Holy Promise


 


ほのかが「バイトするんだよ!」と言い出したのは12月20日のことだ。
どういう風の吹き回しかと思ったら困っていた友達の代わりをかって出たらしい。

「・・何のバイトだ?」
「チラシ配りだよ。ほのかサンタさんの格好すんのさ!なっつん見に来る?」
「いや、いい。その友達って付き合ってる奴いるか?」
「え?ウン、最近ね・・なんでわかったの?」
「別に。じゃあ24日は来ないってことだな。」
「あっそうか!?24日ってイブじゃないか。うっかりしたなぁあ!」
「まぁいい。今年はパスってことにしろ。」
「なんでさ!?バイト終わったらここ来るから待っててよ、なっつん。」
「そのバイトって終わるの何時だよ?」
「えっと、ノルマを配ってしまったら終わり。」
「ふーん・・・」

ここ数年、つまりほのかと出逢ってから、オレは毎年このイベントに付き合わされてきた。
ツリーは飾らされる、プレゼントを用意させられる、飯を作らされるなどなど・・・
まぁどれも他愛のないもので、オレが一人暮らしで寂しいだろうというお節介のためだ。
初めは渋々付き合って、その次には少し和まされ、また次の年には恋人にしろと迫られたりした。
つまり知り合ってからクリスマスイブにほのかがいないのは初めてのことだった。

「やれやれ、今年は久しぶりに静かなイブが過ごせそうだぜ。」
「そんな拗ねないでよ、なっつん。終わったら飛んで来るってば。」
「誰が拗ねてるって!?元々オレはそんなイベントどうでもいいんだからな。」
「またそんなこと言って・・プレゼントもう用意したから持ってくるよ。」
「・・・遅くなったら翌日にしろよ。立ち仕事なら結構疲れるぞ。」
「逢いたいって気持ちがわかんないかなぁ?このひとったら・・!」
「オレだって気ィ遣ってやってんだ。素直にバイトだけして家に帰れ!」

ほのかは来る気満々だったが慣れないことだ、そんなにうまくいくかどうか疑わしかった。
そんな話の翌日から天候が悪化し、当日の24日も朝から断続的に雪の舞う重苦しい天気だった。
この寒さで人の足は当然速くなるだろう。暗い空を見上げるとオレの気分まで釣られて暗くなった。
バイト先は聞いていたのでとうとうそこへと足を向けた。待ちきれなかったというわけじゃない。
ちゃんとやれてるかとか、この寒さで参ってないかとか、そっちが気になって仕方なかったのだ。
バイト先のカラオケ店の前に居た同じバイト仲間らしい女にほのかのことを尋ねてみた。

「あの子ねぇ、ノルマ厳しいよ。まだまだ終わらないと思う・・」
「そう・・それでどの辺で配ってるかわかる?」
「ううん、でも一旦戻ると思うよ。まだ残ってるらしいから、ノルマがさ。」

その女の話を聞いてオレは呆れた。急に辞めたヤツの分もほのかが引き受けたと言うからだ。
なんでそんなバカなことをしたのかと思ったら、「あの子お人好しだよね、困ってるのみてさぁ・・」
要するにほのかが自分からそいつの分もすると言い出したらしいのだ。・・やりそうなことだった。
店長にかけあってその残りのノルマをオレが引き受けることにした。でないと終わりそうも無い。
サンタの衣装があるからと押し付けられたのには困惑したが、仕方なく着替えて外へ出た。
案外早く配り終えたので、ほのかの居場所を探した。暗くなってから寒さも増したので気が急いた。
結構歩き回ってやっと見つけたとき、ほっとして溜息が出た。遠目で見るほのかは昔のように幼く見えた。

一所懸命な小さなサンタの手元を窺うと、ノルマはあと数枚といったところだ。
すぐ目の前で声を掛けるまでほのかは全くオレに気付かなかった。

「なっつん!?・・どうして!?なっつんってサンタさん?!」
「アホか。オマエのノルマ手伝ってやったんだよ。残りのを半分よこせ。それでお終いだ。」
「え・・そうかぁ!?なっつんありがとう!ちょっと困ったなぁって思ってたんだ・・」
「ったく・・大丈夫か?結構キツかっただろ、寒いしな・・」
「ウン・・でももう平気!なっつんが来てくれたから!」
「んなことはいいから、さっさと残り済ませるぞ。」
「らじゃっ!」

