「二人でお茶を」 


「いやぁ、寒くなってきたねぇ!?」
ほのかがのんびりとした口調でそう言う。
「寒いんだったらそんな脚出してんなよ。」
オレは無駄だと知りつつも言ってみた。
「いやまぁ、なっつんの傍はあったかいからさ?」
スカートの短さに反省する気がないのはいつものことだ。
それでも言わずにいられないから言ってるんだが?
睨んでも怒っても無駄だなとオレは諦めて座り込んだ。
するとまたほのかはオレの懐に納まるように腰を下ろす。
これもいつの間にか当然のようになってしまっている。
「おまえどうして猫の子みたいにこういうとこ納まるんだ?」
「居心地がいいからに決まってるじょ。」
何を当たり前なこと聞いてるんだといった非難まじりの視線。
「オレは色々と居心地が悪いんだが・・?」
「慣れたら大丈夫だよ、どってことないって。」
「・・・慣れろってのかよ・・;」
ほのかはオレの入れたココアの二杯目を手に持っていたので動けない。
下手に動くとほのかが熱いココアを零して火傷するかもしれない。
オレは温度を確かめようと手を伸ばしたが、ほのかの手が邪魔で適わなかった。
「なっつんも飲む?・・しょうがないなぁ、一口だけだじょ!?」
欲しがっていると勘違いしたほのかが少しばかり手を持ち上げた。
「おい、零れる!気を付けろよ!?」
「さっきちょっと飲んだから大丈夫だよ。」
「欲しいなんて言ってねぇだろ?温度を見ようとしてだな・・」
「ほのかの手の?!・・何言い訳してんの?」
「別におまえの手が握りたかったわけでもねぇっ!!」
むかついたオレはほのかの手ごとカップを口元へ寄せた。
一口含むと甘ったるい味がオレを襲う。思っていたよりそれは熱かった。
「意外に冷めてないな。ゆっくり飲めよ?やけどするぞ。」
「わかってるよ、だからのんびり飲もうと思ってここに持ってきたんだよ。」
「あー、そうですか・・」
ほのかは熱いココアを息を吹いて冷まそうとしているようだった。
仕方なくじっとその様子を窺いながら大人しくしていてやる。
「ちょびっと冷めたらはんぶんこしようね!?」
「オレはいらねぇよ、そんな甘いの。」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。」
「欲しかったら自分の分も作ってるってんだよ。」
「一つのカップで飲むってのが恋人同士みたいでいいじゃん!」
「あ、あほっ!・・おまえそんなことに憧れてんのか?!」
「んーそうでもないけど、いいかもと思って。」
「笑わせるぜ、恋人だと!?」
「なんでよ?付き合ってる子とかほのかの友達にだっているよ?!」
「ふーん・・・ま、おまえはまだ問題外だな。」
「ちょっと・・理由によっちゃ許さないじょ・・!」
ほのかがじとっと怒りを含んだ目でオレを振り向きながら言う。
「見たまんまだろ?!」
「どういう意味だい?なっつん?!」
「別にいいんじゃねーか、まだはえーよ。」
「そりゃ特にカレシ欲しいとか思ってないけどさ・・?」
「そうだろ。」
「なっつんがそう当たり前のように言うのは何故なんだい?」
「一々説明したら、おまえが怒るからやめとく。」
「やっぱりほのかが怒るようなことを考えておったのだな〜!!」
オレは少しばかり身構えたが、ほのかはココアを持っているせいか反撃しない。
そのかわりにほのかが次にした発言にオレは思いのほか驚かされた。
「あのねぇ、ほのかだって告白されたことあるんだよ!?」
「おまえが!?どこの物好きだよ!!」
「・・・とことんバカにしてるんだね・・同じ学校の子さ。」
「・・・マジ?」
「マジ!断ったけどね。学年が上でよく知らない子だったし。」
「・・・よく知ってたら付き合ってたのかよ・・?」
「さぁ?わかんないけど・・」
「おまえにはまだ早いだろ、やめとけよ!」
「あー、お兄ちゃんみたいなこと言ってる。なんだかなぁ!」
兼一の奴もたまにはまともなことを言うらしい。腹立たしいが。
「んじゃぁさ、どうなったら付き合ったりとかしていいの?」
「へ・・?そ、そうだな・・・もう少し・・いや待てよ;」
「お父さんなんかさー、大学卒業するまで誰とも付き合うなって言うんだよ。」
「・・・親の言うことは聞いておいたらどうだ?」
「なんでよ!?なっつんまで。」
「いやその・・男なんて皆似たようなもんだって。大したことないっつーか・・」
「大した奴ならいいの?なっつんとか?!」
「お!?・・・おおお・オレ!?」
「ならいい?」
咳き込む振りをして誤魔化した。オレとしたことが動揺し過ぎてしまった。
「ほのかがもう少し育ったらなっつんがカレシになってよ。」
「なんでそうなる?!」
「お父さんとお兄ちゃんはダメだけど、なっつんなら問題ないじゃん?」
「そういう理由かよ!?」
「他の人と付き合っちゃダメなんでしょ?!」
ほのかの理屈はそれなりに筋が通っているかもしれなかったが、とにかくダメだ。
「お、おまえがこの先誰にも相手にされなかったら・・・考えといてやるよ。」
「へー?じゃあ今度告白されたらオッケーしていいんだね?!」
「!?ちゃんと好きな奴と付き合えよ、誰でもいいのかよ?おまえは!」
