瞳、開いて 


 無理を押し通すことを暴力という。らしい。
そんなつもりはなくともそうなのだ。なので、
考えた。どうすればいいのかを、一生懸命に。
とりあえず取った行動は”待ち伏せ”ともいう。


 「おじょうちゃん、そこでなにしてるの?」
 「しーっ!!話しかけないでほしいのだ。」


 これで4度目だ。そうでなくてもジロジロ見られて
目立ちたくないのに困ったものだ。皆ヒマなのかな?
お兄ちゃんの学校は今日なら部活もないしお迎えに間に合う。
走ってきた息を整え、小柄なことを生かして門に隠れながら
お目当ての人物を待つ。頭の中に成功例をイメージすることも
忘れない。これ大事。ほのかの師匠にもあたるひとが言ってた。
そのひとは師匠でもあるけど、お兄ちゃんの友達でもあって
ほのかのちょっとばかしトクベツな友達だ。なっちーっていう。
彼はとてもシャイぼーいなのだ。そう、テレやさんなのだね。
ちっとも目と目を合わせてお話ができない。何度かダメだよって
教えてあげたけれどちっとも直さない。たまに目があったとしても
すっと反らしてしまう。どうしてもこのままにしてはおれない。
なぜならば、お目々の中にほのかがいないということは、つまり
彼の中に住んでないのと同じだから。それはお友達としてよくない。
なっちーの目の中に自分の姿を写したい。どうしてもなのだ。

 「・・ふぅ・・・まだかのう?遅いなあ!」

うっかり独り言を呟いた時、何やら女の子達の声が聞こえた。
なっちーは学校で「谷本王子」と呼ばれている。間違いない。
よーし、タイミングを計ってなっちをびっくりさせるのだ。
でもって大きく見開いた目の中にほのかは入る。今日こそは。
ちょっと悪者顔で口の端を上げて笑う。どきどきしてきたじょ・・
よーく耳を澄まして、きっとあの足音とかがそうだ。もう少し。
心の中で”いーち、にーい・・”とカウントダウンした。

 いまだっ!!!

 「なっちー!ほのかだじょっ!!」

 「あれ?あれれ??なっちがいない・・どこいったの・」

 ほのかの頭に拳が落ちた。そのせいで舌をかみかけたの。
なにすんのっ!?って怒って目を見開いたらなっちーはいた。

 「なにしてんだよ、こんなとこで。」
 「なにってお迎えだじょ!いっしょに帰るのだ。」

やれやれと溜息と同時に肩を竦める。そしてそのまま背を向けた。
置いてかれるのかと慌てて後を追った。片方の腕にしがみつく。
見上げるといつもの澄ました顔は前を向いて知らん顔って感じ。
口を尖らせてしまった。計画はむざんにも失敗に終わったのだった。


 次はオヤツの用意をして扉を開けるなっちを待ち伏せした。
これもうっかり美味しそうなトレイの上に気を取られて失敗。
その次は読書中の背後を襲った。けどこれもまたあっさりかわされた。
このところ狙い過ぎたかもしれない。すっかり警戒を強めているのだ。

 「なっちーのおたんちん。わからずやのこんこんちき。」
 「・・・レトロな感じの台詞だな。誰の受け売りだよ。」
 「忘れたけどお父さんの見てた映画かもしれないじょ。」

そうかいと興味なさげに目を伏せた。長い睫毛がイヤミだと思う。
つけまもマスカラもなしでそれとは女を馬鹿にしてるみたいだじょ。
そんな八つ当たりもしたくなる。なっちーはちっともほのかを見ない。
仲良くなって毎日をオヤツ食べたりおでかけしたりする仲だのに・・

 「なっちい、ほのか歯科検診でほめられたの。見たくない?」
 「見たくない。」
 「そうだ、腕相撲しないかい?ほのかは両手でなっちは片手。」
 「片手だったら勝てるとでも思うのか?馬鹿だろ。」
 「んじゃあ・・えと・えと・・”にらめっこ”しようよ!」
 「しねえよ。」

憎らしいほど綺麗に微笑んで拒否られた。ああ、心がすくわれない。

 「なっちぃ・・ほのかのことキライなの?」
 「そうだな、無理強いは好みじゃねえな。」
 「無理じゃなくてお願い。ねえ、なっちってばあ!」
 「泣き落としも却下だ。いい加減あきらめろ。」
 「くすん・・ほのか・・あきらめないもん!!」
 「・・頑固者め。」

 「お芝居するときはどうしてるの?」
 「それは・・芝居では目線くらい合わすが。」
 「じゃほのかともお芝居のつもりでさ?だめ?!」
 「やなこった。」
 「けちい!もーっ怒ったじょ。なっちのが頑固者さ。」
 「似たもの同士だな。」
 「む、そこはウレシイの?なっちも素直でないねえ。」
 「ふん」
 
