Get You (前) 


悲しいかな、予想より育たなかった胸部をチラ見する。
ほのかは首を横に振り”まぁ・・仕方無いさ!”と
半ば投げやりな台詞と共に抓んでいたシャツを放した。

身長も大して伸びなかったため、夏との差は縮まらず
未だに並んでいて兄妹に見られたりする。最悪は親子だ。
むかついたほのかは眼の前の広い背中に殴りかかった。
しかし、痛いともなんとも反応が返ってこず更に苛立つ。

「ちょっと、なっちー!可愛い恋人に背を向けて何してんの!?」

ゆっくりと振り向いた顔が不穏である。どう見ても不機嫌。
というより恋人に向ける顔ではない。穏やかでないにも程がある。

「・・・仕事だ。邪魔するなら出て行け。」
「仕事仕事ってほっぽって、浮気してもしらないから!」
「はぁ!?誰のせいで仕事に皴寄せがきてると思ってんだ!?」
「そんなこと知らない。ほのか悪くないもん」
「ったく・・大人しく待ってろ。後少しで片がつく。」

再びパソコンの画面に向き直った背中に盛大なあかんべが送られた。
確かに我侭を言った。けれどそれはなんとかすると言ったくせに。
ほのかは多少良心の呵責を感じたが、総じて夏が悪いと結論付けた。
夏は自分が我侭を言わなければ、過労になってしまいそうだった。
ほのかは夏のことを案じ、それも含めて我侭を言ったのだ。
しかし次に広い背中に投げ掛けたのは頼りなげな視線だった。

一方夏もほのかのそういう想いを知っていた。だからこそ
急いで仕事を収め、ほのかとの時間を作ろうと懸命だったのだ。
晴れて付き合い始めたはいいが、皮肉にも会える時間は減った。
会えないとやるせなくなった。会いたいと募る想いが拍車を掛け、
その手に収めたいと思うようになった。夏もほのかも互いにだ。
特にほのかは積極的で何度もあからさまに誘惑するようになった。
夏も応えたくない訳ではない。だが踏み切ることができないでいる。

華奢で折れそうな体は決して思い切り抱き締めることは敵わない。
夏の鍛えられた腕力でなら尚更だ。愛しさで強く抱き締めたいと
願えば願うほどできなくなる。壊してしまうのが殊更怖いのだ。
ほのかにどう応えてやればいいかがわからない。それが実情だった。
背中に感じる視線が痛い。ほのかの想いは何より嬉しいというのに。

凡そ終わりと夏が胸を撫で下ろしていると、背中が温かくなった。
ほのかが凭れかかっているのだ。待ちくたびれてしまったのだろうか。
可哀想に思いながら背中越しに夏は言った。

「後は保存するだけだ。待たせたな。」
「うん・・お疲れ様、なっちぃ・・」

ほのかにしては元気のない声に夏は眉を顰めた。

「どうした?まさか体の調子が良くないのか?」
「ううん、平気。なっち不足は深刻だけどね。」

可愛いことを呟く恋人に気を良くし、夏は振り向いた。
そして出掛けるにしてもまだ時間はたっぷりある、と思った。
するとほのかは夏の前で徐に服のボタンに手を掛け脱ぎ始める。

「え?おい、ほのか。何してんだ!?」

夏の怪訝な表情も質問にも応えずにほのかはばさりと服を落とした。
あっという間にほのかはキャミソール一枚だ。夏は驚き慌てた。
ところが理由を尋る前にほのかに頭を抱き寄せられてしまった。
夏は座っていたために出来たことだ。抱きかかえるようにされて
ほのかの本人は不満らしい胸元がやんわりと押し当てられて途惑う。

「ねぇ、これくらいじゃ何も感じない?」
「・・・わざとやってんのかよ・・質悪いぞ。」
「なんでよ、これくらい。って、やっぱりボリューム足りないか・・」

ほのかは抱えた夏の頭の上に顎を乗せると大きく溜息を吐いた。
切なげな息遣いに胸を突かれる。何も感じないわけなどなかった。
しかしどちらかというとほのかの元気の無さが気になるのは習性だろう。
腕の下から「元気がないな」と囁いた。するとほのかは再び溜息。

