「初詣」 


ナニが面白くて毎年毎年こんなに人が集まっているのか。
谷本夏が柳眉をピクリと乱しつつ毒づいたのは心の中だ。
だが人ごみがいかに煩わしいものであったとしても、だ
危なっかしいアイツを一人で行かせるわけにはいかない。
使命感に圧されてか、或いは根っからの長男気質なのか
そこらへんは定かではないが、要するに彼はやる気満々で
晴れ着を着せてもらってご機嫌なアイツ、即ちほのかを見る。
わくわく感がオーラとなって漂い、彼女も意気込み充分である。

「さあっ!れっつごーだよ、なっちー!いざゆかん。」
「腕を捲くるな。でもって大人しく歩け、着崩れする。」
「こんなにきっちり苦しいくらいなんだから平気さ。」
「着慣れてないとだな・・とにかく言うこと聞いとけ。」
「着崩れたらなっちんちで着替える。着替え持ってきたもん。」
「・・母親は既に見切っていたか・・・さすがだな。」

有名な寺社は混み合いっぷりも半端ではない。なので夏が必死で宥め
穴場だとかで丸め込んでなんとか近所の神社へと足を運ぶこととなった。
まずまずの参拝者数で、内心ほっとする夏。何も気にせずはしゃぐほのか。
興奮するなと戒めつつ、夏はほのかと行列に並ぶ。30分程度で順が廻る。
そうして夏とほのかは並んで手を合わせた。賽銭は夏持ちで札だったりする。
迷惑になるのでさっさと次の参詣者に譲ろうとする夏が見やるほのかは必死。
流石に神前で舌打ちは控えたが夏は少々乱暴にほのかを引っ張って社を降りた。

別段気分を損ねることもなく、ほのかはもうおみくじへと心を向けていた。
そちらも行列でうんざりするが、なんとかそれもクリアし安堵の吐息の夏。

「わあい!見て見てっ、大吉!ほのか今年も絶好調だよ!?」
「今年もって毎年引いてるみてぇに・・去年は中吉だっただろ。」
「よく覚えてるね!けどなっちは去年大吉だったじゃないか。」
「お前こそよく覚えてるな。それ結ばなくてもいいんだぞ、ゴミになるし。」
「うん、大吉だから記念に持って帰る。お守りにしてしまっとくんだ。」
「凶でも持ち帰っていいんだぞ。結んだって無効になるわけじゃない。」
「前にも言ってたね。なっち詳しいのだね、お寺さんに縁でもあるの?」
「別に・・凶は気を緩めなきゃいいって話で別に運が悪いんじゃねぇ。」
「へ〜・・でもやっぱり吉だと嬉しいじゃない。」
「・・・よかったな。」

他愛ないやりとりに既視感を覚える。夏は昨年と大差ないなと思い起こした。
いや確か足が痛いとか言い出しておぶって帰ったかと嫌な予感を抱くも、
隣に晴れやかに笑うほのかは昨年と同じようでいて確かに違っているらしい。

「足痛くないか?歩いて帰れるんだろうな。」
「勿論。あー心配したのだね。ほのかだってちゃんと学習してるさあ!」
「そうか・・なら家まで送るから・・」
「なんで?なっちんち行こうよ。」
「もう遅いし・・・年明けは家族であれこれ予定あるだろ?」
「なっち家来る?!お母さんのお雑煮すごく美味しいんだよ!?」
「帰って寝ろ。母親はよくてもきっとあの親父さんが待ってる。」
「ちぇ・・なっちツレナイ。早くお嫁にもらってよ。そしたら家族だし。」
「またそれか。巻き込むなっての。」

ほのかはほんの少し口を尖らせたが、それほどごねることなく歩き出す。
そのことに多少驚く夏だが、すぐ後に続きほのかを観察した。怒ってはいない。
項が綺麗だなと思いながら見下ろすほのかはやはり昨年より大人しく見える。
身長が伸びたようでもないし、言動も変わらないのにどこが違うのか夏は考える。
そういえば夏の腕にぶら下がるようにして歩かなくなった。まずそれを思い起こす。
着物のせいだろうか、しかし気にするほのかではない。しなくなったのだろう。
あまり長く拗ねたりごねたりしなくなった。それはそれで助かることなのだが・・

「眠いのか?やけに大人しいな。」
「ん?眠くないよ。雪降らないかな〜って思ってた。」
「あぁ・・冷えるしな。寒いのか?」
「ゼンゼン。ほのか歩くの遅すぎる?」
「いや、それは構わんが・・」
「?」

一瞬だがほのかがほのかでないような、妙な感覚に夏は途惑いを抱いた。
子供から抜け出しつつあることへの寂しさとは別の、胸騒ぎに近い感情だった。
相変わらず無邪気な笑顔を浮かべて全幅の信頼を向けてくれていることより
見知らぬ女になってきたことに軽い高揚感を得た。そして厄介なことにも気付く。
このまま他の男を知らないまま、自分の手元に引き止めておけるかもしれないという
期待と欲。気付いてもどうしようもないというのに。引き止めるのが無理だとしても
己が最初の男になって、何がいけないのかと開き直りつつある部分を強く意識した。
莫迦だからあっさりと己の手に落ちる。いやそうしたいこの感情をどうすればいい?

