Good night honey


「グッナイハニー」ってさ、マリリン・モンローの科白だよね?
「知らねーよ。・・映画か?」
「そう、旧い映画。お父さんとお母さんが好きなの。」
「ふーん・・」
「私も映画自体はうろ覚えなんだけどね、いいよね?」
「何がだ?女優がか?」
「科白。大好きな人にさ、おやすみって言うの。」
「おまえ家族に挨拶くらいしてるだろ?」
「もちろん。じゃなくてだね、特別な人に言う『おやすみ』なの。」
「誰のことだ?」
「なっつんに決まってるじょ!」
「帰りが遅いときおまえの玄関前で聞いたことあるぞ。」
「違うんだよ、そうじゃなくってぇ・・」
「特別な『おやすみ』ってなんだよ?」
もどかしくてじたばたするけど、しょうがないか。
鈍いなぁと思うよ、こういうときなっつんってさ。
「うーん、もういいよ。それよりさ、なっつんお昼寝したら?」
「しねーよ。」
「なんだか疲れてるみたいだよ?30分くらい横になったら?」
「別に疲れてない。おまえ、宿題から逃げようとしてるな?」
「・・ケチ・・」
「聞えてるぞ。」
「ちぇ・・」

数学の宿題がたくさんあって、なっつんに教わってる最中なのは事実で。
だけど、来たときから少し眠そうな感じがして気になってたのもホントで。
モンローの科白を思い出したのはこの間お父さんたちが見てたせいもあるけど、
なっつんが疲れてるならお昼寝したらいいのにって思ったのは宿題逃れじゃない。
お昼寝すればいいのに。そうしたら「おやすみ」って言えるのに。
でもなっつんてば私のこと睨んでるし、仕方ないからやってしまおう。
私が覚悟を決めて宿題に取り組んでしばらく経った頃、とすんと音がした。
なんだろうと顔を上げるとなっつんがソファに突っ伏して寝ちゃってた。
びっくりしたなぁ・・・!こんなの初めて。よっぽど眠かったんだね。
クッションを枕みたいにしてうつ伏せであどけない顔して。
私はなんだかくすぐったいような気分でなっつんを観察した。
整った顔はいつものなっつんと違って穏やかな表情を湛えていて可愛い。
いつもうつ伏せで寝るのだろうか?クッションを抱き込んでて赤ちゃんみたいだ。
私は思いついて以前私が借りたお昼寝に便利な小さな毛布を取りに行った。
長いことここへ通ってるからわりと何処に何があるか知ってたりするんだ。
なっつんは私が戻っても起きてなくて、そっと近づいて覗き込んでみた。
思わず微笑みが零れる。なんだか秘密を一つ知ってしまったみたいだ。
毛布を掛けると長い睫に見惚れながらそうっと囁いた。
「おやすみ、なっつん・・」
起きないことに満足し、私は残りの宿題を片付けにお向かいに座りなおした。


