Get You (後) 


ほのかは必死だった。焦りと動揺で眩暈がする。
手が震えてブラがうまく外せず、キャミも引っ掛かる。
その慌てぶりに夏は手伝っていいものか?と困惑顔だ。
気持ちばかり空回り泣き出しそうだ。ほのかは夏を窺う。
夏は自分を見詰めていた。が、その表情が解り難い。
そのうちぽんぽんと頭を撫でられ、口惜しさで泣き言が出た。

「うっ・・うっ・・外れない・・なっちたすけて」
「なぁ・・悪いとは思うんだが・・・・・・その」
「やめるとか言うんでしょ!?ダメっダメなんだからっ!」
「や、その・・・・・・・・・・眠い・・」
「・・・・・・へ?」

あろうことか夏が落ちてきた。慌てて受け止めるが妙な声が出た。
ぼさりとほのかの胸に夏の頭。妙な声は重くて喉が鳴ったのだった。
そういえば夏はこのところ過労ではないかというほど多忙だった。
そこから無理矢理引き剥がしたのは自分だが、それも無茶だったか?
悩むほのかの耳にすーすーと夏の寝息が届く。実に安らかだった。


「・・・思ってたより疲れてたのかな・・・」

小さな呟きに反応は返らず、夏の体重がベッド上とはいえキツイ。
よいしょと夏の下から逃れると、寝具を引っ張り上げ掛けてやる。
少し顔色が悪い気もしたが、寝顔は安らかで安堵の溜息が出た。

「大分無理してたんだね・・・おやすみ、なっち・・」

ふと、ついさっきまでの焦りがウソのようだとほのかは気付いた。
涙も動揺も治まっている。穏やかに眠る夏の寝顔に見入ってみる。
前髪が邪魔そうだな、と退けてやってもまるで気付く様子はない。
ほのかはまた誘惑に失敗した。突然成功しかかったが結局は失敗。
普段なら落胆する処だろうがそのときはがっかりしていなかった。
ほのかは夏の寝顔に視線を向けたまま、その理由を考え始めた。

”ほのかは・・なっちともっと一緒に居たい。えっちもしたい。けど・・”
”なんだろう、弱ってるなっちは可哀想なんだけど・・・どこか安心する”

いつも無理している風に見えなくもない夏。時折それが腹立たしい。
会社経営は大変なのだろう、ならば自分の前だけでも気を抜いて欲しい。
もどかしいのはほのかに当たったり愚痴ったりしない良い子の夏だ。
それでつい誘惑したりして・・・これってヤキモチかな、とほのかは思う。

いいカッコしいの夏が隠そうとするカッコ悪い部分を引っ張り出したい。
たまにでもいいからほのかを困らせる側になってくれたらと願っている。

”やっぱりほのかって我侭なんだなぁ・・なっち・・ごめんね?”

欲しがってばかりの自分に反省する。しかし落ち込みはしなかった。
こうして夏の無防備なところが見られて嬉しかったからかもしれない。

”可愛い寝顔に免じて・・・怒らないであげるからね、なっち”

ほのかは夏の寝顔にちょんと唇を落とすとモソモソと彼の懐へ潜りこむ。
ふわ・・と小さく欠伸をすると目を閉じ、あっという間に眠ってしまう。
夏を見ていて自分も眠くなったらしい。二人は仲良く寄り添って眠った。


目を覚ましたのは夏の方が先だった。ぼんやりした視界にほのかを捉える。
夢にしてはリアルだなと寝惚けた頭で思ったが、すぐに現実だと認識する。
やらかしてしまった感と、惜しいことをしたような気持ちとそして何より

”信じたくないが現実だ。寝オチ・・するとか・・・マジ在り得ねぇ!”

