二人で歩こう 


紅葉にはまだ早い時期であるのにそこは見事な眺望だった。
薄く色づいた葉群が澄んだ空気に包まれて静に佇んでいる。
思わず言葉を失い、ただの自然の一部に成り代わってしまう。
人をそんな風に溶け込ませるものがそれらの美しさにはあった。

「いいところだね〜・・・!」夏に腕を絡ませている少女が呟いた。
「・・・そうだな」同じように木々を見上げる夏は珍しく素直に相槌を打った。

例によって連れてこられたそこはあまり知られていない遊歩道だった。
「おまえ、ここどうやって見つけたんだ?」
「お兄ちゃんとこの師匠の一人が教えてくれたの。」
「ふーん。まぁ、穴場だな。あまり人もいねぇし。」
「でしょ!?デートにはもってこいだって言ってたよ!」
「デートだぁ!?・・・違うだろ?」
「なぬ!?どこが違うのさ!?」
「つまりそういう相手がいないから、オレを誘ったわけだろ?」
「なっつん、感じ悪いじょ・・・はっ、まさかこーゆーとこに誘いたい女が他にいるのかい!?」
「だから人を暇な奴と一緒にすんなよ。目の前のガキの世話で手一杯だぜ。」
「・・・素直にほのかで十分だって言えばいいのにさ・・」
「はぁっ!?恥ずかしい奴だな、まったく・・マセガキ。」
「ふんだ!なっつんなんかむーどゼロだからもてないよ、絶対。」
「悪かったな!っておまえ相手にどうしろってんだよ!?」
「はーっ・・・やだよ、この人。せっかく場所はばっちりだっていうのにさ。」
「むかつくガキだな。だったらもう少し女らしくしろっての。」
「なっつんのおばか!」
「あんだと、こら・・」

「お兄さん、もう少し優しくしてあげたら?」

突然の声に二人共びっくりして同時に振り向くと声の主が微笑んでいた。
同じようにここを散歩している老夫婦が彼らの近くにいつの間にか立っていた。
御主人と見られる男性は少し離れていたが、婦人の方が二人の傍まで来て声を掛けたらしい。
温和な顔をした上品な老婦人で、夏とほのかを微笑ましそうな様子で見つめていた。

「ごめんなさいね、思わず・・・なんだかお二人を見てると懐かしくて。」
老婦人は軽く会釈すると「二人仲良くね。」と言って連れ合いの元へ戻って行った。
背の高い紳士然とした御主人の元へ戻ると婦人は仲良く路を下っていくようだった。
夏とほのかは毒気を抜かれたようにぼんやりとしながらその光景を見送った。

「近くに来たのに全然気がつかなかったね。優しそうなおばあちゃんだったなぁ・・!」
「・・・ふん、お節介な奴はどこにでもいるもんだな。」
「なっつんてば;・・・でもさ、仲良さそうで素適な二人だったね。」
「何嬉しそうにしてんだよ?」
「だって、なっつんとほのかを見て『懐かしい』だって。なんか嬉しくない?!」
「なんでだよ・・?」
「えへへ、私たちもさぁ、あんな風にいつまでも仲良くできたらいいなと思って。」
「なんだ、それ・・」
「ウン、喧嘩してたらもったいないね。仲良くしよ、なっつん。」
「あんだよ、くっつきすぎだろ!・・別に喧嘩なんかしてねーし。」
「あ、そーか。ふんふん、なるほど。」
「何一人で納得してんだ?」
「つまりさ、仲良く見えるんだね、なっつんとほのかってさ。」
「・・・だから、なんだよ・・?」
「嬉しいじゃん。デートでもそうでなくてももうどっちでもいいや!」
「変な奴。・・・デートなんか・・しなくていいぞ?おまえには早いから。」

目を丸くしてほのかは夏の決まり悪そうな顔を見上げると微笑んだ。
「じゃあ・・デートしてもよくなったら、なっつんしてくれる?」
「・・・そうだな、考えとく。」
「でもさ、こうしてんのとデートとどう違うの?なっつん。」

夏は黙ってしまった。ほのかは単純に『わからない』といった顔で見上げている。
「えっと・・・その・・・なんだ・・・なんだろうな?」
「あり?なっつんもわかんないの!?」
「そうじゃ・・・だからその・・色々と・・」
「???・・・よくわかんないけど、今と違うこともあるわけだね?」
「あ・ああ!まぁ・・そうだ。」
「ふーん・・・・」


不可思議な顔をしていたが、それでもほのかは納得したようだった。
機嫌の治ったことにほっとしながら、夏は腕を絡ませている少女をこっそりと見つめた。
まだ幼さの残る顔には時折彼の心を引く柔らかい微笑みが浮かぶ。
しかしすぐにまた表情は変って難しい顔になったり膨れ面になってみたりと忙しい。
少女は絶えず変化して留まることをしらない。思わず引き込まれる。
とても頑固なところは彼を困らせるが、あきらめない挑むような瞳は実はお気に入りだ。
いつかこの少女も誰か自分以外の男の手をとって去っていくのだろうか。
先ほど見た老夫婦が連れ添って長い路を下っていく光景が思い浮かんだ。
このいつまで見ていても飽きな表情もその伴侶の前では穏やかに女の顔をして?
夏にはどうしても誰かに向かって微笑むほのかを想像することができなかった。
もう二度とオレの手の届かないところへ行ってしまうのか?
こいつに本当に愛する男が現れたとしたら。

