「ひとりじめ」 


歓迎するしないは人それぞれだろうが、汗ばむ季節はもう目前に迫っている。
この季節の移り変わる境目というものははっきりと目に見えるわけではない。
だが、眼の前の人物はその境目が正確にわかるのだと胸を張りつつ豪語する。

「匂いだよ。匂いがある日突然変わるのさ。」

真疑の程はともかく、嘘の吐けないヤツだから本気でそう思っているのだろう。
春になったときや、夏になったとき、いつも朝の空気を吸って知ると言ってる。

「楽しみだねぇ!?夏はもうすぐだよ!」
「そうか。」
「いい季節だよね!」
「毎度毎度オレに通達しなくてもいいっての。」
「お知らせしたいじゃないか、共に喜ぼうよ。」

ほのかは『夏』が一番好きな季節なのだそうだ。耳にタコができるくらい聞いてる。
どの季節だろうが好きだと言ってるから順位に関してはほぼオマケくらいの差だろう。
底抜けに明るい笑顔や伸びやかな手足を見ていると似合いの季節かもしれなかった。
そのことはオレの胸に留めてある。言えば鼻高々で自慢する様が目に浮かぶからだ。

「やれやれ・・毎年うるさいんだよ、好きだすきだと・・」
「好きなんだもん〜!!夏がダイスキなのさー!」
「よかったな、今年も巡ってきそうで。」
「そうなのだ。でもってほのだけの特典!夏を抱きしめーっ!!」
「・・放せ。」
「ふふふ・・なっちと一緒に夏を一人じめなのだ!」
「人をダシにすんなよ。」
「あー・・夏がくるよー!嬉しくってじっとしてらんない・・!」
「聞いてねぇし・・まだ梅雨が始まったばっかじゃねぇかよ!?」
「梅雨の晴れ間も好きなんだよねぇ。わくわくしちゃわない!?」
「オレはしない。・・・ってか離れろって!!」
「そんなこと言わないで、夏!夏が好きっ!!」
「呼び捨てんな!」
「なっちだってほのかを呼び捨てるじゃないか。それにどう呼んでも気に入らないよね?!」

ほのかはただでさえ肌の露出の多いヤツなのにこれからの季節を思うと気が重い。
いくらガキとはいえ、女だ。頭を空にして何も考えないよう努めてはいるのだが・・
その上困ったことに近頃は時々ほのかがオレに『充電』を求めてくる。なんの拷問か。
充電しないと元気が出ないとかなんとかほざいているが、単に甘えているかに見える。

「・・なんだよ?まさかその顔は・・」
「えへへvなっちもわかってきたよね。」
「またかよ。」
「消耗が烈しくてねぇ・・ヨロシク!」
「暑いだろうが!?」
「ほのか暑いのは平気。寧ろ得意だから。」
「オレは得意でもないし、消耗するんだ。」
「なっちもほのかちゃんを充電しなよ?!」
「・・その言い方もやめろ。」
「・・これもダメなの?訳わかんないし。」
「特に人前でアレはダメだぞ。新島にでも聴かれたら・・」
「アレって・・『抱いて』って?」
「言うなって!」
「そんなに人聞き悪いかなぁ!?」
「良くないに決まってる。」

初めて聴いたときはオレも何を言い出したのかと頭が真っ白になったもんだ。
それも少し恥ずかしそうにオレを上目遣いで窺いながら言いやがったんだ。

”なっちぃ・・抱いてよ”

うう・・思い出しちまった。イカンイカン!冗談じゃねぇっての!
誰かの入れ知恵かと疑ったが、本人の天然ぶりを思うと誰も責められない。
そして嬉しそうに微笑まれてしまうと、もうお手上げ状態に陥ってしまう。
っていうか、そんなことを思い出している隙にほのかはオレにしがみついた。

「くんくん・・なっちの匂いすきー・・」
「・・あぁそうですか。」
「うわぁ、なげやりー!」
「すきにすりゃいいだろ、もうどうでも・・」
「あれま、やけっぱちー!」
「・・嬉しそうだな・・」
「嬉しいんだもん!夏を満喫ーっ!」
「・・ガキ。」
「ぷふふ・・」
「・・・なぁ、アニキ・・兼一ともこんなことしてんのか?」
「お兄ちゃんはしてくれないよ。」
「そうなのか。」
「ウン、ほのかが中学生になった頃かな?ダメって言われたの。ショックだったよ・・」
「・・・オレもやめてくれって・・言いたいんだが・・?」
「やだ。なっちはほのかのだもん。」
「誰がオマエのだ!?」
「イヤだよ!なっちには引っ付くのやめないもん!!」
「・・ったく・・オレは一体なんなんだよ、ぬいぐるみか?」
「そんなに抱き心地良くないじょ。」
「むかつくな、オマエ。」
「正直なのさ。」

