ほのかつり


  ”おもしれえなあ・・”

 非常に不謹慎だと自覚しながら夏は思った。
目の前、もとい目線の下にはほのか。中学生の女子。
大きな目玉をくるくるさせて”次”を待っている。

 「まだ?まだなの?なっちー!」
 「あ、すまん。ほれ、食え。」
 「あ〜〜ん・・むみゅーっ!おいひい!!」

それは調教めいていてマズイような気さえしてくる。
ただ葡萄の皮をむいて食わせてやっているだけなのに。
大粒のそれを食べるのが苦手だとほのかは先刻こぼした。
どうってことないだろうと目の前で剥いて見せた。すると
キラキラと目を輝かせ、その魔法のような妙技をせがんだ。
そんなわけで夏はほのかに一つずつむいてやっていたのだ。

 こんなことがしょっちゅうだと夏は回想した。
料理の最中に待ちきれないほのかがまとわりつくので
作りかけのスイーツの材料を舐めさせてやったときだ。
それにポップコーンを投げ飛ばして食べたいというので
買ってやると落としてばかりいるので代わりに投げた。
或いは出掛けた先で夏のものが美味しそうだと見とれる度に
注文の品を交換したり、一口、三口与えるのもままあること。

小さな子供や飼い犬を世話しているようでもある。
しかしそれがまた与える側も楽しいことなのも然り。
夏はしっかりとはまっていた。ほのかに食わせることにだ。
そうでなくても殺人的料理を避ける為に自ら調理をしたり
直接食わせるだけでない。母親(飼い主)そのもののようだ。
けれど、そんなことは夏にとってどうでもよかった。

 ”ほのかは・・うまそうに食うからな”

 理由などなんだっていい。母親でも飼い主でもない。
ただほのかが夏にそうして欲しがっているのだからそれで。
いつもそんな風に考えて誤魔化していた。本当は逆なのに。
そうやって甘えて欲しくてしていることを認めたくなかった。

 「うまかったか?」
 「もち!ごちそうさまなのだ!」
 「休憩してろ。ちょっと食い過ぎだ。」
 「だって〜、なっちー食べさせるの上手なんだもんね。」
 「楽したいだけだろ。」
 「そんなことないじょ。なっちの愛を感じるんだから。」
 「ばっ・か。なにが愛だ。」
 「まーまー、照れなくてもよいじょ。」
 「誰が照れてるんだ。」
 「なっちが。」
 「黙れ。」
 「あい。」

 たまに素直にいうことをきく。兄には絶対なことは承知だが
夏に対してもそうやって素直になると腹の底がむずむずした。
口惜しいのだが嬉しくて堪らないからだ。体は正直だった。

 ”なにがあいだ・・ばかばかしい!ただ、ただその・・ちょっと”

自分がほのかに対して異常に期待していることを自覚するのが辛い。
兄の兼一を慕うように慕ったり、甘えたり、我侭をいって困らせる。
それが自分だけに許された行動でないと知っている。そこは歯痒い。
けれど人の妹なのだし無理も無い。ほのかは夏とは他人なのだから。

そんな風に思って腹の底から湧き上がる想いを打ち消そうとした。
愛だなんてろくでもない言葉で置き換えるのは我慢ならなかった。


 ”ほのかを・・俺だけに引き止めてる気がして・・胸がすくからだ”

兼一から引き離し、自分にそうさせていることに満足しているのだと
夏は昏い優越感なのだと解釈している。呆れる理由だがそれが尤もだ。
だからほのかが向けてくる純粋な気持ちが居た堪れないこともある。
単に自分の為にしていることを愛みたいな益にして感謝されることは
悪人だと暴かれるより厳しい処遇だとも思う。何せ自分にそぐわない。
馬鹿だな、と思う分だけほのかへの愛しさは募るのではあったが。


 「なっちーまたお仕事?もっと遊んでよ。近頃冷たいじょ。」
 「ちゃんと穴埋めはしてるだろ。次は何するか考えておけ。」
 「なっちこそ。たまにはほのかをどうこうしたいとかないの?」
 「は!?どうこうってなんだよ。」
 「いつも勉強とか見てる代わりにお仕事の手伝いとかさあ。」
 「ああいらんいらん。邪魔すんな。それが一番の手伝いだ。」
 「ちぇ〜!お兄ちゃんならあれこれ頼むのになあ・・」
 「!・・アイツ、おまえにどんな頼みごとするんだ?」
 「う〜んと、お父さんにおこづかい上げてって頼んでくれとか。」
 「くだらねえな・・他には?」
 「結構切実らしいじょ。それから梁山泊に差し入れ持って来てとか。」
 「ふ〜ん・・そんなことか。」
 「なっちは?なっちだったらなにをしてほしい?」
 「だっだから俺は別に・・ない。」
 「む、その顔はウソだね!きりきり白状しなさいだじょっ!」
 「なんもねえ。」
 「あ、おにいちゃんの肩とかもむじょ!なっちももんだげる。」
 「い・いらん!」
 「いいからいいから。」
 「いらんっていってるだろ!」
 「おっ・ほわあああ!たか〜い!!」

