ハロウィンの夜


 



ハロウィンの夜、夏とほのかはパーティを抜け出した。
黒いマントで身を隠すように深い夜の闇に紛れて。
吸血鬼と蝙蝠に扮した二人はまるで映画の中に居るよう。
浮かない顔の吸血鬼は足早に人目を疎んじるように、
蝙蝠のほのかはぱたぱたと飛ぶように軽やかに歩いた。

「気持イイね、なっつん!誰も居ないのになんでそんな顔してんの?!」
「誰かとすれ違ったらどうすんだよ・・・おまえは気楽でいいな。」
「そんなの大丈夫だよ、マント着てるからすれ違ったくらいじゃ平気さ。」
「かもしんねーが、ふらふらしてねーでさっさと歩け。」
「ほのかは蝙蝠だからふらふら飛ぶのだ。ホントは近所の家へお菓子もらいにいくんだよね!?」
「ここは日本で、もう夜だ。子供は帰って寝る時間だろ。」
「ツマンナイこと言わないでよ、明日はお休みじゃん!」
「そんでももう遅いからすぐに帰すぞ。」
「ええ〜!ねぇねぇいっそのこと朝まで遊ぼうよ!」
「冗談じゃねぇ。つきあってられっか!」
「ゲームは?!オセロ勝負今日はしてないからする?そんでもって・・」
「うるせー!今日は全部ナシ。帰って着替えて休憩したら送ってく。」
「なっつん、もっと人生楽しもうよー!『とりっくおあとりーと』もしてないし。
「家に貰いもんのチョコがあったからそれやる。それ持ってとっとと帰れ。」
「一個だけ食べたい。食べようよ、なっつん〜!」
「夜甘いもん食ったら太るぞ?明日にしろ。」
「一個くらいどってことないって。ね、食べよ?!」
「まったく・・一個だけだぞ?」
「やったー!なっつんありがとー!!」

そんないつもの調子で誰にも見咎められずに夏の家へとたどり着いた。
到着するなりネクタイを弛め、夏は着ていたマントをばさりと外した。

「あ、脱いじゃうの!?もったいない。ご主人様〜!!」
「御主人てなんだよ?気色わりぃな。」
「蝙蝠だもん、ほのかはドラキュラの下僕なのだ。」
「・・へー!?」
「お菓子ちょうだいご主人さま!でないとイタズラしちゃうよ?」
「イタズラするってどんな下僕だよ・・すぐ取ってくっから、大人しく待っとけ。」

ほのかが退屈する間もなく、夏はあっという間にお茶まで淹れて居間へ戻って来た。
「うっわー!おいしそおっ!!どしたの、これ?!」
「貰いもんだっつったろ。オレは要らんからおまえにやる。」
「いいの!?わー・・嬉しー!なっつんありがとう。一個食べていい?」
「ああ、一個だけだぞ。残りは持って帰れ。」
「うんv・・・はうっ!!」
「?!どうしたっ喉詰めたのかっ!?」
「・・・う〜・・コレめちゃめちゃおいしい・・・!」
「殴るぞ、紛らわしい!」
「うにゃ〜・・・でもこれ・・お酒入ってた・・」
「酒?あ・ブランデーの香りするな、そういや。」
「おやぁ・・なんか目が回るじょ・・!?」
「何言ってんだよ、一個食ったくらいで。・・おい、マジか!?」

ほのかの顔が明らかに赤い。そしてにかっと笑ったかと思うと、
「なんか急にあつい〜・・!」と言って服を脱ぎ出した。
「ちょ、おい、ふざけんなよ!?」
「なっつんも脱ごう?熱いでしょ!?ふー、あり?これ脱ぎぬくいにゃ・・」
「ばっ!?やめろ!おわっ・おまえ待てって!!」

