陽だまり 


「あ」

貴重だとか嬉しいとか、そうじゃなく真っ白になった。
寒い日に差し込んだ光の優しさとありがたさのように
ほっと心を溶かすような憩いのひととき。そんな風な。

「・・?なんだ、突然・・ほのか?」
「へ・・あ、いやいや、べつに〜!」

隣の背が高めの相棒は明らかに”変なやつ”と思ったのだ。
咄嗟に誤魔化したが、頬の紅潮は巧く誤魔化せた気がしない。
偶に相棒にはびっくりさせられるのだ。無意識なんだろうなと
思いながら歩くと、さっきの笑顔が頭の中でキラキラしている。
残像が濃いなとほのかは胸までドキドキしてきて少々困惑する。

相棒の夏の貌の造作が整っているのとは違うのだと感じている。
シュンッ!と音を立てて何かが解ける。魔法かけられたように。
ほのかはそうやって魔法をかけられる度におかしくなっていく。
今まで何度だって顔つき合わせて遊んでいる相手だというのに。
えらそうにしてても寂しがりやで可愛い”なっち”のくせにと
ちょっとだけ口惜しい。けれど見れて嬉しい、そしてお決まりの
この胸騒ぎ。魔法は覿面にほのかを虜にする。まるでこれでは

”もう〜!なんだろ、これ。なっちにときめいちゃうとかさあ!?”

いつもというわけではなく、油断というかふとした拍子にやられる。
一番困るのは夢に出てくるときだ。飛び起きて眠れなくなるから困る。
なんなんだろう、病気みたいな症状と裏腹な高揚感は説明不可能だ。
こんな状態になるのは夏がそういう笑顔や優しさを見せたときだけ。
眉間に力を込めて思案していたほのかに、夏が再び尋ねてきた。

「具合悪いんでもなさそうだが・・近くで休憩するか?」
「ほのかってさ、もしかしていまヘン?!」
「・・・ちょっとな。なんかこの頃多い気がするが。」
「やっぱし!?ううむ・・なっちのせいだ。」
「俺?!俺がなんかしたってのか?」
「うむ、してるのだ。けど悪いことではないのだよ。」
「??・・なんなんだよ、それは。」
「乙女は複雑なの。ほっといて!?」
「ほ〜・・・」
「ちみね、乙女って柄かとあからさまに思ったでしょ!?」
「・・・否。」
「うそつきめ。ほのかだってそんくらいわかるんだから!」
「おみそれしました。」
「ほらね!む〜っ・・失礼しちゃうよ、こんな乙女に向かって!」

憤慨して見せると夏は隣で平気を装って笑いを堪えている。なんてことだ。
夏はほのかをバカにしているのとは違うのだろうが、実に嘆かわしいことに
女の子だということをきちんと把握しているかどうかが実に怪しいのである。
キラキラによるドキドキが小さくなってしまうのを怖れたほのかは今度は逆に
憎たらしい笑顔の夏にべーっと舌を出してみる。どっちの夏も好きなのだが。

「ちみはねえ、女心のわからんちんだよ!もっと勉強したまえ。」
「勉強ってどうやって?女と付き合えってのなら願い下げだぞ。」
「つ・付き合うのはナシで!そうじゃなくって・・えっとえーと」

夏が彼女を作ってしまう可能性をほのかはよく失念してしまい焦ってしまう。
兄の話を聞かなかったとしても夏はどこをどう見てもモテる男の部類に入る。
ほのかのことをしょっちゅう構ってくれるので忘れがちだがその気になれば
毎日入れ替わりで女の子を相手にできなくもないというレベルだったいする。
そのことを思い出すとほのかはいつも妙に焦る。自分が構われなくなるのも
理由のひとつだ。しかし体を駆け抜ける焦りはそれだけでもない気がする。

あの心も体も溶かす笑顔をほかの誰が見ることも信じがたい程に嫌なのだ。

そのことは事実であるが、ほのか自身を落ち込ませる要因でもあった。
なんて自分勝手な理由か。独り占めしたい、ただそれだけで一杯になるとは。
隣の夏の手をチラと盗むように見たほのかはしばし考えてから手を伸ばした。
わざわざ手袋を脱ぎ、左手を夏の手にそっと差し出すと驚いて振り返った。
しかし何も言葉をかけなかったほのかに、夏も無言で返した。つまり
一瞬驚いたが、直ぐに前を向いて夏は当たり前のように歩き出したのだ。
その手に触れたほのかの小さな手、それをきゅっと軽く握り締めたまま。

握られたとき、ほのかの胸も同じ音を立てた。ほっとして緊張が解れた。
振り解かれるとは思わないがほのかでも緊張する。手を繋いでもらうのは。

”だってさ、ちっちゃな子になったみたいで・・恥ずかしいよね・・”

我侭に付き合ってくれる保護者に手を繋いでくれと強請るのは自然なことだ。
なのに夏にだけは強請るのが恥ずかしい。どうしてか緊張してしまうので。
こんなとき、夏は殊更顔を背けてほのかの方を見ない。なので夏の方でも
大きくなったのに恥ずかしいと思っているんだろうなと思うほのかだった。

