「ハナセナイ」 


オレに纏わり付くほのかに懐かしさを感じていた。
妹と無邪気に触れ合った頃を彷彿とさせるから。
そういえばもうずっと人と触れ合うことから遠ざかっていた。
師父との拳のやり取りや気に入らない奴をぶっ飛ばす以外には無い。
だからこんなものだったんだろうなと思い込んでいた。
ただ、柔らかくて戸惑ったり、焦ったりした覚えは無い。
あたたかくてもっと触れていて欲しいなんて思ったことも。
ときに愛しさは妹と同じに思えたとしても、何かが違う。
どうだっただろう、オレはこの頃あの頃を思い出せないんだ。


「なっつ〜んv」
「!?・・止めろ。抱きつくなって言ってるだろ!」
「いいじゃん、何だいいまさら〜!重くないでしょ?!」
「重いから止めろと言ってるんじゃねぇ。鬱陶しい。」
「うっと・・!?ヒドイじょ!なんでなんで!?」
「うっせーな。とにかく離せよ。」
「ちゃんと納得できる説明してくんないとヤダ。」
「説明・・んなのできるか。」
「??それではわけがわからないじょ?!」
「とにかく抱きつくな!でないと引き剥がすぞ。」
「え!?そんなぁ・・そこまで嫌がるってどういうことさ?」
「おまえって誰にでもこう・・べたべたすんのか?」
「えっ?・んー・・そういえばお父さんにも最近しないなぁ。」
「・・兼一は?」
「お兄ちゃんにはよくしてた。でも梁山泊行ってからはあまり・・」
「寂しいのか知らんが、あいつの代わりはゴメンだ。」
「?!代わりじゃないよ、なっつんだからだよ!」
「なんでオレなんだよ?」
「好きだもん。」
「止めろよ、そういうこと言うのも。」
「急にどうしちゃったのさ?ほのかなんかした?!」
ほのかは顔を曇らせ、次第に真剣な顔になってオレを見つめた。
そうやって見つめられるのも苦手だ。わけもなく胸が騒ぐ。
「なんもしてねぇけど・・とにかくオレが嫌なんだ。」
「理由を言ってよ!?そんなんじゃダメだよ、わかんない!」
「わかんねーんだよ、オレも!」
つい声が荒くなり、ほのかは驚いた顔をしてまたオレを見る。
どう説明していいかもわからない、したくもない。
時々オレが無意識にほのかに触れたがってることも
居ないとき腕や胸が寒い気さえしているってことも
凭れ掛かってくる重みに安堵すらしていることも。
オレはこいつを何と勘違いしてるんだろうと思うがわからない。
妹と同じだと思ってたんだよ、だけどなんだか違うんだ。
頭を振って思考を掻き消そうとしてみる。たとえ無駄だとしても。

オレが黙り込んでいると、胸にぽすんとほのかの頭が落ちてきた。
「ねぇ・・なんで?・・ほのかのこと嫌いになっちゃったの・・?」
寂しそうな声でオレに凭れかかる柔らかい体。
そう、柔らかくて温かい。それとほのかの匂いがする。
日向の匂いに似た甘い匂いだ。顔を埋めてしまいたくなる。
「女」だと思って見たことなどない。そんなこと考えたこともないのに。
今だってそうだ、オレは別にこいつをどうこうしたいわけじゃない。
なのに何故・・・こうまでこの体を包みたいと思ってるんだ?
寂しいわけでも、欲に駆られたわけでもないのに何故。


