「彼の事情と彼女の秘密」(前) 


「彼の事情」


オレの家はいつの間にか「ほのか領」が築かれている。
例えば冷蔵庫。カキ氷のシロップ類、練乳のポーション、
アイスやフルーツの缶詰。チョコレートなどの菓子類。

秋頃には読みかけの本や雑誌、編み物らしき毛糸球が転がる。
冬には膝掛けだとか、ぬいぐるみの付いた室内用のスリッパ。
クッションはお気に入りがあり、それらには全て定位置がある。
「歯ブラシがないよね?」などと呟くのを聞いて慌てて止めたが
必要だと譲らないほのかのために見えないよう隠して保管している。
これ以上細かいことは省くが、こんな家の内情、即ち新婚家庭かと
疑われるような有様を、他人に知られたら一大事だろう。

しかし人外の男が一人、嗅ぎ付けている可能性は否めない。
今やここは俺とほのかの隠れ家と化し、人目を忍んで関係を持ち
日々蜜月を過ごしているなどと・・疑われる恐れは大いにあった。
当然誤解である、断じてそのような事実は存在しないのだが。


「見てみて!舌が真っ赤っ赤!」
「さっき食ったラズベリーのパイだろ。見せんでいい。」

赤く染まった舌をオレに見ろとほのかは舌を突き出したりする。
無邪気なもんだと思いつつ、「早くしまえ」と俺は額を小突く。
するとほのかはへへと笑いながら、どうでもいい話を再開する。
おそらく怒るだろうが、話の内容はほとんど聞いてはいない。

赤くて小さな舌を見て”うまそうだな”と思うことはあっても。

色気はないが健康的な桃色の舌の味を想像してみることも無くない。
実際に味見をするでなし、特に咎められる程のことでもないと思う。

「ねぇねぇ、なっちぃ。この服可愛いと思わない?!」
「別に・・お前にはそっちの方がマシだろ?それはやめておけ。」

雑誌の一部を指差してほのかがこれはどうだこうだと尋ねてくる。
適当に合わせたり、たまにダメ出しするとほのかは神妙に思案顔になる。
そんな時も服など一々記憶に留めない。凭れかかってきたとき感じた
柔らかな体の部位の成長具合に気を取られるという事情も手伝って。

俺たちは勘繰られても何も無い。ほのかは俺が男だという認識すらない。
自分が年頃の女である自覚もない。こんな状態を「据え膳」ということも。
時にあまりの無防備さに呆れ、項や細い手首に噛み付いてしまいたくなる。
そんなときはどうするかというと・・・やはり適当に誤魔化すんだが・・



「彼女の秘密」


なっちはちょっとニブイとほのかは思ってる。いやいや、かなりかな?
だけどそのニブさに感謝したりもする。だってさぁ・・恥ずかしいもんね。
ほのかのことを相当のおばかさんだと思ってたり、子供だと思ってもいる。
その点は少々好かないけど大事に思われているってトコロは素直に嬉しい。
ほのかはなっちが大好きだ。ぽろっと言ったこともあるけれどあまり言わない。
なんでかっていうとちっとも本気にしないから。きっと覚えてもいないんだ。
嬉しそうに目を細めたなっちの顔はまるきり”お兄ちゃん”だったしね・・;
悲しかったことはなんとか知られずに済んだ。その辺もちょっとニブイ。

なっちの家はだだっぴろいのでどこに秘密があるかわからない。なので
ほのかはあちこち探検してはマーキングしている。私物で一杯にしたり。
最初は怒ってたけど、今では根負けして好きにさせてくれている。大成功だ。
どの部屋も何にもなかった。寂しすぎるくらいに何も。思い出すらなかった。
きっとそっと隠してあるんだろう。なっちはとても繊細でナーバスだから。
昔のそういう思い出はいいとして、なっちの周囲に女の気配がないことを確かめ
ほっとする。そして警戒を込めてほのかのモノで埋め尽くそうとしているのだ。


