星空


初めて口付けというものを知った
それは耳にしたことがある程度でしかなくて
テレビや映画の中で見かける他人事だった
友達が貸してくれる漫画に出てくるキスともまるで違う
痛くて熱くて苦しくて思わず涙が出た
怖いとは感じなかったけど胸は痛んだ
私に縋るように思えたのが辛かった
それでも支えられるものならと指に力を込めた
伝わったのかどうかはわからない
だけどなんとか思いとどまってくれた
あのままされるがままになっていた方がよかったのだろうか
おそらく私は間違っていなかったと思う
彼は涙とともに熱い胸のうちを零してくれたから
私が好きだからでも本当に乱暴にしたかったわけでもない
それは理解できた 彼はものすごく辛そうだったのだ
もしかしたらあんまり私のことがわからなくって
怖いのかもしれない そんな風にも思えた 

私がいつもと変わりなくやって来たとき
彼はとても驚いていたようだった
そして気になりとうとう私に尋ねてきた
どうしてあんなことがあったのに変りないのかと
彼は自分が私を気遣っていることに気付いてもいない
怖がらせただろうか 傷つけただろうかと心配顔
やっぱり彼はとても優しいひとだ
だからこそ辛いことが多いんだね
自分に厳しくし過ぎているんじゃないだろうか
もっともっとわがまま言えるといいな
どんなに憎らしくても私を嫌っていても
自分を曝け出せて安心してくれたなら
傍に居ても許される気がするから
私はとてもわがままで勝手なのだ
真面目な彼が嫌うのも無理はない
好きだからって何もかも許される訳もないだろうけど
どうしようもないのだ 私はほとんど彼に占領されている
初めての感情ばかりで少し持て余し気味
よく話に聞く『恋』とは違うみたいな気がする
この気持ちになんと名づけていいかはわからなくても
彼が好きなことだけは間違っていない


試しに彼にお願いしてみた
「ねぇなっつん。」
「なんだ?」
「キスってさ、色んな意味があるんだね。」
「・・・」
「好きでするだけじゃないんだ。知らなかったよ。」
「・・・」
「痛いのも苦いのもあるなんてさ。」
「・・・・苦い・・二度目のことか?」
「おや、わかった?うん、嬉しくて苦かった。」
「・・・」
「あ、なっつんを責めてるわけじゃないよ。嬉しかったんだよ?」
「そりゃ・・・オマエをなんとも思わないヤツにされりゃあな・・」
「あ、そっか。頭いいなぁ、なっつん。」
「馬鹿なだけだ、オマエが。」
「むぅ・・そうかな?うーむ・・」
「悩むな、無駄だ・・」
「ヒドイなぁ・・そうだ、もう一回してくれる?」
「・・・何故」
「今度はどんなかなぁと思って。」
「・・・・」
「嫌だよね?ごめん。そんな顔しないでよ・・」


いきなり胸元の服を手繰り寄せられて「わっ」となった
三度目のキスは痛くも苦くもなかった
私がどうだろうと思っていたのと同じで
彼も試したくなったのだろうか
驚いて見開いていた目をゆっくりと閉じた
味は・・・わからなかったけれど
なんだか初めてみたいに新鮮だった
二度目のときも優しかったけど今度はもっと温かかった
離れるのがとてももったいないと思えた

「どうなんだよ?」
「・・・え、えっと・・よくわかんなかった・・」
「・・・・」
「や、そんな眉間に皺寄せて・・がっかりしたの?」
「・・・オマエは・・・いや、なんでもない。」
「よくわかんなかったけどね、少しどきどきしたよ。」
「ふん・・」
「あ、喜んだ。」
「喜んでねぇ!」
「すぐムキになるんだから。」
「うるせぇ、ガキが。」
「さっき何言おうとしてたの?」
「知らん。忘れた。」
「えぇ〜?!嘘吐きだねぇ・・」
「オマエ、他の男と比べたりするなよ?」
「ほえ?・・・他の人とはしたくないからしないよ!なんで?」
「・・・がっかりするからな。」
「ぷぷっ・・なっつんはすごく上手いの?誰に褒められたのさ?」
「褒め・・オレは犬かよ。違う、そうじゃなくて・・」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。なっつんとしかしないから。」
「し、心配してんじゃねぇっ!舐めんなよ。」
「舐めてない・・ってか舐められたのほのかじゃない?」
「茶化すな。・・くそっ!・・」
「ごめん。きっとすごく上手なんだと思うよ、なっつん。」
「褒められたくてしてんじゃねぇ。」
「わかってるって。ありがとう、なっつん。」
「・・・・」
「また一つわかったよ。口で言えないことが伝わるよね、コレって。」
「・・また偉そうに・・」
「えへへ・・・なっつんに教えてもらってばっかりで悪いね?」
「・・・煩い口を塞ぐって手段にもなるぜ?」
「おお、なるほど。かしこーい!」
「・・・オレは犬じゃねぇっての。」
「あはは・・・そんなこと思ってないのに。なっつんてば可笑しい!」
「笑うな、クソガキ!」

なっつんが拗ねて見せてくれて嬉しかった
どんどん子供っぽい顔見せてくれるんだね
まだきっとわたしたちはオトナじゃないから
キス一つでもわからないことだらけだね
だけどこうして二人が一緒に居るからわかったんだよ
嬉しいことも 悲しいことも だから二人で感じたい


その日は送ってもらって見送る背中がいつもと違って見えた
あんなに切ないほど寂しいと感じていたというのに
まるで嵐の後のように穏やかな気持ちで居られる
見上げると空には星が瞬いていて綺麗だった
彼も見上げているだろうか 見ていて欲しい
同じように綺麗だと感じていてくれたら嬉しいから
あの三度目の口付けみたいに素顔のままで
彼は私に償いたかったんじゃないだろうか
怖い思いをさせてすまなかったと伝わった気がした
私が彼をまた好きになったと思えたように
星がこんなに綺麗だったのだと気付いてくれたら
どんなに寂しくないだろう たとえ今離れていても
広い夜空に届くようにと想いを馳せた








今回はあまり辛くない話でした。ほっとしたりして・・・
ことさら痛い話が書きたいわけでもないのですよ。
サテ次は・・・どうなるでしょうかね?いったりきたりになるかも。
この二人になりゆきを任せて書いていきたいと思います。