「春風」 


「わあっ!!すごいすごい!!ねぇっ!?なっつん!すごいよ!?」
「ちゃんとつかまってるのか!?あぶねぇだろ!」
「つかまってるさ、なんてすごいんだ。ねぇ?!」
「・・そうだな、わかったから前向いてろ。」
「ウンッ!」

春の匂いを微かに運ぶ風に吹かれ、オレたちは丘の上にいた。
正確にはオレとほのかと1頭の若い馬と一緒にだ。
オレの土地ではあるが、来たのは初めての場所だった。
ほのかが乗馬センターの話を振ってきたのが始まりだった。


「へぇ、乗馬センターなんてこんなとこにあったのか。」
「そうなの、そこのお誘いチラシだよ、これ。」
「ふーん・・・で、オマエここに・・」
「行きたいって言ったんだけど・・お父さんが危ないからダメだって・・」
「はぁ・・それで?」
「なっつんと一緒なら許してもらえるかと思って。」
「なんでそうなるんだよ?!」

少し遠出になるが、オレの持ってる牧場に馬なら居ると言ったのはオレだ。
もちろんそれはほのかが飛びつく話だろうなと思って言ったことだ。
実はオレも久ぶりに乗りたいと思ったのだ。ここしばらくご無沙汰だった。
親の許可をもらって、週末朝早くから出かけた。ほのかは興奮気味で。

「それでそのお馬さんはなっつんを覚えてるかな!?」
「覚えてるんじゃないか?わからんけど・・」
「わくわくして昨夜は眠れなかったよ。その子に早く逢いたいな!」
「初めてなんだから絶対オレの言うこと聞けよ?!危ないからな。」
「わかってるさ。なっつん一緒に乗ってくれるんでしょう?」
「オマエ一人だと・・追っかけるのが大変そうだし。」
「そんないきなり走れるものなの?」
「うーん・・オマエは予想を上書きするからな・・」
「どっちでもいいよ。早くお馬の”ナッキー”に逢ってにんじんあげたい!」
「・・・・とにかくもう少し落ち着け。興奮したら馬に伝わるぞ。」
「だって・・抑えきれないよ、大興奮だよ!」
「なんか不安になってきたな・・」

数年ぶりの牧場主と昔乗ったことのある馬との対面は懐かしかった。
馬はオレを覚えていて、ほのかのことも気に入ったようで一安心した。
しばらくレクチャーした後、勘が鈍っているといけないのでオレだけが乗った。
久しぶりだったが、大丈夫そうだったのでほのかを乗っけてやることにした。
初めて鞍に跨ると、さすがのほのかもあまりの高さに悲鳴を上げた。

「こっこんなに高いと思わなかった!でっでも嬉しい!」
「ちょっと撫でてやれ。よろしくってな。」
「ウン。」「ナッキー、よろしくね!乗せてくれてありがとう。」
「さっき言ったこと忘れてないな?」
「忘れてないよ、大丈夫。」
「ゆっくり行くから、もう少し上半身の緊張を解け。」
「はっはい。なっつんがいるから怖くないよね!よっし。」

まだ緊張気味だったが歩かせるうちに段々とリラックスしてきた。
馬の方が気を遣っているような感じだったので少し可笑しかった。

「・・ちょっと慣れたみたいだな。」
「ウン!気持ちいいねぇ。ナッキーって乗せるのが上手なんだね。」
「そうだな。オレが乗った頃は仔馬だったが、今もいい馬だ。」
「楓ちゃんも乗ったの?こんな風に。」
「乗せてやりたかったが乗ったことないな。オレのこと見てた。」
「そうかぁ・・残念だね。」
「オレも楓だったら心配して乗せなかったかもしれんな。」
「えー!?・・でもなっつんならありそうだね、その点ほのかは丈夫だし。」
「調子に乗るなよ、落ちたらヤバイんだからな。」
「はぁい。そだ、ちょっと走ってみたいです、先生。」
「・・そうだな・・ちゃんと摑まってろよ。始めは早駆けからだ。」

しばらく早駆けに慣らした後、少し練習場を出てみるかと誘った。
ほのかは頬を染めて大喜びした。予想通りとはいえ間近で見て焦るほど。
大して指示を出さずとも、馬は心得たようにオレの気持ちを汲んでくれた。
まるで幼馴染との再会を喜んでくれているかのようで、オレも嬉しかった。
春風を受けながら、オレたちは丘を目指して走った。
ほのかが嬉しさのあまり「すごいすごい」とオレを振り向くのを注意しながら。
初心者には少々辛いかと思ったが、ほのかは「平気」だと顔を弛ませた。
調子に乗ってると明日足腰にくるぞと言っても少しも怯まず、