「あ!見て見てっなっち、願いがいきなり叶ったよ!?」
「・・・・雪か・・・・」
「わ〜・・・上向いたら吸い込まれそう。キレイだなぁ・・」

ほのかは初雪に心を奪われ、夢見るような表情を空に向けていた。
それが気に食わない。夏は後ろから上向いたほのかの顎を片手で捉えた。
驚いて瞠る瞳が夏を映す。そのことに酷く満足して更に身を寄せた。
帯が邪魔だな、と感じたのとほのかの唇が冷たいと認識したのはほぼ同時。
冷たいそれは極上のドルチェに似て淡く溶けてしまいそうで身震いする。
夏が我に返ったのはその2秒後だった。ほのかは真っ赤な顔で上向いたままでいた。

「首痛くないのか?いつまで呆けて上見てんだよ。」

夏のいつもと変わりない言い草に金縛りを解いたほのかがむっと眉間に皴寄せる。
怒った顔も結構気に入っている夏はその変化を見詰めていた。見惚れるとも言う。

「ちょっと!年明けいきなりかい!?願いが叶いすぎ。」
「叶ったんならいいじゃねぇか。」
「よくない。ほのかが一番初めにおねだりして困らせる計画はおじゃんだよ。」
「したかったが、自分が仕掛けたかったと。なるほど・・そりゃ失礼したな。」
「ほんとだよ。失礼な。・・・ゆるしてあげるけども・・」
「怒っててもいいからちょっとはこっち向けよ。つれないな。」
「へっ!?・・・どうしちゃったの?なっち・・おかしいよ!」
「まったくだな。気持ちワルイか?」
「う〜ん・・お年玉もらったみたいで嬉しい。」
「そうか・・かわいいこと言いやがってまぁ。」
「・・・・なっち・・・熱でもあるんじゃない!?」
「熱?さぁなぁ・・確かめてみてくれよ。」
「よしよし、どれどれ・・」

ほのかは本気で心配そうな顔をして夏に手を伸ばした。しかし額に当てるはずが
夏の腕に掴まれてしまう。ごつんと痛そうな額に額が当たる音がした。
慌てて目を瞑ったほのかだったが、何も起こらない。そうっと目蓋を開けてみる。
すると夏が神妙な顔つきで目を伏せ、ほのかの診断を待っているらしかった。

”手をどけたのはおでこで診てほしかったのか!やだ、カン違いしちゃった・・”

ほのかは再度唇を塞がれるのかと期待したことが恥ずかしくてまたも紅潮する。
そのせいか額の温度はどちらが高いのかといえば、自分であるようにも思える。
診断がつかなくなって困ったほのかは夏の長い睫に少々の嫉妬を込めて視線を向け

「ねっ熱ない、みたい。だよ?」と途切れ途切れに診断結果を告げてみた。
「どっちかってぇとお前のが熱いな?」夏は即座にそう切り返してきて焦る。
「大丈夫。どっちも同じくらいだから!ねっ・・」

額をつけたままでの会話は面映く、主にほのかの方が赤くなったり焦っている。
夏は涼しい顔だが、その双眸はいつもより熱を含んでいるようにも見え尚の事。
しかも腕は捉えられたままで、ほのかはつまり身動きもままならず一人慌てていた。
周囲に目をやる余裕などなかったが、夏は澄ましたもので「ここ絶好ポイントだな」
などと不穏なことを呟くのでちらと窺い見ると、ほのかと夏以外誰もいなかった。
あれほど賑わっていた境内から少し外れただけでこんなに静かだとは意外だった。
いつにない夏の様子に呑気なほのかもやっと懸念を抱き始めた。状況を分析してみる。
まさかとは思うがこの神社を強く勧めたのは夏だ。これも計画の内だったのだろうか。
普段はほのかの方がやきもきするくらい距離を取っている夏がそんなことを企むなんて
実は信じ難い。成り行きなのかもしれないがそれもなんだか出来すぎな感が否めない。

「ねぇなっち・・もう離して?近くて落ち着かないよ。」
「そうだな、そんな不安そうな顔されちゃ・・ほらよ。」

あっさりと手も顔も離れてゆくと安心するはずだった。しかしほのかが感じたのは
寂しさだ。やっと近くなった距離を空けて欲しいなどど何故そんなことを言ったのか。
自分のしていることがおかしい。夏も少し違っていておかしい。落ち着かないのは
距離ではないとほのかはここにきてようやく理解した。胸が音立てて烈しく鳴り打つ。

「ここは暗いし怖かったな。さ、帰るぞ。」

やはりこの場所に着いたのは偶然だったのだ。ほのかは夏を疑ったことを恥じた。
そうだった。やはりほのかの知る夏は保護者的立場の染み付いた兄みたいな位置で
さっき見た熱い瞳をした知らない男のヒトは・・・いつも彼のいう「未来の彼」だ。
ほのかに未だ早いと言うのは近頃の口癖。もしかすると夏も未来のほのかを見た?
そう感じた。言葉には出来ず、差し出された手に手を添えてゆっくり歩き出す。
雪は降っていたが、珍しく水分が少なく足元で転がる。積もるかもしれなかった。

横に並んだ夏にほのかは告げた。「今年もよろしくね。なっち」
ほんの少し微笑んだように目を細め、「ああ、よろしくな。」と夏。
繋いだ手から互いに行き交った想いはどちらも温かさを伝えていた。

「あのね、なっち。怖くはなかったんだよ、ただ・・」
「・・俺が急いだんだ。悪かったな。」
「悪くない。ほのか・・好きだもん。」
「ムリすんな。急ぐとお前の大好きなお兄ちゃんが泣くぞ?」
「なっちこそ。ほのかのこと・・好きじゃなかったくせに。」

いつから・・・いつから? 降る雪のような問。答えを知らない二人は
黙ったまた歩き続けた。しっかりと握った手と手は離さないままで。








初詣ネタって久しぶりな気がします。ってかこれが2012年最初のSSですv