と、内心狼狽した。ほのかを起こさないように体はぴくりとも動かさずに。
相当疲労していたのかもしれない。日頃厳しく自分を律する彼にとって醜態だ。
しかしそれを言訳にしても納得はしないだろうなと夏はぐるぐる焦り始めた。
眠っているほのかを夏は何度も見ている。ほのかがよく昼寝をするからだ。
ただ今回はベッドに横になった状態で至近距離。眺め放題というか近過ぎる。
寝息すら夏の肌で感じられる間近さだ。落ち着かない。矢鱈と喉が渇いている。
言訳も思いつかず、身動きもできずにいる自分がどうにもこうにも情けなかった。

”あぁもう・・畜生・・どうすんだよ!?・・どうすりゃいい?!”

乱れて治まらない胸の内を持て余したからか、夏はほのかを抱き寄せた。
呆れたことにほのかはむにゃむにゃ言うだけで夢から覚めようとしない。
小さいがしっかりとした肉感と体温。髪からは甘い香りも漂って動悸を招く。
当然抱き寄せたのは間違いだ。胸の内が治まることなどありはしないだろう。
寧ろもっと抱き締めたくなる。予想以上に加減が難しい。現実は生々しかった。

やがてほのかの顔に寝苦しい表情が浮かぶ。起きてしまいそうになると
夏はほのかの頭を胸に抱え込んでしまい、自分の顔が見えないようにした。

「んん・・?!なっち?起きたの?ちょっとはなしてよ、苦しい!」
「すまん!謝る!」
「?!いいから放してってば!」

もうダメだと観念すると、夏はほのかを抱く腕をゆっくりと弛めた。
ぷはっ!と顔を上げたほのかの面前には神妙な面持ちの夏が待っていた。

「おはよ!なっち。よく眠れた?」
「・・・・うん・・まぁ・・わりと」
「うん?なんかはっきりしないね?」
「怒ってない・・のか?」
「怒られると思ったの?」
「怒ったって当然だろ?」」
「そこは寛大なほのかだから許してあげる。」
「・・・・ありがとうございます・・」
「?何故卑屈?!怒ってないってば。わかる?」
「意外だ。てっきり怒るかと・・」
「うん、気分いいし。悩みが解決したっぽいからね。」
「??・・・いつだよ、なんでいきなり解決してんだ」
「ほのかなっちをげっとした!って思えたからだよ。」
「???・・・」
「えへへ・・あのね?」

ほのかが眼の前でほわほわと花が咲き零れるように笑った。
焦りやら決まりの悪さなど、諸々の負の感情が夏から消え去っていく。
惚れていると自覚するのはこんなときだ。全く持って幸せ者だとも。
嬉しそうに笑ってくれてほっとした夏は少し緩めた腕を元に戻そうと
ほのかの体を少し自分へと寄せた。ほのかはくすぐったがって笑った。