夏は焦った、ほのかはとろんとした目つきで服を脱ぎかけて胸元がはだけてしまっている。
慌てて手を掴んで阻止したが、ほのかは赤い頬をして夏を見上げるとじっと見つめた。
「な、何だよ!?」いつになく潤んだ赤い目元に胸がどくんと音を立てた。
「なっつん・・vなっつんも脱ごう!ほのか手伝ってあげるじょ!」
「ヤメろっ!・・ホントに酔ってんのか!?あんなチョコで信じられねー!?」
夏のシャツのネクタイは弛んでいたのですぐに引き抜かれ、ボタンにほのかの手がかかる。
しかし当然夏自身に阻まれてほのかは不満顔をして夏をまた見上げる。
「う・・おまえその顔やめてくれ。なんか心臓に悪い・・」
「なっつ〜ん・・ほのか・・ほのかねぇ・・」
今度は夏の胸に凭れ掛かってきたので益々動揺しつつも仕方なく支えてやった。
いつもより熱を持ったほのかの頬が夏の胸に押し付けられるとつい支える腕に力が入った。
「ちょ・・おい、しっかりしろよ。気分悪いのか?」
「・・・」
「ほのか?」
黙ったまま動かないほのかをそうっと覗き込むと赤い顔をしたままほのかは規則正しい呼吸をしていた。
「・・・寝てやがる・・!おい、起きろ。ほーのーか!」
「・・うん・・」
返事らしき声は聞こえたものの、ほのかは目を覚まさず、身体は力が抜けて夏に全て預けている。
「・・起きないと・・イタズラすんぞ?・・」
「・・ふぅわい・・ろーじょ・・」返事だかなんだかわからない声がしたので夏は苦笑した。
「・・これって『据え膳』状態じゃねーのか、もしかして・・?・・危ない奴だな・・まったく・・」

一旦抱き上げてソファに寝かせてもほのかはぐっすりと眠っていて目を覚まさなかった。
さっき脱ぎかけてはだけた胸元からちらりと覗く下着が目の毒だったので夏はそうっと元通りにした。
「ふーっ・・・起きそうにねぇなぁ・・どうすりゃいいんだ?」

夏は結局、しばらく待っても起きない様子のほのかにマントを着せ、おぶって帰ることにした。
本人が寝てしまった以上、親に無断で外泊させるわけにもいかないと判断したためだ。
「やれやれ・・」
ほのかを座らせて一応声を掛けた。「帰るぞ、おぶってやっから捉まれ。」
「うー・・おんぶ・?・・あれぇ・・イタズラはぁ・・?」
「寝ぼけんな、イタズラはまた今度だ、ほら。」
ぼんやりとしてはいたが、なんとかほのかは夏の広い背中に乗っかると腕を廻して捉まった。
「落ちるなよ。」
くーすーと耳元にほのかの寝息がすぐに聞えてきた。また眠ってしまったらしい。
「こいつって寝つき良いな・・!」
少々感心しつつ、落とさないように慎重に夏は家を出て夜の街へと再び足を進める。
夜更けだが、晴れて星が見えていた。雨が降っていなくて幸いだったと夏は空を見上げて思った。
ほのかをおぶっているため、急がずゆっくりとした歩調になった。
時折ずり落ちそうになるのでひょいと持ち上げるが、ほのかは全く起きる様子もない。
「気楽な奴・・!」
夏はついそう口に出してしまった。不平を言ったようにも聞えるがその表情は穏やかだった。


白浜家では兄の兼一が連絡を入れていたらしく、出迎えた母親は意外な顔を見せなかった。
「遅くなってしまって申し訳ありません。」と夏は謝ったが、逆に背中で眠りこけている娘を見て
「まぁ、この子ったら!呆れた・・ごめんなさいね、谷本さん。重かったでしょう!?」と恐縮した。
夏は休んでいってくれと言う母親に件のチョコレートの菓子包みを渡して事情を説明すると丁重に辞退して帰った。
その後朝まで起きなかったほのかは翌朝母親にもちろん叱られた。
「あなたね、なっつ・・谷本さんにご迷惑ばっかりかけて!このチョコレートはもう食べちゃダメよ!?」
「え〜!?すごく美味しかったんだよ? 昨日はちょびっと眠かっただけだよお!」
「申し訳ないってものすごく謝ってくださったけど、こっちが恥ずかしかったわ、もう。」
「謝っとくよ・・でもさぁ、ちっとも遊べなかったしツマンナイなー!そだ、謝るついでに遊びに行っちゃおう!」
「まぁ、そんなに毎日ご迷惑じゃないの?・・でもそうね、今から何か作るからそれ持って謝ってらっしゃい。」
「うん!お母さんありがとー!!」


