「ひざまくら」 


”膝枕は男の夢”らしい。・・兼一の野郎が言った。

「てめえはそんなもん夢見てんのかよ?」と呆れ気味に尋ねると、
「どうして憧れないのかが全くわからないよ!?」と返された。
「・・そんなものなのか?」
「もしかしてしてもらったことないの?」
「そういや、ない・・な。」
「意外だなあ、いつもいちゃついてるイメージなのに。」
「いちゃ・・ついてなんかねぇ!オマエと一緒にすんな。」
「えっ!?僕たちそんな風に見えるようになったの!?う、嬉しい・・!」
「鬱陶しいヤツだな・・泣くなよ、そんなことで。」
「いやあ思えば長い道のりだったなあっ!!って感動してるんだよ。」
「そうかよ・・で、オマエは膝枕してもらってんのか?」
「・・修行中に気を失って介抱されてっていうのならわりと・・」
「あっそ。普段はオマエもしてないんじゃねーか、アホくせ・・」
「なにおーっ!?ようし僕は君より先にしてもらう!今すぐお願いに行くぞ、美羽さーん!」
「アホなことにオレを巻き込むな、おいっ!って聞いてねぇな。ほっとくか・・」

「膝枕・・ねぇ・・?」

ほのかはよくオレの家でごろごろしたり昼寝する。
だからというか、オレの膝でよく寝たりしている。
だが逆は・・言われるまで気付かなかったがないかもしれない。
憧れどころか想像したこともないことに少々驚いた。
男は皆憧れるものなのだろうか?・・いやしかしなぁ・・
想像しかかって止めた。なんだかとてつもなく恥ずかしかった。
よくそんなことしてもらおうなんて思うよな、世の男どもは。
ちょっと想像しただけでも相当気恥ずかしいのだ、それを・・

「そんなもん・・どうやって頼むんだ!?できるか、アホ!」

オレはついうっかり声に出していたらしい。かなり・・危ない状況だ。
こっそりと周囲を窺い、誰もいないことを確かめると溜息を零した。


何かしら嫌な予感を抱いて家に着くと、ほのかが待ち構えていた。
気持ち悪いほどの笑顔を湛え、「お帰り!待ってたんだよー!」と両手を広げた。
「・・・オマエもしかすると梁山泊に寄ってたか?」
「ウン。なんでわかるの?ちょびっと寄り道してしぐれと遊んできたよ。」
「ふーん・・・兄キには会ったのか?会ったというか”見た”のか?」
「え、ううん。居なかったよ。だけどいいこと聞いたんだ〜v」
「誰に?」
「はやと。」
「目上を呼び捨てにするなと言ってるのに・・」
「いいって言ってるもん。仲良しなんだもん!」
「はは・・それで何を聞いたって?」
「さあっほのかのお膝へカモン!なっちーv」
「やっぱりか・・要らんっ!!」
「なっなんで!?しようよ、したいよ!ほのか膝枕したいー!!」
「んなことせんでいい。オレはしたくない!」
「ウソだもん。」
「ウソじゃねーよ!」
「嫌な男のひとなんかいないってはやとが言ってた!」
「オレは嫌なんだよっ!あきらめ・・」
「まぁまぁ・・恥ずかしがらなくていいよ、誰もいないでしょ!?」
「引っ張るな!い・いやだって言ってる。やめろよ!」
「あのさ、逆に聞きたいよ。なんでそんなに嫌なの?」
「いやだってそんなこと要求していいのか!?」
「大丈夫だよ、重くなったらそう言うし。」
「しかし・・」
「ほのかのことはよくお膝に乗せてくれるじゃないか。」
「それとこれとは・・」
「何が違うの?」

ほのかの疑問にうっと答えが詰まる。どこかやましいのだ。
膝というか・・脚とか太腿とか・・そういうことをだな・・
連想してしまうあたりは・・普通の男と変わりないと思う。

「ねぇねぇ、どうして恥ずかしいのさあ!?」
「オマエは恥ずかしくないのか?っていうか誰かにしたことあるか?!」
「えっと〜・・?・・ないね、そういえば。」
「ふぅ・・そうか。ならこれからも誰にもするなよ?」
「いいけど・・なっちはいいの?」
「オレは・・またそのうちにな。」
「してくれるんなら今がいい。しようよう!」
「こっ今度にしてくれ、頼む。」
「・・・・もしかしてさ・・・なんかヤラシイこと考えてる?」
「っ!?いっいやっ・・そういうわけでは・・」
「うわ・・意外だなー?でもさ、どこら辺がヤラシイのかな?膝枕の。」
「はは・・違うって言ってるでしょ?ほのかちゃん。」
「うきゃあっ!やだ、やめて、その王子様。きもちわるいいい〜!!」
「ウン、あきらめてくれたらやめるよ?」
「そんなに嫌だなんて・・膝枕ってそんなにスゴイことなのかなぁ・・?」
「・・拷問に等しいと思うが・・」
「・・ふーん・・よくわかんないけどなぁ?」
「くっそー!兼一のヤツ・・」
「あっそうだ、お兄ちゃんはしてもらえなかったんだって。」
「何!?そうなのか。それはいいことを聞いた。」
「だからさ、なっちがすればもっと悔しがるんじゃない?」
「なっ!?いいのか?アニキが負けることになるんだぞ!」
「勝負なの?!・・まぁいいよ、ほのかはしたいし。」

