「春一番」 


憂鬱など知らないオマエはいつまで経ってもそのままで。
退屈しか知らなかったオレは随分と変ってしまった。
まるで舫を解かれた小船のように後戻りできずに漂う。
そんなオレにオマエは気付きもしないでいい気なもんだ。
いやもしかしたら気付いても気にも留めていないのか?
微かな兆しと途惑いは予感となって吹き抜ける。


「もう暦の上じゃあ春だよね。」
「まぁな。」
「近所の梅がもう今にも咲きそうだしさ。」
「へぇ・・」
「さすがにまだ寒いけど、もうすぐホントに春が来るね。」
「そりゃまぁ、来るだろ?」
「なんか嬉しくない?」
「別に。おまえ季節関係なく頭ン中は春じゃねぇか。」
「ぬおっ!?なるほど。それはそれでおめでたいかもしれない・・」
「普通怒るとこだろ・・」
「ほのかちゃんはね、夏の次に春が好きなんだ。」
「前にもそんなこと言ってた。それがどうだってんだ?」
「何かそう、わくわくするのさ。何かの始まりみたいな?」
「あっそ。」
「そうだ、なっつん。お花見しようね?もう少ししたら。」
「梅もまだなのに気の早いヤツだな・・」
「計画はお早めにだよ!お弁当拵えてさ?」
「勝手にしろ。だがオレが必ず付き合うと思うなよ?」
「なっつんに合わせてあげるって。心配ご無用さ!」
「オレはそんな心配してねぇって・・・ま、言っても無駄だな。」
「最近なっつんてばわかってきたじゃん。ヨシヨシ。いい傾向なのだ。」
「おまえのごり押しに抵抗すんのもいい加減疲れたぜ・・」
「うへへvありがとーっ!なっつん。ダイスキーッ!!」
「!!」「・・・・・」
「・・・あり?なっつん?!どしたの・・?」
「・・・・なんだよ?」
「なんか・・・」

いつものようにオレに体当たりに近い勢いで抱きついたほのかが訝る。
それもそうだろう、オレはほぼ無抵抗でそれを受け止めたからだ。
もしかしたらそう来るだろうとある程度覚悟しておいたせいと、
意趣返しの意味も多少含んだ無抵抗という名の抵抗だった。
怒ったりせずに近づけたほのかの眼を覗き込むように見てやる。
案の定、驚いたまま固まってしまって張り付いた身体が少し強張る。
首に巻きつけた腕を解こうかどうしようかと迷っているのがわかる。
オレは無表情のままほのかがどうするのかをじっとして見守った。
別にどうしたって構わない。ただどうなんだろうなと思って仕掛けた。
今まで散々に抱きつかれて、その度にむず痒い想いに悩んできた。
昔と違ってほのかの胸は柔らかくオレを押し返し、甘い咽返るような匂いがする。
本人に自覚がないのは知っている。この匂いのこともきっとオレにしかわからない。
気付かせたいというより、どこまでわかってないのか試したかったのかもしれない。
自分から押し付けたくせに、オレが軽く抱き寄せた背中の手に僅かな抵抗。
離れたいのだろう、なのにいつもと違ってひどく曖昧で緩慢な動作。
どちらかというとリアクションの大きなヤツだからその途惑いを示しているのだ。
”まぁ、こんなもんだろ?”とオレはほっとしたような寂しいような想いを噛み潰す。

「・・どうした?何固まってんだよ、オマエ。」
「ぇ・?あ・あ・・そだね!やだぁ、なんか固まっちゃったよ!」
「このまま抱いてて欲しいのか?」
「ちっチガウよっ!なんだよ、もう。びっくりさせておいてさぁ!」
「何にびっくりしてんだ?」
「だって・・・なんか・・いつもと違うし・・じっと見てるしぃ・・」
「思い知ったか。怒ったって無視してるからだ。」
「何を思い知れって?なんだい、なっつんのくせに生意気。」
「あんだと、コラ!?」
「・・・・ちょびっと違うひとみたいだった・・・さっき・・」
「!?」

