グッバイ・ブラザー 


 ちいちゃな頃は幸せな記憶しかない。ありがたいことに。
だけどそのせいで現在とのギャップはどうしたって感じる。
私は実際”ブラコン”だ。それがどうしたってくらい当然に。

 「お兄ちゃん!また!?」
 「すまん!ほのか。また来るから!」

 兄というものは妹を待たせる生き物なのだろうかと疑う。 
傍にいたくても大抵の場合兄は妹を邪険にするのだ。腹立たしい。
なのにどんなにムゲにされたって嫌いになるかというとならない。

 「ほのか、ほら一緒にオセロしようか。」
 「うんっ!!ほのか負けないじょっ!」
 「お兄ちゃんだって負けないぞ〜!?」
 
 そう、ほんのちょびっとのことでたちまち好きは更新される。
お兄ちゃんが自分を大事に思ってくれていると知っているから
寂しくてもいつまででも待っていられるのだとわかってるんだ。

 お兄ちゃんはもてない男だった。否そうじゃない、もてていても
表立ってきゃーきゃーいわれるような人じゃないからそう見えない。
一度でもお兄ちゃんの優しさや男らしさを知ったら誰でも好きになる。
だけどお兄ちゃんはなんとなく誰も好きにならないものと思ってた。

 「美羽さ〜ん!待ってくださいよ〜〜っ!!」

 初めてお兄ちゃんが女の人の名前を大きな声で呼ぶのを聞いた。
だまされてるんだと最初は思うくらい綺麗で天使みたいな美女だ。
だけどそうじゃなかった。お兄ちゃんはその人が本当に好きらしい。
すぐわかった。だって・・ほかでもない私だからあっけなく理解した。 

 邪魔したって無駄なんだ。だけど邪魔したい。いい人なんだ、けど
意地悪しちゃいたい。綺麗で気立てがよくて賢くて強いなんて卑怯だ。
太刀打ちできない。妹であるという唯一の切り札しか持ってないのだ。
泣いても叫んでもどんなことをしても好きな気持ちはとめられない。
何故ってことを私が一番よく知っている。ずっとずっと好きだった。
今だってこれからだって、私は兄の妹で、それだけは譲れないこと。

 でもね・・うらやましいの。お兄ちゃんの良さを誰より知ってるのは 
私、ほのかだよ!って大声で叫びたい。皆にわかってほしい、それでも 
そんなことしてもどうにもならないんだ。お兄ちゃん、ほのか寂しいよ。
昔、ほのかが怒られてしょげているとき助けにきてくれたお兄ちゃん。
いじめっ子からも守ってくれた。宿題も手伝ってくれた。お花が大好きで
草も虫もいろんなことを教えてくれた。笑ってくれて、愛してくれた。


 もうあの頃の兄はいない。私だけのお兄ちゃんは存在しなくなった。
兄離れしなさいなんてお母さんや友達までもが言う。そうかもしれない。
けれど私はそうしない。好きなことは変えられない。忘れたくないから。 
過去になって取り返しがつかなくたって。忘れたらそれで全部お終いだ。
誰にも言わずに胸に仕舞う。私だけの宝物、兄と私の想い出の日々を。
こんな気持ち、きっとわかる人もいる。そして身近にそんな人がいた。

 妹さんは亡くなってしまったのだと言っていた。写真で一度だけ見た。
捨てられないで持っているのに見られなくて伏せてあった。切ない気持ち。
大切に取ってあるらしい妹さんの色々。家の中からあちこちで見つかった。
隠すようにそっと。大切だから見えないように。知っているのは自分だけ。
私にもわかる気がした。私の兄は生きていて悲しみは共有できなくっても
どれだけ大切だったかって想いは誰にとってもおんなじじゃないかと思う。
亡くすなんてどれほど辛いことだろう、想像しただけでも身が凍りそうだ。
なるだけ触れないようにした。その人は兄とは正反対だけど共通点もあった。 

 優しいところ。痛いこと、辛いこと、切ないことを知っているからだろうか。
お兄ちゃんもよく鳥や虫が死んだといっては泣いていた。つられて私も泣いた。
たとえ亡くなっても、変わってしまって違う人のようになっても、変わらない
想いがあっていいよね。私は捨てられなかったから。重くても持っていたくて。



 「なっち、ほら見て。ほのか背が伸びたんだじょ!大ニュースなのさ!!」
 「・・5o・・まぁ、伸びたことには違いねえな。」
 「そうだじょ!ほのかは成長しとるのだ。ちゃんと見えてるかい!?」
 「毎日見てたら逆に気付きにくいぞ、あんまり来るな。」
 「ダメダメ、会えるときに会わないといつ会うの!?ってなるじょ。」
 「だから・・好きにさせてんだろ、よくもまあ飽きずに来るもんだ。」
 「でもたまに会えないと物足りないでしょ?!そういうもんだじょ。」
 「・・・俺に会えないと寂しいとでも言うつもりか?」
 「もち、寂しいさ。ちみだってそうに決まってるさ。」
 「嘘吐け。お前は兄貴がいればすぐ俺のことは二の次のくせして。」
 「え、なんでお兄ちゃん?そりゃ・・お兄ちゃんとはなかなか会えないもん。」
 「そうだな、さっきの会いたいときに会わないとってことだろう。」
 「なっちとお兄ちゃんはちがうもの。」
 「同じにされても困るが・・代用にされるってのもむかつくんだが。」
 「いっしょじゃないし、代わりでもないよ。なっちは・・・なんだろう?」
 「面倒くせえから考えるな。どうでもいい。」
 「うん・・よくわかんない。けどなんとなく・・なっちはいいような気がする。」
 「都合がか!?俺はお前の便利屋かよ。」
 「ちがうってば。なんだかね、なっちはずっと傍にいさせてくれそうだから?」
 「ずっとなんてことありえない。お前の思い違いだ。」
 「・・・・そうかなあ?そうかも。だけどいっしょにいたいよ、いいでしょ?」
 「・・・・別に・・好きにすりゃいい。」

