「ふわふわ」 


「なっつんなっつん!ちょっとちょっと!」
「・・なんなんだよ、うるせぇなぁ・・!」
「抱っこ!抱っこして!」
「・・・一応聞いてみるが、なんでだよ?」
「そんなのいいから。ハイっ!!」

小さな子が親に強請るように両手を上に上げて「抱っこ」をせがむ。
ほのかは小柄だしそんなことくらい簡単なコトだが、それはともかく、
どんどんエスカレートするほのかの要求に日々頭を悩まされる。
しかしながらこうなった責任の所在を考えるとオレにも反省点が多々ある。
押し切られるような形で望みを叶えてきたのは他ならぬオレなのだから。

そもそも懐っこい性格なのは仕方ないが、初めはオレも拒否していたはず。
なのにどこで間違ったのかと考えると、きっかけは行動抑制だと思う。
ほのかは考えなしで行動するのでよく危険な状況に陥りそうになる。
それを制御するつもりで、つまり捕まえたり抱きかかえたりするようになった。
多少乱暴だったが、ほのかは別段困る様子もなく逆に気を許し始めた。
そう、どんどんわがままを出してオレに様々な要求をするようになったのだ。

「なっつんってば!何ぼけっとしてんのさ!?」
「・・抱き上げて・・どうすんだ・・?」
「すぐにわかるよ!はやくはやく!」
「・・はぁ・・わーったよ!」

抱き上げるとほのかは満足そうに頬を弛ませた、さも幸せそうに。
こんな表情を見せることも拒否し切れなくなった理由の一つだ。
そしてすっかり・・・癖になったのかもしれない、と思うと忌々しいが
ほのかの身体は柔らかくて心地良い。その理由も否定し切れない。

「・・っ!!何やってんだ!」
「やーらかい?ねぇ?!」
「押し付けるなって・・なんなんだよ、一体?」

ほのかは抱き上げるとその顔をオレにぐっと近付け、頬を擦り付けた。
そしてなにやら難しい顔をして首を捻っている。訳がわからない。
ほのかの思惑はどうであれ、いつまでやっているのかと内心焦れた。

「ほのかのほっぺワリとやわらかいと思うんだけどな。」
「まぁそうだな。それがどうした?」
「なっつんちょっとほっぺ引っ張ってみて?」
「意味が・・わからんのだが・・」
「ホラ・・結構のびるでしょ!?」
「頭大丈夫か、オマエ・・」

ほのかの説明は非常に分かり辛かったが、友達と頬の柔らかさを競ったらしい・・
結果負けたほのかは悔しかったので身近に居る者に『引っ張れ』と確かめることにした。
話を集約するとそんなことらしい。実にアホらしい・・・脱力感でどっと疲れた。

「アパチャイもほのかの方がやわらかいよ、って言ってくれたの。」
「オマエ・・誰と誰にこんなこと頼んだんだよ?」
「学校の友達とか・・・あと学校から帰ってお母さんと、それからアパチャイと秋雨と・・」
「抱き上げろと言ったのか!?・・そいつら梁山泊の住人たちだよな?!」
「ウウン?抱っこはなっつんだけ。ほっぺ引っ張ってくれたのはアパチャイだけかな?」
「男はソイツだけか?」
「・・・ウン。あ、そだ”おいちゃん”だけはお断りしたじょ。」
「もしかして・・馬・・」
「当り!あのおいちゃんは手つきがなんかやだったから止めたの。」
「賢明だ。・・・オマエもこういうことをだな・・」
「抱っこはなっつんだけだよ。・・ダメなの?」
「なんでって・・・そういやなんでオレだけ”抱っこ”なんだ?」
「そりゃなっつんに抱っこして欲しかったからさぁ!」
「あ・・そ・・それとは別なわけだな・・」

にこにこと何の疑問もない顔を向けてそう言われるとどう答えていいやら。
そして降ろすタイミングを挫かれたオレは困った顔を浮かべたのかもしれない。

「ありがと、なっつん。・・なっつん抱っこすんのって嫌い?」
「・・いや・・」
「よかったあ!嫌だったら困っちゃうよ。」
「・・どうして困るんだ?」
「えー?どしてって・・抱っこしてもらうの好きだからだよー!」
「家でも母親とかにせがんでたりしてるのか?」
「んーん、なっつんだけ。あとはお兄ちゃんかな。」
「へー・・・」
「言われてみれば家ではそんなことないのになっつんの顔見るとして欲しくなるかも?」
「へぇ・・」
「もう大きいからダメかなぁ?」
「・・・大きくはないだろ?」
「そういう意味じゃないよ。」
「・・ダメでもない・・ってことに・・しとくか?」
「ウン!そうしよ。さっすがなっつん。話がわかるよ。」
「甘えっ子だな。」
「へへ〜;だってさぁ、なんか”ふわふわ”ってするんだよね、なっつんは。」
「?オレが・・!?」
「なっつんに抱っこしてもらうとなんかこの辺がふわ〜ってなるの!」