「教えろ、急に解決した経緯。もったいぶらずにとっとと吐け。」
「態度が良くないよ、お兄さん。でもそんななっちが好きだからねぇ・・」
「お前って変わってるよな。」
「そんなことないよ。なっちは格好付け過ぎなのさ。ほのかが好きならねぇ」
「・・・なら?」
「もっと困らせたり、いじめっ子するのが男ってもんでしょ?!」
「・・そうか・・?」
「それにぃ、甘える。コレ大事。試験に出るよ!」
「はぁ・・試験っていつどこで!?」
「つまりだね、ほのかなっちに素直になって欲しいって思ってたの。」
「昔よりは・・マシになってないか?」
「ぷぷ・・なっちが疑問符だらけだ。」
「俺にとってお前は最大の謎でもあるからな。」
「ほのかもそんな感じだったのかも。それで寂しくなったのかな。」
「寂しかった・・・のか」
「えっちもしたくないみたいでほのかばっかり!って思ってさ・・」
「・・・・」
「急には無理でも、ちょっとずつが難しくてもさ、とにかくなんでもいいから」
「うん」
「ほのかが欲しいのとおんなじに欲しがりたまえ、ん?わかるかい?」
「・・・・負けっぱなしなのにか?勝たなくてもいいのか、お前に。」
「勝ち負けに拘ってたの!?・・・ったく負けず嫌いじゃのう!?」
「いやお前になら負けてもいいんだが・・どう言やいいんだかな・・」
「ん〜・・・じゃあいいよ。ほのかを見習って一日一回甘えるのだ。」
「ノルマかよ!?」
「どんなんでもいいからさ。例えば10回以上ちゅーしろ、とかね。」
「お前スキだものな、・・するの。」
「む、逆に聞きたい!スキじゃないの?なっちはえっちも含めて!」
「スキとかキライとか・・・考えねぇなぁ・・参ってんのはお前にだし」
「!??!〜〜〜〜〜〜っ・・・・はずかしいひとだね・・・このひと」
「俺はお前のツボというか・・そこら辺がよくわからん。」
「ぬ?もしや・・・お互いサマだというのかね!?」
「例えばだな、今結構俺はその・・困った状況だがお前平然としてるだろ?」
「・・え?そお・・?他に困ったときってどんなとき?!」
「そうだな・・・リアルに俺の心配してくるときとか・・」
「それはおかしくないかい!?そんなでヤラシイ気分になる!?」
「どっちかってぇと、お前がそういうことしたがって無いときだな。」
「か・・噛み合わないってこのことじゃ・・・それじゃあすれ違うはずだよ!」
「それとやっぱり加減が難しい。抑えられてるけどな、今のところは、だ・・」
「・・・思い切って抱き締めてみて?そんなに簡単につぶれないでしょ?」
「つぶしたくない。けど・・思い切り抱き締めたい・・難儀だ」
「そんな顔しないでよ、悲しくなるのはそういう顔を見ちゃうから・・」

ベッドの上で抱き合いながら、夏とほのかは顔を見合し見詰め合う。
気持ちは揺らがない。それぞれに大切で愛しいと想いは重なっている。
すれ違っているのは何なのか、あと少しでわかりそうでわからず困惑した。
しばらく顔を顰めていたが、まずほのかから緊張を破って歩み寄る。

「要するになっちはほのかのこと好きでしょ?」
「・・んなこと・・今更だろ?」
「さっき寝顔を見てたら、悩みなんてどうでもいいかなって思ったんだよ。」
「あぁ・・それならわかる。笑っててくれたらそれでいいって・・思うな。」
「ねぇ、夏さん。いっそ何も考えないでせーの、で行動してみない?」
「できるのか?そんなこと・・」

煮え切らない夏を置いてほのかは目を閉じると「ん」とキスをせがんだ。
とりあえず夏はそれに応えてみる。そして頭を空にすべく目を閉じた。
そして抱き合ってみる。ほのかのスキなキスに没頭することも試みた。
夜が更けてから、家と会社からの呼び出しに飛び起きたりしたのが
その数時間後のことだった。慌てて服を着たり相談するのが更に数分後。
なにしろどちらも夢中だったため、無様なほどに慌てふためいた。


「なので今夜はお泊りさせていただきます。なっちヨロシクね?」
「あ、うん・・なんかバタバタして悪かった・・宜しく頼む・・」

もう邪魔は入らないことになったので、その後二人はずっと
何が噛み合わず、どこがすれ違っていたかの確認作業を続けた。
結論はというと、問題なしという実に馬鹿馬鹿しいもので。

「ほのか胸の大きさとかまで気にしてて馬鹿みたいだったよ」
「俺もお前に嫌われるかもとか実にくだらねぇこと悩んでたぜ」

確認作業は甘い吐息交じりで次第にそれは烈しいものに変わった。
呆然とした。求めていたものは確かめてみればシンプルなものだ。
散々抱き合って気付いた二人は互いを手中に収め満足そうに笑った。
たくさん呼び合った名前に喉が掠れてしまってもそれすらも嬉しい。

「なっちぃ・・気持ちいい・・ね!」
「あぁ・・参ったな、ほのかの勝ち」
「まーたそんなこと言って・・」
「いいんだ、幸せだから」
「うん、ほんとだね!?」







シリアスにしたかったのに・・・リベンジしたい・・・何故なんだ!?
甘ったるくて後半げっそりされた方がおられましたらごめんなさい!