「Happy man」 


白浜ほのかは思った。どうしてこう見栄えの良い女ばかりだろうかと。
新白連合の親睦会を兼ねたクリスマスの毎年恒例の集まりでのことだ。
彼女はメンバーではなく、谷本夏の連れということで毎回参加している。
年齢は他の皆より3つ4つ年下だが、見た目が幼いため更に下に見える。
以前はそんなことを気にするようなほのかではなかったのだが、事情が変わった。
彼女は恋を知ったのだ。その相手と知り合って数年、その間に悩みも増えたのだ。

「ほのかちゃん、今日は特に可愛いらしいですわvV」
「・・嫌味に聞こえるんだけど。」
「え?そんな・・ホントですわよ!ねぇ、兼一さん。」
「ほのか、素直に喜べよ。美羽さんはお世辞なんか言わない人なんだから。」
「・・ありがとう。あんまり綺麗な人に言われたからウソっぽく思えたの。」
「まぁ!?ありがとう。嘘じゃありませんわよ!谷本さんもおっしゃるでしょ?」
「まさか!なっちは言わないよ、そんなこと。」
「そういや夏くんどこいったんだい、ほのか?」
「仕事の電話が入ったって言ってどっか行っちゃった。」
「相変わらず忙しいみたいだよなぁ。オマエあんまりわがまま言うなよ。」
「お兄ちゃんてそればっか・・わかってるよ。」

兄の兼一とその飛び切り美しい彼女との会話の後、ほのかは気の抜ける思いがした。
いずれ姉になる彼女の綺麗さといったら、以前からそうだったが溜息を吐かされる。
そして谷本にとっての自分が相変わらず手の掛かる妹的な存在だと思っている兄にもだ。
ほのかはそれらが少しも成長したかに見えない自分のせいなのだと感じて肩を落とすのだった。
内面はともかく外見の話だ。チビで童顔で、兄の彼女とは正反対にスタイルも幼いまま。
時が経てば自然に綺麗になれると信じていたほのかにとって、現実はかなり厳しかった。
日頃気にしていることをこの場で再確認させられて、憂鬱な気分で壁にもたれていた。

「どうした?気分でも悪いのか?」
「あ、なっち。電話終わったのかい。おかえりー!」
「面白くないなら帰るか?オレはいつでもいいぞ。」
「別に気分は・・良くもないけど。」
「ならこんなとこ居る意味ないだろ。」
「なっちってさ、こういう綺麗どころが並ぶとこでも変わらないねぇ。」
「綺麗どころ?」
「え、まさか・・周囲見えてる?」
「オマエが何を言いたいのかがわからん。」
「あのね・・いやいいよ。もうほのか帰る。」
「ウチに?それとも・・」
「なっちのとこ。決まってるじゃない。」
「ふーん・・」

ほのかは溜息を吐いたために、夏の表情に気付かなかった。
そのことにほっとしたのは夏自身で、ごまかすように顔を手で覆った。
そのまま帰ろうとしていたが、兼一と美羽に見つけられて二人は足を止めた。
ほんの少しありきたりなやり取りをして、夏とほのかはその場を後にした。
帰り道、俯き加減のほのかを夏は当然ながら気にして何度も振り返った。

「どうしたんだよ、下ばっか向いて。」
「あ、ホントだ。地面しか見えない。」
「・・・ホラ」
「!?ふふっv」

珍しく腕を差し出してくれたのに気をよくして、ほのかはそこへ手を伸ばした。
いつだってその腕にしがみつくようにして歩いてきた。そこはほのかの場所だ。
最初は背の高い夏に合わせるように。嫌がらないことに気をよくしてそれからずっと。
甘えるように頬を寄せると、夏はほのかの顔をちらと見てはすぐに前を向いてしまう。
ほのかは照れているかのようなそんな仕草が好きだった。今は昔より一層そう思う。

「どっちかっていうとさぁ・・」
「?」
「並んで絵になるのはなっちの場合、美羽だよね。」
「はぁ?!そうかぁ?」
「そうだよ、断然。」
「そんなこと気にしてたのか?」
「ふふーんだ。しょうがないんだよ、やきもちやきなの、ほのかは。」
「へーぇ・・」
「別に美羽だけじゃないもん、他の誰でも並んだらイヤなんだけどね。」
「・・・並んでんのはオマエだ。」
「そうだよ、ダメなんだからね!?ほのか専用なんだよ、ここは。」
「ちょっと元気になったな。」
「元気ならあるよ。まだまだわかんないよね!?」
「何が?」
「ほのかの方が絵になるってことも可能性としてはあるでしょ?!」
「なんで絵にしないといけないんだかがわからんが、そうだな。」
「なっちの負けず嫌いがうつったのかなあ、ほのか・・」
「オマエは元から負けず嫌いじゃなかったか?」
「そお?あまり思ったことないよ。」
「譲らなくていいぞ、ここ。」
「!?ウンっ!譲らない、ぜーったい。誰にも。」
「ならいい。」
「へへっ・・」