「なっつん?どうしたの、気分悪い?」

「!・・・いや、別に・・」

「あそこにベンチあるよ、ちょっと休憩しよっか!」
「疲れたわけじゃねーよ。大丈夫だ!」
「ほのかがちょびっと疲れたの。休憩しよう!」
「そんな思いっきり引っ張る奴が疲れたって・?!」
「むー、なっつんやっぱ重い!・・ホントだじょ〜!」
引っ張り合いになったのは夏が少し意地悪をしたからだ。
苦笑を漏らしつつ、ほのかが力を込めて自分を引くのをこっそり楽しむ。
しまいにぜーぜー言い出したので夏は力を緩めてやった。
倒れるようにベンチに腰を落とすと夏もその横に落ち着いた。
「ふーっ!なっつんてばなんでそんな重いのさ!?」
「普通だ。おまえが軽すぎるんだろ。」
「ホントにちょびっと疲れたじょ。なっつん、ちょっと昼寝しよっか!」
「へ?・・昼寝ってここでか!?」
「うん。良いお天気だし暑くないし寒くもなくて最高じゃん。」
「オレはいい。そんなに疲れたのか?」
夏は心配になってほのかの額に手を当ててみた。
熱があるようでもなく、本人もいたって平気そうであった。
「なっつん心配性だねぇ。なんともないよ、ほのかは。」
「別に、ちょっと確かめたんだよ。」
「ありがと。なっつん優しいから大好き。」
「・・好きでなくていい。」
「!?・・・なんで?」
「なんでもいいから。寝るなら少しだけだぞ。」
「気になること言うんだもん、眼が覚めたよ。好きでなくていいってどゆこと?」
「気にするな。どうってこと・・」
「するよ!なんでほのかが好きだといけないの!?」
「そんなこと言ってねぇ。むきになるなよ。」
「ほのかがなっつんのこと好きなの知ってるでしょ!?なんでそーゆー事言うのさ・・」
「・・・悪かった。もう・・」
「絶対嫌いになんてならないから!なっつんのばかぁ・・」
ほのかはとうとう泣き出してしまい、夏はうっかり漏らした言葉に後悔した。
髪におそるおそる手を伸ばそうとするが、どうしても触れることができない。
”何やってんだ、オレは”
躊躇している夏にほのかはいきなり抱きついた。
「・・なっつんが嫌でも・・・嫌いになんてなれないよ・・」
ほのかは涙を堪えながらそう言うとぎゅっと力いっぱい夏を抱きしめる。
夏はこの真直ぐさに敵わないといつも思わされる。
どうしても素直になれない自分との差を感じてしまう。
怖くないのだろうか?振りほどかれることや、嫌われることが、
いつか、失ってしまうことを何故この少女は恐れないのか。
「なっつん・・・だめだよ。もう一人になんか・・・させないんだから!」
夏は華奢なこの身体の何処にこんな強さが潜んでいるのかと思う。
少女はきっと諦めないんだろう、オレがおまえを嫌いだと言ったとしても。
答えの代わりに夏はその身体を抱きしめた。ゆっくりと力を込める。
ほのかは顔を上げると、夏の顔を捜したが見ることはできなかった。
それでも何も言わない夏の思いがわかるような気がして心が安らいだ。
「なっつん、もうほのか泣いてないよ。大丈夫だよ?」
まるで慰めるように自分より大きな男の背中を摩ってやって。
夏はまた同じくらいゆっくりと身体を離すとほのかを見た。
ほのかは怯えもなく、哀しむでもなく、夏を見つめていた。
そして夏の心を揺らすあの微笑みがそこにあった。
「ごめん、泣いちゃった。」
「謝るのは・・こっちだろ。」
「ううん。ほのかがいくら好きだからってなっつんが好きでなきゃ仕方ないよね?」
「・・・」
「駄々こねちゃったね。でもさ、やっぱり好きだよ、なっつん・・」
夏は困ったような顔をしたが、次の瞬間には微笑んでいた。
その笑顔にほのかは驚くと同時に安堵した。
「いいの?!なっつん。」
「仲良くしろって言われたしな。」
「なんだ、それで?」
「・・・おまえがオレを好きでいてくれるうちは・・」
「そんなら、大丈夫、ずーっと一緒だよ。デートだってしてくれるんでしょ?!」
「そうだな。」
「うん、一緒に歩こうよ、今日みたいにさ、ずっと、ずーっと!」
答えることが夏には出来なかった。素直に『ずっと傍に居て欲しい』とは。
けれど予感がした、いつか堪えきれずに言ってしまうかもしれないと。
さっきのように抱きしめてしまうかもしれない。そうしたら・・・また微笑んでくれるだろうか・・
彼らの頭上の木々では夏の心と同じようにほんの少し色づいた葉が風に揺れていた。







ギャグにできなかった。どうしよう・・・甘くないよ!?(そうでもないか)
というか、次と次の話がギャグだから、これはこれでいいということで!(^^;