「春を待ちかねて」 


寒いのが嫌いだからずっと眠っていたい。
そういうものだろうとほのかは思っていた。
ところがまるで違う意見に出くわして驚く。

夜明けが待ち遠しくて眠りたくないなんて。
熊のように冬眠するなんてとんでもない話だと。
眠ったら元気になるんだよとほのかは説いてみた。
春になる頃には熊は痩せてフラフラになっている。
そんな弱い自分を想像したくない。そんな答え。

「なっちはぁ・・自分が嫌いなの?」
「・・・いいや。自己否定などしていない。」
「じゃあ頑張りすぎてるんだ。もっと気を抜かないと。」
「若いうちからそんなでどうする。のんびりするのはもっと先だ。」
「ふむ・・困った子だよ。リラックスしてごらんよ、ほれほれ!?」

ほのかはおどけて自分の顔をひっぱった。
この顔を見せると相棒の夏は笑ってくれる。
中々笑わない男なので、殊更そうして欲しくて。
ところがそのときは薄い笑みを浮かべたものの
期待したような笑顔を見ることはかなわなかった。

少し気落ちしたが、今度は駆け寄っていき、
トンと高い場所に飛び乗ると、背の高い夏を呼ぶ。
すぐ近くにいたので願いどおり夏の顔が近付いた。
ほのかは夏を自分の巻いていたマフラーで包もうとした。
そんな様子を夏は不思議そうな瞳でじっと見つめる。

「オレは寒くなんかないぞ?どうしてだ。」
「まぁまぁ・・あったまってよ、一緒に。」
「オマエが寒いのか?」

ひょいと抱き上げられてほのかは目を丸くした。
いつも思うのだが、夏は自分を扱うとき乱暴だ。
無造作というか、何の躊躇もなく抱き上げられる。
重みなど感じないように。人形でも持ち上げるように。
不満に感じたのは初めの頃だ。今は少し感想が違う。

「なに文句ありそうな顔で睨んでんだ?」
「別に。下ろして!」
「子供扱いってか?」
「・・それもあるけど・・」
「はっきり言えばいいだろ。」
「デリカシーのないお人だよ。」
「・・・・」

ほのかの言葉に返事はなかった。
何を考えてるんだろうとほのかは思う。
自分といるときも時々遠く感じる存在。
隠そう隠そうとする自分というものを
そのほんとうの理由が知りたい。ただの人見知り?
いや違う。ほのかには確信があった。そうでない。

夜明けや春を待ち望んでいるのは夏だろう。
待ちきれなくて眠れないのだ。安心もできない。
待たなくても春はやってくる。それなのに。
伝えたい。方法はわからないのだが探している。

きっと否定するのだ、待ってなどいないと。
自らをも誤魔化して。それほど信じられない訳は?
怖いのだろうか。裏切られることが?春は嵐も連れてくる。
明るい未来とは限らない。それでも進むのだ。
生きていれば受け入れざるを得ないことは多くある。

「好きなら好きといえばいいのに。」
「は?何を言ってるんだ。」
「春だよ、春が恋しいってさぁ!?」
「待ってねぇよ。ほっといたって春はくる。」
「うそつきだなぁ・・」
「何故嘘だと?」
「寒ければあったかくなって欲しいでしょ?」
「寒いのが好きだとしたら?」
「ほのかは冬も好きだよ。けど春になってほしい。」
「なんなんだよ?何が言いたい!?」
「なっちぃ、好きだよ。今も。春が来てもね。」
「・・・振られたらとか考えないのか?」
「ああ!振られたら春は来ないとか思ってるの?」
「オレが訊いてんだ。そんなことは言ってねぇ。」
「振られたっていいよ。あきらめないからね。」
「ガキ。手に入らないものもあると知らないのか。」
「手に入るとかそんなんじゃないもん。」
「オマエ失恋なんか知らないだろ?まぁ・・凝りそうもないがな。」
「なっちは一回で懲りるタイプ。情けないのう!」
「生言いやがって・・・オレはなぁ、そんな諦めのいい男じゃないぞ!」
「そうそう。だから素直に伝えればいいのだよ。」
「まるでオレが誰かに片思いでもしてるみてぇ。」
「違うの?・・・ほのかじゃなくたって怒らないよ?」
「怒らないって・・どうでもいいのかよ?」
「仕方無いもん・・けど絶対諦めない。」
「闘うっての?」
「そんで勝つ!」