「ほのかがいいって思う相手ならいいんでしょ?」
「・・いややっぱり・・その・・」
「オレにしとけって?」
「!?」
「うわ、顔赤いよなっつん!・・何焦ってんの?」
「うるせーよ!何勝手なこと言ってんだ!」
「まぁいいや。ココアがいい塩梅だから、一緒に飲も。」
「ああ・・喉渇いたから一口だけな・・。」
ころっと話題が変ったことにほっとして、甘さには目を瞑ることにした。
「んじゃあさ、こういうのって恋人ごっこ?!」とほのかが尋ねた。
「違うだろ。・・そんなことしたかねぇし。」
「ホントの恋人同士の方がいいよね!?あり?でもなっつんとほのかは何だろう?」
ほのかがオレの飲んだ後、自分も同じカップで美味そうにココアを一口すするとそう言った。
こんな風にくっついて一つのカップで飲んだり・・言われてみれば「それ」っぽい。
だけど、オレとほのかは別に恋愛関係にあるわけではない。・・兄妹でもないのだが。
ただ、断じて恋人ごっこなんて真似事はしていないし、したいとも思わない。
そしてほのかが他の誰かとそんなことをするのも許せないと思った。
「・・なぁ?」
「おいし。なぁに?」
「おまえが本当に好きな奴でないとダメだぞ?付き合ったりするなんて・・」
「うん。なっつんがいいんだけどまだダメなんだね?」
返事に躊躇した。当たり前のように告げるほのかが少し羨ましい気がした。
「オレがいい・・って?」
「うんvなっつんがいいー!」
「・・・ホントかよ・・?」
深い意味じゃなくてコイツはきっと単純にここが居心地がいいから言ってるんだよな。
こんなガキをどうかしようなんて思う奴は生かしておけないとさっき一瞬でも思ったのは
こいつの父親や兼一のように無防備で無邪気なコイツのことが心配だからで。
そう、コイツに憧れや興味本位の戯れの恋なんかして欲しくない。傷つく姿なぞ見たくない。
「なっつん、もう一杯作る?」
黙り込んだオレを覗き込むほのかがそう語りかけて我に返った。
「・・足りないのか?」
「なっつんも飲むならほのかも飲むよ。二人で一杯で丁度くらいだよ。」
「そうか、そうだな。・・そうすっか。」
オレが立ち上がると「ほのかも一緒に行くー!」と腕に捉まってきた。
「ココアは甘いから、紅茶でもいいか?」
「わっ!ほのかもそうしてって言おうと思ったんだじょ!!すごいなっつん。」
「すごいって・・大げさな。」
「なっつんはほのかのして欲しいことが全部わかっちゃうからすごいの!」
「全部なわけねぇだろう!」
「ううん、100%ストライク!だじょ!?」
「よく言うぜ。おだててるつもりか?」
「違うよ。だからきっと恋人になれると思うんだ。」
「っ・・!?」
ほのかはさらっと予言してオレの腕を揺らしながら「早く行こうよ!」とせがんだ。
「慌てるなよ、逃げねぇから・・」
いつか、ホントにオレたちがそんな関係になったりすることがあるだろうか。
まだコイツはこうして甘えて、恥ずかしげもなくスキとか言って・・子供だけどいつかは・・
とりあえずそうなったらミニスカートで外出禁止だな・・って、違うだろ?!
・・なんだよ、何想像しようとしてんだよ、オレ!?
ほのかはまだ卵の欠片のついた雛みたいなもんじゃねーか。
色々と危なっかしいし、やっぱ見張っとくべきだよな。
父親も兼一も当てにはならねぇ。オレが気を付けてないと何しでかすか・・
「何考えてんの!?なっつん!」
「うるせぇ。おまえがややこしいこと言うから!?」
「何が!?恋人にしてって言ったこと?」
「色気ナシのガキのくせに。」
「待っててよ、色気出すからさ?」
「ぷっ・どうすんだよ?!」
「うーん・・どうすればいいのかな?誰に聞こう?!」
「だっ、そんなこと誰にも聞くなよ。誤解されたらどうすんだ!?」
「誤解って?」
「自分に気があると勘違いしやがったら何されるかわかんねーだろ!?」
「男の子に聞かないよ、そんなの。・・何されるの・・?」
「あ!?そ、その・・・わかんなくていい、それは。」
「んーと、じゃあ女の人限定で相談してみる。」
「・・はぁ・・なんか疲れたぜ・・」
「お茶でも飲んだら、すっきりするよ。台所行こう!」
「・・・そうだったな。」


オレたちが一つのカップでお茶を飲むのは、いちゃつきたいからじゃなく
二人で一杯が丁度いいからだとこいつも言ってたじゃないか。
半人前なこいつと・・オレもどうやら同レベルなのかもしれない。
だがそれでいいんだ。二人でお茶を飲むのは何も恋人同士だけじゃないってことさ。
気を取り直してお茶を淹れよう。とっておきの缶を下ろしてやってもいい。
そして猫みたいにじゃれつくほのかと良い塩梅の温度になるまで待つんだ。
無邪気なコイツと一緒にいるのがオレも心地良いんだと気付いた。
いつまでこうしていられるだろう?それはわからない、だがまだ今はいいだろ?
いつかのことはそんときだ。それまでは、のんびりと二人でお茶でも飲もう。







恋人未満で夏くんに保護者的立場と将来の立場について悩んでもらいました。
ほのかに自分以外の男なんて考えられないと無自覚に思ってるようです。(笑)
ただし、まだまだそこんとこを認められないといった様子でございます。