静かな時間が経った後、ふいになっつんの顔が上がった。
珍しく寝ぼけたようなぼんやりとした表情にびっくり。
寝起きのなっつんなんて初めてだなぁと、貴重な体験続きを喜んだ。
その顔は宙を彷徨った後、吸い寄せられるようにクッションにまた落ちた。
やっぱり寝ぼけたのかなと思っているとなっつんの頭は再び勢いよく上がった。
「っ!?」
起き上がったなっつんは私と目が合ってバツの悪そうな表情を浮かべた後で紅潮した。
「おはようvなっつん。」
私がにこやかに挨拶すると黙ったまま更に顔を赤らめてしまった。
「よかった。すっきりした顔してる。丁度30分ほどだよ、寝てたの。」
「!?・・そんなに寝てたのか!」
「うん。すんごくすやすや〜って。可愛い寝顔だったよー!」
「う・うるせっ;」
私が掛けた毛布に気付くとなっつんはそれをどけながら小さな声で
「余計なことすんなよ。」とそっぽ向いて言った。
「どういたしまして。」と私は微笑みながら答える。
「礼なんて言ってねぇだろ!?」
「違うの?そんな風に聞えたよ。」
「どんな耳してんだよ。」
「まーまー、お礼には及ばないし。」
「・・おまえ宿題は!?」
「できたよ、たった今。」
「見せてみろ。」
誤魔化すように話題を変えて私の手元のノートがひったくられた。
「こことここだけやり直し。あとは合ってる。」
「え、間違ってた?!むー;どこどこ?」
私がノートへと顔を近づけるとおでこ同士がごつんと当った。
「イタっ!」
上目遣いで見るとなっつんがおでこをくっつけたまま私を睨んでた。
どうやら態とぶつけたらしいけど、訳がわからない。
「あの・・どしたの?なっつん。」
「おまえ、もしかしてさっき『おやすみ』とか言ったか?」
「うん、寝てたのに聞えたんだ?!ちっさい声で言ったのに。」
なっつんはどういうわけか困惑顔を浮かべて私を見た。
「どうして難しい顔してんのさ?寝顔見られて恥ずかしいの?!」
「違う・・」
息が掛かりそうなほど近かった顔が勢いよく離れて少し寂しい。
「じゃあどうしたの?まだ顔赤いし・・もしかして夢見てた?」
「・・・オレは返事なんぞしてない・な?」
ははーん、夢の中でなっつんは何か言ったんだね、それも相手は私なのかな。
「えっとね、『おやすみ』って私が言ったら、『おやすみ』って言ってくれたよ。」
私は咄嗟にでまかせを言ってなっつんの反応を見てみた。
「それだけだな?!」
「その後?えっとね・・」
「!?言わなくていい!それは忘れろ!!」
なっつんは大慌てで私の口を手で塞ぎに来た。
そんなに焦るようなこと言ったのだろうか?気になるじゃないか!
押えられた手を外そうともがくと更にぎゅうと押し付けられた。
「いいか、さっきのは寝ぼけてたんだ。なんでも言うこと訊いてやるから忘れろ。」
私はとりあえず首を縦に振って見せ、やっと解放してもらった。
「・・・なんでも言うこと訊いてくれるの?」
「ああ・・仕方ない。映画でも服でも・・」
「じゃあさっきの『おやすみ』の続きをも一回。」
「!?・・ばっ、人の話を聞けよ!」
「お願い。なっつん!」
「さ、さっきのは・・だからその・・」
「夢ではいつも言ってるの?」
「そんなわけねーだろ?!」
「言ってよ、なっつん」
「言わねーよ!」
なっつんは腕を組んでソファに座りなおし、そっぽ向いてしまった。
どうやら聞き出すのに失敗した私はがっかりした。
「ひどぉい・・もう一度聞きたかったな・・」
苛々しながらもちらと私の様子を見るなっつん。
もう一押しかもしれないと思った私は拗ねるような口調で言ってみた。
「あのね、嬉しかったよ、普段聞けないから。」
「・・・いつか」
「いつか?」
「『おやすみ』の後でな。」
「今はダメ?」
「ああ」
「そっか・・残念。」
「ふーっ・・」
「ごめん。さっきね、なっつんは何も言ってなかったよ。」
「!?・・・おまえ・・」
「あんまり赤い顔して困ってるから聞きたくなっちゃって・・」
「・・・」
「でも、悪かったよ、ごめんね?」
「もういい・・」
「良かった。」
私が微笑むとなっつんの手が今度は私の頭を引き寄せた。
「?!なっつん・・?」
「ほんとに何も聞いてないんだな?」
耳元で囁くように用心深く念を押すなっつんが可笑しくて少し笑うと、
「笑うな。」ってまたおでこでごっつんされちゃった。
「だって、寝てるときも思ったけどさ・・」
「何だよ・・?」
「赤ちゃんみたいだったよ、なっつんてクッションをぎゅーっと抱っこしててね。」
そういうと今度は私がぎゅーっと抱きしめられて驚いちゃった。
「あり?なんで??」よくわからないけどなっつんはとっても困ってる風だった。
「おまえの言ってる『おやすみ』はオレだから、なんだろ?」
「うん!そう。当り!!なっつんわかってくれた?」
「夢ん中で聞いておけよ、今のところは。」
「うん?じゃあ・・・いつか聞かせてね?続き。」
「・・いつかな。」
「楽しみが増えたじょv」
ふいに身体が解放されて、やっぱりなんだか寂しい。
だけど頭をくしゃくしゃと撫でられてそれどころじゃなくなった。
「あわわわ・・!やだぁ、やめてよぉ!!」
「ほら、間違い直してさっさと終わらせろよ。お茶淹れるから。」
「あ、今日もほのかがおやつ作るね!」
「何!?そんであの材料・・!こないだのプリンで懲りてないのか!?」
「今日は大丈夫。ちゃんと練習してきたよ!ティラミス☆」
「・・・母親も考えたな。それ火を使わんだろ?」
「なっつんよく知ってるね!そだよ。作ったことあるの?」
「はぁ・・今日のはなんとかなりそうだな。」
「いっつも全部食べてくれるじゃない!」
「おかげで胃が鍛えられてるぜ・・」
「ん?なんか言った?」
「何でもねーよ。しゃーねーからオレも手伝ってやる。」
「うんv」
なっつんはなんでも私の願いは叶えてくれるから、きっと『おやすみ』もまた言える。
嬉しいからはりきって宿題を片付けたら、おそろいのエプロンつけておやつを作ろう。
『グッナイハニー』は愛しい人への特別な挨拶なんだよ。
いつか聞かせてくれるんだね、『おやすみ』の続きも一緒に。
・・・でもなっつんは何て言ったんだろう・・?
ま、いっか!楽しみだなv









まずはお詫び。モンローの科白と映画に関しては私もうろ覚えなんで問い合わせないでくだされ!
確かそんなのがあったと思うんだけど〜;ってないい加減な知識から書いてしまいました。(><)
なっつんが何を言ったかはお好きな甘い科白を想像してください。(他力本願)何がいいですかね?
ちなみに夏くんの科白は夢の中でほのかに『おやすみ』て囁かれてほのかを抱きしめながら囁き返したものですv
私は2、3、想像しました。恥ずかしい科白なので夏くん我にかえって照れた模様です。(笑)