花咲く夜空 


 何かの歌にあるような菜の花の一面に広がる土地があった。
遠出した折偶然見つけた場所で、何かの畑の空き利用だろう。
そこを目にしたとき、俺の相棒はぽかんと口を開けて見入った。
その口がゆっくりと閉じ、笑みの形を作ると同時に瞳は輝いた。

「すごい!!なっち!見てよ、すっごいよ!?ねえってば!」
「落ち着け!俺に見えてないわけねえだろ!?」
「なんでそんな落ち着いてんの!?お星様でぎっしりの宇宙みたいだよ?!」
「!?・・おいおい・・また大げさなもんに例えたな。」

 ほのかは俺の返事など少しも耳に入っていないようだった。
走り出して畑の中へ入ろうとしたが慌てて立ち止まり、うろうろし始めた。
輝かせた瞳のまま、興奮を隠すこともなく両手を振り回し飛び跳ねている。
それほどの光景とは思えない俺ととびきりの宝物を発見したようなほのか。
少し離れた俺はそのあからさまな違いに少々の感傷を持って納得していた。
そして妹もそうやってなんでもない風景を喜んでいたことをふと思い出した。
妹、否女というものはそういうものなのだろうか。そこら辺は定かでないが
とりあえず不法侵入しないでくれたことにほっとして、ほのかに近づいた。

「写真でも・・撮っとくか?」
「え?・・・ううん、いい。」
「?お前なら頷くかと・・なんでだ。」
「忘れないから。大丈夫なのだよ!?」
「そこまで珍しいもんでもないだろ?」
「そうかもね。」
「喜んでたんじゃねえのかよ。」
「うん!なっちと一緒だからきっとこんな感動したのさ。」
「?!」

「・・・うん。こうやって離れて見るほうがお星様みたい・・だね!?」

 俺を振り返るほのかの笑顔の方が余程眩しかった。思わず目を瞬いたが
素知らぬ顔をして二人並んで畑の黄色を眺めた。鮮やかな色は星には見えない。
夜空の星をこんな風に見ているのだとしたら、月夜はさぞ明るかろうと思う。

 ほのかを家に送り届けた帰り道、空はすっかり暗くなっていた。
今夜は月も鮮やかな光を湛えている。菜の花の色とまではいかなかったが。
見上げると星がちらほら。夜空が一瞬だが黄色い花の絨毯を広げてみせた。

 ”!!?・・・とんだ怪奇現象だぜ・・!!”

 目を擦り苦笑してしまった。再び空を仰ぐとやはり当たり前の夜空だった。
そこには黄色い花の群れは存在するはずもなく、光り輝く笑顔もありはしない。
それなのにくっきりとほのかが見えたのだ。星の群れから手を振っていた。

 もしそこに楓もいるなら二人して月夜の晩に星の畑を走り回るのだろうか。
笑い声が空から聞こえる気さえした。俺はどうかしたらしい頭を振ってみた。
なんて愚かな生き物だろう。ほのかも。俺も。こんな夢想までできてしまう。
これからは月の出る明るい晩には楽しい夢が見られるかもしれないなんて・・ 
なんて愚かで・・愛しさに溢れる晩だろう。瞼を下ろすと星は黄色く瞬いた。


 明くる朝、ほのかが俺を訪ねた際に菜の花のお浸しを持って寄越した。
菜の花に感動した晩、家の夕食で出たので驚いたのだと頬を紅潮させて語った。

「これはもうなっちにも食べさせなければと思ってね!食べてね!?」
「お前が作ったのか?」
「心配いらないよ!お母さんもこれなら大丈夫って太鼓判押したから。」

 どうやら毒見までさせたらしい。母親の苦笑が目に浮かぶ。申し訳ないが
以前俺がほのかが送った際に零していた。自宅で料理に奮闘していることを。

『おうちでは料理させてくれないから家で練習していつか驚かすんですって。』
『お父さんが主に味見役なのだけど・・・ちょっぴりやきもち妬いてるのよ?』
『”なあ、ほのか。そのなっちーくんの為にがんばっているのか?”ってね!』

 俺はどんな顔をしたか覚えていない。返答にも困ってしまい焦った。

『ほんとにあの子ったらあなたことが大好きよねえ!?』

 こんなときどうすればいいのかさっぱりわからない。只管汗をかいた。
そんなことを思い出していたら、ほのかがじっと睨み付けているのに気付く。

「なっち・・もしかして菜の花のお浸し嫌い?」
「え、いや別に。」
「そっか。ならいいけど。・・何考えてたの?」
「なんでもねえよ。母親が認めたんならお前も腕上げたんじゃねえの。」
「へへっ!今晩食べてそれを実感してもらおうかのう!見直したまえ。」
「そんながんばらなくたって・・」
「え?おいしくなくてもいいの?」
「あ・いやその・・ま、まぁな;」