 寄ってきたほのかを夏は慌ててすくい上げた。”高い高い”の状況だ。
幼児にする遊びだが、ほのかは浮き上がった脚をばたつかせて喜んでいる。

 「なっちー力持ちだね!」
 「おまえなんて力要るかよ。羽みてえだ。」
 「そこまで軽くないじょ。」
 「こんなに食わしてるのに太らないよな。」
 「太りたくないじょ!太らせてどうするのだ!?」
 「あ、否・・食ったりしないから安心しろ。」
 「ふおう〜そりはよかった。」
 「食っちまったらおもしろくねえし。」
 「うん?そだね。ずっと遊ぼうぜ、なっちー!」
 「・・・俺以外にも構ってくれる奴いるだろ?」
 「食べさせてくれるのはなっちーだけだじょ。」
 「親がいるだろ、それは。」
 「あ〜んとかはしてくれないじょ。」
 「そう・か?」
 「なっちはほのかを甘やかしてくれるから好きだじょー!」
 「甘やかしてるのか?俺は。」
 「え、自覚なかったのかね?」

夏は持ち上げていたほのかをそっと下ろした。その間複雑な表情が
眉間の辺りに漂い、ほのかは不思議そうに夏に近付いて見上げた。
下ろされるとほのかの背では夏を見上げるしかなくなる。首が痛くなるし
すぐに目を反らす夏との距離がもどかしい。そこでほのかは椅子に乗った。
椅子の上から夏に向かって手を伸ばす。抱っこをせがむ子供のように。

 「なんだよ、下ろしてやったのに。」
 「なっちと遠いんだもん。抱っこして。」
 「抱っこって、子供じゃねえんだから。」
 「んーじゃあ・・抱いて?」
 「だっ!余計だめだろ!?」
 「いいから持ち上げてなのだ。」
 「持ち上げてどうしろってんだよ!」
 「甘えるの。甘えさせるのだ。」
 「・・・・・なんだよそれ・・」

 夏は再びほのかを抱き上げた。すくい上げて高く掲げる。
そして腕に座らせるようにした。肩を腕にほのかも腕を廻す。

 「これでいいのか?」
 「おうよ!ガッテンだ!」
 「意味がわからんぞ・・」
 「なっちー?甘やかしてなのだ。」
 「次はどうしろってんだよ。」
 「う〜ん・・なにしてもらおうかだじょ・・」
 「困った奴。そうか、なんでもありなんだな。」
 「そうそう、甘えるってなんでもありなのだ!」
 「なるほど。」
 「知らなかったの?ふふん、ほのかになんでもお任せだじょ。」
 「そうみたいだな。」
 「おやっ!?なんて素直な・・今日はなっちがかわいいじょ!」
 「うるせえよ、ばかめ。」
 「かわいかったのにつかの間であったのだ・・」

 ぷうと膨れたかと思うとほのかはふーっと息を吐き出した。
そしてまたコロっと変わって笑う。ほのかは一時も目が離せない。
そんな気がして夏は珍しくほのかを真っ直ぐに見た。すると何故か
ほのかが照れたように頬を赤らめたので夏がどうした?と突っ込む。
すると「べ・べっつに〜!」と夏のマネだとそっぽをむいた。

 「おまえってほんとにヘンなやつだな。」
 「ほめておるつもりかね?ちみはまだまだよのう!」
 「誉めてねえ。感心してんだ。」
 「え?それほめてないの?うぬ??」

 希少な存在ということを認め、夏は微笑みを漏らした。
甘やかしていいとの許可も得て、甘えるようにほのかを見る。
ほのかはなんとなくまた頬を染めながら「よしよし」と夏を撫でた。

 「甘やかしてんのか?」
 「そうだじょ。えらい?」
 「そういうことにしといてもいい。」
 「素直じゃないけどかわいいのう!」

 黙れと頬を抓った。ほのかが可愛くておかしくなりそうで
それ以外にごまかし方がわからなかった。夏の頬も熱かった。








”ほのかにつられてなつすくい”であります。