His favorite  


「こらっ!勝手に使うなと言っただろう!?」
「ちょびっとだけだよ〜!いいじゃんかあ!?」
「よくねーから言ってんだろうがっ!!」

都心近くながらも閑静な場所に建つ谷本邸内は今日も賑やかだった。
怒号は主に邸の主人である夏から発せられていて、相手はお決まりだ。
年の差は実際のところ3っつくらいなのだが見た目は・・もう少し差が開く。
高校生の夏に対し、中学生にはまず見えない、白浜ほのかがその相手である。

「オマエなぁ・・これで何度目だと思ってんだよ!?」
「洗濯機は2回目。掃除機は4回目。それから〜・・」
「修理の効く物ならまだいい。だがオレの持ち物は止めてくれ!」
「借りてるだけだよ。すぐ返してるじゃないかぁ!」
「なんでそうオレの物を片っ端から使いたがるんだ!?」
「だって珍しいのばっかりだし・・可愛いのもたまにあるし。」
「ここはオマエのおもちゃだらけってか・・幼児か、オマエ!」
「なんでそんなに怒るの〜!?」
「怒るだろ、普通!」
「・・ケチ・・」
「ここはオマエんちじゃねぇんだ。わかってるか?」
「でもさ、お気に入りはちゃんと使わせてくれるじゃない。」
「茶器とかクッションとかスリッパなんかはいい、しかし・・」
「シェーバーも使っちゃダメ?可愛いんだよね、透明でさぁ!」
「オマエがどこ剃るんだよ!?」
「それよかなっちってヒゲなんて生えんの!?不思議だなぁ・・」
「オマエにもアニキとかオヤジいるだろ!?それとオレのノートPC勝手にいじるな。」
「壁紙が可愛くないんだもんっ!」
「開くたびに替わってるから驚くだろっ?!」
「つまんないよ、いつも同じじゃあさ・・」
「あっそれとオレの手帳!あれにラクガキするな!」
「あのパラパラマンガ見てくれた!?どうだった?」
「仕事中に見て吹きそうになった・・って、そうじゃねェよ!?」
「・・そうか、やはりあれは傑作だったのだな。」
「違う!驚いたんだよ、単に。しょうもないことすんなよ!」
「え〜?遊び心だよ、オニイサン・・」
「く・・ちっとも聞く耳持つ気がねェな・・!」
「えへへ・・怒らないでよ。ねっ!?」

そんな具合に、夏の生活はかなり重度にほのかによって侵犯されていた。
プライバシーってなんだっただろう、と彼は近頃本気で頭を悩ませている。
しかしそんな振り回されっぱなしの毎日に疲れているはずでありながら、
心のどこかでは以前にない充足感を味わっている自分にも気付いていた。
ほのかのことを許してしまう理由、それを考えるといつも壁にぶち当たる。
昔の記憶は妹との思い出だ。しかしそのときとは違っている。
病を患っていた妹にはいつも心配が付きまとっていたがまずそれがない。
第一とても聞き分けの良い素直な妹だった。オレを困らせた覚えもない。
決定的にあの頃と違う、と夏が気付いた点、そこが壁になっているのだ。
それは気付いたときからどうしても踏み越えられない高い壁だった。

ほのかはオレの手を煩わせるだけの子供じゃない、という点だった。
彼女から感じる包容力のようなものを夏は早いうちから感じ取っていた。
オセロというゲームを通しても感じる、手強さと侮れなさ。
自分との差異も大きく感じている。ほのかには陰の気が少ないのだ。
まるで磁石のように、その差に引き寄せられる感覚が夏を常に襲っていた。
彼はその感覚を壁のようなものと捉えた。そしてそれを怖れてもいたのだった。


「なっちー!これどうしたの!?」
「万年筆。前のはオマエが壊したんじゃねーかよ・・」
「前のとぜんぜん違うじょ!!キレイで可愛いっ!!」
「・・取り寄せてみた。書き味がいいみたいだったからな。」
「おおっ!外国の!?ほのか見たことないよ、こんなの。」
「新製品みたいだしな。少し細身だからオマエも書きやすいかもしれん。」
「!?ほのかも使っていいの!?」
「や、どうせ・・使いたがるだろうなと・・」
「わああっ!!ウレシイ!なっちこれすごく好きだよ、ほのか気に入った。」
「おっオマエのためにってんじゃ・・気に入ったんならもう一本買ってもいいが・・」
「いいよ、コレって高いんでしょ!?たまに使わせてくれるんならそれでいいよ。」
「・・いいのか?」
「うん、なっちとお揃いもいいけど、共同だともっといい!!」
「ふーん・・そういうもんか?」
「えへへ〜vキレイだなぁ・・ねぇ、なんか書いてみていい!?」
「ああ。」