ほんとになんなんだろうな、この状況。許してしまったオレも悪いんだが。

「ねぇねぇ、どうしてなっちはぎゅうってしてくれないの?」
「へっ・・そりゃ・・マズイだろうが。」
「マズイって何が?」
「・・何ってその・・」
「片思いっぽくて寂しい!」
「っぽいってなんだよ!?」
「あぁ〜・・さりげにヒドイじょ!」
「ヒドイも何も・・」
「こんなに好き好きってアピールしてるのにあんまりだよ、夏さんたら。」
「その呼び方やめろって。季節の『夏』を満喫って言ってなかったか!?」
「どっちも好きだって言ってるでしょうよ。」
「いっしょくたにすんな。」
「じゃあどう言えばいいのさ!?」
「どうって・・・」
「夏さんはひとりじめ禁止ってこと!?」
「さん、はやめてってば、ほのかさん。」
「うええっ?!」
「心の底から嫌そうな顔だね・・フン!」

ほのかは何を言ってもひっついたままで、溜息が自然零れ出る。
抱きしめる代りに両手を合わせ、固く手を結んだ。・・戒めのように。
目を閉じていたほのかがいきなり目を開けると、振り返って背後を見た。
時代劇風に言うと”お縄を頂戴した”格好のオレを確認すると顔を顰めた。

「なっちぃ・・何してんの?」
「何も。手を組んだだけだ。」
「神妙にしちゃってる感じだし。」
「そうだな。いつ頃許されるか待機中ってとこだ。」
「ほのかの充電がそんなにイヤなの・・!?」
「消耗するっつってんだろ。」
「ほのかを充電できるのってなっちだけなのにさ。」
「・・・光栄に思えってのかよ。」
「ひとりじめ・・したくない?」
「まだ無理だろ。」
「どうして!?」
「そんなに抱きしめられたいのか?」
「ウン」

気合の入った両の瞳としばし見詰め合った。一歩も引きそうにない。
負けそうになる。心が揺らぐ。抱いてしまえばいいと悪魔が囁く。
きゅっと結んだ小さな口元。妥協を許さない強い強い意思を感じる。

「・・オマエ季節の変わり目がわかるんだろ?」
「え?・・・ウン。わかるよ!」
「オレにはそんな能力はないが、それとは別にだな、オレにもわかるのがあんだよ。」
「わっなぁに!?どんなの!?」
「オマエを抱きしめていいかどうかって時期。」
「どういうこと?今だっていいじゃないか!?」
「今はまだだな・・まぁそん時がくればオマエにもわかるんじゃねぇか。」
「う〜ん・・ヒント、ヒントは!?」
「んなものはない。」
「え〜・・・じゃあどうして”そのとき”がわかるの?」
「そりゃ・・さすがにこれだけ一緒に居ればな。」
「ほのかにもわかるんだね!?絶対?!」
「あぁ、わかるだろ。」
「ううむ・・ちょっと面白そうなのだ。」
「そうだな。もしかするとそんな時は来ないって可能性もあるけどな。」
「ええっ!?それはダメでしょうよ!?」
「とにかく、今はまだってことだけは確かなんだよ。」
「うう・・・わからないとどこに気合を入れればいいかわかんない。」
「そんなもの要らん。自然でいろよ。」
「匂いじゃないの?」
「さぁな。」
「その時がきたら、抱きしめてくれるって約束する!?」
「わかった。」
「いつかなぁ?すぐだといいなぁ!」
「それは多分誰にもわからねぇよ。」
「待ってなきゃいけないの?」
「あぁ。オレは待ってる。」
「ふぅん・・もしかしてほのかも待ってたら・・嬉しい?」
「そうだな、待ってろよ。」
「なっちにそう言われちゃあ・・しょうがないなぁ。」
「そうか。」
「そうだよ。惚れた弱みってヤツかな!?」
「ぶっ・・よく言うぜ。」
「そうなんだもん。」
「じゃあお互い様ってわけだ。」
「・・・・ん?」

ほのかの眉間に皺が寄った。難しい顔をして何か考えているらしい。
感覚派というか、思考は相変わらずオレには読めないが、頭は悪くない。
夏が来るのを感じるように、おそらくほのかにだってわかるだろう。
季節が巡るようにもう後戻りはできない。だから待ってるんだよ。

「よくわかんないけど、その時が来たら嬉しいのはマチガイないよね!?」
「だろうな。」
「ふむふむ・・ならいいよ。ほのか待っててあげる!」

ほのかが微笑みで了解を示してくれたことに頷いて返した。
そのときはいつだろう。オレには予想できない。ある日突然かもしれない。
『ひとりじめ』する。きっとそうしたい欲ならオレの方が何倍も強い。
楽しみだ。遠慮なく抱きしめて、オレのものだと主張する、そんな未来を
望んでいいと微笑んでくれるんだからな。意味はわかっていなくても。
その瞬間、ほのかはどんな風に変わるんだろう。オレが気付かないはずはない。
だが今は・・『夏』の代用品に甘んじておこう。誘惑の増えるその季節が
ほのかの笑顔を輝かせてくれるなら、今はそれで充分だと言えるから。

「なっちぃ?」
「ん、なんだ?」
「ぎゅうってしてもらうのは我慢するけどさ?」
「・・けど?」
「なっちをひとりじめはやめないよ?」
「・・!?」
「ほんとは『夏』はオマケで、なっちに引っ付きたいだけなんだもん。」

ほのかは珍しくはにかみながらそう告げた。おいおいおいおい・・・・
なんでいきなり女の顔してんだよ。今の今まで子供だったじゃねぇか!
・・・ひとりじめ・・・したくなるだろうが!?いますぐに・・!









で、どうしたんでしょうね!?(笑)