 俺の迂闊な発言の端をこういうときだけ鋭いほのかは的確に捉えた。
頬が熱かった。どう誤魔化したらいいものか悩んでいるうちにほのかは
飛びついてきたので慌てて支えた。頬摺りするなというのにこいつは・・;

「こら!やめろ。そういうことするなって言ってるだろ!?」
「だって嬉しいこと言ってくれるんだもん!なっちのせいだよ!」
「だっだからその・・無駄な努力って・・そういう意味だって。」
「確かに無駄かもだね!?なっちはどっちでもいいんでしょ!?」
「そうは言ってねえ!」
「言ったよ!言ってる!」
「俺を喜ばせる努力なんてしなくていいんだよ・・」
「なんでさ?させてよ!」
「それこそ無駄ってもんだ。」
「どうして!?」
「理由なんていいだろ!しなくていいからするな!」
「ぷぷっ・・照れない照れない!なっちってば〜!」
 
 居心地の悪さを少々痛めの手刀をほのかの額に落とすことで紛らわせた。
痛がって俺から離れるのでよく使う手なのだが少しばかり罪悪感もある。

 しかしそれで誤魔化せた訳ではなかった。ほのかは直ぐに笑顔を返すと
菜の花の空で浮かべた幸せそうな顔を俺に向けてくる。胸を突く甘い痛み。
もうとっくに暴かれているのに俺はどうしても開き直ることができなかった。

「能天気に笑いやがって。馬鹿みてえだからいい加減にしとけ。」
「ふふんだ!いいんだもん。それも無駄なことじゃよ〜!」
「ああ?何が無駄だと?!」
「なんと言われようと幸せなときに喜ばない方がおばかさんさ。」
「・・お手軽なやつ。そんなに喜ぶのはお前くらいのもんだな。」
「うん!なっちダイスキ!!ほのかお料理得意になるからね!?」
「なっ・・さっき無駄だって言っただろ!?」
「ほのか自分のためにがんばるんだよ!なっちは見てるだけでよろしい。」
「見てる・・だけで?」
「なっちが見ててくれてるって思うとがんばれるからだよ?!」

 胸を張るほのかに何の策があるのでもない。俺への諂いもないのだ。
眩しさに目が眩んで居間の椅子にへたり込んだ。驚いてほのかが近づく。

「眩暈したの?!熱でもある?・・ないみたいなあるような・・?」

 ひゅっという息を呑む音が耳元を過ぎる。俺が抱きすくめた体から発した。
唐突で抵抗も何も感じられない柔らかな四肢が体温を上げたような気がする。
ほのかが意味不明な声を出し、やや遅れて緊張する体をもだもだと動かした。
俺はというと、不埒にも小さな体を枕のように抱きしめて顔を腹辺りに埋める。
星空へ舞い上がってしまわないように俺に示すありったけの好意ごと捕える。
放そうとしないことを悟ったほのかは少し緊張を解すと俺の頭を抱え込んで
俺と違って優しく包むように抱いた。頬と手の熱さ、冷たさが好対照だった。


「ねえなっちぃ・・どきどきする。そんでもって・・熱い・・」

 返事はせずに手を捜して握ってみるが、熱はないようだった。
しかし本当に具合が悪くないとまで判断し難かったので腕を弛め顔をあげた。
するとそこに真っ赤になって困っているらしいほのかがいて目が合い微笑む。
そして握っていた手を放し今度は額に持っていくがやはり熱はなくほっとした。

「見てるから・・見えるところにいてくれるか?」
「うん!そりゃもう!いるよ!まかせといて!?」
 
 ほのかが傷ついたり泣いたりしていないかを確かめる為に。この俺の為に
生きて欲しい。究極の勝手だ。我侭とも言う。それでもこの存在がなければ
俺はいつまでもつまらない人間のまま終わっていたはずだ。花咲く空も知らず
宝石のような輝きも見られないままたった独りで下らない人生を辿ったのだ。
愛しすぎて気が変になりそうだった。抱きしめても消えるかと思い怖かった。

「頼んだぞ。」
「頼まれたじょ!」

 俺がにやりと笑うとほのかも笑った。憎らしい程に可愛らしく。

「なっちもたまには素直なんだね。」
「そうだな。師匠のおかげだろ?!」
「ほのかが師匠?な〜る!お役に立ったかね!」
「ああ立った立った。もー手放せねえなあ!?」
「ふふ〜・・じゃあね、ご褒美にちゅうしてあげる。」

 ほのかは俺の頬に口付けした。目を閉じるとそこは黄色に光る鮮やかな空。
弾けて流れる星もあった。楓も微笑んでいた。天国ってのはこんなだろうか。
目を開けてもそこに輝いていた星に俺は尊敬を込めて口付けを返すことにした。

 夜空だけじゃなくいつだって咲いていてくれ、この手の届く場所で。







長いこと書けなかったんでリハビリっぽく何も考えずに一本書いてみました☆