ほのかが胸の辺りを摩るようにしてそう言った。なんとなく言いたいことはわかる。
オレがほのかの身体の柔らかさを感じているとき、ただそれだけじゃないように。
ちょっと言葉で説明するのは難しい。安堵しているのに一方で落ち着かないというか・・
言うに言われぬ感覚がオレを包み込むから。おそらくほのかもそうなんだろう。
そしてもうきっとどうしようもない。こうなってしまった原因も所在も意味がない。
何であれ、ほのかが微笑むなら”それでいい”と納得してしまっているからだ。

「なっつん、なんでかわかる?」
「・・さぁな。」
「なっつんが嫌じゃないならいいよね?」
「オレだけ・・なら良い。」
「ウン?お兄ちゃんは?!」
「・・アイツか・・」
「でも最近はしてもらってないなぁ・・なっつんばっかりだ。」
「オマエの家にアイツが帰ってきたときくらいは許してやるよ。」
「ホント!?ヨカッタ!あ・・でもお兄ちゃんこの頃ケチだからしてくれないかも。」
「アイツ生意気に嫌がったりしやがるのかよ。」
「冷たいよねぇ?!今度嫌がったらなっつんだけにしちゃおうかな?」
「そうしろ。」
「なっつんてば嬉しいの?」
「アイツよりオレが上ってことだろ。」
「あぁ、そっか。出たよ、なっつんの負けず嫌い!」

ほのかが声を立てて笑った。間違いでもないが、正解でもない答えに納得して。
オレは否定も肯定もしなかった。実のところ正解なんてオレにもわからない。

「あ、あとね、”どきどき”もする!」
「!?」
「これはね、なっつんだけだよ。へへ・・」
「・・・ふ〜ん・・」
「?・・なっつんなんで顔赤いの?」
「き、気のせいだろ。んなことねぇ!」
「そおかな?お熱測ろうか?」

ほのかが頬じゃなく、今度は額をこつりとオレに引っ付けてきた。
眼の前に大きな瞳が飛び込むと、当てられた場所以外が熱い。
ほのかは片手で自分の前髪を、もう片手でオレの髪を邪魔そうにかき上げた。

「・・多分お熱はないと思うよ。」
「・・だろうな。」

今度は不思議そうにオレの顔を両手ですくうように包んで首を傾げた。

「変だなぁ・・でもほっぺは熱いかもだよ?」
「オマエの手が冷たいんだろ?」
「冷たくないよ?」

ほのかはオレの言葉に素直に自分の手を見るとぐーぱーと手を開いたり閉じたりした。
なんとか合わさった視線を外すことに成功したオレは自分の心拍数を数えた。
少し上がったようだ。しかしそれは黙っていればほのかに伝わることもないだろう。
そう思っておきながらオレは矛盾した行動を起こした、ほのかを抱きしめるという。
少し驚いたようだったが、ほのかは動かずにじっとしていた。

「やっぱり具合悪いじゃないの、なっつん、お昼寝する?」
「・・しない。具合悪くなんかない。」
「だって・・・」
「少しこのままじっとしてろ。」
「あっもしかしてなっつんも”甘えっ子”してるの?!」
「うるせぇ・・」
「ほのかばっかり甘えるより嬉しいよ。えへへ・・よしよし・・」
「・・・・」

母親気分にでもなったのか、ほのかはほっと緊張を解くと、オレを抱き返してきた。
小さな手とその指先が背中に示す力につられてオレも抱きしめる手に力がこもる。
なんだろう、この感覚は。今までに味わったことのない痺れが全身を伝わるのがわかる。
ほのかの言う”ふわふわ”したものを捕まえて、胸の奥に沈めたい、そんな風だった。
オマエがオレに抱けとせがむのは、こうして欲しかった訳じゃないのか?
オレが落ち着かないのはそれを知っていて、そうだと教えたかったからなのだろうか。

「・・なっつん・・なんかどきどきしてきた・・」
「あぁ、それで?」
「それでって・・いつまでこうしてるの?」
「嫌そうだな。」
「嫌じゃなくて、その・・なんだろう?もっと・・」
「どうして欲しい?」
「・・・う・・んと・・えっと・・・・」

ほのかが顔を赤くしてオレの胸に隠すように擦り付けた。
首を振ったからふわりと髪が揺れて、甘い香りが立ったように感じた。
困ったな、このままじゃ離せないかもしれない、口付けたい。
顔を出したあからさまな欲望に慌てて”答え”を抑えつけた。
確かめないまま衝動的に抱いたのはいけなかっただろうかと思った。
けどこれは”ふわふわ”にやられたんだ。抑え切れなかったのはそのせいだ。
そっと顔を上げたほのかがオレの顔を見てまた顔を赤くしながら言った。

「あの・・ね、すごく”ふわふわ”するからなっつんに抑えてて欲しい・・のかも・・」
「あの・・な・・オレもきっと・・そうしたかったんだよ・・・・」

ほのかの願いはオレの願いだったんだ。あんまり単純明快過ぎてお互い気付かなかった。
オレの答えにほのかがふわりと微笑う。”正解”だったみたいだとオレも微笑んだ。