本番です! 


「誰だよ、その物好き・・俺とタメ!?在り得ねぇ!」

夏は思わず声を張り上げてしまったが構わずほのかを見た。
どこかソワソワして顔を上気させて、今日は妙に可愛いなと
呑気なことを考えていた。そのほのかから飛び出した言葉に
声を上げずにはいられなかったのだ。心底驚きもした。

ほのかに告白して交際の申し込みをしてきたという男の話だ。
部のOBで夏と同学年だとか、真面目で人気の主将であったなど
予想外の情報がほのかの口から次々と出てくる。そんななかで
夏が一番ショックだったのはほのかが嬉しそうなことだった。

「・・そんなに嬉しかったのか?そいつと・・付き合うのかよ。」
「嬉しいよ、普通。なっちはもてるんだから経験あるんじゃないの?」

不思議そうに首を傾げられて夏はまた驚く。普通は嬉しいのかと。
言われてみれば尤もな話だが、彼は今まで嬉しいと感じたことがない。
自分は異常なのかと一瞬疑ったが、そこは深く考えずに思考を戻す。
今、気になることはそこではなく、ほのか自身についてだった。
中学の部活時代から好きだったというそのテニス部元部長とやらは
卒業してからもほのかを忘れられずにとうとう訪ねてきたらしい。

「それにしたってお前を?!言っちゃなんだがそいつってロリ・・」

うっかり口を滑らした夏だったが、幸いほのかは聞いていなかった。

「ほのかドキドキしたよー!なんだか舞い上がっちゃったりしてさ?」
「好きだと言われたくらいで舞い上がるだと!?はっ・・ガキクセぇ!」
「初めて言われたんだじょ!すごく真剣に・・舞い上がって悪い!?」
「・・・そんくらいでのぼせるとか・・・ないな。」
「なっちは言われなれてるかもだけどねぇ・・真面目に言ったことある?!」
「馬鹿馬鹿しい・・・んなヒマは」
「経験無いのにバカにしないでよ、先輩のこと!どっちが子供なのさ。」

ほのかはその男に好意を抱いているのは間違いなく、真剣に擁護した。
ということはつまり・・めでたく二人は付き合い始めるということか。

”それならもうここへは来るな。二度と俺に顔を見せるな!”

夏はそう叩き付けたかった。だが浮かんだその台詞が口から出ない。
何かとてつもなく苦くて重い感情が渦巻いて体を圧し留めているようだ。
それはほのかがどこか遠くへ行ってしまいそうな予感でもあった。
自分以外の男をほのかが好きになるという現実を眼の前に突きつけられ
何故だかそれを受け入れ難く感じている自分に烈しく動揺し、途惑った。

対照的に浮き足立つようなほのかが夏の不穏な様子に気付いたのは
いつの間にか黙っていた夏が自分のことをすぐ傍で見下ろしていたとき。
夏はそのときそれまで見たことも無い能面のように白い顔をしていた。
具合でも悪くなったのかと驚いて向き合うほのかが言葉を発する前に
押し殺したような夏の低い声音が耳を打った。

「お前、男と付き合うってのがどういうことだかわかってんのか?」

ほのかにはその質問が随分唐突に思えた。なのでぽかんとし、眉を寄せた。
負の気配だけは感じ取れるが、それも突然でほのかは理由が思い当らない。

「どうって・・それよりなっち怒ってる?!わけがわかんな・」

実に正直な心中を吐露しかけたほのかだが、夏に腕を掴まれ途切れた。
ソファの背に片手と一緒に体も押し付けられ、眼の前に夏自身が迫る。
あっという間に顔が近付きほのかは驚き顎を引く。しかしその顎も掴まれた。
乱暴にもう片方の手で上向きに固定されてしまう。ほのかの目が点になった。
夏の顔がどんどん近付いているからだ。声を出したいのに出せなかった。

もしかしてこれって、と思ったときにはもう塞がれてしまっていた。
抵抗する隙などなく呆気に取られ、次に行為に対応できず混乱した。
かろうじて押さえられていない方の手を伸ばし夏の服を引っ張ってみた。
止まって欲しいという意味なのだが、通じないのかどうか中断しない。
長く感じたそのときがようやく終わると、ほのかは空気を求めて喘いだ。
なんとか息を整えたかと思うと着ていたセーラーのリボンが解けた。
渇いた音を立てて布が抜き取られる、夏はそのリボンを突きつけると
にやりと人の悪い顔で笑った。「これの使い方の一つを教えてやろうか?」
夏がほのかの両手を軽く片手で一まとめにしたとき、意図に気付いた。
両手を勢い良く宙に振り上げて手から逃れたほのかは夏を睨みつけ、
パン!と景気の良い音を立てて夏の頬を平手でひっぱたいた。

「なっちのおバカっ!あほっ!ほのかのことバカにするなっ!!」

荒い息巻き、仁王のように夏の前に立ち上がって睨みつけるほのかに
気圧された夏は目を瞑目させた後、静かに身を引いてほのかから離れた。

伏せられた睫は長さを主張して影を落としていたが見惚れている場合ではない。
その場に座り込んだ夏は頭を下げ、「悪かった」と、それだけ言うと黙った。
その間にほのかはふぅと大げさに肩を上下させ深呼吸し、緊張を解した。