ほのかは雪の舞う白い世界を背景に胸を張った。
それをじっと見ていた夏がぷっと吹き出した。
そして掛けられていたマフラーを外すと、ほのかに屈む。

「これ返すぞ?オレは寒くないから。」
「何でよ?人の好意を受けなよ、そんくらい・・」

マフラーはふんわりとあたたかかった。夏の体温だろう。
巻かれて包まれて、外界から遮られた。正面には夏の顔。
何も見えなくなった。包み込まれ視界はゼロになったのだ。
目を開けていても見えなかっただろう。閉じたのは目蓋と唇。
塞がれ、閉じられた瞳と言葉。まるで縫い付けられたようだ。

どれくらいそうしていたかほのかには定かではない。
閉じられていたマフラーの壁から、世界の隙間が見えた。
夏はさっきと変わらぬ様子で自分を見詰めている。
今度はほのかが不思議そうな顔になり、見詰めなおした。

「・・・今のなに?」
「煩いから黙らせた。」
「ちゅーしたかったんじゃないの?」
「・・・そうとも言うな。」
「素直になったらなったでこれだ。」
「文句なら受け付けてやらんでもない。」
「文句じゃない。ちみも経験不足だよ。」
「はぁ!?」
「唇が震えていたではないかね。」
「それはなぁ・・オマエだバカ!」
「失礼な。そんなはずは・・」
「そんなはずある。確かめたのはオレだ。」
「そ・・うかなぁ?想像してたのと違ったことは・・違ったけど。」
「勝つ気満々だったくせに。」
「そりゃ勝つさ!ほのかなっちのこと諦めないから。」
「・・一応振られることは覚悟してたのか。ふ〜ん・・」
「なっちは素直じゃないからね。ちゃんと好きとか言えないでしょ?」
「だからってオマエ以外にこんなことするかよ、このボケ。」
「・・・ほんと?ほんとに?!」
「なんだかなぁ・・気が強いんだか弱いんだか・・」
「だってさ、初めてだから色々と支障があって当然なのだ。」
「そうだな。オレも初心者だから細かいことはカンベンしろ。」
「いいよ、ほのかは優しいからね!」

「春なんか待たなくてもオマエがいればそんでいい。」
「・・・・・・・えええっ!?」
「・・うっせぇな。なんつう声出してんだ!」
「そんなのアリ!?好きなら好きと言いたまえよ!」
「まぁそのうち・・」
「ずるいのだ。男らしくないし。それに・・」
「言ったら言ったでオマエなら文句言う。絶対だ。」
「んなっ・・そんな言い訳が通じるとでも!?」
「オマエが待ちきれないから予定が早まったんだ。」
「ほのかが悪いのっ!?」
「ったく・・わかったよ。オレが待ち切れなかったんだよ!」
「そうでしょっ!・・ん?!あれ、そうなの?」
「焦らせやがって。」
「・・だって・・・」
「いい。どうせ春は来るんだろ?待たなくても。」
「そうだけどさ・・」
「ほのかの言うとおりだ。待ってたんだ。春を。」
「・・素直・・!!」
「けど熊みたいに腹減ってフラフラのときよりもだな、」
「う?ウン・・」
「早めに予約しとくかと・・だからそういうことで!」
「ウン、そりゃあ・・いいよ!」
「だからちゃんとしたキスはもう少し待ってろ。」
「さっきのはちゃんとしてないの?!」
「や・その・・いやまぁ・・」
「ちょっと!ものすごく重大なことなんだけど!?」
「あ〜ま〜・・その・・えー・・・」
「ちなみにちゃんとしたのはいつ?」
「は・春になったら?」
「やだっ!待ってらんないっ!!」

食って掛かるほのかに夏が弱った顔を見せた。正直に。
隠していない顔に嬉しくなる。雪が解けたようだと思う。
ほのかの心の中にはもう春の足音。隠していたと思っていた。
気付かなかった。待てなかったのは春ではなかったのだ。
無造作に抱き上げるのも、もしかすると違ったのだろうか?

待っていて欲しかった。自分が子供じゃなくなることを。
ほのかにはやっと飲み込めた。嵐を起こしたかったのだ。
自分も。そして夏も。そうして早く春を連れてきたかった。
それは寒いからじゃない。あたたかい寝床から抜け出して
動き出すためだ。どんな未来でも二人で見ようと約束するため。
寒い冬が好きだ。たくさん眠って美しい春を待つ。夢を見る。
起きなくちゃ、春にするために。出会うため、愛するために。







冬眠中で寝ぼすけのほのかを
起こそうとする早起き熊の夏。
春は二人で迎えるといいです。