 「・・・それなら目をつむって、なっちー」
 「・・・否だ。」
 「ちゅーしてあげるから。」
 「要らん!おまえそういうこと・・」
 「なっちにしかしない。言わない。だからさ、目つむってみて。」
 「俺にもするな。誰にもだ、いいか?!」
 「なんで!好きな人にちゅーしてどこがいけないの!?」
 「何が好きな・・だ。わかんねえガキだな、っんとに。」
 「信じてくれないの?あっまたそっぽ向く!こっち見てってば。」
 
 無理やりは確かにいけない。ほのかだってそこまではしたくなかった。
だけど思い余ってなっちのところへ飛び込んだ。慌てて受け止めたすきに
えいっとばかり勢いでちゅーした。ほっぺだ。たぶん、見てないけど。
ほのかは目をつむっていたから。目を開けたらなっちと目が合わないかと
期待を込めてゆっくりとまぶたを上げた。はずだったんだけど・・・

なっちも目を閉じていた。目が合わなくてがっかりしたけれど、もしや
これってちゅーしていいってお許しが出たのかもしれないって思った。
だからどきどきって胸が鳴ったけどお構いナシにもういっかいほのかも
目をつむって顔を近づけた。このままいけばどっかにヒットするはず。
気合は十分に口元を引き締めた。よく考えたら唇はとがらすべきだった。
だけど考えてる余裕はなかった。なっちの気が変わらない今がチャンス。

 「あれ?」

ほのかの口は空をさまよった。つまりこれまた失敗に終わった!?
ああダメだったのか・・そう思いながら目を開けたらなんと!!!


 わたしだ。ほのかだ。なっちの目の中にいる。はいれたんだ!
嬉しくて笑った。だけどなっちの目の中は深い湖みたいにゆらゆらして
悲しそうに見えた。だから笑うのをやめてきいてみた。目の中のほのかも
一人ぼっちみたいに泣き出しそうな顔をして寂しそうだ。

 「なっちぃ、笑ってよう・・!」

湖みたいなそこにいる自分が今にも泣きそうで胸が痛くてそう言ってみた。
それともさっきみたく笑えばよかったんだろうか。でも一人じゃいやだ。
いっしょがよかった。どっちの目の中にもお互いがいて、笑っていたい。
そう思うのはちっとも変じゃないでしょ?なっちはちがうの?どうして?

ほっぺに触れたのがなんだかわからなくてびくっとした。指だった。
なっちの指がほのかのほっぺの濡れた場所を拭ったのだ。それから
ゆっくりとそこになっちの唇がおりてきて、やさしく触れた。羽みたいに。

 「人の心の中をのぞいたりするもんじゃない。」

 「のぞく?ううん、そうじゃないよ、ちがくて」
 「同じことだ。」
 「ちがう。ちがうよ、なっち、きいてよ!」
 「聞いてる。」
 「うそだよ、見てないし聞いてなくてどしてわかるのさ!」
 「・・・・?」
 「じぶんで開けなきゃ!ねえ、目でも心でもなんでもさ?」
 「なにいってんだ、おまえは。」
 「う〜・・だから・・だからさあ、ほのかを一人にしないで。」
 「おまえは一人じゃないだろ?いつだって誰だっておまえのこと」
 「なっちが見てくれないといっしょにいても一人だもん!」
 「!?」

 必死の想いで伝えた。少しは伝わったのかもしれない。なっちーは
そうしたことが一度もないからどうしていいかわからないって呟いたのだ。
簡単だよ、怖くないじょ!だってほのかもいっしょなのだからね!?って
言った。そうしたら、なっちの瞳の中に光が見えた。ぱあって明るくなって
そこにいたほのかが笑った。なっちも微笑んだんだ。湖から雫が零れた。

生まれて初めてだって言ってなっちは恥ずかしそうにほのかを見た。
自分から扉を叩いたのだって。ほのかはなっちをなでなでして誉めた。

 「なっち!はじめまして。だじょ!」
 「う・・・ハジメマシテ。」
 「よかった。大成功。ほのかずっとこうしたかったのだじょ。」
 「そうかよ・・してやられたわけだ。」
 「もっと素直によろこびなよ〜!」
 「喜んでるよ、うるせえな・・!」


 その日は興奮して眠れなかった。ほのかとなっちーは晴れてこの日から
お互いの瞳の中に住むようになった。もうこれからは一人じゃないんだよ。







心を開いた夏くん。最初の勇気はきっとほのかがくれたと思ってます。