「あーびっくりした。なんてことすんの!?レッドカードものだよ。」

態と軽い口調でぼやくほのか。その場をなんとかしようという気遣いだ。
平手を食らいようやく逆上せた頭の冷えてきた夏は殊更申し訳なく感じた。
年が上だろうが、力でねじ伏せてみたところで男は女に逆らえはしない。
惚れた方が負けなのだと心底思わせるのに充分位に夏は反省していた。

「すまん、バカにしたんじゃねぇ。俺がバカみたいで口惜しかったんだ。」
「つまり腹いせかね!?子供っぽいねぇ、お兄さん。」
「・・・だから悪かった。乱暴なことして・・その・」
「ゴホン!言わなくていいよ、えっとじゃあ今のは本番じゃないってことで。」
「!?そんなことで・・俺を許すのか?」
「相手がちみだからまぁ・・けどやっぱりあーいうのは・・怖いしイカンよ。」
「ほんとに悪かった。なぁ、ほのか。他の男と付き合ったりするなよ。」
「って言いたかったわけか。ふ〜っ・・当たり前なんだじょ、ちみはまったく」
「当たり前って・・」
「断ったに決まってるでしょ。でなきゃ呑気にちみに報告したりしないよう。」
「・・お前ものすごく嬉しそうにしてたじゃねぇか・・そんでむかついて・・」
「やきもち?!そんならいいけど・・なんだそうか、へへっくすぐったいな。」

ほのかはそう言ってさっきのように嬉しそうに、照れた顔をして笑った。
今度ぽかんとしたのは夏だ。何かとんでもなくしでかした感が襲ってくる。

「それにしてもさっきのなっちはものすごくヤラシイ顔してた。あれはない。」
「男なんて皆あんなもんだ。お前は男を知らなすぎなんだよ。」
「えらそうに。知らなくていいよ、そんなの知りたくないし。」
「ないか・・だよな。」
「がっかりしないの!ほのかなっちなら許すと言ってるじゃないか。」

夏は再び目を見開くとほのかをまじまじと見る。恥ずかしそうな女の顔があった。

”いつのまにこんな・・・” ”俺もうかうかしてたもんだぜ!?”

子供のままじゃないということ。ほのかであろうと。そして愛さずにいられないこと。
既に愛していたこと。何もかもがズルズル引きずり出され、明らかになってゆく。
このままぼうっとしていたら本当に誰か他の男に連れて行かれかねないことも。

「ほのか。」
「ん、なぁに?」

夏は真剣な目つきでほのかを見ていた。胸を押さえてほのかは居住まいを正す。

「俺もこれが初めてなんだが・・バカにすんなよ?」
「えと・・あの、もしかして?!」
「・・す」
「きゃあああっ!!待って待って待ってぇっ!?!?」

真面目に告白しようとした夏だったのだが、ほのかに口を塞がれてしまった。
両手を夏の口に押し付け、顔は真っ赤だ。本気で焦っているのがよくわかる。

「いい、いいよなっちはそんなこと言わなくても。らしくないって!ね!?」

どういう意味なのか夏は考えた。男に告白されて舞い上がっていたほのかが
いざ本番と思った途端にそれを阻止するとは・・・夏にはよくわからなかった。
押さえている両手を夏の両手でやんわりとどけると目をきつく閉じていたほのかは
その動きに合わせてゆっくり目を開いた。少し潤んでいて眉も下がっている。
今にも泣き出しそうで痛々しい。告白されたくない理由とはなんなのか夏は探る。
しかし答えが見つからず、泣きそうなほのかに「嫌なら言わんから、泣くな。」と
囁いた。ほのかの大きな瞳が漣を起こして揺れた。ぽろり一粒だけ涙が転がり落ちた。

「ドキドキどころじゃないよう!なっち、苦しい・・たすけてぇ・・!」

「お前なに言・・逆効果だろうが、それ!」

あまりの可愛さに目が眩む。夏は気を寄せ集めるとほのかを静かに抱き締めた。
びくりとしたが抵抗はない。そうっとでき得る限り優しく抱いたまま耳元へと

「・・・どうすればたすけられる?・・教えてくれ。」懇願のような問いかけ。

一生懸命な夏の気持ちは伝わるが、ほのかはうまく応えられずに首を振る。
困った夏が溜息を吐くと、耳元だったせいでほのかはまたびくっと体を跳ねさせた。

「なぁ・・ほのか・・?」

ほのかは夏のそんな甘い囁きも困った顔も初めてでしがみつくより他にできない。
さっきよりも追い詰められているというのに、トドメを刺したのは夏の告白の続きで。
じたばた暴れたうえ、ぺしぺしと力のこもらない平手が繰り返し夏にお見舞いされた。

「・・・やっぱり本番はまだ早かったかも。」とぼやいたほのかだったが
「もう遅い。いまさらなに言ってんだよ!?」と夏に即座にぼやき返された。
「これからどうするの?ほのかよくわかんない。」
「どうするもこうするも・・お前次第ってやつだがなぁ・・俺もわからん。」
「とりあえずちゅーする?あ、でも怖くないヤツを頼むよ?」
「名案なのか難題なんだか・・・」悩んだ夏は啄ばむような軽いキスにしておいた。







なんだかなぁ・・;いちゃつきMAX!書いておいてなんですが
夏くん相手をロリ・・だと言ってますね。つまり自分も!?(笑)