「なっち、休憩いらない。早くおうち帰ろ?」
「わかった。帰ったらお茶淹れる。」
「あっそうだ!お土産には紅茶じゃなくて緑茶がいいよ!」
「そうだな。和菓子にはやっぱお茶だろう。」
「うんうん、ちみはそういうことはわかっとるのう!?」
「女心はダメらしいがな。」
「ふふ・・いいよ、ほのかがゆるす。」
「えらそうに・・お前の赦しが要るのかよ。」
「そうなの。勝手に彼女も作らないこと!いいね!?」
「へえへえ、了解しとくぜ。」
「ちみのがえらそうなのだ。」
「似たもん同士だな。」
「うん、それはいいじょ!仲良しっぽくて。」

ほのかは満足そうに笑って夏に向かって小首を傾げた。夏の瞳がゆるむ。
そしてまたふっとそこに浮かんだのは冬の陽だまりのような笑顔だった。
繋いでいた手から全身へとほのかをかけめぐる熱の波が確かに感じられた。
足元がおかしい。力が抜けているのだろうか?地面がふわふわと柔らかだ。

「コラ、どうした。歩くの速いか?」
「ううん・・はやくないよ。全然!」

実際にほのかは立ち止まりかけていたらしく、夏が途惑った声を掛けた。
慌てて足に力を入れる。つまづきかけたが持ち堪え、呼吸と歩調を整えた。
夏の手が温かい、というより熱い。もしかするとその熱は自分のせいかも
しれない。体が火照っているようだからだ。伝わってしまうだろうか、この
感覚を。ほのかは不安と仄かな期待でもって身構えた。見透かされた場合に
何と答えるべきか。適当な理由を探すが、検索はままならない現状だった。

「なっち、手繋ぐのってはずかしい?」
「恥ずかしいのか?」
「恥ずかしくても繋ぎたい。」
「ああ・・そうか。」

妙に納得した声だった。夏も同じ感覚を味わっていたのかとほのかは思う。
そういえばどうして繋ぎたいんだったか思い出した。確かめたかったのだ。

「・・ほのか、なっちの隣がいいんだ。だから。」
「・・フン・・そうかよ。」

顔が見えないので覗きこんでみた。しかし見えたのは横顔だけだった。
声からすると、厭なのではなかろう。説明は不可能だが少し伝わったのか
夏が手に力を込めた。重なりを目に映してほのかもまたしっかり握り返した。

「へへ〜・・」
「にやつきすぎだ。」
「そうかい?なっちだって・・笑っていいよ?」
「可笑しくもないのに笑えるかよ。」
「素直じゃないのだ。恥ずかしくても好きでしょ!?」
「なにがだよ!?好きじゃねえよ、手を繋ぐのなんざ」
「違うもん、ほのかだよ。ほのかと手を繋ぐのが好きって・・違うの?」
「わけわかんねえこと訊くな。阿呆。」
「ほのかはなっちと繋ぐの好きなんだもん。」

ダメ押しのように呟いてみた。伝わったのかどうかわからなくなったからだ。
ぐっと力を込めて、ぶらさがるように体重を預けてみたらふっと影が落ちてきた。
夏がほのかを振り返ったのだ。大きな夏の影になってほのかはなんだと上を向く。
すると繋いでいなかった手でピンとおでこを突かれた。結構痛くて悲鳴を上げる。

「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」
「怒ることないじゃないか。痛い・・!」
「こんなとこで・・好きとか言うなよ。」
「こんなとこでなかったらどこならいいの?」
「どっ・・・・・・・・知らん。」
「考えてよ、どこだったら有効なのさあ!?」
「知らんったら知らん。黙れよ、頼むから黙って歩け。」
「なっちのわからんちん!黙ってあげない。なっちが好きすきー!!」
「っ!?てめっ・・!!」

歩道には誰もいないのにきょろきょろする夏は余程不審な行動だと思われた。
ものすごく焦ってほのかの口を手で塞いだが、負けずにほのかは叫び続けた。

「ふまふま・・!うみゅむみゅ・・!」
「喚いてんじゃねえよ!これじゃ俺が悪いことしてるみてえだろ!?」
「ぷはっ!・・悪いよ!なんだい、元はちみがわるいんだからね!!」
「俺が何したってんだ!そっちこそなんだよ、可愛いことばっか・・」

ほのかはあんぐりと口を開けて夏を見た。可愛いことばかり・・なんだろう?
自分のことだろうかとなんとなく分ると夏が顔中を真っ赤に染めているのだ。
やっぱり可愛いなと感想を抱き、ほのかは「しょうがないなあ・・もう・・」と
離れてしまった手を再び夏に差し出した。「ん、」と押し付けるように。
困った様子だがお構いなしで待つと渋々の態でその手を握りなおす夏。そして
「・・・っきしょう・・帰ったらリベンジだ。」と負け惜しみのように囁いた。
ほのかはにやっと口の端を上げつつ「それは楽しみだね!」と威張ってみた。
夏はというと、言い返す適当な言葉が見つからないらしく、そっぽを向いたまま。
そんな風に二人は家路をたどった。リベンジってなんだろうと想像するほのかと
持て余した様子の夏の視線は双方共、家にたどり着くまで絡むことはなかった。

”あったかい・・体がぽかぽかだ。なっちの隣にいるだけでほのか幸せ。”

ほんの少し口惜しさをお返しできた気がしてほのかは蕩けるような笑顔で微笑んだ。







う・・甘すぎて眩暈する!けほっ・・^^;
イラストは元絵は私ですが、彩色はやまんばさんです!ありがとうございましたvv