「なっつん・・・なんか言って?ねぇ・・」
「・・・言えない・・言いたくない。」
「ほのか傷ついたんだからね?慰めてよ。」
「どうやって?」
ほのかは考えてなかったらしく少し思案していた。
「えっとね・・そうだ、ぎゅって抱っこして頭撫でて?」
「嫌だ。」
「・・・どうしてぇ・・?」
眉を情けなく下げて、ほのかは上目遣いでオレを見た。
目が合ってつい反らしてしまうとほのかは怒り出した。
「どうしてだか言わないとほのか帰らないじょ!」
頑固者なことは知っているが、こればっかりは聞き入れられない。
「だから・・オレもわからんと言ってるだろ?」
「わかんないとなんでダメなの?」
「・・・だめなんだよ・・・!」
オレが搾り出すように呟くのをほのかは驚きの表情で見つめた。
なんだか怖いからだなんて・・・言いたくなかった。
離せなくなりそうで怖いだなんて・・気付きたくもないことに気付いた。
オレは無意識に妹のようにコイツが腕をすり抜けるのを怖がっている。
いつかここから出て行って、それでいいと思っていたはずなのに。
ずっとオレの傍に居て欲しいだなんて心のどこかで思ってたんだろうか。
ほのかがオレを同情でもするような哀れな目で見るのは我慢ならない。
だから精一杯虚勢を張って、顔を上げた。だがほのかは哀れんではいなかった。
「だめじゃないよ、きっと。なっつんの思い込みだって!」
意外なほど、明るくきっぱりとほのかは言ってのけた。
驚いたのは今度はオレの方で、その言葉の意味を反芻してみた。
「・・・思い込み?・・」
「そうだよ。頭イイから考えすぎちゃうんじゃない?!大丈夫だよ。」
「おまえのその自信はどっから来るんだ・・根拠があんのか?!」
「ないじょ。でもなっつんがなんかムツカシイこと考えてんのはわかるよ。」
「ムツカシイっていうか・・その・・」
「ほのかがついてるから!なっつん、心配しないでいいよ!なーんにも。」
よくわからないが、ほのかはオレを励ましていて、慰めようとしてるのだろうか。
情けなさと可笑しさが入り混じった妙な気分になってオレは少しだけ笑った。
「お!いい傾向だじょ。ホレホレ、サービスしちゃおう!」
久しぶりにほのかが「しゃげ〜!」と目を吊り上げて可笑しな顔をした。
ぷっとまた条件反射みたいに吹き出してしまって腹まで痛い。
「おおっ!?笑ったね!よーしvほのかってばエライ!」
ホントにエライ奴だなと思った。そして笑ってしまって恥ずかしいから、
顔を見られたくなくて、ほのかの小さな体を引き寄せて抱きしめた。
初めてかもしれない、オレが明確な意志を持って抱きしめたのは。
妹とはやはり違うと感じた。愛しさは妹と同じだがそれだけじゃない。
ほのかは緊張して体を硬くしているようだった。そっと窺うと顔が赤かった。
大人しくなってオレの腕の中で震えるようなおまえを・・知っていた。
偉そうでずうずうしくて前向きで・・頼りないほど柔らかくてあったかくて。
一生懸命で優しくて・・・強い。オレなんかよりずっと・・
オレが抱きしめたまま肩に頭を乗せるとほのかは息を詰めた。
小さな手がぎゅっと強くオレを手繰り寄せるのを感じる。
それがとても心地よくて、もっと抱きしめる腕に力を込めた。
「〜〜〜・な・なっつん・・・」
蚊の泣くような声でオレを呼ぶ。見るとさっきより赤い顔をしていた。
抱いたまま「なんだ?」と尋ねた。
「あの・・もうほのかのこと慰めなくっても大丈夫だから!そそ・・その、あの・・」
そういえばさっき抱いて慰めろとか言っていたことを思い出した。
オレのしたことを慰めと勘違いしたのかと思うと少し不本意だったから、
「オレが大丈夫じゃないから、慰めてくれよ。」と言ってみた。
「えっ!?あ・・そ・・えとでもその・・なんかあああ・・熱いねぇ!?」
「おまえがオレを元気付けてくれんだろ?」
「げんきになるの?これで?!」
「ああ。知らなかったよ、オレも。」
「ふ・ふーん・・?なっつんやっぱり元気なかったんだね。」
「おまえが居てくれるんなら・・もう大丈夫だ。」
「う・うん!」
ほのかはぱっと顔を耀かせて、明るい笑顔を見せてくれた。
その笑顔にオレもまた安堵するのがわかる。
おまえをこのまま離せなくなったとしても・・・いいか?
今はまだ、オレはおまえを大事に思う以外に何も求めていない。
だけど予感がするんだ、違う意味でも離せなくなるときがくるって。
それでもいいか?護るだけでなく・・手に入れたいと思っても。
ほのかは笑ったせいで緊張が解け、体をオレに柔らかく押し当てる。
細くてまだ子供なのに、甘い吐息と眼差しが語りかけてくる。
「なっつん大好き。でもさ・・なんでこんなにどきどきするんだろ?!」
「別にそうなっていいから・・・怖がるなよ?」
「何を?!なっつんが怖いなんてないよー!優しいもん。」
「・・まぁ・・今はまだな。」
「何それ?なっつんの逆襲があるかもなの!?なんの、ほのかちゃんは負けませんよ!」
得意げに胸を反らして、ほのかが受けて立つと息込んでいるのが可笑しい。
わかったのは、おまえがどうしようもなく・・・オレを掴んでハナサナイことだ。
そしてきっと、どんなことがあっても・・・もうオレはおまえをハナセナイ・・・








4〜5回書き直しました。なんかうまく書けなくて。(++)
恋人前の話です。夏くんが感じていたのは恋の予感みたいなものかもね。
可愛くてどうしようもないということにもおそらく気付くでしょう。(笑)
ちなみに「初めて抱きしめた」日がテーマ☆