「銀の鏡」 


「なっつん、スケート連れてって。」
「スケート?」
「す・け・ぇ・と!行きたい。」
「それって、アイススケートのことか?」
「いえす!その通りです。」
「・・・あったか?この辺にリンクとか・・」

冬の寒さも厳しい頃、薄着のほのかもさすがに着込んでいる。
それでも「寒い」とも言わず機嫌良い。冬を満喫してるんだとか。
例によって勝負に負けて連れて行くことになった場所は
近くに見当たらなかったために少々遠出となった。

「で、オマエ滑れるのか?」
「ウウン、初めてだもん。」
「初心者かよ。」
「なっつんは経験者なんだね。」
「・・一応。」

ほのかは初心者にも関わらずに飛び出して早速転びかけた。
落ち着きがないというか、怖い者知らずというのか・・
掴んだ腕を持ち上げて立たせてやると、へへと照れ笑いをした。

「いや〜、まいったね。難しいじょ!」
「いきなり飛び出すなよ・・無謀だぞ。」
「イメージではすいーっといくはずだったんだけどな。」
「・・そーかい・・」
「そうだ、なっつんお手本見せてよ。」
「見るより滑ってみろ、体重移動だよ。」
「ウン、なっつんの雄姿を見てガンバル!」
「やれやれ。じゃあいいか、手離すぞ?」
「らじゃっ!」

そっと離して少しだけ距離を置いてみた。やる気はあるようだ。
しかしオレを見る余裕はなく、下を向いて必死だ。

「力を抜け、がちがちになってんぞ?」
「・・だって・・・力抜いたらこけそうなんだよ〜!」
「しょうがねぇな・・やっぱ手ぇ貸せ。」
「うう・・でも・・引っ張ってだいじょぶ?」
「オマエに引っ張られたくらいでどうもなるか!ホラ!!」
「おこんなくてもいいじゃんか〜っ・・・あわわ・・」

とにかく滑る感覚を覚えさせようとゆっくり引いてやった。
初めは両手で捕まっていたが、少し慣れると自ら片手を外した。

「わーv楽しいじょ〜!」
「ちょっと手離してみろ。」
「え?!そんなお兄さん、無茶だよ!」
「転ばないように見といてやるから。ほれ・・」
「あわわわ〜!!?」
「慌てるな、さっきみたいに足を動かしてりゃ進むから。」
「む・むむむー!」

まだ少し腰が引けてるが、ほのかはなんとか一人で滑り出した。
やっと前を向く余裕が出たようでオレに笑いかけた。

「なっつん!滑れた!!ねぇスゴイ!?ほのかってば。」
「あぁ、うまいうまい。」
「あれっ!?なっつん後ろ向きに滑ってる!?」
「それがどうした?」
「スゴイねー!ねぇねぇ、ちょっとさーっと滑ってみてよ。」
「周りに滑ってる奴ならいっぱいいるじゃねーか。」
「なっつんがカッコよく滑ってるとこが見たいんだよ。」
「カッコよくねぇ・・・」

ほのかがこけそうで心配だったが渋々離れて少しスピードを上げた。
リンクを一周して戻ることにして、離れた処からほのかの様子を窺った。
するとやはりこけそうになっている。そこへ男が寄って行くのが見えた。

「おいおい、あんなガキでもナンパする物好きがいるのかよ!?」

ほのかがよろけてソイツにもたれかかりそうになる寸前に間に合った。
すり抜けながらほのかの腕を取るとその男は呆気にとられていた。ザマミロ!

「わーなっつんだ!?スゴイスゴイ!びっくりしたーっ!」
「何やってんだよ、あんな男にしがみつこうとしやがって!?」
「へ?そういうわけじゃ・・ってちょっと速いよ、なっつん;」
「ちっとも速くなんかねぇよ。オマエに合わせてたらトロ過ぎてこけちまう。」
「む、ちょっと上手いからって嫌味だねぇ・・」

ほのかのぼやきは無視した。面白くなかったからだ。なんかむかついて・・
しかしほのかはすぐに機嫌を直して、「気持ちいいねv」なんて言ってる。
コツを掴んだらしく、さっきより随分慣れた様子で滑っていた。

「そうだ、なっつんちょっと離れてよ。」
「・・一人で滑りたいのか?」
「離れたところからなっつんまで滑っていってゴールしたいのだ。」
「なんだそれ・・」
「どしーんて体当たりしちゃおうかな〜vなっつんこける?」
「こけるわけねぇだろ。」

バカバカしいなとは思いつつ、距離を置くが正直気は進まなかった。
オレの心配を他所にほのかはオレを目指してやってくる。
近付いてきた嬉しそうな顔に少し意地悪いことを思いついた。
もう少しのところで後ろへ下がって逃げてやったのだ。

「ちょっと!なっつん、なんで逃げるのさ。」
「もう少し練習させてやろうと思ってナ。」
「もう滑れるよ。上手でしょ!?」
「そうだな。思ったよりは。」
「失礼なのだよ、ちみって奴はいちいち。」

ほのかが一所懸命にオレを追ってくるのが存外面白い。
態と捕まりそうになってやって寸前に逃げるとほのかは顔を紅くして怒る。

「悔しいー!絶対捕まえるじょ〜!?」
「それはどうだかな・・」

すっかりむかつきの消えたオレに対してどんどんほのかの機嫌は悪くなる。
しかし本人はすっかりオレを捕まえようという気満々なのでそのままにした。

「どうした、降参か?」
「まだまだー!」

ヤル気は衰えていなかったが、少し疲れたせいかほのかが足をもつれさせた。
それで仕方なくゲームオーバーだ。ほのかを支えてやると悔しそうな顔。

「足にきたみたいだな、休憩すっか。」
「ウン・・で、休憩終わったらリベンジなのだ。」
「ふっ・・そうか。いいぜ、別に。」
「その余裕の表情が憎たらしいのだ!むむー!」

結局ほのかに付き合って結構長く居た。帰りの電車内でほのかは夢の中。
オレにもたれてすぐに眠ってしまっていた。子供だよ、ホントに。
夢の中に滑り込む前、ほのかはうとうとしながらオレの肩越しに呟いた。

「・・楽しかったね・・また・・連れてって・・」

満足気な顔に自然口元が弛んでしまった。つい車内を窺ってしまう。
知り合いがいるわけでも、特に見られているわけでもないというのに。
気恥ずかしさで一人俯いてしまったオレの横でほのかは暢気なもんだ。

駅に着いて改札を出るともう空には星が瞬いていた。

「わぁっ・・!冬の夜空って綺麗だねぇ、なっつん!」
「オマエたっぷり寝てたから元気だな。」
「えへへ・・ごめんよ、気持ち良かったんだよ〜!」
「まぁ電車の揺れってのはな。」
「違うよ、なっつんが横にいたからさぁ!」
「は?・・・何言ってんだ・・・」

ほのかは笑ってオレの腕に微笑みごと顔を擦り付けた。
オレはその笑顔を見たあと顔を背けて天ばかり眺めて歩いた。
見ていられなくなったのだ。なんだかどうしようもないほど・・
熱くなった頬を見られないように星を見上げながら家へと送る。
別れ際ほのかが同じ台詞を言った。

「楽しかったからまた連れてってね!?」
「・・・しょうがねぇな・・・」

オレは正直には言えなかった。”楽しかった”なんてことを。
大きく手を振って別れた後で、こっそりと呟いた。

「また、今度な。」

星が瞬いてほのかが笑ったように見えた。








・・・夏君は無自覚なんです。(笑)