「母の日」 


「ほのかねぇ、お母さんみたいになりたいんだ!」

母の日が近いというので買い物に付き合わされた。
高いものではなかったが、母親が好きらしいものを細々と。
そして嬉しそうに母親自慢。娘に似たはねっ毛を思い浮かべた。
似ているがほのかとは違って大人の女。(当たり前だが)
侮れなさはすぐに感じた。兼一やほのかなんか目じゃないってほどに。
気当たりとは違うのだが、達人の気に似た迫力まで持ち合せていた。
初対面で意味深に微笑まれ、「ほのかをよろしくね。」と言われた。
あんな母親をほのかが目標にしているのか・・と思うと憂鬱になる。
親子とはいえ、あのまんまに成長するはずもないのだが可能性は高い。
今でさえほのかに逆らえない傾向があるようなのに、これ以上は・・
ほのかのこの無邪気な笑顔があんな風になるのは歓迎できない気がした。

「そうそう、なっちんちも行くからね。待っててね!」
「・・母の日に何の用だってんだよ?」
「だってなっち、お母さんいないじゃないか!」
「だから?」
「ほのかが出張お母さんになってあげるんだよ。」
「決まりごとみたいに言うな。」
「ウチのお母さんを貸すのはヤダからほのかがなるの。」
「オマエもいらないぞ。なんでオマエが母親代りなんだ。」
「いいからいいから。親孝行したまえ。」
「・・ちょっと待て。オレは普段オマエ孝行で忙しいぞ?」
「お母さんとして、じゃないでしょ!?その日はお母さんなのさ。」
「意味がわからん!」

カーネーションやプレゼント目当てではないらしい。が、しかし!
相変らず理解し難い感覚だ。オレに何をしろというんだろう・・・
しかし元気たっぷりのイイ笑顔で、ほのかはその日もやってきた。

「夏ー!お母さんですよー!?」
「どうして抱き上げて欲しそうなんだ?その両手は。」
「抱きしめてちょうだいよ、お母さんを。」
「高校生になった男がすると思うのか、そういうことを。」
「そういやお兄ちゃんはしないね。」
「そうだろう。いくらアイツでも。」
「けど、いいじゃん。今日は小さい頃の夏のお母さんってことで。」
「オレよりこんなに小さいお母さんがどうやって抱っこしてくれるのかな?」
「そこは気合だよ。カモン!」
「普通母親はプロレスの悪役のようなそんな顔で抱けとは言わないと思う・・」
「いいからおいで!来ないならこっちからいくよ!?」
「あのね、ほのかちゃん。イメージがまるで掴めないんだけど?」
「夏や、お母さんと呼んでくれないのかい!?」
「もしやドラマ設定なのか・・?」
「夏〜?」
「呼び捨てんなよ。」

行動を起こそうとしないオレに見切りを付けたのか、ほのかが飛び掛る。
かわして後ろへ下がればいいのだが、どうせ諦めないのだと受け止めた。
”息子”設定のオレにしがみついた”母親”は柔らかな髪を頬に擦り付ける。
子猫がじゃれてるとしか思えない行動にオマエの筋書きはどうなってると問いたい。

「よしよし、おかあさんは夏を愛してますからね。」

こんなごっこ遊びの何が楽しいんだろう。オレは屈んでいた体をほのかごと元へ戻した。
小さなほのかはオレに引っ付いたまま抱き上げられたことになる。本人は気にしていない。
あの母親はこんな風に子供を抱いて愛していると囁いて育てたのかと想像してみたり。
肩に埋まっていたほのかがひょいと顔を向けると目の前に大きな瞳が幅を利かせた。

「ねぇ、聞いてる?」
「聞こえてるぜ?」
「あ、そう・・」
「なにがっかりしてんだ。」

手応えのなさがつまらなかったのか、ほのかはそれ以上母親の真似をするのは止めた。
オレが床に下ろして体を引きはがすと、少しむくれた表情と下がり眉が目に入る。
どう見ても子供な顔。大人を真似ているということ事態がその証明ではなかろうか。

「・・どうして欲しいんですか?お母さんは。」

仕方なく付き合ってやるかと溜息交じりに尋ねた。ぱっと曇っていた目は輝き放った。

「あのね、夏を甘やかしたいの。何かして欲しいこと言って?」
「あま・・どういったことなのかわからんが・・」
「膝枕してあげようか?それとも絵本読む?えーと・・添い寝とかあとは〜?」
「待て待て。それじゃいつもとたいして変わらんだろ。」
「そうかな?・・やっぱほのかってばお姉さんタイプだからかな?!」
「・・・どう突っ込んでいいのかわからん・・」