最後の一枚を手渡した後、ほのかはにかっと笑うと万歳をした。ぴょんぴょん跳ねながら。

「・・まだ元気ありそうだな。じゃ帰るか。」
「ウン、帰ろ帰ろ!早くあったまりたいのだ〜!」

店で着替えてバイト代とおまけの割引券をもらい、帰途に着ける頃はもうすっかり夜だった。

「もう遅いからこのまま送ってく。オレんちは明日にしろ。」
「えぇっ!?ヤダよ、せっかくそのためにガンバったのに!」
「今からじゃ遅くなりすぎるだろ?親だって心配してるぞ。」
「ちゃんと言ってきたもん。終わったらなっつんとこ行くのも許可済みだよ。」
「一度あったまったら帰るのが辛くなるし・・」
「んじゃ、ほのかなっつんちに泊まる。」
「言うと思ったぜ・・何度言わせるんだよ、オマエは・・」
「だって・・今日はお泊りするって言ってきたの。」
「ナニ!?」
「ホントだよ。ね、だからいいでしょ?!」
「・・・ありえねーよ、オマエな、嘘言って・・」
「ないよっ信じて!」

オレが困惑して黙るとほのかが眉を下げて「・・・なっつん・・ダメ・・?」と呟く。
それはオレにとって脅迫に近い誘惑だった。負けたくないが勝ち目もない勝負のような。

「・・やっぱ今日は帰れ。」とようやくオレは口に乗せたが、言いよどんだのが拙かった。
ほのかはオレの反応を見て「嫌じゃないんなら行く!いいでしょ!?」と強気に出た。
気まずくて目を反らすとほのかがオレの服の袖を引っ張っている。今度は泣き出す寸前という顔で。
うまい言い訳も浮かばないが、かといって正直に話す勇気もない、そんな自分が不甲斐ない。
しかしこのまま路の途中でじっとしていたのでは二人とも雪だるまになるのは間違いない。

「・・・わかった。また・・明日だね・・なっつん」

長いこと二人してつっ立っていたが、珍しいことにほのかの方が先に折れた。
笑顔を作るほのかに罪悪感を覚える。しかし疲れているだろうから早く休ませたい気持ちは本当だ。
そんなオレの腕にいつものようにぶら下がると、「そのかわりゆっくり帰ってね。」と言った。
心の底ではこのまま連れ帰りたいという衝動がオレを揺さぶる。そしてそれはダメだとまた打ち消す。
のろのろとした歩調はほのかの希望というよりもオレの迷いがそうさせたのかもしれなかった。
しばらく二人とも無言で暗い夜路を歩いていた。方角はほのかの家の方だった。
大人しく歩いていたほのかが突然独り言のようにぽつりと呟いた。

「あのね・・さっきなっつんの顔見たとき、泣きそうになっちゃった・・」

オレの方にちらと視線を走らせながら、少し照れたような表情。

「早く顔が見たいってそう思ってたからさ、聞えたのかなってびっくりしちゃった。」
「・・へぇ・・」オレはなんだか胸が詰まって言葉らしい言葉が出てこない。

「でね、なっつんが来てくれたら一瞬で寒くなくなったの。スゴイね、なっつん効果って。」
「なんだそれ・・・」
「ほのかすっごく嬉しかったんだ・・ありがとう、なっつん。」

オレの足が止まった。ほのかがあれっと足を泳がせ、問いかけるように顔を向けた。

「あ・・あのな・・やっぱり・・オレんち寄ってくか?」

まだ迷いの残る歯切れの悪い台詞。自分でもなんて言い方だと思い、目を反らしてしまった。
ほのかは驚いた顔を見せたがすぐに笑って何も言わずにオレに縋ると腕に頬ずりした。
浮かんだ嬉しそうな顔に後ろめたさが襲う。この提案に下心などまるでないとは言えなかったからだ。
そんなオレに気付いているのかいないのか、ほのかが急に手を離したかと思うとオレに向き合った。

「ねぇねぇ、サンタさんにお願い。」と、イタズラを思いついた子供のように言った。

「何だ?」と聞くとほのかは目を閉じた。そして指で自分の頬を指し示す仕草をした。

「ほっぺでいいから、・・チョウダイ?」

頬を示したのはオレがその場所ならば遠慮しないとでも思ったのだろう。
バカだなと思った。こんな誰もいないところでそんなことを強請るなんて。
その指定場所は寒さのせいもあって紅く染まって捨てがたい誘惑があった。
しかしそこではなく別の場所、きゅっと結ばれた唇の方に贈った。「オレはこっちがいい」と。
ちょっと当てただけだったが、瞬間大きな眼がくるんと開かれるのを間近で楽しんだ。