ほのかの”兄よりオレ優先”という美味しい餌に・・・釣られた。
しかし決めたもののいざとなると頭を乗せるのにはかなり緊張した。
オレを覗き込む顔が嬉しそうだったので、それを見てほっと息を吐いた。

「えへへ・・嬉しいな〜!ちっとも重くないよ?」
「嬉しいのか?」
「なっちは?嬉しくないの?」
「・・気持ちいいな。」
「おおっ素直!よしよし、いい子だねー!」
「調子にのるな。なでなくていい!」
「だってなっちを見下ろすなんて快感だよ。」
「・・そんなもんか?」
「ウン、おチビにしかわかんないのかなぁ・・?」
「・・・・」

しかし下から見上げるほのかというのは思いの外新鮮だった。
柔らかいほのかの太腿の感触は予想通り鮮烈ではあったが、
見上げる先のほのかがいつもと違って見えるおかげで誤魔化せた。
ついつい見つめていたらしく、ほのかが照れたように眉を下げた。

「なに〜!?じろじろ見てさぁ・・」
「・・確かに珍しい光景だなと。」
「あんなに嫌がってたくせにさ。」
「・・意外と悪くないな、これって。」
「あ、わかった。”食わず嫌い”ってやつだったんじゃない!?」
「・・・なるほど。」

オレが大人しいのをいいことにほのかはまた手を差し出して、
髪を梳くように優しく撫で始めた。指先は細くてくすぐったい。
不快でもないのだが、その手を止めようと自らの手を伸ばした。
オレの手の中にあっさりと小さな手が納まる。握ったりはしていない。
それなのにほのかはなんの抵抗もなく、指先ごとオレの手に包まれていた。

「・・撫でたらだめなの?」
「くすぐってぇんだよ・・」
「ちっともヤラシイって思わないけどな。」
「そうだな、考えすぎた。」
「やだあ・・一体何考えたの!?」
「うるせぇ。」

男がこうしたい気持ちがやっとわかった。なんて安らぐんだ。
知らなかった。オレだけが独占してるみたいな妙な安心感がある。
やましい気持ちもなくはないのだが、表に出さずに済んでいる。
あんまりこのままで心地好いからだ。やばいな、癖になりそうだ・・
ほのかは重いともだるいとも言わずに、そのままでいてくれた。
時折幸せそうな笑顔を上から覗き込んでくれて、それも嬉しい。

”なんか・・・幸せ・・だな・・・”

「ねぇなっちー・・」
「・・ん?」
「なんか幸せだねぇ、これって・・」
「・・・だな。」

ほのかがオレの素直な言葉にほんの少し目を丸くした。
そしてすぐに蕩けそうに微笑むとオレの額に唇を落とした。

「何すんだよ、人が動けないときに。」
「ふふふ・・いいんだもん。」

せっかく人が抑えていたものを、わざわざ起こしやがって!
オレは起き上がり、突然の中断に対し抗議をし始める前の口を塞ぐ。
代わりにオレの膝の上に乗せたほのかの僅かな抵抗も封じた。

「何すんの、人を動けなくして!」
「・・んだよ、いいだろ!?」
「・・えらそうだなぁ・・!」

膝枕に憧れてはいなかった。そして幸いこれからも。
頼むことには抵抗があったが、それすらも必要なかった。
兼一のヤツに自慢してやりたいくらいだ。アイツ悔しがるだろうな。

「なんで急に膝枕やめたの?」
「・・なんでもいいだろ。」
「気持ちよかったんでしょ?」
「あぁ・・またしてくれるか?」
「もちろん。いつでもオッケーだよ!」

嬉しそうな頬におまけを押し付けると、ほのかはオレの膝で丸くなった。

「今度はほのかが膝枕してもらおうっと。」
「私物化してるよな、すでにオマエは・・」
「私のもなっちのだからね、あげるね!?」
「あぁ、もらった。もう返さないからな?」

少しだけきょとんとして、ふふんと鼻を鳴らして再び丸くなる。
ほのかはどうやら昼寝モードだ。続きを楽しみたかったが仕方ない。
オレも付き合いで目を閉じた。どうせしばらくは動けないのだ。
そして眠る前に絶対に言いたくない台詞を心の中で言っておいた。

”兼一、オマエもまぁ、がんばれよ?”







兼ちゃんの悔しそうな顔を思い浮かべてるかもです。(笑)