ほのかがスラスラと字ではなく、動物のようなものを描く様を夏は眺めた。
そしてその描き心地にほのかの顔が高揚していくのを満足気に見つめていた。

「ふわ〜!滑らかー!!気持ちいいなぁ・・コレ。」
「あんまり悪戯するなよ、じゃないと使わせないからな。」
「はぁい!大事にするー!なっちありがとーっ!」
「オマエに買ったんじゃないって言ってんのに・・」
「わかってるよ。でもほのかが使うかもって考えてくれたんでしょ?!」
「う・・まぁな・・」
「優しいのう!だからダイスキさ。」
「っ・・に言ってんだよ!」
「だってなっちは優しいもん。でもってなっちの使うものはどれも好きだよ!」
「なんだそれ?!」
「へへ・・・」

ほのかは照れたように頬を少し染めながら、幸せそうに夏に向かって微笑んだ。
それは子供が懐いた者に現す親愛だろうか、それとも愛情を受け取った子供の充足感か。
夏はそんなことを考えた。ほのかの示してくれる愛情は、果たしてオレだけのものかと。
胸の奥がちりっと焦げたような気がした。オレはほのかを・・独占したいのだろうか?
もっとオレの生活を脅かすほどに、踏み込んでいいと?思わなかっただろうかと迷った。
オレの気に入ったものを好きだと言ったほのかを可愛いと思ったのは・・事実だった。

「なっち、コレってお仕事用?」
「え・・別に分けてないが・・」
「そうか。このお家用にしてよ、ほのかなっちがコレを使うとこが見たい。」
「別に・・いいが。」
「やったね!」
「オマエって・・」
「?なぁに?」
「いやっ・・なんでもねぇ!」
「?・・変なの!」
「やかましい。」

顔が熱くなるのを自覚して、誤魔化すようにほのかの前髪をぐしゃりと撫でた。
文句が上がるのにほっとして、ますますかき混ぜるようにする夏の顔は微笑んでいた。
困らせて欲しいと自覚してしまい、彼は気恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
オレが困るくらい、好きでいて欲しい。もっと甘えて、わがまま放題で構わないと。

「よーし、ほのかも反撃してやるじょ!えーい!!」
「うわっ!?」
「捕まえたっ!覚悟するのだ〜!!」
「くすぐってぇ!おい、やめ・・」
「すきすきーっ!」
「!?!?」

ほのかの腕が夏の首を締め付けると、夏はくらりと眩暈を感じた。
その縛めは少しも苦しくないというのに、代わりに胸が苦しかった。
いっそこの細い首ごと、オレも締め付けてしまいたいと思えて苦しい。
柔らかい髪に顔を埋めると、ほんの少し片手でほのかを抱き寄せた。
少しも警戒していない少女の体はあっさりと夏の胸の上に重みを与えた。
嬉しそうなはしゃいだ声が漏れた。笑顔が目の前で弾けて、彼は目を細める。

「なっちー!何して遊ぶ!?」
「さぁな。そんで腹が減ったらオヤツだろ?お子様だな、しかし。」
「いいんだもん。なっちだって遊んで欲しいくせに!」
「なわけあるか、オレは忙しいんだからな。」
「そんなこと言うならもっと攻撃しちゃうぞ!?」
「好きにすりゃいいだろ、どうせ聞かねぇくせに。」
「ふふ・・わかってきたねぇ、なっちも。」
「・・ああ、大分わかってきたぜ。」
「よしよし、この調子でほのかのこともっと好きになりたまえ!」
「それじゃあオレが今もオマエのこと・・そう・・みたいじゃねぇかよ!?」
「そうでしょ?!」
「生意気なっ!」
「イター!痛い痛い!!つねるなあっ!」
「ぷっ・・変な顔。つねりたい顔してるのが悪いんだ。」
「うあんだとおお〜!?むかっときたじょ〜!」
「ぷぷぷっオマエ、スゴイ顔になってんぞ!?」
「られのせいらよー!!」
「はっ・・はははっ・・」

今日も谷本邸には和やかな笑い声がしていた。怒号だけではないのだ。
邸の主人である夏はお決まりの相手がいつものように傍にいて幸せだった。
その夏の特別なお気に入りは、替えの利かない大切な少女、ほのかである。







ちっとも夏が困ってないんだけど・・さぶえちゃんに捧げますv
お誕生日おめでとう☆(^^)