「昨夜は悪かったね、なっつん。ほのかあの後よく覚えてなくてさー?!」
「・・・よく眠ってたからな・・」
「昨日の分遊びに来たの。遊ぼ、なっつん。」
「好き勝手言いやがって。どっか他所で遊んで来い。オレはおまえの子守じゃないぞ!」
「おんぶは悪かったけど、子供じゃないもん・・あ、そうだ!思い出したじょ。」
「何をだよ?」
「イタズラ。ほのかにするって言ってた。してして?!」
「!?・・なんでそんなの覚えてるんだ・・?」
「えっと・・ほのか『はいどうぞ』って返事したんだけど・・言えてた?」
そういえばふにゃっとした返事をしていたような気がすると夏は昨夜を思い返す。
「『どうぞ』っておまえ・・いや、あれはおまえが起きねーから言ってみただけで・・」
「?何してくれるのかなーって思ったけど目が開かなくってさぁ・・今日はばっちり大丈夫だよ!」
「大丈夫って・・オレは別に何も・・考えてねぇよ。」
・・・・こんなお子様相手に昨夜一瞬でも動揺したことを思い出して内心夏は焦った。
「それにさ、ドラキュラさんに味見してもらってないよ!」
「・・・つまんねーことばかり覚えてやがる・・」
「そういえば、味見ってどうやんの?ホントに血は吸えないよねぇ?!」
「そうだな・・」
「???・・・じゃあさ、何吸うの?」
「さぁな」
「なっつん、ちょびっと教えてくんない?」
「お断りだ。」
「そんなこと言わずにさぁ、ご主人様〜!」
「・・・」
夏はほのかを少し乱暴に引き寄せると、細い首筋を咥えて軽く歯を立てた。
驚いてほのかは目を丸くしていて、それを見て夏は少し気を良くした。
「味見してやったぞ。まだまだみたいだな。」
夏に咥えられた首筋を手で押さえながら、ほのかはまだ呆然としていた。
「なっつん!」
「何だよ、痛くないだろ?実際に噛んでねーぞ!」
「なっつんて、ホントに吸血鬼だったの!?」
「はぁ・・?!んなわけねーだろが。」
「じゃあ・・なんでなんで!?味見ってホントに食べちゃうってことなの?」
「何を想像してんだよ・・?食わん食わん、心配するな。」
「だってさぁ・・びっくりしたぁ・・まだどきどきする・・」
「へぇ・・なんだ、ちょっとはわかってんのか。」
「?・・何?・・」
「来年のハロウィンにはもう少し期待してやる。」
「?・・うん。・・なんかイタズラ思いついたの?!」
「まぁな・・」
にやりと夏が微笑んだが、昨夜ほのかをおぶっていたときとは正反対の穏やかでないものだった。
「う、なんか・・なっつんがオカシイじょ?・・ね、すごいイタズラなの?」
「おまえ次第ってとこだな。」
「ふーん・・・なんかどきどきしてきたじょ?」
「オレばっかり焦らされたんじゃ不公平だからな。」
「???・・よくわかんないよ・・?」
「楽しみに待っとけ。」
「うん。待ってるね。」

夏とほのかは来年のハロウィンに期待を寄せ合った。
きっと今年とは違う特別な夜なのだろうという期待を。
ただ、それぞれが期待する内容には多少食い違いはあるかもしれない・・







「ハロウィン・パーティ」の続きです。長くなってしまった;
すいません、「裏王子」が出てますよ!どうしましょう・・!
裏にならないようにと努力したんですよ・・ほのかのクマぱんつの話省いたし。
あ、でもぱんつの話は裏とは違うから書いてよかったかな?・・(^^;
くだらないけど、そこだけ読む?・・→オマケ