「見てみて!舌が真っ赤っ赤!」
「さっき食ったラズベリーのパイだろ。見せんでいい。」

なっちにべーっと舌を見せると嫌そうな顔をされる。「早くしまえ」と
おでこを突かれたりして。ついつい笑ってしまう。実はそれは照れ隠し。
一瞬だけどなっちがほのかをじっと見る。その顔を見るとドキドキする。
たまたま見つけた貴重なショット。どうしてなのかはわからないけれど
そのあともちらちらとほのかをみつめてる。気付いてないのかなぁ・・
嬉しいようなお腹がむずっとする変な気持ち。めったに見ないから?
何を話しても上の空だったりするし変なんだ。けどねそれでいいの。


「ねぇねぇ、なっちぃ。この服可愛いと思わない?!」
「別に・・お前にはそっちの方がマシだろ?それはやめておけ。」

初めは偶然だったけど、たまにほのかはなっちの腕に胸を押し当てる。
前になっちが妙に固まったのでどうしたのかな?と思って尋ねると、
ほのかのささやかなおっぱいであろうと、そういうことはNGだとお説教。
クセになっているのだと説明しても取り合わない。とにかくやめろの一点張り。
仕方なくなるべくしないと約束した。無意識だから難しいとも言訳しておいた。
それからは偶然とかを装って態とすることもある。怒るだろうから言わない。
ホントは育っていると気付いて欲しくて。気付いてくれて嬉しかったんだ。だから。
まるきり子供扱いだったのだからね。出世したみたいな気分ってこんなかな?!
揉むと大きくなる?と聞きかじりで尋ねたら少々痛い拳骨が降ってきたけれど。
なっちが困る顔が可愛い。なのでそれも態と言うときもあったりするんだ・・



「彼と彼女の結論」



「うにゃぁ・・寝てた・・・」
「だな。30分ほどだ。首痛くないか?」
「うん、だいじょうぶ。っていうかなっちの膝枕結構いい感じだよ。」
「嘘吐け。気になって途中で少し体勢変えたのに気付いてないだろ。」
「そうなの!?ありがと!なっち。やさしい〜Vv」
「そうじゃない。そんなことやさしさでもなんでもねぇ。」
「照れない照れない。事実なのだからね。」
「ったくわからねぇやつだな・・起きたんならとっととそこを退け。」
「うう〜ん、もうちょっとこうしていたいよう・・」
「ヨダレ垂らしてねぇだろうな、オイ」
「んーん・・今日は無事。」
「そいつは奇跡だ・・って顔を上げろ、こらっ!」
「なっちの膝枕を堪能してんの。いいじゃないか」
「やめろ!顔を摺り寄せるな!」
「むー・・ちょびっと寝心地は良くないね。固い」
「・・・怒るぞ。」
「どうして怒るの?あし痺れちゃった?」

ほのかは乗せていた顔を上げて心配そうに夏を見上げた。
眉間にたっぷりの皴を見つけて慌てて飛び起きる。だが、
ごめんっと謝罪の言葉だけを吐き、夏の膝の上に座りなおした。
ふへへと照れたように笑いながら、夏の腹に背を向け足をぶらつかせ

「なっちってやっぱし脚長いね〜!?ほのか床まで着かないじょ!」

そう言って顔だけを夏に向ける。かなり近い距離で二人の視線が合った。
途端、ほのかの顔から笑顔が消えた。夏の視線を反らすことなく返しつつ
どうしていいかわからない、そんな表情を浮かべ固まってしまった。

”・・・なっちがほのかを見てる・・・また・・ドキドキするよ・・”


ほのかはやっとの思いで夏の視線から顔を背けると、俯いて自分の膝を見た。
そこに置いた自分の手はいつの間にか拳になっていて緊張して固くなっている。
自覚して途惑うほのかを緩慢な動作だったが夏の腕が捉えた。あっという間に。
大きな目が数度瞬きした。後ろから抱き込まれたとわかったとき、ほのかは
夏の膝から、つまりは夏から逃げようと無意識に抵抗した。すると夏は
それを押し留めるよう腕に力を込めた。



         続く







長くなったので分けます! ><;