飛行機雲 


「思ったより元気そうだね。」

白浜兼一が現れたことにオレは驚かなかった
こいつの妹と同様にお節介な上に行動力も持っている
長い間出さなかった自分の声が妙に掠れた

「・・どうやって見つけた・・」

「おおまかには新島かな?僕も結構苦労したよ、こんな山奥だから。」
「・・何しに来たんだ。」
「そりゃあ君に用があったからに決まってるだろ?」
「オレはおまえに用なんかねぇ・・」
「どうせ修行してたんだろ?休憩したいとこなんだけど、急ぐからね・・」

親しげな笑顔を浮かべながら白浜兼一は戦闘への構えを取った
「へぇ・・やるのか?決着つけに来てくれたのかよ・・」
笑顔は途絶え、真剣な眼差しがオレに突き刺さってくる
白浜兼一の普段の温厚さは消え、奴の気が熱く噴出してくる
だがそれに圧することなくオレも静かに闘いのための気を高めた
久しぶりに生きていることを実感する自分が愚かで憐れな気もする

白浜は誰かを護る闘いのとき、強くなる
今オレに隠すことなく真正直に向けられる気でわかる
受け流すつもりだった初弾を態と受け止めた
その重さは奴の想いの深さなんだろうと思った
オレも奴に負けないほどの想いなら持っていたはずだった
何処へ忘れ去ってしまったというのだろう
振り絞るように放つオレの拳と奴の拳は宙を舞った

決着などつけてどうなるものでもないとわかっていた
奴の望むのは大切なものを護るための強さだ
オレはその馬鹿正直で真反対な志が憎かった
「護るもの」があることに腹の底から嫉妬した
何もないオレを嘲笑うかのように思えたから

オレの隠れ家はとある山の中腹にぽつんとある
そこに奴とオレの息と肉と骨の掠める音だけが響く
決着は付かず、時だけが無言で過ぎて行った
もう互いの頭は空で反射で動いていたのかもしれない
しかし限界を知らせる身体の軋みにお互いの最後の力を集める
留めもほぼ同時、睨みあったままオレたちの身体から抜けていく力
白浜もオレも仰向けにひっくり返ったまましばらく荒い息を吐いていた
何日も見ていなかったかのような青い空が眩しかった

「ふぅ〜〜・・・僕は気が済んだよ、夏くん。」

「決着・・ついてねぇだろうが・・」

「僕は君と勝敗着けに来たわけじゃないよ。」

「・・・じゃあ・・」

「言っておくけど妹に頼まれたわけでもないから。」

「・・・」

「僕が兄として一度君をぶん殴っておきたかっただけだよ。」

「・・・」

「で、いつまで待たせるつもり?」

「・・・」

「君がいつまでもぐずぐずしてたら可哀想じゃないか。」

「オレは・・」

「待ってて欲しかったんだろうけどさ。」

「・・・」

「あいつは笑ってるよ。君のことを心配する素振りなんて見せずに。」

「・・・」

「僕ではどうしてやることもできない。わかるだろ?」

「・・・」

「さて、帰るか。修行をサボった分だけ師匠達に酷い目に合うからね。」

「アイツ・・笑ってるって?」

「そうだよ、僕がどれほど君を憎いと思ったかわかるかい?」

「・・・」

「もうあいつは僕の妹ってだけじゃなくなったんだ・・」

「・・・」

「さっきもずっと僕の眼を通して君はあいつのことを見てたね。」

「・・・」

「僕も君の眼の中に確かに見た。だから・・帰るよ。気が済んだからね。」

「・・べらべらと・・・相変わらず・・・」

「何?あ、でもなんかフラフラだなぁ・・なんか食べさせてくれない?」

「・・・勝手なとこも・・・そっくりだな・・」

「え〜?何かあるんでしょ?あそこに見えるデカイのが隠れ家?・・別荘の間違いじゃない?!」



白浜はオレの用意した飯を食った後お茶まで要求するので呆れた
「オマエらって・・どこまでずうずうしいんだ。」
「まぁまぁ・・他人じゃないんだし。」
「いつから身内になったんだよ!?」
「・・友達って言おうとしたのに。へぇ〜、もうその気なわけ?」
「!?っ・・・ちっ・・そ、そうじゃ・・・;;;」
「君のその顔、早く見せてやってくれよ。」
「うるせぇ・・ホントに・・兄妹揃って・・」
「・・・何だい?」
「そんなにオレが・・面白いのか?」
「うん、ものすごく!」
取りあえず、ぶん殴っておいた
こういうところもそっくりでむかついた

兄妹揃ってその人懐こい笑顔でオレから色んなものを奪っていく
拘りや嫉妬、憎しみも飢餓に似た想いも、オマエたちは知っていて・・笑いやがる
どうしても勝てないかもしれない、そう思わせるほどの真直ぐさが・・眩しかった

白浜は来たときと同じ笑顔を浮かべながら手まで振って帰って行った
見送るつもりはなかったのだが奴のその姿をぼんやりと見ていた
青空を背負って帰る奴は確かに青空の似合う奴だなと素直に認めた
飛行機雲が長く白い線を描いて高みの空を横切っていた
その直線を眺めながら、空虚でカラカラと音さえしそうだった胸に鼓動が打つのを感じた
”待っていて欲しかったんだろう?”と奴は言った
そうだ、オレはいつだってアイツに甘えて・・・甘えていたことにすら気付かなかった
”泣いていいんだよ”そう言いながら素直な涙を零したアイツを・・無理に笑わせている
そう告げられてオレの身体がどれほど悲鳴を上げたかをもしかしたら悟られたかもしれない
隠そうとしても無駄なんだと理解した どうしても素直になれないオレでも・・いいなら
このオレを待っていてくれるんなら・・・・帰ろう、オマエの素直な涙を見るために







兼一はあれこれ考えすぎてる夏くんを殴りに来てくれたのです。
友達っていいもんですね。私は男同士の余計なことを言わないやり取りが好きです。
そんなわけで、彼も帰る決心がようやく着いたということです。次回は再会。