俯いて小さく呟いたほのかは今までとまるで違う。誰なのかと疑うほど。
オレが変ったんだと思っていた。だが、もしかしたら・・・オマエも?
桜色に染まった頬は伏せた睫が影を落として、その儚さを強調していた。
その温かい華奢な腕は折れそうなほど細いくせにオレに巻きつけて来る。
いつもいつもその細さと意外なほどの力強さとの違いに驚かされる。
懐に易々と飛び込んではその度にオレの胸に何かを落としていくのだ。
その何かはもう消せないほどの大きさになってオレの身のウチに染み込んでいる。
抱き寄せたって、頬を寄せたってオマエは嫌がらないかもしれない、それでも。
どうしても出来ない。変って欲しくないと願っているのは他ならぬオレだったから。
もう止められないのかもしれない。止めようなど初めから無かったのだが。

「・・なっつん?どうしたの、気分悪い?」
「いや・・オマエこそ、何かいつもと違うなと思って・・」
「そんなことないよ。ほのかだよ。なっつん、もしかしてさぁ・・」
「なんだよ?」
「う、ううん。なんでもない!」「ごめんね?変なこと言っちゃた。」
「変なこと?」
「違う人みたいなんて言ってごめん。」
「そんな謝ることか?それならオレも言ったぞ?」
「ほのかが変だったんだよ。さっきね、ホントにもっとその・・」
「なっつんが言ったみたいに・・・抱いてて欲しかったの・・かも?」
「・・・・」
「な、なんてーっ!!わー・・やだぁ・・何言ってんだろ!?」
「・・・かも?・・だろ。」
「そ、そう!『かも』だよ。えへへ・・なんだろ、なんか恥ずかしい〜!」
「そんでいいんじゃねぇ?オレもあまり急だと・・焦る。」
「え?何?!何に焦るの?」
「なんでもねぇ。何赤くなってんだよ。」
「あはは・・・なんか熱くって。」

照れてる姿も珍しくて、見ていられなくなって髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
当然文句が返ってきたが、これ以上はマジで耐え切れなかった。
ふざけて誤魔化したかった。熱かったのはオレの胸の中の方だった。
試したことを心の中で謝りながらも、ちゃんと報復されたから相殺かとも思う。
オマエは今でもオマエのままで、だけどもう他に替えようの無いオマエで。
オレはオレでオマエと出会ってしまってから、たどり着くまできっと戻れなくなってる。
そしてもう戻るつもりもない、この先もずっと。


「ね、なっつん。そろそろほのかを恋人にしちゃわない?」
「・・まだまだ。オマエじゃあな。」
「む〜・・生意気。なっつんのくせにぃ!」
「おまえなぁ・・!(怒)」
「じゃあもっともっと困らせちゃおっと。」
「ちょっ・・待て!オマエ・・態とやってたのか!?」
「何のことぉ?ほのかお子ちゃまだからわかんない!」
「おっまえなぁ!も一回びびらせてやろうかっ!?」
「いいよう!キスも出来ないなっつんなんて怖くないもんね!」
「ほー・・・そんなにして欲しいのなら、悪かったな。」
「っふふんっだ。べー!出来るものならどうぞーっだ。」

悔し紛れに抓りあげた頬がまた赤く染まる。
笑っているほのかのその赤い場所に唇を落とす。
やっぱり驚いた顔をしたものの、ほのかは微笑んだ。
そして『お返し』と称してオレの頬に桜色の唇を寄せた。
隙を見せたコイツは今度こそ眼を見開いて絶句していた。
ホントウにすると思ってなかったのか、それとも誘ってたのか、
まぁどっちでもいいことにしといてやる。(悔しいし)
いずれにしても重ねてしまった唇からは甘酸っぱい春の匂いがした。
今度はゆっくりと引き寄せた腕にほのかの抵抗は無かった。
迷っていた手はオレに伸ばされ、求められるまま抱いた腕に力を込めた。


舫を放たれた小船はやがて海へと流れ着く。
春の初めの嵐のような風に揺られはしても。
とうとうと広い海には温かい風と日差しが待っていた。
この海に抱かれていればどこまでも行ける、そんな気がした。






なんかもう・・・恥ずかしいけど諦めの心境の夏ほの。
ほのかは特に意識して誘ってるつもりはないです。(天然ですからv)
なっつんが堪えきれなくなっただけです。ごちゃごちゃ言ってますが。(笑)
春らしいものを目指して書いてみました。どんなもんでしょう・・?^^;