Hunting  


”・・意外に難しいんだよな・・いつでも隙だらけだってのに。”

オレがぼんやりと少々後ろ暗いことを考えながら見ていると、
ほのかが訝しむようにオレの傍へと近づいてきて顔を覗き込んだ。
これはほのかのよくする動作で、大きな目は尋問するように真直ぐだ。
これしきでは動じないようになったんだから努力はしてみるもので。
間近でも、不意を突かれても、甘い香りが琴線に触れたとしても
顔には出さずにいられるようになった。これも日々の努力の賜物だ。
実のところ顔に出してないだけで、内心は動揺していることは事実で。
挑むように(オレには見える)近づくほのかに殊更冷静を装ってみる。

”むかつく。なんでこう毎日毎日ちょっとずつ違う顔に見えるんだろうな?”
”食いつきてーな。あそことか、あっちとかも・・”と思っても口にはしない。

「なんだよ?いきなり眼飛ばしやがって。」
「口悪い!彼氏から電波を感じたから確かめに来たの。」
「そんなもん出した覚えないな。」
「ほう・・ほのかちゃんをまだまだ甘くみてるね、お兄さん。」
「まさか。侮ったりしてませんよ、お嬢さん。」
「それだよ、それ!?」
「え?!どれだ。」
「時々ぴっと糸を張ったみたいになるんだ。」
「・・なんのことを言ってる?」
「だから『気』がね、ぴんと張るのさ、時々。気になっちゃうよ。」
「へー、そんなことわかるのか・・・」
「ねぇねぇ、ほのかを見ててどうして気を張る必要がでてくるの?!」
「そこまで気付いてるのにわからないのか?」
「むー・・ほのかだってそこまでは・・あとちょっとかな。」
「察しは良くなったかもな。」
「なんだか怪しい。浮気とかしてない!?」
「浮気する以前の問題だ。」
「以前?」
「なんでそこまで気付いててわかんないんだ?」
「あー・・バカにした。いいのかい!?そんな態度。」
「勝負なら受けて立つぜ。」
「ようし。じゃあほのかちゃんが勝ったら・・」
「何で勝負すんだ?オセロか?」
「ウウン。ほのか今からなっちにキスするから!」
「は!?何を宣言して・・?!」
「その前に・・手、出して。」
「何が始まるんだよ。」
「いいから、手!」
「犬に芸仕込んでるみたいな言い方すんなよ!」
「犬ならもっと素直だよ。ほら、早く。」
「どうすんだ・・?」

オレの怪訝な表情に構わず、ほのかは手を取ると自分の手を合わせ、
指をスクラムでも組むように絡ませた。擦れる小さな指がくすぐったい。
そのまま体も引き寄せるとほのかの小柄な体はすっぽりと懐へと収まる。
キスすると宣言していたから、そうしたいのかと思うが目は開いたまま。
それも睨むように鋭い目つきだ。とてもそんな甘い要求には見えない。

しかし、掠めた唇は確かにオレの唇の上だった。目標を誤ってもいないようだ。
オレはぽかんと目を開けたままだったが、触れる直前にほのかは目蓋を下ろした。
何度見ても胸の高鳴る光景だ。終わりと思ってぼけっと見惚れているとそうではなく、
今度は強く押し付けてきた。その弾力に単純にもオレはエンジンが掛かったようになる。
目を閉じてその弾力を味わうことに専念する。このままスタートするか否かはほのか次第だ。
思い切りよく押し付けたように思える唇だったが、絡まっている指先からクンッと力が伝わる。
これは・・緊張してんだな、と思うと口元が弛みそうになったがどうにか踏みとどまった。

”なんにせよ、ほのかからこんなことしてくれるようになったんだよなぁ・・”

と、少々感慨に耽ってしまった。余裕にはまだ足りないと知らせてくるこの指先が愛しくて。
舌を入れたくなったがそれも我慢してされるがままになってみる。躊躇いは唇からも伝わってきた。
迷ってるんだろう。舌を差し出すのは勇気が要るらしい。そりゃそうだろう、いつもと逆だ。
初めのうちはオレに余裕がなくて、性急で奪うようなキスをしていた。今なら詫びたくなる程の。
この頃は焦らなくなってきて、深く繋がるのはほのかが物足りなさそうにしたときだけだ。
深く繋がりたいと思ってたのはほのかを逃がしたくないオレの本能みたいなものだったのだろうか。
怯えるような舌や体が可哀想で、ついストップを掛けてしまうからとことん貪ったことはない。
しかしオレも相当重症だよなぁ・・と自嘲気味になっているとおずおずとほのかが仕掛けてきた。
すぐにでも捉まえて絡ませたいがここもまた抑えて。するといきなり離された。

「・・・なっちぃ・・ほのかってそんなにヘタ?」
「え?いや?そんなことないぞ?続きは・・もうしてくれないのか?」
「うー・・こんな恥ずかしいことよくできるよね!?なっちって!」
「そうか?途中からだったらオマエも相当・・恥ずかしいことしてくれてるけどな。」
「えっ!?ウソっ!そ、そんなことしてないもんっ!」
「初めはいつも少し困ってるが・・オマエのスイッチ深いとこにしかないからな?」
「やっ!やらしいこと言わないで!」
「やらしいって何を想像したんだ?」
「してないっ!わかった。なっちの顔だよ、やらしいの!」
「悪かったな。で、続きは?」
「もう嫌。やめたの。」