オレの呟きは聞こえない風で、ほのかは何かもっと名案はないかと難しい顔をしている。
コイツの気が済まないことには、この”ごっこ”は続いてしまうのかと思うとオレも悩む。
なので二人して困惑顔で、どうすれば”らしい”ことができるかと考える羽目に陥った。
ふと思い付いて、オレは言ってみた。言ってしまって、”しまった”とすぐに感じたのだが。

「いつもオマエは母親がしてくれそうなことしてるからいつもどおりでいいんじゃないか?」

ほのかは顔を上げてオレをじっと見た。オレはなんとなく気まずくなりながら

「・・つまりその・・いつもオレはオマエに甘えてる・・ようなもんなのかもな・・って」

後半はどうにも言い辛かったが、引っ込みがつかないままそう言ってしまった。
ほのかは珍しく無表情でしばらく何か考えた後、にっこりと微笑んだ。まるで母親みたいに。

「そうかぁ・・嬉しい。親孝行だね、なっちは。」
「それってどっちの台詞なんだ?オマエ?それとも・・」
「どっちでも。そうだね、ほのかがバカだったよ。」
「??」
「なっちに何かおかあさんみたいなことがしたかったんだけど、間違ったみたい。」
「間違いとかそういうことか?!」
「なっちは優しいから、お母さんが生きててもきっと特別なことしなかったと思うよ。」
「え?そ、そうか?」
「そんでなっちのおかあさんなら、きっと何も要らないって思ったんだ、きっと。」
「どうしてそう思う?」
「なっちはこんなに優しくていい子なのに、ほかにはなんにもいらないに決まってる。」
「そっ・・よくわかんねぇけどそれって・・」
「ほのかね、よくおかあさんにそう言われてたのに、ちゃんとわかってなかった。」
「・・・・そうか。」
「大好きだよ、なっち。おかあさんだってほのかだっておんなじなんだね。」
「おなじ・・」
「ウン。すごく大事で、幸せでいて欲しい気持ち。誰にだっておんなじだ!」
「おおざっぱだが・・そうかもな。」
「ほらね、優しい。」

ほのかの納得した答えが正しいとかそういうことじゃなく、オレは否定しなかった。
オレもまた、ほのかが満足ならそれでいいと思ったからだ。似たような理屈だろう。
それを勝手にほのかはオレが優しいなんて結論をくっつけはしたが、それも受け止めた。
優しいのはオマエだと心の中で思ったが、口にはしない。きっとほのかにはどうでもいいこと。
そう、知ってる。オマエはオレがいくら言ってもそれで喜ぶことはない。それよりも
穏やかに笑うオレが好きだと、そうしてほしいと言うんだ。気が付かなかったがオマエって・・

「オマエって結構母親似だよな。」
「えっそう!?嬉しい。あまり言われないんだけど。」
「憧れてるんだろうけどな、あんまりそっくりになるなよ。」
「あれ?どうして?!」
「んー・・その・・なんつうか・・今のオマエの方が・・えっと;」
「今のほのかの方が好き?」
「っていうか!?誤解するなよ!?その・・好みってのも違うし・・」
「ふぅん・・おかあさんよりほのかが好きなのは嬉しいよ。」
「それもなんか違う。オレはオマエの母親がすきとか嫌いとかってこと言ってんじゃなく!」
「はぁ・・ま、いいよ。おかあさんに似てるだけで今は十分だから。」
「そうそう!オマエにはまだ早いっていうか、オレはオマエにそんなこと求めてない。」
「ウン。わかった。ほのかおかあさんの真似はもうしない。ほのかはほのかだもんね!」
「そ、そういう・・ことかな。」
「じゃあ今日もいつものほのかでいこうっと。なっち、お腹空いた!」
「お、おう。オヤツなら冷蔵庫だ。」
「なんだかなっちの方がずっとおかあさんらしいかもしれないね!?」
「・・・いやそれも・・望んでないぞ。全く!」

オレが嫌そうな顔をしたのに吹き出すと、ほのかは楽しそうに笑った。いつもの無邪気な顔で。
こっそりと”ありがとう”と思った。いつもオレを見ていてくれて。母親よりずっと・・
大切だと思えるオマエに。あんまりらしくなくて、恥ずかしいので熱くなった頬は見せないようにした。







久しぶりの現行バージョン。ほのかの母性って私はかなり強く感じます。
なんとなくそういう部分に夏くんは無意識に甘えてしまうのではないかと。