「・・・どうすればいいのかなぁ・・」

独り事のような呟きだった。夏こそどうしてやればいいか思い悩む。
彼のそういった純粋過ぎる思いやりがそうさせていると気付かない。
ほのかは夏を誘惑したいのに、それが上手くいかずに悩んでいたのだ。
僅かな時間でもこうして一緒に居られて幸せだ、けれど足りていない。
彼が別れ際にくれるキスは挨拶みたいな軽いものだし、そうでない時も
大抵ほのかが身を捩る頃には離れていく。それが寂しくて堪らない。
服を脱いで胸を押し付けても夏はおそらく風邪を引かないかくらいに
思っているに違いない。そう察すると溜息は重さを増すというものだ。

ほのかは顔を離すと次に夏の頭を鷲掴み、自分からキスを試みた。
夏は驚きもせず受け入れる。なんでこうも落ち着いているのか気に障る。
どうすればこの男を興奮させられるのかと思うと落ち込みそうだった。
しかしそんな気持ちに負けず、知っている限りのキスを贈ってみる。
目を開けると、夏も閉じてくれていたようだ。その目蓋が持ち上がると
ほのかは急に恥ずかしくなって顔を赤らめた。これでは誘惑にならない。
失敗かと落胆しそうなほのかを見詰める瞳はどこまでも澄んで見えた。

”なっちは・・・ほのかに・・こういうこと望んでないのかな・・”

見詰め合いながらそう思った。切なさが込みあがり落胆を上回った。

「ほのかのこと・・なっちは大事にしすぎ。そう思うのって贅沢?」
「いや、買いかぶりだな。」
「え・・?!」
「大事にしすぎるなんてことないんだ。そこはわかってくれるか?」
「・・よくわかんない。」
「愛想尽かされてないのはほのか、おまえだからだ、きっと。」
「??・・なっちが好きだよ?ほのか諦め悪いし頑固者だし。」
「それに俺が甘えてるってことだな。怖くて手を出せないんだ」
「ほのかに物足りないってことじゃないの?」
「何も足りないことはねぇよ。」
「ウソだよ。ほのかが子供だからって・・前は言ってたじゃん」
「それ何年前だよ。中坊くらいのときだろ?」
「う〜ん・・そうだったかな?」
「そんときは文字通りだが、最近はそうでもないって・・知ってるだろ?」
「知らないよ!何も変わりないじゃないか、ちゅーしかしないしさぁ・・」
「じゃなくてもう子供じゃないだろ、華奢で頼りないのは大差ねぇけど。」
「好きにすればいいのに。なっちはそれを許されてるんだよ?わかってる?!」
「うん、だから・・甘えてるんだ。嫌われないって知ってて先延ばししてる。」
「ああ、そーいうこと!」
「けどなぁ・・やっぱ怖いんだよ、気を抜いたら折れそうだしなぁ・・」
「そんなに思い切り抱き締めたいの?」
「・・・や、そりゃ加減・・するけどな。」
「自信ないってコト?少しずつ試せばいいんじゃないかい?!」
「・・・無理。」
「無理って・・なっちお得意でしょ!?努力の人なのに!」
「おまえに関してはお手上げ。」
「そんなにほのかが怖いかい?」
「情けないことに」
「しょうがない人だね」
「だろ?だからよく愛想尽かされないなと。」
「なっち」

返事をしようとして夏は再び唇を塞がれた。ほのかは舌まで入れてきて
慌てたが途惑いもわかる。出迎えて絡めてやると細い腰がびくりと揺れた。
こんなことくらいでこれだ。体が持たない。夏はどうすれば制御できるのか
試せるものなら試してみたかった。けれど他の女では全く話にならない。
ほのかだから緊張もするし傷つけるのを怖れもする。代わりが無いことも。
少しだけ力を込めてほのかを抱いてみた。ぶるっとまた震えが伝わった。
深い口付けでほのかは必死だ。息継ぎも拙いため苦しそうにも見える。
そんな様子も可愛いが罪悪感もある。しかし夏は少し勇気を奮ってみた。
泣かれてもそれならそれで止められるかもしれないと初めて楽観的になった。

抱き上げると私室であったので自分のベッドに寝かせ、覆い被さった。
口を解放したためほのかは荒い息をしていた。驚いて目を瞠ってもいる。
ほのかが何かを呟く前に押さえつけて唇を這わせた。唇から始まって耳、首、
鎖骨へと下りていく。ほのかは狼狽しているが真剣な抵抗はない。
そのことに安堵してキャミソールを捲りあげるとさすがに悲鳴が上がる。
胸を覆っている布が邪魔なので夏はそれも捲りあげようとした。すると

「まっ待つ!ちょっと待つのっ・・外すからっ・・」

焦っているのがありありとわかる表情でほのかはそう叫んだ。


     続









長くなったので前後に分けます。ってなことで・・・スイマセン;