「ほのか」 


図々しい変なガキ、第一印象はそんなだった。
懐かしい妹の面差しと少しも似ていない言動。
立ち去った後、家の中がやけに静かだと感じた。

”また来るねー”手を振りにこやかに出て行った。
”もう来るな!”とオレは言った。はっきりとだ。

どうして門を開けたのだと何度自問したかしれない。
掃除も洗濯もさせるつもりはこれっぽっちもなかった。
なのに使い方がわからないと言われて助け舟を出した。

名前を呼べと何度も請われた。チビとかガキと呼んだから。

「名前なんか教えるな」「知りたくも無い」

滑稽だ。家の中を自由にさせておいてそんな言い草。

他人の前で素の自分をさらけ出しているのは久方ぶりだった。
嘘で塗り固めていたはずのオレは為りを潜め、粗雑な態度が出る。
通りすがりの子供が怪我をしたから手当てしてやった・・・だけ。
そう思っても遅かった。通りすがりでなくしたのは俺なのだ。

何を求めてそうしたのか、繰り返し考えた。
答えはどれもしっくりせず、苛立ちを増すだけ。
オレのごたごたに巻き込んだとき後悔はやってきた。
白浜の妹。そんな偶然があるのかと戦慄した。

必死で兄の安否を案じるほのかの声はオレの体を幾度も刺した。
解放してやることしか頭には浮かばなかった。どうしても。
オレの妹と同じことを叫んだのだ。ほのかは兄のことを呼んだ。

「お兄ちゃんっ!負けないでぇっ!」

妹もそう叫んでいたのかもしれない。鮮やかに脳裏に浮かんだ。
心の底から詫びた。妹に。そしてほのかに。
思い出させてくれたのはほのかだ。オレの恩人かもしれない。
負けるなという言葉を強さだけを求める言い訳にしていた。
ずっと負けてたんだ。自分は強くなったと自惚れてさえいた。
只隠しにしていただけだ。弱さを。オレ独りだという孤独を。

ほのかを解放してから兄の兼一と向き合った。誰の命でもなく。
自身に決着を付けるためだ。どうやら勝負には負けたらしい。
気付いたときはぼろぼろだったが、やけに体は軽く感じた。
一人でいることに慣れすぎていたオレは出て行こうとした。
ほのかに見つかったのは偶然ではなかったと今なら言える。

オレに忘れていた微笑をくれた。ほのかに感謝の丈を込め告げた。

「もう来るな」と。愚かなオレのことは忘れて欲しかった。
「ほんとに素直じゃないよね」ほのかはそう言ってくれた。

泣きそうになりながら。きっと誰よりもオレの望みをわかっていた。
オレのためにそこまでしてくれたのだ。だからそれで充分だと思えた。
取り戻したのはたくさんのことだ。兼一に伝えることがあるとすれば

”妹を大切にしろ”だっただろう。過ぎた妹だから。

兼一にはもったいない。代われるものでもないのに。
口に出しては言えなかったが、そう心に思い描いた。



「なっち起きた!?おやつだよ〜!」
「・・・寝てないぞ、本を読んでたんだ。」
「え〜!?ちっともページめくれてなかったよ?」
「うるせぇな。ちゃんと読んでた。」
「そうかいそうかい。じゃあ休憩しよう。」
「甘いもんなら要らんぞ。」
「ダメ!食べて。今日はほのかのだけどさ。」
「オマエの作るのは甘すぎるんだよ。」
「いいの!その分なっちのが控えめじゃん。」
「太るぞ。」
「太っていいって言うくせに。」
「オマエの場合糖分どこに消費してんだ?」
「あっ頭使うと糖分がいるんだって!」
「ほー・・・・っ」
「バカにして・・ちゃんと頭も使ってるさ。」
「バカなりにな。」
「絶対残したらダメだからねっ!?」


うとうとして目を覚ますと甘ったるい香り。
この頃は随分まともになってきたほのかのお手製。
出会って初めて食ったときは相当だったが成長したもんだ。
オレたちは一度別れた。けれど再び出会ったのだ。
生意気で図々しいところは変わっていなかった。
いやその他も変わってはいない。相変わらずだ。
もう離すことはない。逃げることも隠すこともやめたから。
昔オレ一人の胸に仕舞った感謝を今も忘れてはいない。
幸いほのかもオレに負けないしつこい性格だったようで・・・

「いつかゼッタイほのかの方が美味しいと言わせてやるんだ!」
「・・がんばれ。」
「そんな無理!って顔して言われたって嬉しくないよ。」
「オマエって執念深いからな。わかってるさ、期待してる。」
「ほんとに〜!?まぁいいよ。今にわかるんだから。」
「オレも随分素直になったんだがなぁ・・」
「いやいや、まだまだだね。」
「厳しいな、ほのかさんは。」
「フフン!」

再び出会ったほのかは、やっぱりオレにはもったいないくらいで。
変わらずにオレの心を捉えて離さない。なのでオレから手を伸ばした。
素直に傍にいてくれと伝えた。ほのかは一生離れるつもりはないと言った。
不思議だ。あれほど焦がれていたとき得られなかったものが今はある。
いつもいつもオレに気付かせてくれる。立ち直らせ、立ち上がらせる。
きっとずっと続く。尊敬と感謝。そして抱えきれない愛も添えて。
ありがとう、ほのか。実はまだ素直にそうは言えてない。
見抜かれてる。だから「まだまだ」なんだろう。だから、

これからも傍にいてほしい。絶えず想いを返すから。







現行じゃなくて未来でした〜!(いや別に騙してないですよ!?)
素直な夏さんは気持ちわる・・いや、らしくないですよね・・
そこんとこわかってるから、ほのかは強要しないと思いマス。
愛されてることなんか駄々漏れで感じてるから不満ないしね。^^