拗ねてぷいと横を向いた顔は赤くて、膨れてもいて、凶悪に可愛い。いつもながら・・

「オレは恥ずかしくないから、・・引き継いでもいいか?」

びくりと揺れた体を刺激しないようにノーリアクションで様子を窺う。
するとゆっくりとこちらを見る。上目遣いで探るように。期待と不安の混じった顔で。

「今日こそはなっちに勝つぞ!って思ったのに・・まだ無理みたい。」
「なんの勝負だよ!?それさっきも言ってたな。」
「ほのかと居て急に緊張する理由が知りたかったから・・」
「あぁ、それで?」
「ほのかがそれを解いてあげようと思って・・だけど・・」
「オマエならどんなとき緊張する?」
「え?・・それは・・なっちと・・キスしたいなぁ・・とか思ったとき、とか。」
「へー・・そうか。他には?」
「なっちが全然余裕でほのかをやらしい笑顔で見たりする・・今みたいなとき。」
「なるほど。それとキスも最初の方はかなり緊張するよな。いつも。」
「ぅ・・うん・・途中からは・・なんだかわかんなく・・なるけどもね。」
「オレの気が張り詰めるのって、大分理由が被ってるんだがな。」
「・・疑わしい!」
「オレもキスしたいなって思ってた。それがバレないようにと気を引き締めると緊張する。」
「それってさっきのこと?」
「あたり。」
「被ってる?それ。微妙に違うじゃない。」
「それと唇が重なった初めのうちは同じように緊張するな。」
「なっちが?ホントに〜!?」
「がっつかないように必死になってるからな。」
「・・・」
「それとオマエからあんな風にしてくれると・・めちゃめちゃ緊張したぞ。」
「全然そんな風に見えなかったよ!?」
「あんなに必死で抑えてたのにか?」
「ほのかも・・結構必死だったから。」
「じゃあ相殺されてたんだな、そこは。」

オレが苦笑するとほのかも苦いような困ったような曖昧な笑顔を見せた。

「・・どうしたらなっちが遠慮しないでいてくれるかなって思ってキスしてみたけど・・」
「ん?あぁ・・嬉しかったぞ。」
「ホントに・・?でもダメだった。途中でどうしたらいいかわからなくなって・・」
「オマエを怖がらせたくなくてやってたのが裏目に出たってことか・・」
「あのね、ほのかが緊張するのは・・なっちに嫌われたくないからなの。」
「・・・お互い様だろ?だからさっきから・・」
「だから・・うまくキスができたら、なっちに言おうと思って・・」
「遠慮するなとか、抑えるなって?・・できるかな、オレはオマエより小心だからな。」
「ほのかなっちのこと嫌ったりしないってば!!」
「わかった。じゃあ続きは・・遠慮なしだ。いいんだな?」

ほのかがこくりと頷いた。そんなに怖いって顔してどうすりゃいいんだか・・
だが思い当たったこともある。オレが怖がってるから、ほのかも怖いのかもしれないと。
だからたまには・・思い切り求めてみてもいいだろうか、たとえ少々怖がらせても。
答えのないパズルみたいで、当てはめてはまた外して、そんなことを繰り返してる。

「あのな、けど今までのが無駄だったわけじゃないぜ?安心しろ。」
「え・・ウン。」
「怖いのも同じ。緊張するのも。ちゃんとお互いに触れてわかったことだし。」
「オレは触れるたびに確かめてた。そんでそのたびに嬉しくて・・」
「そう!そうだよね。嬉しくて余計に怖くなるの。幸せ過ぎて!そうでしょ!?」

目が合って、お互いに零した笑顔は今度は苦さを感じないものだった。
二人して緊張して、幸せに酔っ払って、どうしようもないなと額を付き合わせた。

「・・だから一度うんと怖がらせてみて?ね、なっち・・」
「オマエの”お誘い”も高等テクになってきたなぁ・・?」
「だってなっちがちっとも本気で怖がらせてくれないからだよ。」
「よく言うなオマエ!オレだって何度か本気になりかけてたんだぞ!」
「あ、そうなの?!やっぱり。・・けど止めるんだもの。ほのかよっきゅう不満が募ってさ・・」
「そうかそうか、よくわかった。たまには本気で怖がらせてやる。」
「わあっ・・やっと”狼”さん来た!って感じ。」
「その余裕吹き飛ばしてやるから、覚悟しろ、この性悪”赤頭巾”!」

どこまで本気か知らないが、狼に襲われたくて誘惑を繰り返していた娘は・・
その後どうなったかなんてどうでもいい話だ。オレとほのかならわかりきってる。
ほのかが赤頭巾なら、腹を空かせた狼だって家に連れてって雑食にしちまう。
そんでずっと傍にいろとか言う。狼はな、そんな横暴で無茶な娘に惚れちまって結局、

二人で仲良く暮らすんだ。どこか誰も邪魔しない深い森の中で。そう、オレたちみたいに。








パロディで「赤頭巾と狼」なほの夏を書くのでそこから派生したものです。
パロディはコピー本にしてイベントで!と、宣伝のようなことをしてみたv(^^)