 なっちはどうでもよさげな振りをした。すごく嬉しい顔だとすぐにわかった。
ほんのちょっと一瞬目を見開く癖。驚いたようにも見えるかわいらしい仕草だ。
それが嬉しい顔だと気付いたのはいつだったか。この人も寂しい人なのだ。
私なんかよりずっとずっと寂しがりなんだろう。いつだって寂しそうに見えた。
それが気になって通い詰めた。嫌がっている風な態度だったのにいつのまにか
私を歓迎している。待っててくれてる。そう知ったときの私の喜びは大きかった。
いつか私が兄を慕うようにこの人のことも好きになってもおかしくないと思う。
そしてこの人も私を好きになってくれたらいいなとも思う。まだなんだけどね。

 私もこの人もよく似てる。ほかは違ってるとこばっかりなんだけど一つだけ。
好きになったらとまらないところ。きっとそうだ。なんとなくわかってしまう。
だからきっとそうなれたら、お互いに離れたくなくなるんじゃないかなあ・・?
なんて。お兄ちゃんに聞かれたら怒られるかな。怒ってくれたら嬉しいけど。
浮気じゃないんだよ、だってお兄ちゃんだって好きな人ができたじゃない。
ほのかだって一緒にいて幸せだと思える人に出会えたんだよ。

 まだどうなるかなんて予感でしかなくて。未来は全然違ってるかもしれない。
わからないからわからないままでいい。私となっちとは波長が合うんだね。
離れ離れになりたくないな。また寂しさが増えて重荷になるだけだから・・

 「ほのか」
 「はい?」 
 「・・・なんでもねえ。」
 「わかった。」
 「なっなにがわかった?」
 「呼びたかったんじゃない?」
 「そんなわけねえだろ、呼びたいだけとか・・」
 「なっち」
 「なんだよ。」
 「呼びたかったのだ。」
 「嘘吐け」
 「それはちみのことじゃろ?」

 悔しそうな顔を見て小気味良い。いつかお兄ちゃんより好きになれたら
・・ううん、やっぱりそれはない。お兄ちゃんとは比べられないよ。
それでもいいって思ってくれたらいいな。ねえ、なっち。寂しがりやさん。
私ね、傍にいてって言ってくれたら、きっとずうっとそうするから。
いつだってどこででも呼んでね。アンテナ立てておくよ。受信できるように。

 大きな声で名前を呼んで。今だってこんなに幸せだって感じられる。
何も失わないままで、過去もいまも未来も、大丈夫って思えるの。

 「なっちー!」
 「用もないなら呼ぶな。」
 「用はあるよ、なっち。」
 
 怪訝な表情の可愛い人に大好きだと叫ぶ。大きな声だから恥ずかしそう。
口を塞ぎにきてもめげずにもっと大きな声で耳元にわめいてやろうかなあ。

 「お兄ちゃんの次にねーっ!」
 「!!・っの・・ブラコン!」
 「そうじゃよ、悪いかね。」
 「わるかねえよ。上等だ。」

 不適に笑ってみせたその人は偉そうに腕を組んで背筋を伸ばした。 
妹さんを今でも愛してる君が好き。忘れないでいて、その人ごと私を
 
 「なっちもいってみれば?すっきりするよ。」
 「フン、まさか。」
 「意地っ張りめ。」
 「お互いさまだ。」
 「?!」

 ああ・・!!

 お兄ちゃん、お兄ちゃん、ほのか貴方を愛してます。でもどうしよう、
この人とならどこまでもいけそうな気がするの。貴方のいないところでも。
手を取っていいですか?忘れたりしませんから。貴方もどうか幸せでいて。

 腕を組んでガードしてるつもりの人にタックルした。そして腕に口付ける。
慌てて腕をゆるめたときがチャンス。抱きついて離さない。ほらつかまえた。 
しばらくの間、抵抗と文句が頭の上から降り注ぐのをやり過ごす。そしたら
諦めて溜息交じりで私の背を抱く。ほうらね、素直になっても可愛いんだ。
 

 「お前の兄より俺のが諦め悪いかもしれないからな。」
 「うん、そんなのちっともわるくないね、上等だよ。」

 にやりと二人は顔を見合わせる。なんて素敵。どきどきしてきた。
私あなたに出会えてよかった。そう思ってる。きっとこの人だって。
抱きしめあって、喜びを分かち合った。さあ、これからどこへ行こう。

 「遊びに行こうよ、なっちー!」
 「何処に行きたいんだ、何処に」
 「どこへでも!行きたいじょ!」
 「なんだそりゃ・・どこだっていいけどな。」

 遠くがいい。遠く離れたところからお〜いっ!って手を振りたい。
ここだよ、愛しい人たち。幸せだから心配いらないよって伝えたい。







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