスを持っている手に自らの手を伸ばした。
小さな手は夏の大きな手に包まれると彼の目の前へ持って行かれ、ほのかは前のめった。
夏の顔が近づいてぺろとアイスを舐めるとき、目が合ってどきりとした。
驚いたが声を出す暇もなく、夏は握った手の人差し指をついと伸ばしてほのかの頬をなぞった。
口元のクリームを拭い取って舐める夏にほのかは体温が上昇するのを感じた。
「甘いな。」
ほのかは火照った顔を暑さのせいにして、どきどきする胸も押さえ込もうとしながら
「・・半分だけだよ。」とやっとの思いで口に乗せた。
「腹を壊すからな。」意地悪く言う夏にほのかはむっとして
「あげないよ、そんな事言うんなら!」と反抗を試みた。
掴まれたままの手はまたほのかを引っ張り、ほのかの抵抗を無視してアイスは奪われていく。
「ちょっと、なっつん!半分だけだったら。聞いてる?」たたみ掛けてみたが
「おまえも食えばいいだろ。」と平然と答えが返って来てしまった。
「あ、そうか・・・」
全部食べられてなるものかとほのかは気を取り直してアイスに口を寄せた。
だが口を開けようとすると夏の顔が間近で、こちらを見ているので自然と目が合ってしまう。
思わず齧りつこうとしていた口を閉じ、小さな舌で大人しくぺろりと舐めた。
”ヘンだな・・・なんでこんなにどきどきするのかな?”
”ちっさい手だな。口も舌も。”
”なっつんでばどうしてほのかを見ながら舐めてんの??”
”こいつ、いつまでこんな小さいままなんだろうな”
”もしかして、こんなのなんだか・・・恋人同士みたいに見える?!・・かな?”
”妹・・・みたいなものだよな、今はまだ・・・”

ほのかは兄妹と思われて腹立たしい理由が思いつかない。
夏はまだ妹でいいと自分に言い聞かせている理由に思い至っていない。
見詰め合ってアイスを舐める二人を周囲で眺める者たちはどう思うのだろうと
二人はそんなことにも気付かずにいた。

「・・なっつん、もうおしまいにしてよ、食べ過ぎ!」
「そうか?」
「そうだよ、ほのかまで食べる気?!」
「早くしないと溶けるだろ。」
「急いだら味・・わかんないじゃないか。」
「・・・それもそうだな。」

”んもう、ちっともどきどき治まらないし”
”そういや、味・・・どうだったかな”



「可愛いカップルね。」
「女の子小さ過ぎない?」
「そう?そんなに年違わないと思うわよ。」
「まあ、そうかもね。いいな〜!」
「ひがまない、ひがまない。」



側を通り過ぎた女の子たちの会話は二人の耳には届かなかった。
とある休日、とても好い天気の日のこと。