「まだまだ平気、こんなに気持ち好いんだもん。風になったみたいだよ!」

ほのかの心音まで聞こえそうなほど身体を重ねて、息を揃えて走る。
確かに心地良い。旧知の馬にはほのかのことも伝わっているに違いない。
心の中で感謝した。”こいつを乗せてくれてありがとうな”と。
オレが大切だと思う気持ちも、わかってくれるんだな、何も言わなくても。
会えて嬉しいよ、覚えていてくれると思ってた。オマエとは気が合ったよな。

「なっつん、ナッキーと話してた?」
「え、何故そんなこと・・」
「すごく仲良しなんだって初めて見たときからわかったんだよ、ほのか。」
「へぇ、ホントかよ。」
「優しい顔になったし、笑ったみたいだったし。あ、ほのかのこともね?」
「オマエのことを?」
「ジーっと見たあとで、よろしくって言ったみたいだったの。」
「ふーん・・そうなのか、ナッキー?」

馬はフフンと鼻を鳴らしてみせた。それを見てほのかが歓声を上げる。

「ほらね!?ナッキー大好き!あ、なっつんの次にねー!」
「なに言ってんだ、阿呆・・」

名残惜しんでほのかは鼻を啜った。「また来るから元気でね!?」
頬摩りまでして、馬も名残を惜しむほどほのかに懐いてしまったようだった。
見えなくなるまで手を振って、ナッキーもオレたちを見送っていた。

「いつまで泣いてんだよ、また来りゃいいだろ。」
「ウン。また連れてきてね?なっつん。」
「オマエの馬みたいじゃねーかよ、これじゃ・・」
「あれ、なっつんてば、ヤキモチ?!」
「なんでオレが!?」
「大丈夫、ナッキーはなっつんの方が好きに決まってるよ。」
「だから妬いてなんかねぇよ!」
「やだねぇ、馬にまで素直じゃないってどうなのさ。」

ほのかはやっと笑い顔を浮かべた。まったくコイツは・・・
オレは内心馬に謝った。妬いたりして悪かったと。
けどな、コイツのことまた乗せてやってくれ。そのうち一人でも。
お前なら振り落としたりせずに乗せてくれるだろ、ほのかのことを。
オレをわかってくれたように、ほのかをわかってくれたお前なら。
また会いに行くよとオレは白くて美しい親友に別れ際眼と眼で話した。


「あのね、今度お見合いするんだって、ナッキー。」
「あぁ、そんなこと言ってたな。」
「牧場主のおじさんがね、ほのかみたいな可愛い牝馬だって言ってた。」
「オレもちらっと見てきた。ちょっと小柄だったな。」
「可愛かった?!」
「栗毛で可愛かったんじゃねぇか?」
「そうかぁ、うふふ。ねぇねぇ、早く仔馬ができないかな。」
「気が早ーよ。オマエ・・」
「なっつん、ありがとう。ほのか今日きっと夢見るよ。」
「夢?見るってなんだよ?」
「今日風になれてすごく気持ち好かったから夢でもう一回走るんだ。」
「へぇ・・そういやオマエ尻痛くねぇか?」
「ちょっと!なんでそういうこと言うかな・・ロマンが台無しだよ!」
「結構長いこと乗ってたからな・・明日は大人しくなっていいか。」
「・・・え?なんで!?」

案の定次の日に母親から連絡をもらった。見舞いに行くとしょげていた。
無理させたことを詫びると母親は「楽しかったみたいだからいいのよ」と笑った。

「ちょっと懲りたか?」
「なんの、また行くからね!」
「よし、そんだけ元気ならいいだろ。」
「あのさ、なんで今日こんなにだるいってわかったの?」
「オレも昔覚えがあるから。」
「あ、なるほど!」

ほのかが大きな声で笑うと、栗色の髪が揺れてあの丘の風の匂いがした。

「また、行こう。」と珍しくオレから誘った。
「モチロンだよ。」とほのかは肯いた。

二人で駆けた丘をきっと同時に思い出して、オレたちは眼と眼で会話した。

”楽しかったね、二人と一頭で。”
”そうだな、皆でまた風になろう”







お久しぶりです。夢で見た夏くんとほのかの乗馬の話です。
ちょっと毛色の変わったものが書けた気がしますが、自己満足でしょうか;
栗毛のお嫁さんをもらうのはお馬の方が先になりそうです。(笑)