さっきまでより数段鮮やかに染まった頬で、ほのかは「わぁっ!?」っと叫んだ。

「・・やられた!驚いちゃったよ・・」
「フン・・オレは悪くないからな。」
「・・ほのかもお返ししていい?」
「お返し?・・どこに?」
「そんなこと聞かないの!なっつん、屈んで?」

えらそうにぐいぐいと引っ張るほのかが顔を近づけた。オレの唇に触れた瞬間抱き上げる。
そのせいでせっかくのほのかからのお返しがすぐに離れてしまった。

「わっ!なんで!?」
「長いこと屈んでるよりこの方が楽なんでね。」
「?長いことって・・ほのかそんなに長くするつもりは・・」
「それじゃあ足りないって言ってんだ。」
「え・・!?」

再びオレの方から唇を合わせ、思うまま味わってやった。誘惑に屈したとはいえ好い気分だ。
離したときの互いの口から立ち上る白い息が、熱さを証明していて少し気恥ずかしい。

「・・ウチに来るってことはこういう危険があるとわかってるか?」
「・・・ぅ・・ん・・わかってるよ・・?」
「ホントかぁ?」
「ホ、ホントだよ!」

ほのかはムキになって真っ赤な顔のままオレを睨みつけた。だから言ってやった。

「わかってるんなら・・まだ間に合うぞ?」
「え、何に?」
「帰る処だ。どうする?」
「ぁ・・あの・・えと・・なっつんの・・が・・ぃぃです・・・」

俯いて最後の方は消え入りそうなくらい小さな声だったが、答えに迷ってはいなかった。

「・・じゃあ連れて帰る。」

オレの声にはっとして顔を上げるとほのかは大げさに頷いてみせた。

「いいんだな?」
「・・ウン・・」

抱き上げていた身体をそっと降ろすとほのかがゆっくりとした口調で言い出した。

「・・・あのね、ほのかなっつんがダイスキなの、知ってるでしょう?」
「あ、あぁ・・」
「他の人とは違う”スキ”なの。これはなっつんだけだからね?!」
「・・・ああ。」
「だから・・なっつんの”スキ”はほのかにだけちょうだい。他の誰にもあげないで・・」
「・・・・」
「・・ダメ・・?」

真剣だが少し不安を滲ませ、まっすぐな視線を向けながらそう言った。

「わかった。」
「ホント?!」
「約束する。」
「!?・・・いいの・・?」
「ああ。」
「あ・・ありがとう、なっつん・・」

安心したように微笑むほのかの潤んだ瞳は光りを湛えてとても綺麗だった。
オレが手を伸ばすとほのかはその手を黙って握り返した。そして互いに瞳の奥を覗き合う。
約束したことを確かめるように。認め合って二人して笑う。不思議と照れるでもなく。
向き合ったまま長いこと見詰め合っていたが、込み上げて噴出したのもほぼ同時だった。

「・・・笑っちゃったけど、ほのか本気だからね?」
「・・・わかってる・・・」
「今までで一番嬉しい贈り物かもしれない!なっつんからの。」
「・・そうか・・そうだな。」

手を繋ぎ、方角を変えてオレとほのかが歩き出す。そこでは降り続く雪だけが見ていた。
夜空は雪雲に覆われて見えないが、雪の結晶が星のように煌いているようだった。
ほのかと交換したこの贈り物がいつまでもこんな風に輝き続けるといいと思う。
言葉にすると他愛の無いことかもしれない。しかし胸に刻まれたものには厳粛ささえ感じられる。
守っていこう。大切なこの笑顔がオレの傍にある限りずっと・・・

誓ったのは”ただ一人、あなただけを愛します”







遅くなりましたが、メリークリスマス&はっぴーにゅーいやー!^^;
クリスマス用に絵は描いたのです。間に合わなかったのがこの小説・・・(涙)
絵の方は背景には邪魔になるかなと思って止めました。そのクリスマス絵→コチラです。
ちなみにこの絵もこの話を元にした1Pマンガも「ケンイチ」コンテンツに展示してます。