夏が幸せそうに微笑んだので、ほのかは嬉しくなってさっきまでの憂鬱を忘れた。
どうしていつも私を幸せにしてくれるんだろうと、心の中で呟き釣られて微笑む。
そんな様子に夏のほのかを見つめる眼差しも一層優しくなっていることには気付いていない。
けれど夏はそんなことは気にも留めず、ほのかと並んでまた一歩、一歩と前へ進んだ。
二人は一緒に居れば大抵そんな風にわずらわしいことなどどこかに置き去ってしまえた。
どんな風に見えようが、お似合いだと思われなくても本当はどうでもいいことなのだ。
ほのかが思うのはあの美しい人のように、自分が彼の横で輝いて見えるだろうかということだった。
こんなに幸せだと皆に伝えたい。それは自分ひとりの胸の内に収まらないからだった。
夏の方からすると、たまにそうやって嫉妬をしてみせてくれることも嬉しいことだった。
彼の場合は誰に見せたいわけもなく、ほのかが可愛いことなど誰も知らなくていいと思っていた。
そのことはまだほのかには伝わっていないことも知っていたが言えずにいたのだ。
怒るかもしれないとも思っていた。誰もほのかのことを可愛いとか綺麗だとか知らなくていいなどと。
しかしそれは彼の正直な気持ちで、実際はそんな風に誰も思いはしないともわかっている。
自分の欲目を抜きにしても、彼女が美しくなっていっていることは事実だと認識しているのだ。
だからこそ、それを本人に知らせたくなかった。劣等感に悩む姿が可哀想だと思いつつもだ。
時折彼は自分の幸せに目が眩む。世界一だと豪語したくなるほどに。

「そういえばさ、なっちはほのかを可愛いとか褒めないの?って言われた。」
「・・褒めてほしいのか?」
「ウウン、なっちはそんなこと言わないよって言っといた。」
「まぁそうだしな。」
「どうしてかな、ほのかだって褒められるのは好きなんだけど・・」
「そうなのか?」
「なんでかなっちにはそんなに褒めてもらわなくっても不満じゃないの。」
「へぇ・・」
「なっちの場合さぁ、言わない方がホントっぽくない?」
「ぷっ・・」
「笑わないでよ。思い上がってる!?」
「いいや。」
「でしょお!ほのか愛されてるんだから。ねぇ!?」
「・・・・」
「ホラ、なぁに?!その嬉しそうなカオ!」
「・・うっせぇよ。」
「ほのかのことすきでたまんないでしょ!?」
「どうだかな。」
「くやしい。」
「オマエの思うとおりでも口惜しいのか?」
「ほのかだってねぇ、なっちのことすきなの。負けてないんだからね!」
「やっぱ負けず嫌いじゃねぇか、オマエも。」
「ふふ・・そうだねぇ・・いっしょだねっ!」
「そうだな。」

ほのかが笑うと、夏も笑う。彼らにみえるのはお互いの絆だけだ。
確かに通いあうものがある。だからいっしょに居ればいつだって幸せだった。
どんな風に見られようと、実際にどういう関係であろうとそれは変わることのないものだ。
夏に掴まるようにして、ほのかは確かめるように足を運んだ。一歩、一歩と未来へ。
この一歩が美しい明日の自分に向かっていくのだ、と信じるかのように力強く。
美しくなりたいのだ。彼のために。そして自分のため、輝くために。
自分たちが幸せであると誇りたい、誇らしくいたいからだった。

「なんでこんなにすきなんだろうねぇ・・まったく。」
「さぁな。」
「たまに困ったりしない?」
「いつものことだ。」
「・・!!・・やぁだぁ・・」

そう呟いた夏の横顔は少しも照れていなくて、それが逆にほのかの頬を熱くさせた。
彼は前を向いてさも当たり前のように言った。常に困っていると、確かにそう聞こえた。
ほのかは赤くなった頬を自覚して、再び俯き加減になって歩いた。心臓までが煩い。
そしてちらと夏の方をうかがってみた。すると偶然に同じ仕草の夏と視線がぶつかった。

「な、なぁに!?」
「オマエこそ、なんだよ?!」
「べっつに!?」
「フン、そんな赤い顔して・・」
「うるさーい!なっちのせいじゃないか・・」
「そんなカオ誰にも見せんなよ。」
「なっちも見ちゃやだ。」
「アホ、オレはいいんだ。」
「やっやだもん!わあっこっち向くなぁっ!!」
「うるせぇんだよ、こっちコイ!」
「やだやだやだ!」
「じゃあいいって言うまでこうしてやる。」

彼にとって誰よりも輝いて美しい人、ほのかを彼は隠すように胸の中へと閉じ込めた。
その姿や表情をもし見る者がいるとするなら、彼を幸福という他に表現しようがなかった。







タイトルを「幸せな男」にするか悩みましたv(おんなじだけど;)