月下美人  


その人は夜に違う顔を持っている
夜空の下で見るその姿はまるで月の雫
冷ややかで美しく 瞬く間に夜に溶ける
そんな夢を見た もしかしたら正夢
遠いと感じたその冴え冴えとした美しさ

兄と闘う彼を見たことがある
とても悲しい昔話をしながら
浮かんでいた微笑には温かみがなく
まるで泣いているようだった
頬を濡らしていたのは雨だったけれど

優しい顔を知っている
とても寂しい顔も知っている
だから傍に居たいと思った
一人にならないで欲しかった
どこかへ消えてしまいそうな気がした
夜だけに咲く花のように儚く
月の光りを待ち続けているように切なく
いつもどこに居てもひとり そんな目をして

目覚めると涙が頬を伝った
いまどうしているだろうか
寂しいだろうか ひとりで
たくさんの人に囲まれていても
貼り付けた笑顔はお面のようで
学校の彼はホントウを隠してた
そんな顔で笑わないで
優しい素振りをしないで
私の知っている口調で
素直ではなくとも正直な行動で
安心させて ホントウのあなた



「何泣いてんだ、夢見たのか?」
「!!・・・なっつん・・」
気が付くと見慣れたソファと掛けられた毛布
胸がどきどきと鳴っていた リアルな夢を見た
「・・うん・・夢見てた・・」
「顔色良くないな。気分悪いか?」
「大丈夫・・喉・・カラカラだけど。」
「冷たい方がいいか?それとも熱いのか?」
「ありがと、なっつん。・・熱い方がいいな。」
「じゃあ少し待ってろ。」
「うん・・」
いつもどおりの優しい言動に胸を撫で下ろした
なんであんな夢を見たんだろう
時々遠くを見るような透通った瞳のせいだろうか
私を素通りしているように感じることがあるから
一緒に居てもふいに心を閉ざしてしまうような
どんなに近付いてもするりと抜け出てしまいそうな
遠くへ行ってしまうような予感がするからかもしれない

「ホラ、飲め。」と差し出された熱いお茶は良い香りがした
なんだかそのおかげで気持ちが少し軽くなったようだった
「おいしい。なっつん、ありがとう!」
「落ち着いたみたいだな。」
「え、そんなにほのか、変だった?」
「青い顔して泣いてるからどうしたかと思った。」
「ごめんね。何か時々怖い夢見るんだ・・」
「現実が幸せだからだ、心配するな。」
「そうなの!?」
「現状が物足りないと感じると悪夢を見るそうだ。」
「なっつんなんでそんなこと知ってるの?」
「別に。本にそう書いてあっただけだ。」
「ふ〜ん・・・でもそれ当ってるのかも。」
「おまえみたいに気楽に生きてて何が不満だ。」
「人を能天気みたいに!なっつんはコワイ夢とか見ないの?」
「見ない。」
「え!?断言?コワイ夢みたことないとか!?」
「・・・・昔はあったが今はないな。」
「ふ〜ん・・それはヨカッタ・・んだよね?」
「まぁ夢は夢だ、気にするな。」
「うん。お茶おいしいから元気出たじょ!」
「単純なヤツ。」

馬鹿にしたような口調が今は心地よかった
彼は私の前ではわりと無防備なんだなと最近思う
そんな素の表情が見られることが嬉しい
またどこか遠くへ出て行ってしまっても
ここが居心地の良い場所なら帰って来てくれる
だけどもし出かけた先に彼の望む場所が見つかったとしたら・・
もうここへは帰って来ない そんな気がする
そうなったらどうすればいいだろう
どうしてこんなに不安になるんだろう
彼を想うと涙が出そうになるなんて
「二度とウチへは来るな。」と以前言われたことを思い出す
とても悲しかった 悲しいことを知らなかったわけでもないのに
彼が寂しい世界へ戻ろうとしているようでそれが辛かった
自分のこと以外であんなふうに胸が痛んだのは初めてかもしれない
あのときから彼は私のなかでは少し特別になった
もう会えないという事実が受け入れ難かった
だから逢えたときはとても嬉しくて泣いてしまいそうだった
またいつかふいに去っていく いつ帰るともわからない
そう思うからこそ毎日足を向けてしまう
顔を見たくて 憎まれ口をきいて欲しくて

それでも夜の帳が降りる頃には家に戻らなければならない
私を律儀に送ってくれた後の一人ぼっちの姿を浮かべると
早く明日が来ないかと願うようになった

「どうした?やっぱり今日は変だな。」
「えっ・・・あ〜・・ごめんごめん!なんでもないよっ。」
「おまえが大人しいと調子狂うじゃねーか。」
「あはは、いつだってウルサイって言うくせに。」
「事実うるせーだろうが。」
「なんだとー!?」

私がおどけたりむきになったりすると彼は喜ぶ
それが嬉しくてつい張り切って変な顔して見せたりと忙しい
だけどめいっぱい喜ばせたい 笑って欲しい
無邪気な子が好きならそうでありたい
それでもどんなに私が頑張っても変えることはできない
彼の中にある何かはきっと彼にしか変えられない


「ね、強くなりたい?」
「まぁな。なんでそんなこと訊くんだ。」
「強くなってもならなくてもなっつんはなっつんだからね。」
「何言ってんだよ・・?」
「ん・・っと・・何だろね?」
「変なヤツだな。熱でもあるんじゃねーか?」
「変かなぁ?!」
私も変だと思うからそうかもしれない
うまく説明ができなくてもどかしい
だから精一杯の笑顔で笑って見せた


夜、送った私の家から帰っていく後姿をいつまでも見送る
見えなくなるととても寂しい 背中を追いかけたい
空に浮かぶ月を見つけるとあの夢が蘇る
ひらひらと風に靡くコート 
ちらちらと覗く明るい髪
綺麗で透明な横顔
月明かりの下で咲く
やがて雲に遮られ月の光りは隠される
彼の姿はすうっと飲み込まれて見えない
私の眼にはまた一筋の涙が伝わっていた








「片想い」シリーズ第一弾です。ほのかが別人ですね。
でも表面的には明るいいつものほのかの感じで書いてます。
何作か予定していますが単発で書きますので何話とか決めてません。
今回のはほのか→夏、のイメージ。次回は反対と思われます。
管理人の気紛れ突発ですが、少し糖度低めの夏ほの書いてみたかったのです。
よろしければお付き合いいただけると幸いです。